「菌」という言葉を聞くと、あまり健康的なイメージを抱きにくいかもしれませんが、人は、何かの病気にかかっていない状態でも、非常に多くの細菌を持っています。すなわち、すべての細菌が必ずしも病原性のものではないということです。
例えば、ビフィズス菌などの細菌はその良い例でしょう。ビフィズス菌が存在することで、大腸の健康を保つことができるのです。しかし、このように、健康な状態であれば、本来病気にはならない菌によって、病気になってしまうことがあるのです。これを「日和見(ひよりみ)感染」と呼びます。
日和見感染によって発症する疾患には、様々な感染症がありますが、なかには重篤な症状を引き起こす可能性のある感染症もあるので、注意が必要です。ここでは、日和見感染について、詳しくご紹介いたします。
日和見感染の原因菌は?
一般的に知られている感染症は、私たちの体に害をもたらす細菌やウイルス、原虫といった病原体が体内に侵入することで発生します。また、こういった感染症についての詳細を見るとわかりますが、感染したからと言って必ず発症するというわけではありません。
一方、日和見感染症はと言うと、症状を発症させる原因となる菌が、これらの一般的な原因菌とは異なります。
日和見感染の原因となる細菌は、日和見菌と分類される細菌です。これは、健康な人が感染しても病気はならないと言われている常在菌や弱毒菌、平素無害菌、弱毒微生物と呼ばれる毒性の低い(弱毒性)類のものです。そのため、抗菌薬も効きにくいと言われています。
そして、日和見感染は、原因となる病原微生物によって、細菌性・真菌性・ウイルス性・原虫性に分類することができます。それぞれの感染症については後ほど詳しくご紹介いたしますので、そちらをご覧下さい。
細菌性日和見感染の原因菌
細菌性の場合、以下のようなものが、原因菌になります。
<非結核性抗酸菌>
結核菌やらい菌以外の抗酸菌の総称。本来ならばヒト感染はほとんどないと言われています。
<メチシリン耐性黄色ブドウ球菌>
ペニシリンに耐性を持っている菌に対して作られた、メチシリン抗生物質に耐性を持っている黄色ブドウ球菌の一種。MRSAとも呼ばれています。
<緑膿菌>
自然界で最も広く分布していると言われている常在菌の一種。土壌や淡水、海水など、様々な所に存在しています。詳しくは、緑膿菌の症状とは?治療法や原因、予防方法を紹介!を参考にしてください!
<レジオネラ菌>
緑膿菌同様、自然界に生息している細菌の一種。最近では、循環式の浴槽水などに生息する生物膜に寄生することが問題となっているようです。
<セラチア菌>
水や土壌に分布している常在菌の一種。一般家庭にも存在することで知られています。赤い色素を持っているため、水回りなどに赤いカビのような生物膜を作ることがあります。
真菌性日和見感染の原因菌
真菌性の場合、以下のようなものが原因菌になります。
<カンジダ菌>
人間には誰しも存在する常在菌の一種。カビの仲間ですが、本来は皮膚の健康を保つためなど、私たちの身体を守る菌として知られています。
<クリプトコッカス属の真菌>
空気中や土壌に分布する菌の一種。鳩の糞に汚染されている場所によく見られると言われています。
<ニューモシスチス>
真菌の一種で、肺に存在する常在菌。本来であれば、病原性を発揮しません。
<接合菌>
ムコール目・ムコール科の真菌。約600種類以上の種類があると言われており、土壌や淡水などに分布していることで知られています。
ウイルス性日和見感染の原因ウイルス
ウイルス性の場合、以下のようなものが原因ウイルスになります。
<ヘルペスウイルス>
単純ヘルペスウイルスや、サイトメガロウイルスなどのヘルペスウイルスの総称。誰もが一度は感染している一般的なウイルスとして知られています。
<JCウイルス>
ほとんどの人が幼少期に感染すると言われているウイルス。気道を通じて感染すると言われていますが、ほとんどの場合は無症状だと考えられています。免疫力低下時に感染すると、単性白質脳症を引き起こすウイルスです。
原虫性日和見感染の原因となる原虫
原虫性の場合、以下のような原虫が原因となることがあります。
<トキソプラズマ>
全世界の3分の1以上の人が感染していると考えられている原虫。感染しても、健康な場合は無症状です。詳しくは、トキソプラズマの症状とは?妊婦が感染するリスクを知ろう!を読んでおきましょう。
<クリプトスポリジウム>
脊椎を持つ生物の消化管に生息する原虫。そのため、ヒトやイヌ、ネコなどの糞に含まれていることがあります。
どのような人が日和見感染を起こすのか?
健康な人に発症しないのは、やはり、免疫力や抵抗力が正常に機能していることが大きく関係しています。
免疫には、生まれ持った免疫の「獲得免疫」(細胞性免疫と液性免疫から成る)と細菌などから身を守るための「自然免疫」が存在し、それらが上手く機能しなくなってしまうと、免疫能が低下した状態になるのです。
ここでは、何が原因で免疫機能が低下してしまうのかをご紹介いたします。
先天性免疫不全症
私たちの体には、ウイルスや細菌が体内に侵入しても、それらと戦う免疫が備わっています。しかし、生まれつき免疫系のどこかに欠陥がある場合があるのです。それが、先天性免疫不全症と呼ばれるものです。
先天性免疫不全患者は、肺炎などを繰り返し発症し、ときには重症化することもあるため、命の危険性も出てきます。
後天性免疫不全症候群
これはHIV(ヒト免疫ウイルス)のCD4リンパ球への感染によって生じる、全身性の免疫不全を示します。「エイズ」と呼ばれる病気として知られているのは、ご存知のとおりです。
エイズ発症には特徴的な症状がなく、発熱や関節痛、リンパ節の腫れといった症状が現れ、最終的に全身性の免疫不全になってしまいます。とくに、CD4リンパ球数が200を切ると、日和見感染で発症しやすいと言われていますが、それだけではなく、
- 悪性腫瘍
- HIV消耗性症候群(全身衰弱、スリム病など)
- HIV感染による脳症(認知症、HIV脳症とも言う)
- 反復性肺炎
などを引き起こす可能性もあります。また、HIV陽性者は、薬剤耐性(薬に対する抵抗性)を持ちやすいため、一生薬を飲み続けなければなりません。
自己免疫疾患
通常であれば、身体の免疫は、体内に微生物が侵入した際、それらを攻撃するために働きますが、自己免疫疾患の場合、自分の体内の組織を、侵入物だと認識してしまいます。
自己免疫疾患には以下のようなものがあげられます。
- 1型の糖尿病
- 自己免疫性溶血性貧血
- 多発性硬化症
- 関節リウマチ
- 橋本甲状腺炎 など
治療が可能なものから、予後が思わしくないものまで、それぞれの疾患によっても異なるようです。
白血病
血液のがんと呼ばれる病気が、この白血病です。骨髄で作られる血液が、がん化してしまうことによって、血液細胞が減少し、それに伴い、免疫細胞の働きも低下してしまうため、日和見感染を起こす可能性が高くなります。
詳しくは、白血病の初期症状を紹介!あざやかゆみなどに要注意!を参考にしてください!
薬剤性
病気を治療するために用いられる薬には、その副作用として、免疫力低下を招くものもあります。とくに、ステロイドや、免疫抑制剤(あるいは免疫抑制薬)、そして抗がん剤などの治療薬は、白血球の生産を低下させることがあります。
すると、薬剤性の日和見感染を引き起こすケースがあるのです。
加齢や生活習慣
人間の免疫力は、いつでも万全に働けるわけではありません。加齢とともに免疫力は低下しますし、喫煙や食生活といった生活習慣が原因となって、抵抗力が弱まることもあります。慢性的な疲労やストレスもその一つであると言えるでしょう。
また、ここにあげた様々な病気以外にも、腎不全や肝不全なども日和見感染を招く要因となるようです。
日和見感染症の種類は?
では、無害菌によって生じる日和見感染症には、どのようなものがあるのでしょうか?様々な疾患がありますので、代表的なものをいくつか見ていきましょう。
非結核性抗酸菌症
これは、結核菌と同類の「抗酸菌」と呼ばれる菌のうち、結核性以外の抗酸菌によって生じる感染症です。
- 人から人への感染が見られない
- 緩やかな進行性
- 抗結核薬が効かない
といった特徴があり、原因菌は10種類以上も存在すると言われています。初期の段階では自覚症状もほとんどないため、胸部の検査などで偶然発覚するケースも多いと言われています。具体的な症状としては、
- 痰
- 血痰・喀血
- 全身の倦怠感
などがあげられ、結核と同じように、ほとんどが肺に病変を作りますが、全身のあらゆる場所で病変が見られる可能性もあるようです。
また、症状が進行すると、
- 発熱
- 食欲不振
- 呼吸困難
- 極度の痩せ
といった症状も見られます。また、治療に関しては、結核と同様の薬物治療が行われるようですが、確実な治療法というのは存在しないのが現状です。
緑膿菌感染症
緑膿菌による感染症がこの疾患になります。身体のいろいろな部位で症状が現れる病気として知られており、
- 敗血症
- 呼吸器疾患
- 尿路感染症
- 肝や胆道の感染症
- 消化管感染症
などを引き起こします。前述の「感染しやすい人」の項目であげた要素を持つ人に加え、免疫力が低下する高齢者にも見られる感染症として知られています。
治療は抗生物質による薬物治療がメインとなります。また、感染経路は、自らの感染防御能力の低下による内因性のものと、輸液の投与や、点滴回路の汚染による外因性のものがあることがわかっています。
セラチア感染症
セラチア菌に感染すると、肺炎や腸炎などを引き起こすことがあります。さらに重症度の高い場合には、敗血症を招く恐れもあるので注意が必要です。そのほかにも、
- 尿路感染症
- 気道感染症
- 心内膜炎
- 骨髄炎
- 目の感染症
- 髄膜炎
などが発症することもあるようです。治療は、抗生物質による薬物治療がメインとなりますが、多剤耐性菌も見られるため、初期治療の段階では効果的だった抗生物質が、途中から効かなくなってしまうこともあるようです。
接触感染や飛沫感染などが感染経路としてあげられますが、健康な人であれば、症状を発症することはありません。
アスペルギルス症
アスペルギルスとは、空気中やほこりの中などに生息する細菌で、真菌の一種として知られています。通気口やエアコンなどで、私たちは、アスペルギルスを体内に入れることが頻繁にありますが、通常、これらから病気になることはありません。
しかし、肺疾患や呼吸疾患のある人、抵抗力が落ちている人などが、この菌に感染すると、何らかの症状が発症します。症状としては、
- 肺あるいは副鼻腔内に塊が形成される
- 咳に血が混じる
- 発熱
- 呼吸困難
- 腹痛
- 肝機能低下
- 腎機能低下
などの症状が見られます。最初にあげた症状で見られる塊は、菌糸や血液などが塊になることで生じます。
また、これらの症状は肺に病変が生じる「肺アスペルギルス腫」と呼ばれる疾患に見られるものですが、そのほかにも、脳や心臓などにも病気が広がる「侵襲性アスペルギルス症」や、呼吸器に重点的に症状が現れる「アレルギー性気管支肺アスペルギルス症」などがあげられます。
詳しくは、アスペルギルス症とは?症状・原因・治療方法を知ろう!予防するにはどうする?を読んでおきましょう。
ニューモシスチス肺炎
これは別名「カリニ肺炎」とも呼ばれる肺炎で、HIVの指標疾患の一つとして知られています。しかし、HIV感染者でない場合に発症すると、急速に症状が進行するという特徴もあるようです。
このようにエイズによる疾患としては、ほかにもヒストプラズマ症や、原発性脳リンパ腫、クリプトコッカス症、活動性結核などもあげられます。
さらに、がんの治療を行っている人にも、治療薬が原因となってよく見られる病気として知られているようです。症状としては、
- 空咳
- 呼吸困難
- 低酸素血症
- 発熱
などがあげられます。また、治療ではST合剤やペンタミジンなどが用いられ、3週間ほどの期間を要すると言われています。肺の日和見感染症には、このほかにもリンパ性間質性肺炎(リンパ性間接性肺炎ではありません)などもあるようです。
詳しくは、カリニ肺炎の症状と原因について!投薬治療での注意点やHIVとの関連性を知ろう!を参考にしてください!
クリプトスポリジウム症
これは、免疫が正常に働いている人にも軽い症状が現れることがあるようです。その場合は、
- 下痢
- 腹痛
- 食欲低下
- 悪心
- 倦怠感
- 発熱
などの症状が見られます。HIV感染者などの免疫不全宿主には、難治性および再発性で致死性の下痢を発症させる疾患として知られており、免疫不全の重症度によって、症状も重たくなってくるようです。
場合によっては、コレラのような大量の下痢を伴うこともあり、この状態になると死につながることもあると言われています。
また、「クリプトポリジウム」と間違えて呼ばれることもあるようですが、正式名称は「クリプトスポリジウム」です。
トキソプラズマ症
トキソプラズマ症には大きく分けると先天性のものと後天性のものがあります。先天性のものは妊婦が感染することによって、胎児にも感染してしまうケースです。
一方、後天性のものでは、免疫力低下による日和見性のものや、目に発症するものなどがあげられます。
日和見感染によって、トキソプラズマ症を発症した場合、脳炎や肝炎などの重篤な症状を引き起こすこともあるので、危険です。こうした免疫不全症の患者に見られる症状には、以下のようなものがあげられます。
<脳炎の場合>
- 言語障害
- 頭痛
- 半身の脱力感
- 錯乱
- 痙攣
- 昏睡 など
<肝炎の場合>
- 肝臓の肥大
- 黄疸
- 発疹
- 倦怠感 など
そのほかにも、肺炎や心筋炎、臓器不全を起こすこともあり、命に関わる事態を招く恐れもあります。
カンジダ症
これは、カンジダ菌によって発症する感染症です。カンジダ菌は、性器に存在する菌ですが、免疫力が低下するとカンジダが異常に繁殖し、症状が発症することがあるようです。性器の構造上、女性に多く見られる疾患としても知られています。症状としては、
- 陰部の強いかゆみ
- おりものが多い
- カッテージチーズ状のおりもの
- 性交時の痛み
- 痛みを伴う腫れ
などがあげられます。また、カンジダ症と似た病気に膣トリコモナスがありますが、この場合は、おりものが黄色あるいは泡状になり、匂いも強いという特徴があるようです。
治療は、膣内の洗浄後、内服薬と塗り薬、膣錠などを用いて行われます。
サイトメガロウイルス肺炎
成人では約8割~9割の人が、すでに思春期までに感染し、不顕性(症状が現れない)感染の状態だと言われていますが、免疫力が著しく低下した際に、サイトメガロウイルスが再活性化します。
- 発熱
- 痰を含まない咳
- 呼吸困難
- 呼吸不全
などがあげられ、網膜炎や肝機能障害などの合併症が生じることもあります。また、妊娠中の感染は大変深刻で、早産や小頭症などの異常が生じることもあるようです。
レジオネラ症
レジオネラ菌によって感染するこの疾患は、高齢者にも稀に見られる病気として知られています。症状としては、
- 全身の倦怠感
- 頭痛
- 筋肉痛
- 空咳
- 痰
- 高熱
- 胸の痛み
などがあげられます。とくに、免疫不全の場合は、レジオネラ肺炎という肺炎を起こしやすいので注意が必要です。
帯状疱疹
ヘルペスウイルスが原因となって生じるのが、帯状疱疹です。初感染では水疱瘡として症状が現れますが、回復後も体内にウイルスは眠っています。
免疫力が低下すると、このウイルスが再び活性化するため、帯状疱疹として症状が出てきます。身体の片側に症状が現れるのが特徴で、強い神経痛と、水膨れが生じます。
また、このヘルペスウイルスが、HIV感染者に日和見感染すると、カポジ肉腫という肉腫を形成することもあるようです。詳しくは、帯状疱疹はうつるの?治療するには薬が効果的?を参考にしてください!
日和見感染の治療と予防法
HIV感染者や免疫不全症の患者だけではなく、免疫力の低下によって、日和見感染は誰にでも生じる可能性があります。
では、最後に、日和見感染の治療法と予防について、ご紹介いたします。
日和見感染が招く感染症の治療法
前述のように、日和見感染は、健康な人ならば感染しても症状を発症しない菌が原因となっています。そのため、抗菌薬などが効きづらく、これまで治療に困難を要していましたが、最近では医療の発展とともに、様々な薬が日和見感染の治療に使用されているようです。
全項目の感染症についての記載内でも簡単にご紹介していますが、現在、日和見感染の治療に使われている薬には以下のようなものがあげられます。
- ST合剤
- アジスロマイシン
- リファブチン
- ダブソン
- ホスカルネット
- アトコバン
- バルカンシクロビル など
それぞれの感染症ごとに使用する薬や、用法用量も異なりますが、多くの場合、1日1回の服用を義務付けられるようです。
日和見感染を予防しよう!
日和見感染を防ぐためには、何よりも免疫力を低下させないことが大切です。そのためにできるのは、やはり普段の生活での心がけでしょう。
食事は、栄養バランスのとれた食事を、よく噛んでゆっくりといただくことが大切です。できるだけ食材の種類を多く摂取することで、かなり栄養バランスも改善されるようです。忙しくても、丼ものばかりを摂取するのではなく、お皿の数を増やすイメージでメニューを考えるのも良さそうです。
また、質のよい睡眠や、規則正しい生活も、私たちの健康を支える基本中の基本と言えます。できるだけ夜ふかしは避け、早寝早起きを心がけましょう。
さらに、身の回りを清潔にすることも、感染症の予防には欠かせません。菌は、暖かく湿度の高い場所に繁殖しやすいですので、お風呂場はこまめに掃除し、定期的に換気をしましょう。そして、外出先から帰宅した際には、あらゆる感染症の予防のために、手洗い・うがいを習慣づけることをおすすめします。
まとめ
いかがでしたでしょうか。日和見感染の治療は早期発見が大切なポイントになります。また、予防法としては、免疫力を高めておくことも大切ですが、それに加え、抗生物質を正しく利用するということもあげられます。
市販されている抗生物質や抗菌薬の間違った使用によって、菌が耐性を持ってしまうこと(菌交代現象と呼ばれる)で、治療が困難な感染症が発生することもあるのです。
普段からこのような予防に気を配りつつ、皮膚に異常が見られる、発熱など身体の不調が続くといった症状が頻繁に起きる場合には、早めに病院で検査してもらいましょう。
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