私たちが住む世界には、数多くのウイルスが存在し、様々なタイミングで私たちの体内に侵入します。一度侵入すると、正常な細胞に自分の遺伝子を放出し、ほかの細胞にまでどんどん増殖して、私たちの身体にあらゆる不調を引き起こします。
その数あるウイルスの中で、全世界でよく見られるのが、「EBウイルス」と呼ばれるウイルスです。“身近なウイルス”とも言われていますが、成人がこのウイルスに感染すると、場合によっては命を落とすこともある、非常に恐ろしいウイルスです。
某声優の方も、このウイルスに感染して亡くなったことで、一時大きなニュースになりました。
そこで、ここでは、EBウイルス感染症について、その症状や感染原因、治療法などをご紹介いたします。
EBウイルス感染症について
EBウイルスとは、正式名称「エプスタイン・バール(あるいはエプスタイン・バー)ウイルス」と言い、1964年に、マイケル・エプスタイン氏とアイヴォン・バー氏によって発見されました。
比較的認知度の高いヘルペスウイルスの一種で、乳幼児期に感染するケースが多く、国内では、5歳までに半数、成人の場合は9割以上感染していると考えられています。
EBウイルスについて
EBウイルスは体内に侵入すると、人間の免疫細胞に感染します。この免疫細胞は、ウイルスや細菌などの異物が体内に入り込んだ際に、それらを攻撃する役目を持っており、以下のような種類に分けられます。
<B細胞>
血中の白血球内のリンパ球のうち、約2割~4割が、このB細胞だと言われています。体内にウイルスや細菌などが入り込むと、B細胞と、後にご紹介する「T細胞」が協力しながら、入り込んできた病原体に合わせて抗体を作り出し、病原体を攻撃します。
<T細胞>
T細胞は、胸腺で作られる免疫細胞の一種です。T細胞が持つ「抗原受容体」が、ウイルスや細菌などの異物を認識すると、T細胞そのものが自ら増殖し、様々な役割を果たしています。ヘルパーT細胞になったものは、B細胞などに指令を送り、キラーT細胞になったものは、ウイルスや細菌を攻撃するなどして、身体を守ります。
<NK細胞>
NK細胞は「ナチュラルキラー細胞」とも呼ばれる、私たちの健康を守るための、非常に重要な細胞になります。通常、そのほかの免疫細胞は、指令を受けてから活動を開始しますが、NK細胞は、指令を受ける前の段階から、常に異常細胞がないかどうかを探し、見つけ次第、すぐに攻撃して、死滅させようと作用します。
病原体に感染した細胞や、がん化した細胞が、それ以上拡大しないように機能する、大切な役割を果たしています。
そして、EBウイルスが体内に侵入すると、これらの免疫細胞のうち、B細胞に感染し、一度感染すると、一生その人の血液や上皮細胞に潜伏した状態で眠っています。
その後、何らかの原因で感染者の免疫力が低下すると、それらの病原体が目を覚まし、活動し始めるのです。目を覚ましたEBウイルスは、まず、唾液の中に現れます。
感染経路
EBウイルスの感染経路は、主に経口感染だと言われています。感染者が口をつけた飲み物を、気づかずに回し飲みしてしまったり、交際相手が感染している場合には、キスすることで感染するケースもあるようです。
また、そのほかには、感染者がしたくしゃみや咳などに紛れ込んだウイルスを吸い込む「飛沫感染」などで、二次感染が生じる場合もあります。
唾液以外に鼻水などにもウイルスは排出され、初感染および免疫力低下時のウイルス活性期には、数ヶ月にわたってウイルスが排出されるため、二次感染を招きやすい環境が長期に及ぶということになります。
潜伏期間
EBウイルスの潜伏期間は、1ヶ月~2ヶ月弱とされていますが、感染した人のうち15%~20%は、発症せずにウイルスを維持した状態でいるようです。
現在、乳幼児だけではなく、思春期を過ぎた高校生や大学生などの若い世代でも、EBウイルスに感染する症例が多く、話題になっているようです。
EBウイルス感染症の症状とは?
EBウイルス感染症の症状は、いつ初感染するのかによって、症状の程度なども異なると言われています。前述のように、多くの場合、乳幼児期に感染することが多いのですが、乳幼児が発症する場合、80%程度は比較的軽い症状で、ほとんどが症状のないままウイルスのみを保有している「不顕性感染」の状態なのだそうです。
しかし、思春期など、一定の年齢を過ぎてから初感染すると、以下にあげる「伝染性単核球症」や「慢性活動性EBウイルス感染症」といった疾患を引き起こしやすくなります。
また、これらの疾患の明確な症状が出る前の段階では、風邪によく似た症状であるため、発見が遅れてしまうケースも多々あるようです。
ここでは、EBウイルス感染症が招く2つの疾患について、ご紹介いたします。
伝染性単核球症
これは、EBウイルスがB細胞に感染し、潜伏期間を経て発症する疾患です。とくに、10代~20代の人によく見られ、その場合、35%~50%程度の確率で発症すると考えられています。
また、キスで感染することから、性感染症の一つとして認められていますが、キス以外でも感染する可能性は十分にあるので、伝染性単核球症になったからといって、その人が性感染症であると安易に認識するのは避けましょう。
さらに、乳幼児期の場合は無症状であることが多いとお伝えしましたが、まれに乳幼児にも発症するケースがありますので、注意深い経過観察は必要です。
伝染性単核球症を発症した場合、風邪のような初期症状の後に、以下のような症状があげられます。
<症状>
- 全身の極度の倦怠感(数日から1週間程度継続)
- 微熱と38℃以上の高熱を繰り返す「弛張熱(1日1℃以上の温度差が生じる熱)」が続く
- 首を主とした全身のリンパ節の腫れ
- いちご舌
- 発疹
- まぶたの腫れ
- 食欲低下
- 肝臓や脾臓の腫れおよび肥大
以上のような症状は4~6週間程度続き、回復にするにつれて、自然と治まりますが、以下のような合併症を引き起こすこともあります。
<合併症>
【急性肝炎】合併症として急性肝炎を引き起こすことがあり、その10%程度には黄疸の症状も出るようです。
【神経系疾患】:希に脳炎、ギランバレー症候群、末梢神経障害、脊髄炎などの神経系疾患が生じることがあります。脳炎の場合は、全脳性で進行速度が急速なものもあるようです。
【脾破裂】:危険度の高い合併症としてあげられるのが、この脾破裂です。脾臓の腫れが悪化すると、脾臓が破裂することがまれにあり、痛みを伴うのが一般的ですが、場合によっては痛みを感じないまま低血圧が生じるという現れ方をすることもあるようです。いずれにおいても、早急な処置が必要です。
慢性活動性EBウイルス感染症
前述のように、EBウイルスは主にB細胞に感染するのですが、まれにT細胞やNK細胞に感染してしまうこともあります。
本来、T細胞やNK細胞は非常に強力な免疫細胞なのですが、なぜ、EBウイルスがそれらに感染してしまうのかという原因については、未だ不明だと言われています。
EBウイルスがT細胞やNK細胞に感染すると、そこからゆっくりと時間をかけてほかの臓器にも増殖するため、以下のような症状が、繰り返し長期にわたって現れます。
<症状>
- 発熱
- 全身の倦怠感
- リンパ節の腫れ
- 発疹
- 肝臓や脾臓の腫れおよび肥大
- 血小板減少や、それに伴う貧血
- 下痢
- 下血
- 口腔内アフタ
- ぶどう膜炎
- 冠動脈瘤
以上のような症状は自然に治まったり、対処療法で改善するケースもあるようですが、根本治療とは異なるため、きちんとした治療を行うまでは何度も繰り返しこれらの症状が見られます。
<合併症>
慢性活動性EBウイルス感染症になった場合、以下のような合併症が現れることがあります。
【蚊刺過敏症】:罹患者の3割程度に「蚊刺過敏症」すなわち「蚊アレルギー」を併発することがあるようです。このアレルギー症状が出ると、蚊に刺されることで、皮膚がひどく腫れ、高熱などの症状があらわれてきます。
そして、発熱を抑えようと、解熱剤を飲んでも効果を得ることができないのです。さらには、患部の治癒までに1ヶ月程度と長い時間を要することもあると言われています。
【種痘様水疱症】:皮膚に日光が当たると、ただれや水疱が生じる病気です。ひどくなると、結膜炎や角膜炎などの眼疾患を引き起こすこともあるようです。
【多臓器不全】:心筋梗塞などの心不全や、肝機能障害、中枢神経の異常など、様々な臓器不全を引き起こすことがあります。これらは命にも関わる重症度の高い疾患です。
【血液のがん】:慢性活動性EBウイルス感染症の症状を何度も繰り返すなかで、悪性リンパ腫や白血病などの血液のガンと呼ばれる疾患を発症することもあります。これらも多臓器不全同様に、命を落とす危険のある重症度の高い疾患です。
EBウイルス感染症の治療法
EBウイルス感染症の疑いがある場合、まずは病院で検査を行います。EBウイルス感染の有無を調べるためには、一般的に血液検査が行われますが、その前に、そのほかの検査が必要になります。
鼻やのどの粘膜を採取して、別のウイルスが原因でないことが明確になったら血液検査で白血球の数や抗体を確認し、陽性か否かを調べます。
検査でEBウイルスに感染していることが判明した場合、すぐに適切な処置をしたいものですが、実は現在のところ、このウイルスに有効な薬は存在しません。
ここではEBウイルスに感染して発症する疾患ごとに、それぞれの治療法をご紹介いたします。
感染性単核球症の治療法
ウイルスに有効な薬が存在しないため、基本的な治療法としては、対処療法を行いながら自宅で安静にしてウイルスが死滅するのを待つしかありません。こまめな水分補給と、二次感染に注意しながら静かに過ごしましょう。
対処療法で用いられる薬には、発熱や咽頭痛などの炎症と痛みを和らげる「アセトアミノフェン」などの消炎鎮痛剤が用いられ、合わせて抗生物質も処方されることがあるようです。
しかし、伝染性単核球症の場合、安易に抗生物質を投与すると、皮疹が見られることもあるので、注意が必要です。とくに、初期症状は風邪と間違われやすいため、間違った診断によってこのような状態を招くことがあると言われています。
重症度の高い場合は、心筋炎などを改善するためのステロイド剤などが必要なケースもあります。また、脾破裂を避けるためにも、最低4週間はスポーツなどの身体を動かす行為は避けるべきでしょう。
慢性活動性EBウイルス感染症の治療法
感染性単核球症の場合は、ほとんどが安静に過ごすことで改善すると言われていますが、慢性活動性EBウイルス感染症の場合は、そうはいきません。
ウイルスに感染した細胞は、腫瘍をできやすくする性質を持っているため、その細胞自体をなくさなければ、根治には繋がらないのです。
これまでは、抗がん剤を、免疫抑制剤やステロイド剤などと組み合わせて投与する「免疫化学療法」という方法が用いられていましたが、その有効性は望ましいものではないということが、最近判明したようです。
現在の慢性活動性EBウイルス感染症の治療法として効果的だと言われているのが、「造血幹細胞移植」と呼ばれる治療法です。簡単に言うと、白血球や赤血球、血小板などの元になる細胞を移植する方法です。
大掛かりな治療法ではありますが、この治療法によって、約95%の患者が回復したという報告もあるようです。
EBウイルス感染症を予防しよう
症状が発症しないケースもあることを考えると、知らないうちに感染している場合もあるのが、この感染症の厄介なところです。
また、インフルエンザなどのように、学校や幼稚園で出席停止の対象になっているわけではなく、解熱後は医師の診断書がなくても出席できるようになっています。しかし、先にもお伝えしたように、ウイルスは数ヶ月にわたって唾液や鼻水から排出されるため、油断は禁物です。
ここでは、EBウイルス感染症の予防法について、ご紹介いたします。
免疫力、抵抗力をつける
EBウイルスに限らず、様々なウイルスや細菌が感染し、症状を発症するのは、人間の免疫力や抵抗力が低下したときです。小さな子供は、まだ免疫力が大人のように備わっていないこともあり、感染症にかかりやすいので、親御さんがしっかりとサポートしなくてはなりません。
また、成人の場合においても、忙しさのあまり、睡眠時間が短くなったり、食生活が乱れると、抵抗力が低下します。現代人においては、ストレスもそれらの要因の一つとして考えておくとよいでしょう。
質の良い睡眠をしっかりとり、バランスの良い食生活を心がけておくことは、万病の予防につながります。さらには、適度に身体を動かすことも、免疫力を活性化させるためには、欠かせないポイントです。毎日、ある程度身体を動かす習慣をつけておくのも良いでしょう。
経口感染を招く要素を避ける
EBウイルスに感染していることを知りながら、その相手とキスをすることは、問題外と言えますが、そのほかにも、気をつけたいのが、食器などの日用品からの感染です。
たとえば、会社で全社員で使用するコップなどの洗浄がきちんと行われていない場合には、知人に感染者がいない場合でも、知らない人のウイルスをコップを介してもらってしまうケースもあります。
また、タオルやハンカチなどの貸し借りも、避けた方がベターでしょう。直接口に触れるものではなくても、万が一、そこにウイルスがついていた場合、そのタオルやハンカチを触った手で食材を掴み、それが口へ入ると、結果的に経口感染していることになります。
このように、直接ではなく間接的にウイルスが侵入する要素を避けることも大切です。
こまめな手洗い・うがい
手洗い・うがいは、全ての病気の予防につながります。私たちの手には、多量の雑菌がいると言われていることに加え、ウイルスや細菌は、喉粘膜などから感染することを考えると、手洗い・うがいの重要性がお分かりいただけるのではないでしょうか?
とくに、ウイルス感染が起こりやすい秋~冬にかけての季節には、いつも以上に入念に手洗い・うがいを行うと安心です。
まとめ
いかがでしたでしょうか。EBウイルス感染症は、乳幼児に発症するケースは少ないとされていますが、万が一、このような症状が出た場合は、慌てずに、どのような症状がいつごろ出始めたのかを確認し、速やかに小児科へ連れて行きましょう。
大人の場合においては、重症化しやすいので、注意が必要です。症状が悪化して、恐ろしい合併症を引き起こさないためにも、早期発見・早期治療が大切です。
いつもの風邪とはどこか違うと感じたり、EBウイルス感染症から回復したばかりの人と接触した後に、ここでご紹介したような症状が見られた場合には、すぐに病院で検査を受けましょう。
また、普段から健やかな身体をつくり、免疫力や抵抗力をつけておくことも大切です。冷え性の人は、冷え性を改善するだけでも、免疫力は大幅に上がると言われています。
これを機に、ご自身の健康について見つめ直してみてはいかがでしょうか。