マラリアときくと、熱帯地方の病気というイメージを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。日本に暮らしていると馴染みのない病気ですが、マラリアにかかるとどのような症状が出て、どのような治療法が存在するのでしょう?
国内での症例は少ないとしても、流行地域に旅行するときにはこの病気に対する知識を持つことは重要です。マラニアについて考えてみましょう。
マラリアとは
マラリアは、亜熱帯地域・熱帯地域を中心に広がる感染症です。感染者数が多く、重症化するケースもあることから世界的に重要な感染症のひとつとされています。
また、旅行者への感染もこの病気の大きな問題です。マラリアは複数種のマラリア原虫が病原体であるため、感染したマラリア原虫の種によって病型や治療法も異なります。とくに熱帯熱マラリアは、早期に適切な対応をしないと短期間で重篤な症状が現れ最悪の場合死に至ることもある病気です。
マラリアの流行地
マラリアは100か国あまりで流行していって、年間2億人以上の感染者数が報告され、200万人の人が死亡している推計されています。死亡者の多くはサハラ以南のアフリカの5歳未満の乳幼児です。アフリカ以外にもアジアや南太平洋諸国、中南米でも多くの感染者がいます。
とくに重大な症状を引き起こす熱帯熱マラリアはアフリカ・アジア、太平洋の熱帯地域を中心に流行しますが、三日熱マラリアは韓国や中国などでも問題となっています。元来アフリカに住んでいる黒人の人々は遺伝的に三日熱マラリアに感染しにくいため、三日熱マラリアはアフリカでは流行しないといわれてきましたが、近年ではアジア系の住民がアフリカに流入していることもあり、アフリカでの三日熱マラリア感染も報告されるようになりました。
現在では、マラリア対策の進歩があり、マラリア感染者数が減少傾向にあるとともに、流行の中心が熱帯熱マラリアから三日熱マラリアに相対的に移動しているという傾向もみられます。その他卵熱マラリアや四日熱マラリアは、熱帯熱マラリア・三日熱マラリアの比較して感染者数は少ないです。
旅行者のマラリア感染
旅行医学の観点からも、マラリアは重要な感染症です。世界的に旅行者が帰国後に自国でマラリアを発症する例は年間3万人程度あるとされています。旅行者の場合マラリアに対しての免疫能力がないため、治療が遅れると致死的な症状となる場合があります。そのため早期対応が非常に重要です。日本国内での発症の報告数は、最近では50~70例程度を推移しているので、多いという状況ではありません。
しかし、国内での発生が少ないがために、マラリア患者を実際に診察する医師にはほとんど経験ありません。経験不足のための診断・治療の遅れが懸念されます。実際に、熱帯熱マラリアによる死亡例がこれまで数件起こっているという事実があります。
マラリアの原因
マラリアとは複数種のマラリア原虫を病原体とし、ハマダラ蚊を媒体として感染する寄生虫症です。
病原体と媒体
マラリアの病原体はマラリア原虫で、人間に感染したときに臨床的に問題となるのは主に次の4種類の原虫です。
- 「熱帯熱マラリア原虫(P. falciparum)」
- 「三日熱マラリア原虫(P. vivax)」
- 「卵形マラリア原虫(P. ovale)」
- 「四日熱マラリア原虫(P. malariae)
この中で感染者数が多く一般的なのは熱帯熱マラリアと三日熱マラリアです。また、2004年以降、マカク属のサルで感染が問題となっていた「サル・マラリア原虫(P. knowlesi)」の、人間への感染例がマレーシアやボルネオ島で報告されたことから、このマラリアが第5のヒト・マラリアと言われ、その後も人間への感染がインドシナ諸国、フィリピンなど東南アジアを中心に各地で報告されています。2012年には、マレーシアから帰国した日本人での発症例も報告されています。
マラリアの感染経路はまず、メスのハマダラ蚊が産卵のため吸血します。その際にハマダラ蚊の唾液腺に存在していたマラリア原虫のスポロゾイトが、唾液注入に伴い人間の体内に侵入してきます。人間の血中内に入ったスポロゾイトは45分程度で肝細胞に取り込まれ、肝細胞内で分裂し増殖します。数千個まで増殖したところで肝細胞を破壊し、血液中に放出されます。血液中に移行したメロゾイトは次に赤血球に侵入し、赤血球の中で増殖します。
その後はその赤血球を破壊、また新たな赤血球の中で増殖するというサイクルを繰り返すのです。マラリアの基本的な症状はこの赤血球の破壊時に現れます。原虫により増殖~破壊のサイクルが違うため、このサイクルが三日熱、四日熱の名称の由来です。
マラリアの症状
マラリアの症状は、上述で少し触れましたが、マラリア原虫が赤血球内で増殖する際に有毒な物質を代謝産物として生成し、赤血球の破壊時にその有害物質が血液中に放出されることで引き起こされます。
症状は原虫の種類や合併症の有無によりそれぞれ異なりますが、いずれも潜伏期とよばれる無症状期間が7~30日間程度あります。
また、マラリア流行地で育っておらずマラリアに免疫のない人が初感染した場合は、発熱症状はほぼ確実に発症すると考えてよいようです。逆に流行地で生まれ育ち、何度もマラリアにかかったことからマラリアへの免疫能力がある人では、発症しても発熱などの症状が軽度しかみられないこともあります。
熱帯熱マラリアの症状
原虫侵入後の潜伏期は12日前後です。主な症状としては毎日の発熱です。1日に複数回の場合もあります。しかし発熱は不規則であることも多いです。
また熱帯熱マラリアで特徴的なのは、合併症の多様さです。この合併症には、異常行動・意識障害・発作・こん睡や神経障害といった症状を伴う脳マラリア「赤血球の破壊による深刻な貧血、急性呼吸逼迫症候群(ARDS)、血液凝固の異常、心臓血管系の不全による低血圧、代謝性アシドーシス、低血糖、黒水熱(高度の血色素尿症)などが挙げられます。
このようなマラリアは重症熱帯熱マラリア(severe and complicated malaria)と呼ばれます。このような致死的な症状が、熱帯熱マラリアの多くの死亡原因となります。
三日熱マラリアの症状
潜伏期は14日前後です。しかしときに1年以上、はっきりした症状が出ないようなケースもあります。主な症状は悪寒と震え、そして発熱で、48時間ごとに発熱を繰り返します。その他に顕著に見られる症状には発汗、頭痛、悪心と嘔吐、体の痛み、全身倦怠感などがあります。
卵型マラリアの症状
潜伏期は14日前後です。症状は「三日熱マラリア」と同じですがサイクルが違います。卵型マラリアでは48~50時間ごとに発熱を繰り返します。
四日熱マラリアの症状
潜伏期は30日前後です。四日熱マラリアもやはり三日熱マラリアと症状は同一でサイクルを異にし、四日熱マラリアでは72時間ごとに発熱を繰り返します。
マラリアの治療方法
マラリアは早期の適正な治療によりほとんどが治り、再発も防げます。
重症でないマラリアの治療
マラリアの治療の考え方は、急性期治療と根治的治療に分けられます。急性期治療では、従来はクロロキン耐性のある熱帯熱マラリア以外のマラリアの急性期の治療には、一般にクロロキンが用いられてきました。
近年では、熱帯熱マラリア以外のマラリアでも、短期作用型のアルテスネートと長期作用型の他剤を組み合わせた合剤が利用されることが多くなっているようです。三日熱マラリアと卵形マラリアには、急性期治療の後に肝細胞内に潜む休眠体原虫を殺す根治療法が必要です。そのためにはプリマキンが投与されます。
重症な合併症がある熱帯熱マラリア(重症熱帯熱マラリア)の治療
早期に治療をしなければ高い確率で死亡に至ってしまうため、直ちに治療が必要です。薬剤の血中濃度を速やかに有効濃度に上昇させることが重要となるため、非経口的な投与(薬剤の注射など)が行われます。キニーネの注射が標準的薬剤でしたが、近年ではアルテミシニンおよび誘導体の注射や坐剤の使用が多くなっています。
しかし、タイやカンボジア国境付近ではアルテミシニンの効果が低下しているとの報告があったり、マラロンの耐性株がアフリカで報告があるなど、マラリア治療の状況は激しく変化しています。
現在、日本国内で販売されている抗マラリア薬は、スルファドキシン/ピリメタシン、メフロキン、塩酸キニーネ、アトバコン/プログラニル塩酸塩の4種類です。
マラリアの予防方法
日本国内に暮らしている限りはあまり感染のリスクがないマラリアですが、感染流行地に旅行する際には予防に配慮することがが必要です。
ハマダラ蚊を避ける
マラニアの予防には病原体を媒介するハマダラ蚊に刺されることを予防することが効果的です。
具体的には、ハマダラ蚊の行動時間である夕方から朝方の外出を避ける、長袖のシャツや長ズボンをはいて素肌の露出を避ける、昆虫の忌避剤を用いる、就寝時に蚊帳を使う、殺虫剤でハマダラ蚊を駆除するといった方法が考えられます。殺虫剤練り込みの蚊帳なども販売されています。
投薬による予防
抗マラリア薬の投与による予防も一定の効果が認められています。日本国内で予防投薬が認められているのは、メフロキンとアトバコン/プログラニル塩酸塩ですが、専門医の指導のもとに薬剤については慎重に選ぶことが必要です。
熱帯熱マラリアを中心に、マラリアの治療や予防投薬については、国内の専門家会議からガイドラインが示されていますので、最新情報を入手するようにしましょう。
まとめ
マラリアは日本にいる分には異国の病気のように感じますが、世界的には非常に感染者の多い病気です。
また旅行先で感染した場合、免疫のない私達では重篤な症状を発症する可能性もありますので、流行地域へ旅行を計画する場合には流行状況を調べ、予防措置を十分に取った上で実行するようにしましょう。