肺胞出血(はいほうしゅっけつ)をご存じでしょうか?
普段なんらかの病気治療でお薬を服用されていた場合、時々胸や背中が痛くなったり頻繁に呼吸困難等が起こるようであればその可能性を疑って病院で検査されることをお薦めします。
肺胞出血はなぜ起こるのでしょうか?有効な対策はあるのでしょうか?今回は放っておくと深刻な結果をもたらす肺胞出血について理解を深めましょう。
肺胞出血とは
肺の中にある細気管支の先端部分、「ブドウの房」状になっているそのひとつひとつを肺胞(はいほう)といいます。
肺の中に3~6億個も存在する肺胞はその大きさが直径0.1~0.2mmと非常に小さく柔らかで、いわば超柔らかめのスポンジといった性質をしています。ひとつひとつに網の目状に張り巡らされた毛細血管と隣接していて酸素の体内への取り込みと、二酸化炭素の対外への排出というガス交換を行う器官です。
肺胞出血はこの「ブドウの房」の各々ひとつである肺胞に張り巡らされた毛細血管の一部が破れ、内部の中空スペースである肺胞腔内(はいほうくうない)に血液が流入してしまう症状です。
肺胞出血という病気はありません。肺胞出血は肺胞に隣接する血管が破れて出血するあくまで“症状”であり、その出血が肺全体に広がった状態を「びまん性肺胞出血症候群(DAH)」と呼び、後述する血痰や喀血、呼吸困難といった別の病態や症状に移行するものです。今のところこの出血の原因として有力な説はいくつかありますが、はっきりと特定されているわけではありません。
肺胞出血が肺全体に起こった場合、大量の血液が血管外に流出し組織・細胞間に浸潤するため体内を循環する血液量が大幅に下がり、血圧低下や貧血を引き起こします。最終的に各組織・各臓器の機能不全が起こり重症に陥ることもあるのです。
呼吸困難のメカニズム
肺胞出血は肺胞に隣接する毛細血管の破綻により発症しますが、出血性の症状とはいえなぜ呼吸にまで悪影響を及ぼすのでしょうか、その原因についても検証してみましょう。
生体のガス交換
平たく言えば肺に十分な空気を取り込むことができない状態となり呼吸困難に陥るのですが以下に詳細を記しています。
ガス交換とは空気を肺に取り込み肺胞と接した毛細血管との間で行われる酸素(O2)と二酸化炭素(CO2)のやりとりを言います。
肺胞から血液に取り込まれる酸素はヘモグロビンという物質と結びつき心臓から出て四肢の末端まで通じる動脈血を通して体内の隅々にまで送り込まれます。逆に静脈血は体内の各細胞の再活性化に伴い作り出された二酸化炭素を心臓に戻す役割があり、最終的に肺胞の毛細血管まで送られて酸素との交換が行われます。
このように肺胞には隣り合った毛細血管との間で酸素を送り込む一方で人体に不必要となる二酸化炭素を取り込み、肺-気道-鼻・口の順で体外に排出する役割があります。この酸素と二酸化炭素の一連の作業を生体のガス交換と呼びます。
肺胞出血を発症すると本来は酸素と二酸化炭素の交換作業に使われるスペースである肺胞に血液が貯留しガス交換ができなくなるため、空気を取り込んではいるものの酸素が体内に効率よく取り込むことができません。
通常呼吸では酸素を十分取り込めないため頻繁に呼吸をすることで補おうとしますが、元々ガス交換の機能が低下しているため例え呼吸回数を増やしたくさんの酸素を取り込もうとしても効果がないのです。
さらに咳を伴った喀血や血痰・黒痰等で肺胞に繋がる細気管支、気道に繋がる気管支の内径部が狭まってしまうことから呼吸は増々困難となり、ひどい場合は呼吸不全に陥る可能性もあります。
肺胞出血の症状
以下に肺胞出血の典型的な5つの症状を記します。
- 咳がでる
- 咳と一緒に血がでる(喀血)
- 淡に血が混じる(血痰)
- 黒い痰がでる
- 息切れがして苦しい状態が続く(時に貧血を発症)
咳はなぜでるのか?
我々は風邪やその他の病気になると喉が痛くなったり咳がでたりします。一連の症状は身体を病気から守るための生体反応と言われますが、そのメカニズムは未だ完全には解明されていません。以下、有力説についてみていきましょう。
咳には
- 気道を含む喉・気管・気管支の炎症で体内から分泌された物質が溜まっている時に起こる場合
- 外から何らかの異物・刺激物が食事や呼吸を通して入り込んだ状態を改善しようと体外に排出するための神経反射としての役割
があります。
咳は喉から肺までの呼吸器への異物吸入やウイルス等による炎症などによっておこる生体の防御反応です。咳をすることで異物や痰に絡めて体内のウィルスを排出する役割もあることから薬で無理やり抑えることが得策とは言えません。
肺胞出血が肺胞と毛細血管連携の破綻により発症したとすればその場所が完治しない限り症状を緩和することはできません。しかし肺全体を侵食する「びまん性肺胞出血症候群(DAH)」と違い、軽度の症状であれば自然に治ってしまう場合もあります。
(毛細)血管が破れると一般的には炎症という「腫れ・痛み・熱・機能障害(咳や呼吸困難等)」という4つの症状が現れます。咳がでる原因は肺胞と接する毛細血管破綻による内部出血によりこの炎症が現れるためです。
喀血(かっけつ)や血痰(けったん)のメカニズム
肺胞毛細血管の破綻によって発症する肺胞出血では、多くの場合肺胞内部にある肺胞腔内(はいほうくうない)に溜まった血液が細気管支(さいきかんし:気管支と肺胞の通り道)から気管支へ、さらに口腔内に流れ出ることから咳と一緒に血がでる喀血や痰に血が混ざる血痰の症状を呈します。
肺全体に生じる「びまん性肺胞出血症候群(DAH)」の場合、肺による酸素の取り込みが不完全となることから呼吸困難を呈する場合があります。重症化した場合は死に至るケースもあり非常に恐ろしい病態です。
2014年2月、元TBSアナウンサー、当時フリーで活躍されていた山本文郎さんも肺胞出血で死亡したとされています。山本さんは数日前から背中や胸の痛みを訴えて入院されたのが症状の始まりだったと言われています。
肺胞出血の原因
肺胞出血は1)何らか原因で発生する血管の炎症である血管炎、2)特定病症を含む肺疾患、さらに3)薬剤等による血管変性によって引き起こされることが知られています。
血管炎によるもの
血管炎は血管炎症症候群とも呼ばれ、血管の炎症に起因する多種多様の症状を総称したものです。原因とされる疾患が血管炎から起こる場合には「原発性血管炎」、他の疾患、例えば膠原病等が血管炎を誘発した場合は「続発性血管炎」と称されます。
本来自己の身体を守るべき免疫機能が著しく低下したり異常をきたす、もしくは過剰な反応を示し人体の至る所を攻撃する膠原病の一種で、「全身性エリテマトーデス」などによって合併した血管炎が肺胞出血を誘発する場合があります。
その他、自己免疫疾患のひとつとして「グットパスチャー症候群」があり、発症はごく稀ですが、進行性の腎不全を引き起こしたり時に肺胞出血を誘発する場合があります。
肺疾患によるもの
慢性閉塞性肺疾患(COPD)は長年のたばこの煙や有害物質・ガスの継続的な吸入などで空気の通り道である気道や肺、さらに肺胞などに空気が万遍なく行き渡らず酸素・二酸化炭素の出し入れがうまくいかなくなり息切れや呼吸困難を呈する疾患です。日本には推定500万人以上のCOPD患者がいるとされています。
気管支内径が狭くなっていることに加え、肺胞の機能が破綻しているため隣接する毛細血管を含めたガス交換機能が損なわれてしまい、肺胞内に血液が流出・貯留する肺胞出血症状を呈する場合があります。
COPDに罹患すると正常な呼吸ができなくなるため酸素吸入装置を常に携帯する必要に迫られます。鼻カニュラという透明のチューブを装着し車輪のついた長細いカートのようなものを片手で引っ張っていたり、車いすの後ろに積んでいたりする場合はそういった在宅酸素療法を選択するケースだと考えられます。
薬剤によるもの
薬剤による副作用としての肺胞出血は抗凝固薬、プロピルウラシル系薬、アミオダロン系薬が原因とされています。
アスピリン、ワルファリン(ワーファリン)、抗不整脈薬、免疫抑制薬、降圧薬、抗てんかん薬、抗甲状腺薬、抗菌薬、抗リウマチ薬、抗がん剤等、様々な薬による副作用が考えられます。
薬剤による肺胞出血の可能性として最も多いケースが、狭心症・心筋梗塞・脳梗塞等で使用される血液を固まりにくくする「抗凝固薬」です。アスピリン・ワルファリン等はそれぞれ血小板や血液そのものの抗凝固促進に作用し血液の粘性度を下げ固まりにくくする働きがあります。
また飲み薬で出血する場合もあります。中でもアミオダロン系の抗不整脈薬、プロピチオウラシル系の抗甲状腺薬、グリベンクラミド等の血糖降下薬、シクロスポリン、シロリムスなどの免疫抑制薬、アプレゾリン系の降圧薬、カルバマゼピン、フェニトインなどの抗てんかん薬、酢酸(さくさん)ゴナドレリン等の排卵誘発薬、ペニシラミン等の抗リウマチ薬、メトトレキサートなどの抗がん剤があげられます。
さらに注射等による注入薬ではヘパリン、血栓溶解(けっせんようかい)薬(tPA、ウロキナーゼなど)、抗がん剤(ゲムシタビンなど)、ヨード剤(血管造影剤の一種)、月経に必須のホルモンであるプロスタグランジン製剤などにより肺胞出血の可能性があります。
投薬治療ではどの患者がどういった薬に反応して肺胞出血の症状を誘発するのか、現状ではその詳細が明らかになっていない為、以下の症状を呈する場合は速やかに医師の診断を仰ぐことが肝要です。
「咳と一緒に血がでる・痰に血が混ざっている・黒い痰がでる・息切れがする・息苦しくなる・咳がでる」等の症状が抗凝固薬によって誘発される肺胞出血の副作用とされています。
肺胞出血の早期発見に必要な要素
発見が遅れると深刻な事態を招く肺胞出血、何よりもまず迅速な対処が必要です。そこで早期発見・迅速対処の方法についても学んでみましょう。
発生頻度
病気や症状等の発生頻度が高くなる場合を医療用語で「好発」といいますが、肺胞出血も好発する時期が特定できる場合があります。
例えば血液を固まりにくくする作用のアスピリン、ワルファリン、tPA、ウロキナーゼ等の抗凝固薬、血液粘性を不活性化する薬剤使用等、出血を起こしやすい状況では肺胞出血「好発」の可能性は高まると考えて差し支えありません。
抗甲状腺薬、抗リウマチ薬、免疫抑制薬等といった生体に対する過敏性反応・自己免疫性反応を示すプロピルチオウラシル、フェニトイン、ペニシリン、ヒドララジン、ロイコトリエン拮抗薬、さらに一部の免疫抑制薬、一部の抗がん薬はその使用後、数日から数年経過した後に肺胞出血症状を呈する場合があり、あらかじめ好発時期を特定するのは非常に困難です。
アミオダロン等の抗不整脈薬、細胞障害性薬剤、一部の免疫抑制剤、一部の抗がん剤、さらに局所麻酔薬としても用いられるコカイン等は肺毛細血管内皮細胞を直接弱体化させる薬剤として知られ、使用後数か月してから肺胞出血を起こす可能性があり、経口投薬中止後も注意する必要があります。
投薬による発生頻度の違い
抗凝固薬ではどの患者にどれだけの投薬をするかといった投薬コントロールの程度が肺胞出血の発症を予防する手段になります。つまり患者それぞれに合った薬の量、尚且つ肺胞出血を含む「びまん性肺胞出血症候群(DAH)」を予防し発症させないための量的コントロールがもっとも大切というわけです。ちなみに抗凝固薬剤以外の薬剤使用では肺胞出血の可能性は比較的稀との報告があり、抗凝固薬剤による肺胞出血の可能性は医師にとって最も気を遣うケースです。
生体の自己免疫性反応や過敏性反応を引き起す薬剤使用で起こるとされる肺胞出血では患者個人の薬の感受性によって発症リスクが変化するため、投薬開始前に肺胞出血の可能性を判定することは難しいとされています。
抗凝固作用薬で治療の限界域を超えた投薬をした場合、肺胞出血の可能性は高くなると推定されますが、現状薬剤の投与量と発症頻度の関係を明確に示したデータはありません。同じことは過敏性反応や細胞障害発症の要因となる薬剤にも見られ、投与量と発症頻度の相関を示す報告は今のところありません。
こうしてみると薬剤の作用やその効果により肺胞出血の好発時期や発症頻度が大きく異なっており、担当する医師との綿密な連携や相談の元で注意深く対処をすることは本症状を引き起こさないための重要な対策と考えられます。
日常生活における早期発見のポイント
肺胞出血の「症状」として既述してある通り、咳と一緒に血がでる喀血(かっけつ)、淡に血が混じる血痰(けったん)、また黒色痰などが出た場合は肺胞出血の可能性を疑うべきです。
痰はそもそも体内に侵入してきたウィルスや細菌を体外に排除するため、気管や気管支から分泌される液体のことです。痰は元々透明色ですが、バイ菌やウィルス、白血球の残骸が混ざり合って黄白色になります。咳がでるということは細菌やウィルス等をその痰で覆ったりくっつけたりして体内に排出する生体の自然な防衛本能と言えます。
また山本文郎さんのケースでもありましたが、肺胞出血の数日前から背中や胸の周辺に痛みがでる等の症状があれば家族と相談をして早期に医療施設への受診が必要でしょう。
こういった症状がなくとも先にあげた薬剤を日常的に服用し、呼吸困難が頻発したり、さらに呼吸不全が起こるような場合は発症の疑いをもつべきです。
肺胞出血の医療施設への受診
お伝えした肺胞出血の症状が発見された場合、または疑われる場合、早期に医療施設を受診すべきでしょう。
受診後は必要な検査によって肺胞出血か否かの鑑別診断をすることになりますが、その際まずは以下に示す検査を受けるよう医師から指示があるはずです。
喀血・血痰・黒色痰が出て呼吸困難の症状を呈する場合、酸素飽和度(SpO2)をチェックし胸部のX線写真を撮ります。
酸素飽和度(SpO2)
酸素飽和度とは動脈血の中にどの程度の酸素が含まれているのかを示す指標で、パルスオキシメーターという機器を使って測定します。主に人差し指につける小さな機械で赤外線を指に照射して測定するため痛みを伴うことはありません。
動脈血が正常であればこの酸素飽和度は97%以上となりますが、90%以下であれば何等かの疾患または症状を呈する肺機能の低下が疑われます。
胸部X線撮影
レントゲンとも呼ばれ、一般的に浸透した診断方法です。
肺全体が観察でき写真では陰影と呼ばれる浸潤した場合の影が認められる場合には、血液検査・生化学検査・炎症反応検査・胸部CT・動脈血液ガス分析等を行います。また場合によっては気管支鏡検査も検討されます。
肺胞出血の治療方法
各種検査によって原因がわかればその原因を排除する治療法の選択が一般的です。
例えば最も多い特に抗凝固薬剤の副作用とされる肺胞出血であれば投薬の中止、急速な進行性の呼吸不全やその他、免疫不全の症状であればステロイド薬投与療法やその他対症療法的に気管切開による人工呼吸器での呼吸不全軽減等が検討されます。
因みに治療法のひとつとして確立した感のあるステロイド療法ですが、現在ステロイド投与による確実な効果は認められていません。
まとめ
肺の内部にある細気管支から伸びた「ブドウの房」である肺胞、そこに張り巡らされたた毛細血管から出血し肺胞内腔に血液が流出することを肺胞出血といいます。その出血が肺全体に広がり肺胞腔内部に血液が貯留する状態が「びまん性肺胞出血症候群(DAH)」です。
肺胞出血の症状は軽度なものであれば咳等、重度になれば咳に血液が混じる喀血・血痰、黒痰・呼吸困難等があり、時に体内血液の大量流失による貧血や呼吸不全を発症する場合もあります。
薬剤治療の副作用として発症するとの報告が多くを占める一方、肺の慢性疾患や血管炎等でも引き起こされ、重篤になれば死に至るケースもあり、早期発見と迅速な対応が求められます。
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