毎日私たちが呼吸をすることが出来るのは、肺という臓器のおかげですが、その肺が病気になるなんて考えてみただけで苦しくなってしまいます。
今日のテーマは、そんな呼吸にも大きく関わってくる癌性胸膜炎(がんせいきょうまくえん)という少し聞きなれない肺の病気についてです。風邪でもないのに咳が続いてるなど、体調の変化があるようでしたら参考にして頂きたいと思います。
肺と癌性胸膜炎(がんせいきょうまくえん)
肺の病気というと肺炎を思い起こす人が多いと思います。呼吸器系の病気の辛いところは、咳が出たり、呼吸が苦しくなる症状が出てしまう可能性が高いことですが、癌性胸膜炎というのも呼吸に関係してくるのです。
癌性胸膜炎の病気は簡単に言うと「何らかの癌の細胞が肺の中にばらまかれる(播種:ばんしゅ)という状態」で、胸水が溜まるなどの炎症が起きている病気なのです。どうして、そのような怖いことになるのかを少しづつご説明いたします。
私たちの肺の役割を考えてみましょう。肺は、口や鼻と繋がっており、息を吸ったり吐いたりするために必要なので、呼吸が出来なくなると生命の危険が生じてしまいます。
その肺は、そのような「呼吸」という自律神経の働きによって、酸素を肺から取り込み、全身に送り届ける重要な役割を持つ臓器となります。
臓側胸膜と壁側胸膜
肺は、胸膜という薄い膜に包まれているのですが、その胸膜には3種類あるのです。その3種類のうち、1つは肺の表面を包む肺胸膜(はい きょうまく)となります。大切な臓器は、保護するためかどの臓器も薄い膜で包まれているのですね。
そして肺胸膜を包んでいる外側には、「内臓のそばにある胸膜」と書いて臓側胸膜(ぞうそく きょうまく)という膜があります。その臓側胸膜の外側には、「壁のそば」と書いて壁側胸膜(へきそく きょうまく)という膜があるのです。
こうして肺は、肺胸膜以外の2種類の胸膜で包まれています。
胸腔と腹膜
身体の中心に近い所にある横隔膜の少し上で胸のあたりに左右の肺があります。身体を大きく2つ上下に分けてみると、中心に近い横隔膜(おうかくまく)より上は心臓や肺などの臓器を包んでいるので、まとめて胸膜(きょうまく)と呼んでいます。
そして横隔膜より下は、腹部にある大腸などの臓器を包んでいるので、まとめて腹膜(ふくまく)と呼んでいます。
胸腔は、肺を包む2種類の胸膜の間にありますので、身体の中心より少し上あたりに位置しています。
一般的な胸膜炎のとき
先ほど出てきた2種類(2枚)の胸膜の間には、胸膜腔(きょうまくこう)または胸腔(きょうくう)とも言いますが、ちょっとした空洞があるのです。そこが胸水の溜まる場所になります。
もともと私たちの身体の中にある胸膜腔は、個人差はありますが肺の動きをスムーズに行うため5~20㎜程度の胸水という水がありますが、胸膜炎というのは「胸膜の中にある胸水が炎症等の病気により、たくさん溜まってしまっている状態」なのですね。
一般的な胸膜炎の場合は、この胸水量が多くなってしまった胸膜の部分が炎症を起こしているということなので、まさに文字通り「胸膜炎」なのです。
この時の胸膜炎は、炎症を起こす原因として細菌等の感染症や自己免疫疾患である膠原病などがあげられます。治療は、原因となっている病気を治していくということが必要となります.
しかし、癌性胸膜炎の場合には原因が違うために、治療法は一般的な胸膜炎とは少々違ってくることがあります。
胸水とは
胸水も2種類あるのですが、胸膜腔という2つの胸膜の間に、異常な量の液体が溜まっている状態のことを胸水と言います。
今回の癌性胸膜炎のように癌という悪性腫瘍が原因で出来る胸水を「悪性胸水」と呼ぶこともあります。また、この状態は胸水が貯留(ちょりゅう:溜まる)すると書いて「胸水貯留(きょうすい ちょりゅう)」といいます。
滲出性胸水(しんしゅつせい きょうすい)
炎症性の胸水なので、一般的な細菌感染などが原因の場合には、この滲出性胸水が貯留しますが、腫瘍(がん)が原因の時にでも当てはまるので、癌性胸膜炎も滲出性胸水ということになります。
また、この時には胸膜が損傷しているので、リンパ液灌流(りんぱえき かんりゅう)が低下してしまったり、毛細血管透過性亢進(もうさいけっかん とうかせい こうしん)によって生じることもあります。
※リンパ液灌流(りんぱえき かんりゅう)とは、感染等の病気によって全身に血液が行き渡らない状態で細胞の壊死のような危険な状態の時に、人工的な治療として血液を流して全身に行き渡らせてあげることです。
※毛細血管透過性亢進(もうさいけっかん とうかせい こうしん)とは、健康な血管壁の場合には、たんぱく質を通さないのですが、毛細血管壁をたんぱく質が通ってしまう状態を毛細血管透過性亢進といいます。
漏出性胸水(ろうしゅつせい きょうすい)
原因が炎症性でない胸水のことで、心不全や肺不全、肝硬変などの病気により起こる胸水貯留になります。こちらの場合には、特に心不全の割合が70%以上と高いので、心不全を治療をしていくことが大切になってきます。
癌細胞と免疫細胞
癌性胸膜炎は、文字の通り癌が原因で起こる胸膜炎となりますが、癌の中でも肺がんが原因となることが多いとされています。そして肺がんを始めとするすべての癌は、現在では2人のうち1人は、経験すると言われており早期発見しないと生命に関わる疾患の一つです。
毎年死因の上位を占めている癌ですが、癌性胸膜炎を起こしてしまう可能性のある肺がんを含めて、がん患者数は年間60万人いるといわれています。この癌患者数のうち30万人は治療が上手くいき回復していますが、残りの30万人は完治していないという結果が出ています。
これは一度治療をしても「再発の可能性が30%もあるという不安」に襲われてしまう人がいることになりますが、発想を変えて考えてみると治療が上手くいった人の残りの70%もの人には再発せずに完治をしているという希望の数になりますね。
がん治療について
現在は医学の発達により、たくさんの種類の治療法が開発されていますので、希望をもって治療をしていくことが重要になってきます。また、癌の治療方法には、大きく分けて下記の3種類あります。
- 外科療法(手術で、腫瘍を摘出します。他の方法と併用する場合もあります)
- 化学療法(薬の内服や、点滴等で抗がん剤を使用していきます。薬剤治療と言い換えることもあります)
- 放射線治療(患部に放射線を照射していく治療です。こちらも副作用がでる場合があります)
これらを症状や手術の状況によって、医師が患者と話し合いながら選択していくのですが、今は患者の意思を尊重してくれるので、家族とも話し合う等して一番いい形で治療が出来るようになることが多いのです。
肺がんと免疫細胞(めんえきさいぼう)
肺がんの5年生存率は男性で25%ともいわれており、女性の40%と同様に悪性腫瘍としては最も治療が困難であるとされています。
また、再発に関しては30%以上ともいわれている癌細胞は、「どうして発生しているのか」と今いろんな研究が行われているのです。その理由としては「癌が出来る原因を防ぐ」ことが治療でもあり、予防にも通じるからなのです。
実は、私たちの身体には、毎日「がん細胞」が5000以上も出来ています。それでも私たちが簡単には「がん細胞」に負けない理由は、身体の中にある免疫細胞が闘ってくれているからなのですね。
毎日の生活をしていく中だけでも、人はたくさんのウィルスや細菌などに触れているのですが、体内に入ってくる外界からの病原菌と闘って「やっつける」ために、新陳代謝によって1日に100億ともいわれる多数の免疫細胞が生まれているのです。
その免疫細胞は、身体の中で新しく生まれ変わるのが全部に達成するのに、およそ6ヵ月ほどの期間を要します。
喫煙のリスク
癌細胞が毎日身体の中に出来ているという意味では、誰もがいつでも「癌」になる可能性はあるのです。そして癌細胞の増殖が肺で起こったものを肺がんといい、今回の癌性胸膜炎の場合には肺がんが元の原因なので、肺がんのことを「原疾患」といいます。
肺がんは、「今すぐに禁煙」をするだけで、かなり肺がんになるリスクを下げることができます。しかし、それ以上に深刻なのは、たばこを吸わない人の「受動喫煙」が増えているということです。
受動喫煙
受動喫煙とは、たばこを吸っている人たちの煙を吸ってしまうことですが、吸いたくない人が近くで「たばこを吸っている人」に煙を吸わされてしまうことが社会問題にもなっています。
たばこは「直接吸っている人」よりも「受動喫煙」の方が身体に良くないことが知られていて、当然肺がんのリスクも高くなってしまうのです。そして、女性の場合には、妊娠・出産での赤ちゃんへの影響も大きいのです。
癌性胸膜炎
癌性胸膜炎には、下記のような症状があらわれてきます。
- 胸痛(きょうつう):胸に痛みがでてきます。
- 咳:せき込んだり、深呼吸すると胸痛が強くなったりします。
- 呼吸困難:胸水の貯留量が多くなると自覚するほどになります。
胸の痛みは、壁側胸膜を越えて肋骨の方に悪性腫瘍である癌が浸潤した場合に出てくるようになります。風邪の時のように咳が出ていても、熱が出ることは少ないようです。
胸水の呼吸困難の場合、呼吸の苦しさの感じ方は個人差があるので「軽い咳」や歩くだけでも息切れをするなどの症状がみられます。このような胸水や肺がんは何かの検診等で発見されることがあります。
喫煙と肺の虚脱
喫煙の経験があったりすると肺の機能が低下していたりするので、息切れなど呼吸の苦しい症状を強く感じてしまうことがあるので注意が必要です。
正常な肺の人の場合には、胸水を作らない人や多少の胸水があっても気付かないことさえありますが、胸水を作るタイプかどうかは個人差があるようです。
このように喫煙などが原因で、肺がんからの胸水が貯留してしまい、押しつぶされた肺が虚脱といって「風船がしぼんだような状態」になってしまうと肺炎を起こしやすくなってしまいます。
治療と体力
癌性胸膜炎のときの胸水が起こると、血液の中に多くのたんぱく質が流れてしまうので(血管透過性亢進)、栄養状態が悪くなっていきます。そうなると栄養失調で、病気の治療をする体力をつけることも難しくなってしまうので、このような症状に気付いたら早急に病院で診断をして頂きましょう。
診断を早くしてもらうと、それだけ治療を早く開始できるのです。しかし発見が遅れたり、治療に耐えるだけの体力がないなど、場合によっては生死を分けてしまうほど重要なことだと言えます。
そして、癌性胸膜炎の怖さは何かの癌が胸膜に転移してしまい、胸水の中にたくさん広がるので、手術でも取り除くことが困難なことです。そのため癌性胸膜炎を発症した時には、原因となった癌がかなり進んでいることが多いので、癌が転移して広がりやすいことから「進行性のがん」という状態となります。
癌性胸膜炎の検査と診断
診断してもらうために病院に行くと、「どのような検査」をするのか、気になる人も少なくないと思います。医師の診察を受けることで「癌性胸膜炎が疑われる場合」には、主に下記のような検査が行われます。
胸部X線検査
直立のまま撮影をしていきますが、横隔膜が高く肺が平均よりも小さく見えるようなら、横向きの撮影もしていきます。この撮影の時に、胸水があれば下方にレントゲンを移動させてみると、肺の中にある影も形が変化していくので医師には確認が出来るようです。
胸部CT撮影
レントゲンでの撮影で心配な時や、見えにくい時にはCT撮影をしていきます。CT検査は、3Dの画像が撮影できるので、この時には詳細に胸水の有無の確認が出来ることもあり、腫瘍の有無の確認も行われます。
胸腔穿刺(きょうくうせんし)
胸腔穿刺を使用して、直接胸水を採取していき、成分分析や癌細胞の有無などを調べていくのが目的です。※穿刺とは、針を刺して細胞等を採取する検査のことですが、採血の針より大きいので局所麻酔をして行います。
方法としては、患者を座位の状態にして肋骨の間より針を刺していき、超音波検査で胸水を確認しながら採取をしたら、安全を確認しながら針を抜いていきます。
癌細胞を確認する時には、少し多めの採取をしていき、成分を調べることで胸水の原因を特定していきます。成分分析で、胸水の他に癌が認められると「癌性胸膜炎」との診断が付きます。
血液検査
癌性胸膜炎の場合には、血性であることやリンパ球が増加していることがあげられます。このときに、CEAなどの腫瘍マーカーが高いと、癌性胸膜炎に対する診断率が高くなります。
さらに胸水の検査だけでは、診断がつかない場合に「胸腔鏡(きょうくうきょう)」を使って観察の上で、胸膜の病変部位を生検によって「癌性胸膜炎」を証明をしていく場合があります。その時の診断には下記のような条件があります。
- 胸水の中の「蛋白量(たんぱくりょう)の値」を「血清の蛋白量の値」で割ったときに、0.5を超える
- 胸水の「LDH」を「血清LDH」で割ったときに、0.6を超える
- 胸水の「LDH」が血清LDHの基準上限の3分の2を超える
この3つの条件を1つでも満たしてしまうと、滲出性胸水(しんしゅつせい きょうすい)であると診断されます。胸水が滲出性胸水ということは、癌の可能性が高いということを示していることになります。
癌性胸膜炎は、腺がんのために放射線治療の効果が出にくい癌でもありますが、原因として最も多いのが肺がんなのです。その次に、胃がん、乳がん、卵巣がん、膵がん、悪性胸膜中皮種(あくせい きょうまく ちゅうひしゅ)と続いて頻度が高い原因となる癌です。
癌性胸膜炎の治療
癌性胸膜炎の治療は、完治よりも胸痛や癌性疼痛(がんが転移して進行することによる痛み)などの対象療法をしていきながら「QOL(生活の質)を高めること」を目指すことになるので、胸水の貯留が多い時には先に溜まった胸水を抜く胸腔ドレナージなどの対症療法が行われます。
胸腔ドレナージ
胸水を抜くこと、胸腔内の陰圧を回復させることが目的として行われます。胸腔ドレーンというチューブを使って、第5~6の肋間の前方(あるいは中液下線)から挿入していきます。
貯留されている胸水を排出して、胸腔内の陰圧が保たれると肺の機能を正常に回復することが出来るのです。
胸膜癒着術(きょうまく ゆちゃくじゅつ)
胸水が溜まらないようにする「胸膜癒着術(きょうまく ゆちゃくじゅつ)」は1930年代に始まった治療で、2枚の胸膜を癒着させて閉鎖をすると胸水が溜まらないのではないかという発想から生まれたので、歴史の長い治療方法として有名です。
胸膜癒着術の方法
胸水を排出した後に、薬剤を注入して人工的に炎症を起こして臓側胸膜と壁側胸膜をくっつける(癒着させる)ことで、胸水が溜まることを軽減する治療をいいます。
おもな薬剤は、鉱物製剤、抗がん剤(ブレオマイシン)、免疫賦活剤(ピシバニール)、抗生物質(ミノマイシン)などで、一度胸膜を癒着させてしまうと2度と剝がすことは出来なくなります。
胸水は、片方の肺にいっぱい貯留するとおよそ3Lくらいあるので、一度に抜くと肺が一気に膨らんでしまい危ないため少しづつ抜いていきます。
肺の摘出はしない?
また肺がんではなく中皮種の場合は、肺と胸膜を全部摘出することがあります。しかし癌性胸膜炎の場合は全身に転移している可能性が高いので、身体に大きな負担が掛かる癌性胸膜炎ではしない方法なのです。
新しい治療の試み
NK細胞を活性化し増殖させるという「NK細胞療法」があります。NKとは、ナチュラル・キラーの頭文字をとったもので、自己免疫力を上げる働きがあり新たな試みとしてNK細胞療法という治療方法をとる病院も増えてきました。
抗がん剤は、免疫力を低下させることで場合により抗がん剤の副作用や毒性だけをがん患者は受けることがあるという性質があります。
今後の課題
NK細胞療法は患者の身体に負担が掛からないことや、抗がん剤と違い正常な細胞を攻撃することがないなどの利点がたくさんあるということで、この治療方法を選択する医師も増えてきたようです。
しかも、点滴による全身療法となるので、癌性胸膜炎のような全身の転移という可能性が高い癌に対して効果を期待している病院もあるのです。
単独治療だけでなく「複数の治療方法を組み合わせて行うことが多い」こともあり、現在の課題としては、NK細胞療法だけでも価格が数百万円という高額医療になることです。そのために必ずしも、みんなが受けることが出来るとは限らないのです。
まとめ
では、今日のまとめです。
- 癌性胸膜炎は、全身性の進行がんが転移によって胸水の中にばらまかれた病気である
- 癌性胸膜炎の原因となるのは、肺がんが最も多い
- 呼吸困難や咳といった症状が出るが風邪のような熱はでないことが多い
- 癌性胸膜炎は、原因となる癌の治療を早急にすることが重要
- 胸膜炎は、臓側胸膜と壁側胸膜の2種類の間に胸水がたくさん溜まる病気である
正式な治療ではないですが「笑う」とNK細胞が増えるので、自分の周囲に苦しんでいる人を見かけたら笑顔にしてあげると治療効果があがるので、うつむいて過ごさないように支えてあげましょう。
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