私たちの生命維持に欠かせないのが、心臓の機能です。「心停止」という言葉が、ほぼ死を意味するように、それだけ身体にとっては重要な役割をしています。
心臓は、ポンプのような機能を持っており、それが正常に動いてくれることで、血液を全身に送り届け、酸素や栄養を各機能、あるいは細胞に送ることができるのです。
しかし、何らかの原因で、そのポンプが上手く機能しなくなることがあります。よく耳にする「心不全」という言葉も、まさにこのような状態を招く疾患の総称を示すものとして知られています。
これらの原因には、「心筋」や「弁膜」といった心臓組織の異常が大きく関係していますが、「心膜」もまた、同様です。
心臓を包み込む心膜に何らかの異常が生じると、今回のテーマになっている「心タンポナーデ」と呼ばれる状態になります。心タンポナーデは、迅速な治療が求められる、非常に致命的な状態で、命の危険も十分に考えられる症状なのです。
そこで、ここでは、心タンポナーデとはどのような状態なのか、その原因や症状などについて、ご紹介いたします。
心タンポナーデについての基礎知識
私たちが一般的な知識として知っているように、心臓は、どくんどくんと伸縮を繰り返し、血液を送り出したり、受け取ったりしています。その内部をよく見ると、左心室・右心室、左心房・右心房、三尖弁、僧帽弁などが存在し、正常に血液循環を行うための、非常に良くできた構造になっています。
心タンポナーデが生じるのは、これらの構造のうちの「心膜」と呼ばれる組織です。心臓を包み込むように存在する心膜は、心臓を円滑に動かすために不可欠な組織です。
正常な心膜の状態
心膜は1枚の膜として成立しているわけではなく、内側にある「心外膜」と外側にある「壁側心膜」の2枚から構成されています。そして、この2枚の膜の間には、「心膜腔」(または、「心のう」とも呼ばれている)という空間があり、そこは「心のう液」という液体で満たされています。
通常、およそ30~50mlの心のう液が心膜腔を満たしており、心のう液があることで、摩擦を生じることなく心臓が拡張と収縮を繰り返すことができているのです。すなわち、心のう液は、心臓にとって円滑油のような役割を担っているということです。
また、心のう液を挟み込んだ心膜があるおかげで、心臓は本来の位置に固定され、衝撃や病原菌の影響を、心筋に直接受けずに済んでいます。
心タンポナーデとは、どのような状態を示すのか?
何らかの原因で、心のう液が心膜腔に溜まってしまうことがあります。それが、心タンポナーデと呼ばれる状態です。
大量に、あるいは、急速に心のう液が増加することで、心膜はまるで水風船のように広がり、心のう内圧が高くなります。
すると、水風船で心臓が包み込まれたような状態になるため、心臓は本来のようにポンプとしての機能を果たすことができなくなってしまうのです。これは、大変危険な状態で、早急な処置が必要になります。
心タンポナーデの原因
このような危険な状態を招く原因には、いろいろなものが考えられます。一時話題となったのが、小学生の女の子がスキー中の事故によって、心タンポナーデを起こし、死亡したというニュースです。
「心疾患」と呼ばれるものには、内科的な要素が起因しているものが多く見られますが、心タンポナーデは、このように、外傷によっても生じることがあるのです。
ここでは、心タンポナーデの原因として考えられるものを以下にご紹介いたします。
胸部外傷
交通事故や刺創、銃創などが原因となるのが、このケースです。心臓を強く打ったり、刺されたりすることで、心臓が裂け、そこから大量に溢れた血液が心膜腔にまで入り込んでしまうと、心タンポナーデを起こします。
大動脈解離
大動脈の壁は、内膜、中膜、外膜の3層で構成されており、その様をバウムクーヘンに例えられることがよくあります。大動脈解離とは、このうちの内膜に亀裂が入り、バウムクーヘンを一層剥がすように分離してしまうことを示します。すなわち、この裂け目部分にも血液が溢れてしまうということです。
大動脈にはいろいろな部位があり、胸部大動脈、腹部大動脈、下行大動脈などに分類されますが、なかでも上行大動脈に解離腔が見られる場合、心タンポナーデを起こす可能性が非常に高くなります。
上行大動脈解離が起こる原因としては、高血圧や加齢、動脈硬化などによる血管の劣化が主にあげられますが、上項目であげた事故などが原因となって生じることもあるようです。
詳しくは、大動脈解離の原因とは?症状や予防法、治療方法を紹介!を参考にしてください!
急性心筋梗塞
心筋梗塞とは、動脈硬化などが原因で血栓が生じ、それらが血管を塞ぐことで心臓が虚血状態になる疾患です。発症から3日以内のものを急性心筋梗塞とされています。
虚血状態が継続すると、酸素や栄養を心臓に送り届けることができなくなるため、心筋が正常に機能しません。それがさらに悪化すると、心筋が壊死した状態になってしまいます。
壊死した心筋はもちろん伸縮することはないため、心臓の血圧に耐え切れなくなった心臓は壁を破り「心破裂」が生じます。そこから溢れ出た血液が、心膜腔に流れ込み、心タンポナーデを起こすのです。
しかし、心破裂と心タンポナーデが同時に起きてしまうと、即死となるケースが多く、治療は非常に困難だと言われています。
心膜炎
心膜炎とは、心膜腔に炎症が起こる疾患です。心膜腔に炎症が起こると、心のう液が過剰に増えるため、心タンポナーデを発症します。
また、これと同じような症状で、「心筋炎」と呼ばれる疾患もあるのですが、これも心膜炎と同様に心筋に炎症を起こし、筋肉組織が正常に機能しなくなった状態を示します。心膜炎と心筋炎は同時に発症することもあり、危険です。
心膜炎や心筋炎の原因としてあげられるのは、ウイルスや細菌で、風邪や胃腸炎、あるいは結核を起こすウイルスや細菌と同じものだと考えられています。そのため、初期症状は、風邪と非常によく似た症状が見られ、人によっては心臓にまで症状が現れないこともあるようです。
また、このほかにも、心筋梗塞の後に残る症状(ドレスラー症候群)としても心膜炎が生じることがあると言われています。
詳しくは、心膜炎の症状とは?原因や治療方法を理解しよう!を参考にしてください!
がんの転移
これは、がん細胞が心膜へ転移したことによって生じるケースです。がんや悪性腫瘍が転移する確率は、およそ1~20%だとされており、なかでも、最も多いと言われているのが、肺がんです。それに次いで、乳がんや食道がん、悪性リンパ腫などがあげられます。
そして、心のう液の中にがん細胞が見られた場合は、予後は不良だと考えられています。
穿孔
これは、狭心症や心筋梗塞などの治療で行われるカテーテル治療で、血管や筋肉が損傷して破れてしまった際に起こるケースです。
傷ついた組織からの出血によって、心タンポナーデが起こるので、心タンポナーデに対する処置に加えて、開胸して止血するための手術が必要になることもあるようです。
心タンポナーデの症状は?
心タンポナーデは、命に関わる症状でもあるため、早期発見が予後の明暗を左右します。以下のような症状が見られた場合には、早急に医師の判断および処置を要すると考えておくべきですが、場合によっては大量に心のう液が溜まるまで、無症状のこともあるのが、厄介なところです。
心膜炎など、細菌感染が原因となっている場合には、風邪のような症状が現れますので、その時点で発見できれば、不幸中の幸いかもしれません。
また、交通事故などの外傷で起こる場合には、以下のような症状が見られたら、すぐに救急搬送して適切な処置を受けることが大切です。
ここでは、心タンポナーデを発症した際に現れる症状をご紹介します。
頚静脈怒張
これは、首にある頚静脈がパンパンに膨らんだ状態を示します。頚静脈は、肺に血液を送る役割を持っていますが、心タンポナーデを起こすと、心臓のポンプ機能が上手く作用しなくなります。
そのため、血液循環が正常に行われなくなり、このような症状が起こると考えられています。頚静脈怒張は、心タンポナーデ以外にも、肺閉塞性肺疾患や、うっ血性の心不全を発症した場合にも見られる症状として知られています。
奇脈
何らかの原因で、息を吸うときと吐くときの血圧値が大きく異なるという症状があり、それらには、「交互脈」と呼ばれるものと「奇脈」と呼ばれる症状が存在します。
交互脈は、大脈(1分間に心臓が送り出す血液の量が多い)と小脈(1分間に心臓が血液を送り出す量が少ない)が交互に起きる症状です。
一方、奇脈の場合は、息を吸うときだけ小脈になり、息を吐くときに大脈になるという症状です。これには、吸気時の右室の血液量が増え、左室が拡張できずに生じるケースと、肺から左房へ流れるはずの血液が本来の量よりも少なくなってしまうことで生じるケースのうち、どちらかが起因していると考えられています。
心タンポナーデになると、このような奇脈の症状が現れると言われています。
血圧低下・心音が弱くなる
これらの症状もまた、心機能が低下していることが起因して起こる特徴的な症状です。血液を送り出す機能が低下すると、血圧はもちろん低下し、また、心臓が動く際に聞こえる心音も、通常よりも弱いものになってしまうのは、容易に想像できることでしょう。
しかし、急激に血圧が低下するといった症状の出方だけではなく、徐々に血圧が低下するというケースも見られるようです。
意識レベルの低下
血液を送り出す機能が低下するということは、脳に送る血液量も低下するということにつながります。意識はあるものの、朦朧としているといった症状が見られたり、場合によっては、意識を消失してしまうケースもあるようです。
そのほかの症状
ここまでにあげた、心タンポナーデの特徴的な症状以外にも、
- 手足が冷たくなる
- 血圧低下によるショック症状
- 頻脈
- 呼吸困難
- チアノーゼ
- 胸部の痛み
- 倦怠感
などの症状が見られる場合もあるようです。
心タンポナーデの検査・治療・予防方法
心タンポナーデの治療は、発症してから治療まで、いかに迅速に行えるかがカギとなります。これまでにご紹介した症状が見られたら、直ちに病院へ搬送し、心臓の状態を検査する必要があります。
それでは、心タンポナーデの検査方法と、治療方法、そして予防策について、早速見ていきましょう。
心タンポナーデの検査方法
検査方法としては、先にお伝えした心タンポナーデに見られる特徴的な症状の有無を、所見で確認し、それに加えて、心エコー検査(超音波検査)で心臓の状態や症状の程度を確認します。
治療の際には、心膜腔に溜まっている液体がどの程度の量なのか、心臓の動きはどれくらい機能しているのかなどを正確に把握しておくことが重要です。
また、そのほかにも、心電図検査を合わせて行うこともあるようです。心タンポナーデになると、心膜腔に溜まった液体が心臓を囲むようにしているため、心臓と電極の間が遠くなってしまいます。これが起因して、通常のように針が大きく触れない「低電位差」と呼ばれる特徴的な結果が見られます。
さらに、必要に応じて、心のう液がどの程度溜まっているのかを確認するためのCT検査や、胸膜炎などを合併して発症している場合には、胸部レントゲン検査を行うこともあるようです。
心タンポナーデの治療方法
心タンポナーデの治療は、まず、何よりも心膜腔に溜まった液体を取り除くことが最優先です。また、それに合わせて、そのほかの治療も並行して行う場合もあります。心タンポナーデの治療法は、以下のとおりです。
<心のう穿刺(心のうドレナージ)>
これは、カテーテルを使用して液体を排出させる方法です。局所麻酔によって行われることが一般的とされています。麻酔後、エコーで液体が溜まっている場所を確認しながら、試験的に穿刺し、それに沿ってカテラン針を差し、ガイドワイヤーを挿入していきます。次に、カテーテルを挿入し、ゆっくりと液体を排出していきます。
しかし、この治療法には、以下のような合併症を起こすリスクもあると言われています。
- 不整脈
- 心筋や冠動脈の損傷
- 気胸および血胸
- 低血圧
- 消化器官の穿孔
- 肝臓の損傷
- 脈拍の低下
- 空気塞栓
- 穿刺部の出血および血腫
以上のような、危険なリスクがあるため、同意書の記入が必要になります。しかし、エコーが使用されるようになってからは、このようなリスクは随分低減したと言われているようです。
<胸骨剣状突起下心膜切開>
これは、心のう穿刺で、液体を十分に排出できなかった際に行われる治療法です。
みぞおちあたりにメスを入れ、胸骨の下あたりにある剣状突起と呼ばれる、左右の肋骨が合わさる場所まで切開し、剣状突起を割り、さらに手を潜らせて、直接心膜にアプローチする方法です。
熟練した技術が必要になる困難な手術ですが、緊急時には、この方法が用いられることもあるようです。
<緊急開胸手術>
心筋梗塞による心破裂や、外傷、大動脈瘤破裂などの場合は、非常に危険な状態であるため、開胸手術によって直ちに処置する必要があります。
<そのほかの疾患の治療>
ほかの疾患が原因となって心タンポナーデを起こしている場合には、対処後、それらの治療も合わせて行う必要があります。
心膜炎や、がんによるものなど、どれも容易に治療を進められるものではないかもしれませんが、医師の指示に従い、適切な治療をしましょう。
心タンポナーデんの予防方法
交通事故など、外的要因で心タンポナーデを起こす場合は、防ぎようがありませんが、心タンポナーデを引き起こす原因を予防することは可能です。
動脈硬化や高血圧など、これらの症状を予防することは、心タンポナーデを回避することにつながるのではないでしょうか。
普段から行える予防法は以下のとおりです。
<禁煙>
喫煙は、高血圧や動脈硬化だけではなく、肺がんのリスクも高くなります。百害あって一利なしという言葉があるように、改善すべき悪しき習慣の一つと言えるでしょう。
<食事改善>
実は、心筋梗塞などの症状は、欧米に比べると日本では少ないと言われていました。それには、食生活が大きく関係していると考えられています。食生活の欧米化に伴い、日本でも頻繁にこのような疾患が見られるようになってしまいましたが、それだけ、食事は健康に大きく影響しているということです。
塩分、脂質、糖質の過剰摂取は身体にも良くありません。また、栄養の偏りにも気をつけて、バランスの良い食事をするように心がけましょう。
<適度な運動>
身体を健康に保つためには、適度な運動は欠かせません。無理のない運動をすることは、免疫力の向上にもつながります。また、心筋梗塞などの予防には、無酸素運動よりも、有酸素運動の方が効果的だと言われています。
普段電車で移動している距離のうち、1駅分は歩くなど、継続できる工夫をしながら、身体を動かす習慣をつけましょう。
まとめ
いかがでしたでしょうか。心タンポナーデは非常に恐ろしい症状です。ここにあげた予防策以外にも、ストレスを溜めないということも大切です。ストレスを溜めやすい人は、心疾患を起こしやすいとも言われています。
自分の心が心地良くなる時間をつくるように心がけましょう。
また、交通事故などによるものは、防ぎようがないかもしれませんが、車を運転する際には、交通ルールを守り、安全第一で運転しましょう。