概日リズム睡眠障害という病気を、耳にしたことはあるでしょうか?例えば、毎日夜更かししていると、睡眠に入る時間が徐々に遅くなっていき、いざ早く寝ようと思っても目が冴えて眠れないといった経験をした人は少なくないと思います。このように体内時計が徐々に狂うことで、結果として自分が眠りたいときに眠れない症状のことを概日リズム睡眠障害と言います。
現代日本では、深夜勤務や昼夜不規則なシフトで仕事をしている人が非常に多くなっています。例えば、コンビニをはじめとした24時間営業のお店、物流会社や警備会社、医師や看護師など数え出したらキリがありません。そのため、概日リズム睡眠障害に陥る人が、増加傾向にあるとされています。
そこで今回は、概日リズム睡眠障害という病気について、体内時計というキーワードと絡めて、その概要をまとめてみましたので参考にしていただければ幸いです。
体内時計とは?
概日リズム睡眠障害を理解するには、その前提として体内時計について理解することが必要となります。
体内時計という言葉は良く耳にする言葉ではありますが、そもそも体内時計は、どのようなものなのでしょうか?そこで、まずは体内時計について、ご紹介したいと思います。
体内時計とは?
体内時計とは、人間の身体に備わっている約24時間周期(1日周期)の生体リズムのことです。通常は、昼間に身体が活動して覚醒状態にある一方で、夜間に身体が休息して睡眠状態にあるという睡眠覚醒リズムのことを、体内時計と呼びます。
このような24時間周期の生体リズムである体内時計は、専門用語で概日(がいじつ)リズムあるいは英語でサーカディアンリズムとも呼ばれます。
体内時計の中枢は、脳の視床下部の中にある視交叉上核(しこうさじょうかく)と呼ばれる小さな領域にあるとされています。この視交叉上核に存在する約2万個と言われる神経細胞が、睡眠リズム・ホルモン分泌・血圧や体温の変動など生命維持に関わる身体の機能の生体リズムをコントロールしています。
ちなみに、体内時計が多くの生体リズムを作るのにADAR2遺伝子が関係していることを、マウスの実験を通じて東京大学の深田教授の研究チームが発見し、2016年に発表され話題となりました。
フリーラン
このような体内時計・概日リズムは、人間だけでなく動物・植物・菌類など、あらゆる生物に存在すると考えられています。
人間も含めた哺乳類の動物の体内時計・概日リズムは、基本的に1日24時間における昼と夜の周期性に同調するようになっています。そのため、人間が光の無い暗闇に長く居続けると昼夜あるいは明暗が存在しないことから、体内時計・概日リズムは1日24時間の周期性に同調しなくなります。この24時間の周期性から外れて同調しなくなることを、フリーランと呼びます。
体内時計の修正・リセット
体内時計・概日リズムの周期性が、基本的な昼夜の24時間の周期性から外れてフリーランとなった場合、これを修正・リセットするのが明暗による外界からの刺激です。
具体的には、朝の起床後に浴びる太陽の光が刺激となって、目で感受した光の情報を視交叉上核が受け取ることにより、体内時計・概日リズムが修正・リセットされます。
メラトニン
このような体内時計・概日リズムのリセットに大きく関与するのが、メラトニンと呼ばれるホルモンです。
メラトニンは、脳の中央部に位置する松果体と呼ばれる部分から分泌されるホルモンで、視交叉上核が光の情報を受け取ると分泌が止まり、起床後15時間前後で分泌が再開されます。
メラトニンが夜になって分泌されると、メラトニンが自律神経に働きかけることで、身体の深部体温が徐々に低下します。この身体の深部体温の低下が眠気を誘い、人は眠りに入っていくのです。
このようにメラトニンは、体内時計・概日リズムと連動して人間の覚醒と睡眠を切り替える役割を担っており、メラトニン濃度が高まると眠気が生じるので「睡眠ホルモン」と呼ばれることもあります。
ちなみに、トリプトファンというタンパク質を原料にして、太陽光を浴びることによりセロトニンという神経伝達物質が体内で合成されるのですが、メラトニンはセロトニンを原料にして体内で合成されます。
概日リズム睡眠障害とは?
このような体内時計・概日リズムの周期性が乱れて異常をきたすと、概日リズム睡眠障害となる可能性があります。
それでは、概日リズム睡眠障害とは、どのような病気なのでしょうか?そこで、概日リズム睡眠障害について、ご紹介したいと思います。
正常な体内時計・概日リズム
世の中には、生活リズムが早寝早起きである朝型生活を好む人もいますし、夜遅くまで起きていて起床も遅くなる夜型生活を好む人もいます。
いずれにせよ、正常な体内時計・概日リズムを有する人は、自分の望み通りのタイミングで寝起きができるのが通常です。つまり、正常な体内時計・概日リズムを有する人は、24時間の周期性に従って、毎日同じような時間帯に睡眠をとり、同じような時間帯に覚醒することができます。
概日リズム睡眠障害とは?
概日リズム睡眠障害とは、体内時計・概日リズムの周期性が乱れて異常をきたすことが原因となって、自分の望み通りのタイミングで寝起きができなくなる症状・状態が現れる病気です。
概日リズム睡眠障害になると、自分が予定した時刻に起床できなかったり、自分が予定した時刻に入眠できなかったりします。そのため、概日リズム睡眠障害を有する人たちは、学校や会社などの社会生活で求められる常識的な時刻に通学や通勤することができなくなるなど、一般的な社会生活を送ることが難しい状況に陥ります。
そして、概日リズム睡眠障害は、その原因や態様によって6種類に分類することができます。
概日リズム睡眠障害の種類
前述のように概日リズム睡眠障害は、その原因や態様によって6種類に分類することができます。
そこで、概日リズム睡眠障害の分類について、ご紹介したいと思います。
時差症候群
時差症候群とは、航空機を利用することにより、時差が大きい地域間を短時間で移動することが原因で生じる、外因性の概日リズム睡眠障害のことです。時差症候群は、ジェットラグ症候群や非同期症候群とも呼ばれ、いわゆる「時差ぼけ」のことです。
ちなみに、時差症候群の症状が現われても、本人が苦痛を感じずに、大きな体調不良もなければ、概日リズム睡眠障害とする必要はありません。
時差症候群の症状
時差症候群の症状は、不眠などの睡眠障害が主症状として現れますが、胃腸など消化器の不調、吐き気や頭痛、疲労や倦怠感とそれに伴う集中力の低下などの症状も現れることがあります。
ただし、時差症候群は、移動先で太陽光を浴びるなど体内時計・概日リズムの修正を意識することで、概ね1週間程度で回復するとされます。
時差症候群の原因
時差症候群の原因は、時差の大きい移動先の生活環境リズムと、移動元で自分の身体にしみ込んだ生活環境リズムが同期せずにズレが生じることにあります。
フェリーや客船などの船舶でゆっくりと移動する場合は、移動しながら体内時計・概日リズムも徐々に修正されていますが、航空機によって短時間で時差の大きい地域に移動すると、移動先で体内時計・概日リズムに狂いが生じます。
交代勤務睡眠障害(交代勤務性睡眠障害)
交代勤務睡眠障害とは、いわゆる深夜勤務や昼夜不規則な交代勤務などを長く続けることが原因となって生じる、外因性の概日リズム睡眠障害の一つです。
交代勤務睡眠障害の症状
交代勤務睡眠障害の症状は、不眠・入眠困難・途中覚醒といった睡眠障害が主症状として現れます。つまり、夜間に働いて昼間に眠るのですが、寝つきが悪くて入眠しにくく、入眠しても途中で目が覚めてしまったりするのです。
また、胃腸など消化器の不調、疲労や倦怠感とそれに伴う集中力の低下などの症状も現れることがあります。さらに、高血圧になりやすく、心血管疾患などの発症が多くなる傾向があります。
交代勤務睡眠障害の原因
交代勤務睡眠障害の原因は主に二つあり、入眠時の深部体温とメラトニンの不足です。
前述したように、体内時計・概日リズムが、睡眠リズム・ホルモン分泌・血圧や体温の変動など生命維持に関わる身体の機能の生体リズムをコントロールしています。そして、体内時計・概日リズムは、基本的に1日24時間における昼と夜の周期性に同調するようになっていますが、深夜勤務や交代勤務を繰り返していると体内時計・概日リズムが1日24時間の周期性に同調しなくなりフリーランの状態になります。すると、入眠時に上手く深部体温が下がらずに、スムーズな入眠が妨げられてしまうのです。
また、前述のようにメラトニンが体内時計・概日リズムと連動して人間の覚醒と睡眠を切り替える役割を担っており、メラトニン濃度が高まると眠気が生じます。深夜勤務や交代勤務の場合、太陽光を浴びる機会が少なくなる影響で、眠気を誘うメラトニンが不足している可能性も考えられます。
睡眠相後退症候群
睡眠相(すいみんそう)後退症候群とは、睡眠相(睡眠時間帯)が正常で望ましい時間帯から遅れて固定化してしまう、内因性の概日リズム睡眠障害の一つです。
睡眠相後退症候群の症状
睡眠相後退症候群の症状は、通常の人が入眠する午後10時から午前1時に布団に入っても入眠できず、深夜2時以降から早朝にかけて眠気が訪れて入眠に至るという症状が現れます。睡眠時間や睡眠の質については問題がないので快眠できるのですが、入眠時間が遅くなることで起床時間が正午あたりになります。
睡眠相後退症候群では、このように入眠時間や起床時間が遅く固定化されてしまうことにより、学校や会社などで一般的に求められる時刻に通学や通勤することができず、社会生活を送ることが難しい状況に陥ります。
ちなみに、無理をして早起きをしても、自然と元の睡眠周期に戻ります。また、無理をして早起きをすると寝不足・睡眠不足となり、様々な身体的不調を招くことになります。
睡眠相後退症候群の原因
睡眠相後退症候群の原因は、未だ明確にされていませんが、夜型生活をしていると発症する可能性が高まると言われています。
また、睡眠相後退症候群の発症に家族性の傾向が見られることから、遺伝子の配列が関与しているという指摘もされています。
睡眠相前進症候群
睡眠相前進症候群とは、睡眠相(睡眠時間帯)が正常で望ましい時間帯から前倒しで固定化してしまう、内因性の概日リズム睡眠障害の一つです。睡眠相前進症候群は、高齢者に多く見られる傾向があります。
睡眠相前進症候群の症状
睡眠相前進症候群の症状では、通常の人が入眠する午後10時から午前1時よりも極めて早い午後6時から午後8時には入眠し、午前2時から午前4時に起床してしまいます。睡眠相後退症候群と同様に、睡眠の量や睡眠の質については問題がありません。
睡眠相前進症候群では、このように入眠時間や起床時間が前倒しで固定化されてしまうことにより、同居する家族との生活習慣が異なり不都合が生じることがあります。
睡眠相前進症候群の原因
睡眠相前進症候群の原因は、未だ明確にされていませんが、高齢者に多く見られることから、加齢による体内時計・概日リズムの変化が関係していることは間違いなさそうです。
非24時間睡眠覚醒症候群
非24時間睡眠覚醒症候群とは、24時間周期の環境下で生活しているものの、入眠時刻や起床時刻が日々30分~60分程度遅れていく、内因性の概日リズム睡眠障害の一つです。
非24時間睡眠覚醒症候群の症状
非24時間睡眠覚醒症候群の症状は、入眠時刻や起床時刻が日々30分~60分程度遅れていくので、決まった時刻に入眠することが困難となります。例えば、昨日は午後10時に入眠したと仮定すると、今日は午後10時に布団に入っても眠れず午後11時をまわってようやく入眠できるのです。
このように一定の時刻に入眠できず、睡眠相(睡眠時間帯)が日々後ろにズレていくため、必ず昼夜逆転する時期が生じます。そのため、学校や会社などの社会生活への適応が難しくなり、無理に適応しようとすると睡眠不足となり、様々な身体的不調を招くことになります。
非24時間睡眠覚醒症候群の原因
非24時間睡眠覚醒症候群の原因は、未だ明確にされていませんが、体内時計・概日リズムが何らかの理由で24時間よりも長くなっていることと、太陽光などの光による体内時計・概日リズムのリセットがなされないことが有力な原因と考えられています。
不規則型睡眠覚醒パターン
不規則型睡眠覚醒パターンは、体内時計・概日リズムが全く機能しなくなることにより睡眠と覚醒が不規則に現れる、内因性の概日リズム睡眠障害の一つです。
不規則型睡眠覚醒パターンの症状
不規則型睡眠覚醒パターンの症状では、まとまった睡眠時間を確保する単相性睡眠ではなく、1日のうちに何度も睡眠と覚醒が不規則に現れます。つまり、1日のうちに何度も細切れで睡眠と覚醒を繰り返す多相性睡眠が現れるのです。
睡眠の量としては、1日の睡眠時間を合計すると年齢相応の睡眠量となります。しかしながら、睡眠が細切れになるために睡眠の質は低下するので、疲労が回復しなかったり、寝不足と同様に様々な身体的不調を招きます。
不規則型睡眠覚醒パターンの原因
不規則型睡眠覚醒パターンの原因は、主に脳機能障害であると考えられています。脳血管の異常などから脳機能が障害されたり、先天的な脳障害や後天的な外傷による脳障害によって、不規則型睡眠覚醒パターンが発症することが多いとされています。
概日リズム睡眠障害の治療方法
このように概日リズム睡眠障害には、いくつかの種類が存在します。それでは、概日リズム睡眠障害となった場合、どのような治療方法があるのでしょうか?
そこで、概日リズム睡眠障害の治療法について、ご紹介したいと思います。
まずは病院で受診する
概日リズム睡眠障害が疑われる場合は、まずは病院に行き専門家である医師の診断を仰ぐことが大切になります。受診すべき診療科は、睡眠外来や睡眠科が最も適していると思われますが、近隣に存在しない場合は総合病院で相談してみるのも選択肢になるでしょう。
睡眠に関する医療関係者が集まる日本睡眠学会が認定する睡眠医療認定医がいる病院を、インターネットで探してみるのも良いかもしれません。
薬物療法
薬物療法は、メラトニンが含まれた薬剤や睡眠薬を服薬することで、体内時計・概日リズムを整えようとする治療法です。
メラトニンの補充
メラトニンの服薬は、体内のメラトニン不足を解消して体内時計を整えようとするものです。ただし、メラトニンは、米国ではサプリメントとして販売されているものの、日本では薬事法によって販売することができません。
そのため、医師との相談の下で個人輸入することになります。日本では、メラトニンに似た働きをする睡眠薬(商品名:ロゼレム)が承認されています。このようなメラトニンの補充による治療は、睡眠相後退症候群や非24時間睡眠覚醒症候群で実施されることがあります。
睡眠薬の利用
不規則型睡眠覚醒パターンでは、一般的な睡眠薬の服用によって、睡眠周期・睡眠リズムを整える治療法を実施することがあります。
高照度光療法
高照度光療法は、2500ルクスを超える強い光を照射することができる照明器具を利用して、体内時計・概日リズムを修正しようとする治療法です。
概日リズム睡眠障害の種類によって、光を浴びるべき時間は異なりますが、基本的に全ての概日リズム睡眠障害の治療で有効性があると考えられています。
時間療法
時間療法は、就寝する時間を毎日1~3時間程度ずつ遅らせていき、自分が希望する就寝時間に到達したら、その睡眠周期を固定化しようとする治療法です。
就寝・入眠時間を早めるのは難しいですが、就寝・入眠時間を遅らせることは比較的容易です。睡眠相後退症候群や不規則型睡眠覚醒パターンで実施されることがあります。
ただし、時間療法によって睡眠周期を適正な状態に矯正しても、次第に元の状態に戻ってしまうこともあるとされています。
行動療法
行動療法は、昼寝をすることやアルコール・カフェインなど避けたり、強い光の刺激を受けることで体内時計・概日リズムが乱れることを避けたりするなど、睡眠に悪影響を及ぼす行動を回避する治療法です。
特に近年は、スマホの普及によってスマホ画面から発せられる青色波長の光が、体内時計・概日リズムを乱しやすくしています。行動療法は、睡眠相前進症候群や交代勤務睡眠障害で実施されることがあります。
まとめ
いかがでしたか?体内時計というキーワードと絡めて概日リズム睡眠障害という病気についてまとめてみましたが、ご理解いただけたでしょうか?
たしかに、体内時計という言葉は一般的になっているために安易に使用してしまいがちですが、実は体内時計・概日リズムは生命維持に関わる身体の生体リズムをコントロールしている大切なものなのです。そして、この体内時計・概日リズムが不調になると、概日リズム睡眠障害が現れる可能性があるのです。
睡眠は脳や身体を休ませることで成長ホルモンの分泌を促し、心身を回復させる重要な行為ですから、もし概日リズム睡眠障害かもしれないと疑われる人は速やかに病院を受診されてみてはいかがでしょうか。
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