肺分画症(はいぶんかくしょう)という疾患についてご存じの方は少ないと思います。というのも、非常に症例の少ない疾患だからです。
肺分画症は先天性異常の疾患で、正常な左右2つの肺とは別に「肺に似たような組織」が身体の中に存在する極めて珍しい疾患です。
このように極めて症例が少ない疾患なだけに、肺分画症では未解明なことも多く残されています。
そこで、現段階で判明していることを中心に、肺分画症についてまとめましたので参考にしていただければ幸いです。
肺の構造と血液循環について
肺分画症を理解するには、肺の構造を理解しておく必要があります。そこで、簡単に肺の構造について、おさらいしておきましょう。
肺の構造
肺は、心臓の左右に1つずつあり、左側の肺の方がやや小さくなっています。これは、心臓がやや左寄りに位置しているためです。
そして、右肺は上葉(じょうよう)、中葉(ちゅうよう)、下葉(かよう)の3つに分かれ、左肺は上葉と下葉の2つに分かれています。
これらに口や鼻とつながる気管、気管支を通じて空気が取り込まれ、人は呼吸を行います。
肺と血液循環
肺には、大きく分類すると2系統(肺循環系と気管支循環系)の血管が通っています。
肺循環系
一方の系統は、機能血管と呼ばれ、血液中の二酸化炭素と空気中の酸素を交換する役割を担います。
機能血管は、心臓の右心室から肺へ肺動脈としてつながっていて、右肺動脈と左肺動脈に分岐し、最終的に肺の中で毛細血管になります。そして、毛細血管と肺胞の間で二酸化炭素と酸素の交換を行います。交換を終えた肺の中の毛細血管は右肺静脈と左肺静脈を通じ肺静脈に集約されて、心臓の左心房に戻ります。このような機能血管の系統は、肺循環系と呼ばれます。
ただし、この肺動脈を流れているのは二酸化酸素の多い静脈血で、肺静脈をを流れているのは酸素の多い動脈血であることには注意が必要です。
肺循環系と体循環系
解剖学では、心臓から流れ出ていく血管を動脈と言い、心臓に戻り流れてくる血管を静脈と言います。
通常の血液循環(体循環系)では、左心室から酸素を含んだ血液が動脈を通じて身体全体に送り出されます。そして、酸素を消費し二酸化炭素を含んだ血液が静脈を通じて右心房に戻ってきます。
これに対して肺循環系の血液の流れは、次のようになります。右心房に戻ってきた静脈血が、右心室に入り肺動脈を通じて肺に送り出されます。そして、肺で二酸化炭素と酸素が入れ替えられ、酸素を含んだ血液が肺静脈を通じて左心房に戻ってくるのです。
気管支循環系
もう一方の系統は、栄養血管と呼ばれ、臓器としての肺に栄養供給する役割を担います。栄養血管は、肺動脈とは別に心臓の左心室から出ている大動脈から分岐した気管支動脈を通じて肺に栄養供給をしています。栄養血管の系統は、気管支循環系とも呼ばれ、通常の血液循環(体循環系)に属します。
肺分画症とは?
では、肺分画症とは、どういう疾患なのでしょうか?
肺分画症とは?
肺分画症は、体循環からの異常動脈から栄養が供給されていて、正常な気管支との交通が存在しない肺組織の塊がある状態の先天性異常と定義されています。
肺分画症は、次のような2つ類型に分類されます。
- 肺葉内肺分画症(肺内型)
- 肺葉外肺分画症(肺外型)
肺分画症を簡単に説明すると
簡単に言いますと、肺分画症は、生まれつき正常な左右2つの肺組織とは別の肺組織が異常発生していて、その異常発生している肺組織は気管支とつながっていない状態です。
そして、この異常発生した肺組織は、肺循環系でも気管支循環系でもなく、体循環系の他の動脈から分岐した異常動脈によって栄養が供給されています。
この異常動脈は、肺分画症でない通常の人には存在しない動脈のため、異常発生した肺組織と同様に異常発生した動脈と言えます。
異常な肺組織の役割は?
このような異常発生した肺組織は、基本的に気管支とつながっていませんから、正常な肺組織のような呼吸によるガス交換機能は有していません。
ですから、この異常発生した肺組織は生命維持の観点からは役に立っておらず、ただ単に正常な肺組織のスペースを奪い邪魔しているだけの存在と言えます。
肺葉内肺分画症とは?
肺葉内肺分画症は、異常発生した肺組織が正常な肺組織に隣接し、正常肺組織と同じ肺胸膜の中に存在している状態のことです。
肺胸膜とは、肺の表面を二重に覆う膜のことで、肺を保護する役割を持っています。つまり、肺葉内肺分画症は、肺の下葉などに密接した形で生じていて、正常な肺と同じ肺胸膜を共有している状態です。
肺葉内肺分画症は、左肺の下葉に多く発生します。また、ごく稀に気管支とつながりがある場合があります。
肺葉内肺分画症の血管走行について
肺葉内肺分画症のほとんどが、下行大動脈(胸部大動脈と腹部大動脈)から直接分岐した異常動脈から栄養を供給されています。
そして、ほとんどの場合、供給された血液は肺静脈に還流しています。ちなみに、肺静脈を流れるのは酸素を含む動脈血ですが、ここに異常肺組織の静脈血が流れ込んでも問題はありません。流れ込む静脈血の量が肺循環系を流れる血液量に比べて1%以下だからです。
肺葉外肺分画症とは?
肺葉外肺分画症は、異常発生した肺組織が正常な肺の外に存在し、独自の肺胸膜に覆われている状態のことです。
肺葉外肺分画症は、肺の外側で横隔膜の上下に発生しやすく、さらにほとんどが左肺側に発生します。
肺葉外肺分画症は、生後半年以内の乳児期に見つかることが多いとされています。このように出生直後の新生児期や乳児期に見つかる場合は、後述するように注意が必要です。
肺葉外肺分画症の血管走行について
肺葉外肺分画症のほとんどが、下行大動脈(胸部大動脈と腹部大動脈)から直接分岐した異常動脈から栄養を供給されています。
供給された血液は、肺循環系の肺静脈、体循環系の奇静脈や半奇静脈など症例によって異なるところに還流しています。
肺分画症の症状
このような肺分画症では、どのような症状が現れるのでしょうか?
基本的に無症状
肺分画症では、肺分画症そのものによる直接的な症状はありません。
ですから、ほとんどの場合で無症状であり、自覚される症状もありません。
肺葉内肺分画症の特徴的症状
基本的に無症状ではあるものの、ごく稀に発生する気管支とつながりのある肺葉内肺分画症では、感染症による肺炎や気管支炎が繰り返し生じる可能性が高いことが指摘されています。
ですから、肺葉内肺分画症で症状が現われ発見される場合は、感染症などが合併していることが多いのです。
また、肺炎などに至らずとも、咳や呼吸が苦しいといった症状が現れる場合もあります。
肺葉内肺分画症で症状が現れる場合、新生児期や乳児期に現れることは非常に稀で、ある程度成長してから現れる場合が多いとされています。
肺葉外肺分画症の特徴的症状
基本的に無症状ではあるものの、稀に周囲の正常な肺組織を圧迫して肺炎や呼吸障害を引き起こしたり、胸痛や胸腔内に血液などが溜まってしまう血胸や胸水が生じる場合があります。
肺葉外肺分画症の症状が現れる場合、約6割が生後半年以内に現れています。
また、肺葉外肺分画症の約半分には、先天性横隔膜ヘルニアなどの先天性異常が併発するとされています。
先天性横隔膜ヘルニアの併発
先天性横隔膜ヘルニアは、生まれつき横隔膜に穴が開いていて、本来腹部にあるべき腹部の臓器(胃、小腸、大腸、肝臓など)の一部がその穴から胸部に飛び出してしまう疾患です。
肺葉外肺分画症が先天性横隔膜ヘルニアを併発している場合、穴から飛び出した腹部臓器によって肺が圧迫されて呼吸困難症状が見られます。
先天性横隔膜ヘルニアの原因は、未だ解明されておらず原因不明とされています。
その他に併発する先天性異常
先天性横隔膜ヘルニア以外に、合併や併発する可能性がある先天性異常は次の通りです。
- 気管支性嚢胞(きかんしせいのうほう)
- 気管支閉鎖
- 先天性肺気道奇形(CPAM)
- シミター症候群(Scimitar症候群)
肺分画症の原因
このような肺分画症ですが、どのような原因によって生じるのでしょうか?
原因は未解明
肺分画症では、未だはっきりとした原因が解明されていません。
ただし、肺分画症が先天性異常であることは、胎児や新生児にも肺分画症が発生していることや様々な研究報告で明らかとなっています。
そして、肺分画症が先天性異常であることを前提に、肺分画症の異常肺組織は、胎生期で肺が形成される際に正常な肺の元になる肺芽とは別の、何らかの発生異常による副肺芽から生じていると考える見解が有力となっています。
肺芽と副肺芽
人の受精卵は、受精後3週で3つの胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)になります。このうち内胚葉から前腸と後腸という原始的な腸管が発生します。この原始的な腸管から、肝臓の芽や肺の芽が生えて、その芽が育つと肝臓や肺が形成されることになります。この肺の元になる肺の芽のことを肺芽と言います。
有力見解では、この肺芽の発生とは別に、なんらかの発生異常によって副肺芽が発生し、この副肺芽が成長し分画肺・異常肺組織になると考えられています。
肺分画症の診断
このような肺分画症について、どのように検査し、どのように診断するのでしょうか?
胎児期の診断
肺分画症は、出生前の胎児期に出生前診断としての超音波検査(エコー検査)で、異常血管の存在が見つかることがあります。
成長してからの診断
肺分画症の診断の端緒
肺分画症が基本的に無症状であることから、成長してから健康診断などのレントゲン検査などにより偶発的に肺分画症が発見される場合があります。
また、肺葉内肺分画症では、感染症が合併することで繰り返し肺炎や喀血が生じることにより、肺分画症が発見される場合もあります。
さらに、肺葉外肺分画症では、異常肺組織が正常肺組織を圧迫することによる呼吸障害や併発する先天性異常による呼吸障害を端緒に肺分画症が見つかる場合もあります。
しかしながら、肺分画症が基本的に無症状であるが故に、実際に肺分画症という先天異常を持ちながらも気づかずに生活している人が多く存在すると予想されています。
肺分画症の診断
問診や全身観察などでは、肺分画症の存在について推測しにくいことから、画像による診断がメインとなります。
画像診断に用いられるのは、胸部X線(レントゲン)検査、胸部CTスキャン検査、MRI検査、MRI血管造影検査などです。
胸部X線(レントゲン)検査と胸部CTスキャン検査は、放射線を使用するのに対し、MRI検査とMRI血管造影検査は強力な電波を使用する違いがあります。それぞれ長所や短所が異なるので、患者の症状や状態に応じての使い分けが必要です。もちろん、両方実施することもあります。
肺分画症の治療
肺分画症と診断された場合、どのような治療がなされるのでしょうか?
外科手術が唯一の治療方法
肺分画症の治療は、外科手術が唯一の治療方法となっています。
肺分画症の症状が無症状であるならば、無理に外科手術によって異常肺組織を切除することはないとされています。
しかし、異常肺組織が肺炎などの原因となるならば、取り除くしかありません。そして、肺分画症における異常肺組織は肺としての機能は持っていませんので、取り除いても生命維持に問題はありません。
したがって、肺分画症の治療では、外科手術による異常肺組織の切除が唯一の治療方法となっているのです。
もちろん、肺分画症の症状が無症状であっても、今後の感染症による肺炎などのリスクを排除するために、異常肺組織をあらかじめ切除するという判断もあり得ます。
肺葉内肺分画症の場合
異常肺組織が肺炎などの原因となる場合には、異常肺組織がある肺葉を手術によって切除します。異常肺組織のみを切除することが理想的ですが、通常は異常肺組織を含んで周辺の正常肺組織の一部も切除することになります。
肺葉外肺分画症の場合
異常肺組織が肺炎などの原因となる場合には、異常肺組織である分画肺を手術によって切除します。
肺葉外肺分画症は生後半年以内の乳児期に見つかる場合が多く、この場合の異常肺組織の切除は患者の身体が小さいことから、精緻な手術技術が求められます。
先天性横隔膜ヘルニアを併発の場合
肺葉外肺分画症が先天性横隔膜ヘルニアを併発している場合も、治療は外科手術が唯一の治療方法となります。
その手術内容は、異常肺組織である分画肺の切除と横隔膜の穴を修復閉鎖します。
さらに、新生児期や乳児期に併発が見つかる場合は、呼吸困難を引き起こしていることが多く、高度な全身管理が求められます。
異常動脈の処理
ただ単に異常肺組織を切除するだけでなく、異常肺組織に栄養を供給していた異常動脈を適切に見極めて、縫合止血することが特に重要とされています。
また、異常動脈が複数存在する症例もあり、手術の際は注意をする必要があるとされています。
感染症による肺炎などの合併時の対応
肺炎などが端緒となって肺分画症が発見された場合は、まず肺炎などの感染症の治療が優先されます。正常な肺組織にまで感染が拡大しないようにするためです。
そして、感染症が治癒してから異常肺組織の切除手術が行われます。
胎児の場合
出生前の超音波検査で異常動脈が見つかった場合、異常肺組織が大きければ、出生後すぐに外科手術による切除が必要になる場合があります。しかし、ほとんどは出生後に検査し、ある程度成長してから外科手術による切除をすることになります。
ただし、稀に胎児の肺葉外肺分画症で胸水が大量に溜まっている場合は、胎児治療が必要となることもあります。
胎児治療
胎児治療とは、そのままの妊娠経過観察では胎児が死亡に至る場合、出生後の治療では生存が望めない場合、出生後の治療では重大な障害を残す可能性が高い場合に実施される治療です。
胎児胸水の場合は、母体に麻酔後、超音波のガイドの下で胎児用シャントチューブというカテーテルを胎児の胸腔と胎児が存在する羊水腔に留置します。この胎児用シャントチューブを通じて胸水が羊水腔に持続的に排液されます。
まとめ
いかがでしたか?肺分画症の全体像をご理解いただけたでしょうか?
肺分画症は、発症が確認されることが非常に珍しい先天性の疾患です。そして、発生原因は未だ未解明ながらも、基本的には無症状であることから、体調に変化が無ければ特段気にすることも必要ないかもしれません。
しかし、感染症による肺炎などが治癒と再発を繰り返したり、呼吸が苦しいという症状が現れた場合は、注意が必要です。
とは言っても、肺分画症は手術による適切な治療が為されれば、予後は非常に良好な疾患でもあります。
肺分画症のことを知った上で、医師に相談し、落ち着いて対処してくださいね。
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