癌(がん)が不治の病とされてから長い年月を経て、今では初期発見、早期治療で「癌は治る」という認識が浸透してきています。
癌(がん)とは、わたしたちの体の元となっている細胞が、何らかの原因で変化し、がん細胞に変化してしまう病気です。正常な細胞はがん細胞に変化すると、どんどん増え、まわりにある正常な細胞を駆逐してゆきます。血管やリンパ管を使って体中に移動し、別の場所に巣食い、正常な細胞組織が摂取するべき体を保つための栄養を奪い取ってゆくのです。
そんな癌(がん)の中で、初期症状がわかりにくく、早期発見しづらいものもあります。肺がんなどが、そのひとつです。今回は、あまり知られていないけれど、身近におこりうる”肺腺癌(はいせんがん)”について調べてみましょう。
肺腺癌(はいせんがん)とは
がんの発生率の中でもその多くをしめる肺がん。肺がんという言葉は聞いたことがあるでしょう。喫煙は肺がんになるリスクが高くなる、と言われていることは皆さんご存知だと思います。
けれども、その肺がんの半数以上が実は肺腺がんであり、この肺腺がんは喫煙しなくともかかりやすいのだということは、あまり知られていません。
肺腺がんと肺がんの違い
肺がんには、罹患する細胞ごとに分けるとおおまかに3つの肺がんにわかれます。肺腺がんは、そのうちの1つです。ですから一般的に「肺がん」と言った場合には、肺腺がんも含まれます。
肺がん全般の特徴と種別の特徴
肺がん全般
肺は、身体に酸素を取り込み、血管を通して体中に送り出すポンプの役目をしています。つまり、肺は体のほとんどの部分と深い関連性を持っているのです。
肺で体に取り込まれた酸素は、血管の中を赤血球によって体のすみずみに運ばれます。がんになった細胞は、正常な細胞とは全く異質なものになってしまうため、本来の規則を無視した細胞分裂をして増殖してゆきます。
その際、血液やリンパを利用して、関連のある臓器や器官へと、広がってゆくことがあります。こうして発生した場所から他の場所へ広がってゆくことを「転移」といいます。
肺は、あらゆる臓器と深いかかわりを持っていますし、肺がんはとても転移しやすいがんなのです。
特徴
- 初期では自覚症状がほとんどなく、発見されたときには進行しているケースが多い
- 日本では一番の発生率
- 最も転移しやすいがんである
- 骨や脳にまで転移する
それでは、種別ごとに細かくみてみましょう。
肺腺がん
肺がんの60%を占めるといわれている癌で、日本では肺がんの中で一番発生率が高いものです。男女を比べてみると、男性よりも女性のほうが発生率が高く、しかも年々増加しています。禁煙率が上がり喫煙者は減っているのに、肺がんの発生率は高くなっている要因とも言えます。
肺の中の、気管支の細い末梢部分に発症することが多く、これを抹消型肺がんと言います。また、肺の中にある末梢肺野と呼ばれる部分に発症するものを肺野型といい、どちらも肺腺癌です。
特徴
- 初期症状ではほとんど自覚が無い
- 進行の速度がとても速い
- 転移しやすい
- 喫煙との因果関係はあまりなく、喫煙しない人もかかりやすい
- 女性ホルモンとの関係が高いとされ、女性の罹患率のほうが男性より高い
肺扁平上皮がん
肺の入口になっている、肺門という部分の太い気管支に出来ることが多く、肺門部は、左右両方の肺の真ん中にあるため、別名、中心型肺がんとも呼ばれています。肺がんの中では肺腺がんに次いで発生率が高いと言われています。
また、肺門部に出来やすいのですが、肺野と呼ばれる肺の末梢部分にも、発症する確率が高まってきていますが、発生した後はその部分で発育する性質があり、他の肺がんに比べた場合、リンパ節への転移や遠隔場所への転移を起こしづらい癌です。早期発見できれば、外科手術で完全切除できる可能性が高いのです。
特徴
- 喫煙との関わりが強い
- 非喫煙者はほとんどかかることがない
- 発生率は女性より男性のほうが圧倒的に高い
- 他へ転移しにくい
- 転移のスピードが遅い
- 早期発見できれば全摘出も可能
小細胞がん(その他の肺がん)
肺がんの中で、肺野部や末梢部、肺門部に出来る”非小細胞がん”と生物学的に区別される肺がんで、治療法も異なります。
小細胞がんは肺がん発生率の15%ほどと低いのですが、進行がとても速く細胞がどんどん増殖してゆくため、早期発見がむつかしく、転移もしやすいとされています。肺の中心部分に出来ることが多いです。
大細胞がん(その他の肺がん)
小細胞がんと同じように進行が早い、その他のがんです。発症率は5%ほどですが、小細胞がんとは違い、”非小細胞がん”に属します。がん細胞の形状による分類ですが、それにより治療もことなるのです。
特徴
- 進行が非常に早く、転移しやすい
- 小細胞がんは喫煙とのかかわりが深い
- 成長が早く広がることもあるため、切除手術は難しく、抗ガン剤治療が主となる。
肺線がん(肺がん)の症状
前述したように、肺腺がんは肺がんの1種です。肺がんの初期症状は分かりにくいものですが、ちょっとしたことでも見逃さず検査を受けることで、早期発見につながることもあります。
下記に3つ以上思い当たることがあったら、医師に相談し、検査を受けることをおすすめします。
初期~中期
- 風邪でもないのに、空咳が長くつづく
- ひどく咳込むことが増え、息切れしやすくなった気がする
- 痰が出るようになり、量が増えた。
- 血痰が出るようになった。
- 咳をしたときなど強く胸が痛む
- 胸の痛みが長くつづく
- 食べ物が飲みこみづらくなった
- 肺炎や気管支炎を起こしやすいといわれている
- 食欲がなくなり、ダイエットしているわけでもないのに急に体重が減った
- 顔や、首のあたりが浮腫むことが多くなった
- 全身がだるい、疲労がとれにくくなった
中期~末期
- 長期間にわたり、空咳がとまらない
- 血痰をはく
- 呼吸をするとぜいぜいと音がする
- 胸に水がたまる
- リンパ節が痛み、全身に倦怠感や激痛が起きる
- 腕や肩が痺れる
- 浮腫みがとれない
肺腺癌の治療法
同じ肺がんでも、できた場所や種類によって治療法が異なってきます。肺腺がんの主な治療法をみてみましょう。
外科手術
がんがそれほど進行していない場合で、手術で取り除ける場所に出来た場合は、外科手術が有効です。がんの状態により、全部をとりきれない場合でも、なるべく多くのがん細胞をとり、残りを他の療法で治療することもあります。
また、がん細胞だけ取り除くこともあれば、肺そのものをとってしまうこともあります。
放射線治療
放射線をあてることで、がん細胞を死滅させたり、がん細胞が増殖するのを防ぐ効果があります。がんの部位によっては、体内にワイヤーや管を差し込み、その部分やまわりに放射能を照射する体内照射、体の外から照射する体外照射があります。
レーザー光線治療(腫瘍焼灼法)
レーザー光線でがん細胞を死滅させる方法で、レーザーの種類もいくつかあります。主に行われるのは、内視鏡を使って先端からレーザー光線を直接がん細胞に照射し、腫瘍を焼いて細胞を死滅させる方法がとられます。メスを使わないため、患者にとっては肉体的な負担が少ないのが利点です。
ただ、レーザーは組織の奥までは届かないこともあり、深い部分に潜んでいるがん細胞には使用できません。また、高出力のレーザーを照射するため、奥深くまで及ぶと穴が開いてしまうことがあるという不利な点もあります。
レーザー光線治療(光線力学的療法:PDT)
レーザー光線の治療で安全性が高いとされる”光線力学療法”は、光に感じやすい物質で、特定のレーザーの光に反応する薬を静脈に注射します。この薬はがん細胞を殺す効力を持っており、薬ががん細胞に集まったところでレーザー光線を照射することで、効率的にがん細胞を死滅させる、というものです。
ただ、この薬を使うと、治療後に日光に過敏になってしまうため、薬によってはおよそ1か月、日光を浴びてはいけないという状態になることがあります。この療法はごく早期のがんに対して行われることが多いのですが、外科手術の前にがん細胞そのものを小さくする目的で使われることもあります。
化学療法による治療
抗がん剤を用いた治療のことを言います。外科治療が出来ない場合や、全身に転移してしまっているなどの広範囲にわたる場合などに使われる治療法です。
抗がん剤を服用することで、全身のがん細胞を小さくし、成長を抑制するのが主な目的です。肺がんの場合は、特に小細胞がん(進行が早い)に有効だとされ、放射線治療と併用して使われることも多くあります。
肺腺がんや、肺扁平上皮がん、大細胞がんなどの非小細胞がんは、小細胞がんに比べると抗がん剤が効きにくいのですが、何種類かの抗がん剤を組み合わせて治療することで、がん細胞の成長の抑制や減少に期待ができることがわかってきています。これら非小細胞がんの基本的な治療法は外科手術なので、手術と併用されたり、非小細胞がんの症状でも中期を過ぎ後期近くなっている場合などにも使われます。
標準療法による治療
がん細胞だけに効く、分子標的薬と呼ばれる薬を用いてする治療法です。モノクローナル抗体や、チロシンキナーゼ阻害剤という2種類の分子標的薬が使われます。
電気で焼く治療
電流で熱した針などをつかって、がん細胞を焼灼して死滅させる治療法です。電気焼灼術と呼ばれます。
凍らせる治療
凍結療法と呼ばれ、がん細胞を凍らせることで活動を停止させ、死滅させる治療法です。外科手術や化学療法、放射線療法などを受けられない部位や症状の患者に対して、使われる療法です。
新しい療法
現在、医学の進歩とともに、がんの治療法もさまざまに発展をとげ、効果のある治療法が膿出されています。その中でも、肺がんの遺伝子治療が注目されています。
遺伝子治療はまだ、日本では臨床研究がスタートしたばかりで実際に治療に使われるのはまだ先のこととなりますが、その成果は肺がんだけでなく、他のがん治療にも役立つものと期待をよせています。
がん細胞は、何らかの要因で本来の正常な細胞が変化し、無秩序に正常細胞を食い荒らして増殖してゆくのが特徴ですが、この正常な細胞ががん細胞に変化することを止める働きをもつ遺伝子があるというのです。がん細胞が増殖するのを抑え、さらには消滅するように働きかける細胞の遺伝子らは、「がん抑制遺伝子」と呼ばれ、この遺伝子が異常をきたすことで、がんが発生するということが分かっています。これらが正常に働くことで、がんは抑えられていると考えられるわけです。
全てのがんや肺がんに対して効果が期待できるわけではないのですが、今後の治療のひとつとして確立されれば、多くのがん患者さんの助けとなるかも知れません。
早期発見・検査方法
肺がん、肺腺がんの早期発見はとても難しいものです。しかし、健康診断などを定期的に受けること、気になることをそのままにせず医師に相談することなどで、肺がんの早期発見率を高めることができます。
発見のための検査
検査方法は下記の通りいくつかありますが、それぞれ1種類の検査だけでは見つからないことが多いため、複数の検査を同時に受けることをおすすめします。
レントゲン検査(X線検査)
肺がん検査で行われるX線検査は、健康診断で行われるものより写真サイズが大きく、変化した細胞を見つけやすい直接撮影という方法で行われます。肺のどの部分に異常があるのか、がんの発見検査の場合は、どの部分にがんが出来ているのかを判断することが出来ます。
ただ、ほかの発見検査と同じように、肺がんの可能性はわかっても、その状態を調べることはできませんので、後述するCT検査など精密検査と組み合わせて確定検査をすることとなります。
喀痰(かくたん)細胞診断
主に、肺門にできるがん(肺扁平上皮がんなど)を発見するために行います。痰の中には、気管支や喉、喉の奥から肺までの部分までの細胞で、剥がれおちたものが含まれているので、肺がんだけでなく、咽頭炎など呼吸器全体の状態を知ることも出来ます。
ただ、痰の中にがん細胞が含まれているかどうかを調べるだけなので、実際はがんであっても、結果が陽性にならず陰性になり、がんではない、という診断をされることが多いのです。前述した肺がんの初期症状を感じるかたや、喫煙歴が長く肺がんかどうかきっちり調べたいかたは、後に述べる確定検査の、気管支鏡をつかった生検も一緒に受けるとよいでしょう。
喀痰細胞診は3日間にわたって痰を自分で専用容器に採取し病院へ提出する方法が多く、病院によって提出方法は違いますので、検査を受けたい場合はまず病院へ相談しましょう。
血液検査(腫瘍マーカー)
血液を調べることで、がんが作りだすといわれる物質がどのくらい血液の中に含まれているのかを調べます。血をとられるだけなので体の負担は少なくてすみますが、この検査のみでは、肺がんかどうかを調べることは出来ません。他の検査と組み合わせるなどして、効果的に検査をするほうがよいでしょう。
この検査は、がんの進行具合や、転移の具合などを判定するのにはとても効果的なため、肺がん検査ではよく使われます。
肺がんかどうか鑑別する検査
発見の検査で疑わしい結果が出た場合、それが悪性の腫瘍なのか、そうではないのかを鑑別する検査をします。主な検査は以下の通りです
胸部CRT検査
CRT検査とは、従来のX線検査よりも精密なものです。レントゲン撮影なのですが、さまざまな角度から連続撮影した情報をコンピューターで解析して調べるものです。この検査では、がんの大きさや発生場所や、転移の有無などを調べることができます。
肺がんかどうか確定する検査
肺は、体の奥にあるため、確定するための検査は体にも心にも負担の大きなものです。しかし、怪しい細胞があるとわかったときには、一刻も早く詳細な検査をすることが望ましいのです。
内視鏡検査
肺がんが疑われる場合は、気管支鏡と呼ばれる内視鏡を、口や鼻から挿入して行います。
胸腔鏡(きょうくうきょう)検査
怪しい細胞を採取して、調べます。肺の場合には外科手術が必要となります。
経皮肺生検(けいひ はいせいけん)
生検(せいけん)と略して呼ばれることもありますが、胸腔鏡検査とおなじく、細胞を採取して調べます。レントゲンやCTの結果を見ながら、皮膚の上から細い針を怪しい細胞へ突き刺して、細胞を採取します。
その他の検査
他にも、胸部MRI検査やヘリカルCT検査などありますが、年に1回は健康診断を受けるようにし、その際何か気になるときには、検査前に病院に相談し、必要な検査をすることがおすすめです。
肺腺がん、肺がんにならないために
喫煙は肺がんと深い関わりがあります。喫煙者は肺がんになりやすい、というのは事実です。けれども、非喫煙者は肺がんになりにくいのかというと、そういうわけではありません。
喫煙や受動喫煙しないからといって、肺がんにならないわけではありませんし、他の原因もあるのです。それらを防ぐために、原因をさぐりましょう。
たばこ
一番明確になっている原因は、喫煙です。肺扁平上皮がんや小細胞がんは、非喫煙者が発生することはまれで、喫煙との関連が深いとされています。
しかし、肺腺がんの場合には、発症のリスクは喫煙より女性ホルモンによる関連のほうが明確化されています。
女性ホルモン
肺腺がんは、喫煙との関連は低いとされてきましたが、近年では多少関わりがあるのではという説もあります。しかし肺腺がんの場合、分かっている主な原因は、女性ホルモンとの関わりです。
月経開始から閉経までの期間が長かった女性やエストロゲン(女性ホルモン)の補充治療を受けたことのある女性は、肺腺がんの発症率が高いということが分かってきています。
大気汚染
肺は空気を吸い、酸素を体に運びわたしたちを生かす大事な働きをしています。日常わたしたちが吸い込んでいる空気の中には、最近や雑菌、ほこりや花粉のみならず、化学物質や近年言われる黄砂など、人間に害があるのではといわれる物質も吸い込んでいます。
空気の中に含まれる有害物質は、たいていは気管(喉の奥の下)までで取り除かれるようにできていますが、肺まで届いてしまうものも多々あります。
肺に届いた有害物質が肺胞と呼ばれる肺の一部分で感知されると、肺は活性酸素を発生させ、除去しようとします。このとき、活性酸素が過剰に発生すると、肺の正常な細胞を傷つけてしまい、それが肺がんの発症となる原因のひとつとなっているのです。
まとめ
肺には、もともと自浄作用があります。肺が汚れてくると、自ら浄化しようとするのです。長年喫煙をしていた男性が、70歳の誕生日を期にがん予防にと禁煙しました。すると、肺は汚れていたものを体外に出そうとし、黒い痰が沢山出るようになったそうです。その方は健康でいらしたのでしょう、あまりに多く痰が出て、せっかく喫煙をやめたのに、痰で窒息死してしまいました。がん予防のために禁煙する場合も、高齢の場合は医師に相談しつつするほうがいいかもしれません。
人間の体は素晴らしい機能をもっていて、どこかに不調がある場合には必ず何らかの形で知らせてくれます。それでも、忙しい日常生活の中で、人々は小さな変化に気づきにくくなっているのかもしれません。
小さなことでも、見逃さず、自分の身体のサインを見逃さないようにしたいものです。健康診断はとても有効な手段です。
早期発見することで、早期治療、そして完治することもできる、肺腺がんをはじめとするがん。肺腺がんは、喫煙よりも女性ホルモンとの関係で発症するのではと言われています。喫煙しないから、肺がんの検査はしないでも大丈夫と安心せず、風邪がなおったのに咳がつづく、胸が痛い、手が痺れる、やけに顔がむくむなどの症状が出た場合には、自己判断を一旦横において、医師に相談してみましょう。最初は血液検査と胸部のレントゲンだけでもいいのです。