縦隔気腫という病気、あまり耳にしたことがありませんよね。縦隔気腫とは、縦隔の中に空気が侵入して溜まってしまった状態です。
縦隔気腫は、食道や気管・気管支が損傷を受けて空気が侵入したり、気管支喘息や肺感染症が基礎疾患となって発症したりします。突発的に発症することもあります。
特に治療しなくても自然に治ってしまうこともありますが、時には、重症化して死に至ることもあります。軽く見てはいけない病気です。
気腫って何? 気胸と違うの? 縦隔気腫と肺気腫はどう違うの?・・・などと思われることも多いですよね。 縦隔気腫の原因・症状・治療についてお伝えするとともに、そんな疑問にもお答えします。
縦隔気腫とはどんな病気?
縦隔気腫とは、胸の中の縦隔という部分に何らかの原因で空気が侵入し、溜まってしまう疾患です。正常な場合、縦隔に空気は存在しません。
気腫とは、疾患部に空気またはガスが侵入して溜まっている状態です。
[縦隔は、どこにあるの?]
縦隔(じゅうかく)とは、胸腔の中央部に位置し、左右を肺、後部を背骨の胸部にあたる部分である胸椎、前部を胸骨に囲まれた部分です。上は首(頚部=けいぶ)、下は横隔膜になっています。
気管より前方を前縦隔、気管より後方を後縦隔、気管が左右に分岐する心悸部の辺りを中縦隔、心悸部より上が上縦隔、心悸部より下を下縦隔と呼びます。縦隔には、心臓・大動脈・大静脈・肺動脈・肺静脈・食道・気管・脊椎・脊髄など、重要な臓器や器官が存在します。
縦隔は外界と直接つながっていないので、疾患が起きると、診断が難しいことがあります。縦隔の疾患としては、縦隔気腫の他には、縦隔腫瘍・縦隔炎・縦隔血腫・縦隔ヘルニアなどがあります。
[縦隔気腫の原因]
縦隔気腫が起きる原因としては、大きく2つあります。1つは続発性、1つは特発性です。続発性には、症候性と外傷性があります。つまり、縦隔気腫は原因によって、➀症候性縦隔気腫、②外傷性縦隔気腫、③特発性縦隔気腫 の3つに分けられます。
➀症候性縦隔気腫
誘因となる基礎疾患があり、その合併症として縦隔気腫を発症します。誘因となる基礎疾患には、気管支喘息・肺結核や肺炎などの肺感染症・間質性肺炎・過敏性肺炎などがあります。
気管支喘息や肺疾患などにかかると、激しい咳が出ます。激しく咳き込むと肺胞の内圧が高くなり、破裂します。そのため、空気が縦隔に侵入して溜まってしまうのです。
(肺胞とは?)
空気は、鼻腔・咽頭・喉頭から気管を通って肺に運ばれます。気管は、左右の気管支に分かれて肺に入り、さらに細気管支に分かれます。1本の細気管支が数本の肺胞道に分かれ、肺胞道の先端に袋のような肺胞嚢(はいほうのう)があります。肺胞嚢の中はいくつもの小部屋に分かれています。この小部屋を「肺胞」といいます。
肺胞では、呼吸することにより、酸素と二酸化炭素との交換(ガス交換)が行われます。つまり、息を吸うと、肺胞で毛細血管に酸素が取り込まれ、息を吐くと、肺胞から二酸化炭素が排出されます。
ブールハーフェ症候群や、大腸菌などガスを産生する細菌による感染症も、縦隔気腫の原因となります。これらの原因は、症候性縦隔気腫に分類されます。
(ブールハーフェ症候群)
ブールハーフェ症候群は「突発性食道破裂」ともいいます。嘔吐をこらえようとして、嘔吐物が食道に溜まり、瞬間的に食道の内圧が高くなって食道壁が破裂する場合が多いようです。特に、大量の酒類を飲んで嘔吐する時に、起こることが多くなります。
また、大声でどなったり、分娩や排便の時にいきんだり、激しく咳き込んだりしても、食道破裂が起こります。重量挙げをした時にも、食道の内圧が瞬間的に上昇して、食道破裂を起こすことがあります。
ブールハーフェ症候群は、特に疾患のない健康な食道でも、突発的に起こります。
②外傷性縦隔気腫
頚部(くび)や胸部をナイフなどの鋭利な刃物で刺したり、切ったりして、食道や気管・気管支を傷つけてしまうことがあります。また、交通事故などで胸部に強い衝撃を受けて、気管や気管支を傷つけることもあります。このように外傷を受けて食道や気管・気管支が傷つくと、空気が漏れて縦隔に侵入し、溜まってしまいます。これが、外傷性縦隔気腫です。
よくあるのが、事故で肋骨や胸骨の骨折を起こして、気管や気管支を傷つけることです。検査で内視鏡を挿入するなど、医療行為で気管や気管支を傷つけることもあります。魚の骨や薬のシートなど異物を誤飲して食道を傷つけることも、よくありますね。
意外なのは、歯医者さんの治療で外傷性縦隔気腫を起こすことです。歯は顎(あご)の骨より硬いので、治療に強力なエアタービンを使います。高圧の空気が顎の骨表面と歯肉の隙間に深く入り込み、縦隔気腫を起こすことがあるのです。
③突発性縦隔気腫
誘因となる疾患や外傷がないのに、突発的に発症する縦隔気腫です。
何かの原因で、肺胞内の圧力が高くなり、肺胞が破れて空気が漏れ、縦隔内に侵入して溜まってしまいます。肺胞内の圧力が高まる原因については、今のところ、わかっていません。何かのきっかけで激しく咳き込んだりすると、肺胞が破裂することが多いようです。
縦隔気腫の症状と診断
縦隔気腫は、その発症原因によって、いろいろな症状が現れます。Ⅹ線の胸部レントゲン検査とCT検査で、比較的簡単に診断できます。
[縦隔気腫の主な症状]
縦隔気腫の症状は、気管支喘息や肺結核、肺炎などの疾患が誘因となる場合、外傷を受けた部位、突発的に発症した場合などにより、現れる症状が変わります。よく現れる主な症状は、胸の痛み・呼吸困難・チアノーゼ・血の混じった痰・皮下気腫などとの合併症の5つです。
➀胸の痛み
縦隔気腫は、いろいろな原因で空気が縦隔に侵入して溜まっている状態です。縦隔に溜まった空気が、周辺の臓器を圧迫するので胸部に痛みが生じます。
胸の痛みは、何が原因でも、損傷部位がどこであっても、生じる症状です。
②呼吸困難と嚥下困難
縦隔に空気が溜まっていたり、肺胞が破裂したり、気管や気管支を傷つけていたりするので、当然、呼吸機能が低下して、呼吸困難が生じます。
同時に嚥下障害(物が飲み込みにくい)が起こります。
呼吸困難と嚥下障害は、どの縦隔気腫にも生じる症状です。
突発性縦隔気腫では、呼吸困難と嚥下困難に加えて、頸部痛(首の痛み)があります。
③チアノーゼ
縦隔気腫が重症になると、大血管(大動脈・大静脈・肺動脈・肺静脈)が圧迫されます。静脈の還流が減少し、全身の静脈でうっ血(血液が停滞して流れない)が起こります。心拍出量が減り、血圧が低下して、チアノーゼや呼吸困難が生じます。急激な呼吸循環不全になります。
気胸や皮下気腫が併発すると、呼吸循環不全は一段と悪化して、死に至ることもあります。(気胸と皮下気腫については、後で述べます。)
気管支喘息が基礎疾患になっていると、ゼーゼー・ヒューヒューという呼吸音(喘鳴)とともに、呼吸困難やチアノーゼが起こりやすくなります。
(チアノーゼ)
全身を循環する血液の酸素量が不足しているため、唇・指先・皮膚・粘膜が青紫色になる状態をチアノーゼといいます。
酸素は血液中のヘモグロビンと結びつき、酸化ヘモグロビンとなって全身に運ばれます。血液が赤く見えるのは、酸化ヘモグロビンのためです。酸素が不足してヘモグロビンと結びつかないと、還元ヘモグロビンが増えるので、青紫色になります。
チアノーゼは、肺や心臓に疾患があると、よく現れます。酸素不足が酷くなると、日常生活にも支障が出ます。階段が登れないなど、ちょっとした動作が困難になることがあります。
チアノーゼが続くと、ヒトの身体は酸素供給量を増やそうとして、赤血球を増やします。赤血球が異常に増えると、血液がドロドロになり、血栓ができやすくなります。腎臓の働きも悪くなります。
チアノーゼについては、チアノーゼとは?種類や症状、原因や治療方法を知ろう!を読んでおきましょう。
④痰に血液が混じる
気管や気管支が傷ついて縦隔気腫を発症すると、痰に血液が混じるようになります。
⑤皮下気腫や気胸が併発する
気管や気管支を損傷したり、食道を傷つけたりすると、損傷部から漏れた空気が縦隔から胸腔にまで侵入し、さらに皮下組織に入り込んで溜まるようになります。
皮下気腫と気胸は、縦隔気腫と合併して起きることが、よくあります。
(皮下気腫)
皮下気腫とは、空気が皮下組織に侵入して溜まっている状態です。
皮下気腫の原因は、➀皮膚に傷を受ける、②交通事故・高い所からの墜落・胸部の打撲・何かに強くはさまれるなどで損傷を受ける、③肋骨や胸骨を骨折するなどです。損傷部から空気が皮下組織に侵入して、溜まってしまうのです。
食道や気管・気管支に損傷を受けると、損傷部から漏れた空気が縦隔に侵入し、さらに胸腔から皮下組織にまで入り込んで溜まり、皮下気腫が起きることがあります。
皮下気腫は縦隔気腫のように痛みを生じることはありません。患部を触ると、雪を握ったような感触(握雪感=あくせつかん)やプツプツと空気のはじける音(捻髪音=ねんぱつおん)がします。皮下気腫については、皮下気腫とは?原因や症状を知ろう!治療方法や検査方法も紹介!を読んでおきましょう。
(気胸)
気胸とは、胸腔にガスや空気が異常に溜まり、肺が圧迫されて小さく縮んでしまう病気です。肺が縮んでしまうので、呼吸機能が低下します。重症になると、生命に関わります。
気胸の原因は、➀事故や刺されたりして損傷を受ける、②肺癌や肺気腫などの肺疾患、③ブラ・ブレブという肺にできた嚢胞(のうほう)が破裂する などです。これらの原因で、肺に穴が開き、そこから空気が漏れて、胸腔に溜まります。
肺に空いた穴は自然にふさがることもありますが、なかなかふさがらず、空気が漏れ続けると、肺が縮小して重篤な状態になります。外科的治療が必要です。
食道や気管・気管支が損傷されると、損傷部分から空気が漏れ、縦隔に侵入して溜まります。漏れた空気が縦隔から胸腔に入り込んで溜まると、気胸になります。
気胸は胸腔内の空気量で症状が異なります。軽症では、自覚症状がないこともあります。軽い胸の痛みや息切れがある程度です。重症になると、胸の痛みが強くなり、呼吸困難になります。
[検査と診断]
縦隔気腫の検査は、Ⅹ線による胸部単純レントゲン検査が主となっています。胸部レントゲン写真で、比較的容易に「縦隔気腫」の診断がつくようです。しかし、胸部レントゲン写真だけで判断がつかない時は、胸部CT検査を行います。
胸部CT検査では、縦隔内の空気の存在する部位を確認することができますし、微細な病変を発見することもできます。
縦隔気腫の治療と合併症など
縦隔気腫の治療は、内科的な保存療法が主ですが、外科的処置が必要になることもあります。怖いのは、気胸や縦隔炎などが併発することです。
[縦隔気腫の治療]
縦隔気腫そのものに対する治療法というものはありません。その発症原因によって、治療が異なります。症候性縦隔気腫の場合は、その基礎疾患を治療することが大事です。外傷性縦隔気腫の場合は、外傷を治療することで回復します。自然に治癒して空気漏れが止まることもあります。症状により、外科手術が必要になることもあります。
➀自然治癒
縦隔気腫は軽症であれば、安静にして経過観察しながら、自然に治癒するのを待ちます。
②外傷や呼吸器疾患の治療
交通事故や医療行為、切られたり刺されたりした外傷により縦隔気腫を発症した場合は、外傷を治療することが第一になります。外傷が治癒すれば、縦隔気腫も治ります。
症候性縦隔気腫は、誘因となる呼吸器疾患がありますから、自然治癒しても再発することがあります。特に肺結核・肺炎などの肺感染症や間質性肺炎は重症化すると、死に至る危険な疾患ですから、早めに徹底的に治療する必要があります。
③保存療法
縦隔気腫の治療は、自然治癒に次いで保存療法が多くなります。入院して安静にし、必要があれば抗菌剤を投与します。食道に損傷を受けると、縦隔炎が起こりやすいので、抗菌剤で抑えるようにします。
ほとんどの場合、内科的な保存療法で治癒し、予後も良好です。
④外科的処置
静脈に異常がある循環障害や縦隔炎が併発したり、内科的な保存療法では症状改善がなかなか見られなかったりすると、外科的処置をとることがあります。
外科的処置は、縦隔切開・気管切開・ドレナージです。
ドレナージとは、患部にドレーン(管)を挿入して、溜まっている膿や血液、浸出液、消化液などを体外に排出する治療法です。縦隔気腫では、溜まった空気を体外に出します。
[縦隔気腫の合併症]
縦隔気腫の合併症には、皮下気腫や気胸、縦隔炎があります。
縦隔炎
縦隔炎とは、縦隔が感染を起こしている状態です。
縦隔炎の原因は、食道破裂や食道穿孔(食道に穴が開く)です。魚の骨や薬のシートなどの異物を誤飲したり、胃カメラ検査などの医療行為をしたり、食道癌が進行したりして、食道を損傷すると、損傷部分から細菌が縦隔に侵入して炎症を起こします。
胸部手術後や虫歯、喉の炎症などで膿が縦隔に流れ込んだり、結核菌や梅毒菌が縦隔に棲みついたりして、縦隔炎が起こることもあります。
縦隔は四方を閉ざされている空間なので、急速に広がって悪化します。治療が難しい部位です。進行すると、炎症を起こしている細菌が血液中に入り、全身に感染が広がる「敗血症」になります。縦隔炎も死に至る危険性がありますが、敗血症は極めて致死率の高い疾患です。
縦隔炎では、発熱・悪寒・激しい咳・呼吸困難・激しい胸の痛みが同時に起こります
食道を損傷すると、縦隔気腫と縦隔炎が併発することが多くなります。
[縦隔気腫と肺気腫は違うの?]
気腫というのは、疾患部にガスや空気が侵入して溜まっている状態です。同じ「気腫」ですが、縦隔気腫と肺気腫は全く異なる疾患です。一般には、「気腫」というと、「肺気腫」を意味することが多くなります。
肺気腫とは、タバコの煙や有害な粉塵を長年吸い続けると、肺胞に有害物質が溜まって、肺胞が破壊されてしまう病気です。肺胞の壁が壊れて、いくつかの肺胞がくっついて、異常に大きな空気がたまった袋になります。これを「気腫性嚢胞(きしゅせいのうほう)」といいます。肺胞の弾力性が失われ、空気を吐き出しにくくなります。
肺がスカスカになって、異常に膨らんだ状態になります。呼吸機能が低下して息切れするようになります。咳や痰が激しくなります。
まとめ 胸に痛みを感じたら、すぐにお医者さんへ
縦隔気腫は、だれでも発症する病気です。交通事故にあったり、誤って首を傷つけたりして、食道や気管・気管支を傷つけると、損傷部から空気が漏れて縦隔に侵入し、溜まってしまいます。これが縦隔気腫という疾患です。
自転車で転ぶ。魚の骨が刺さる。うっかり薬のシートを飲み込んでしまう・・・日常生活で、食道や気管・気管支を傷つけることは珍しくありません。胃カメラを飲んだり、虫歯の治療をしたりなど、医療行為で傷つけることもあります。
肺結核などの肺感染症や気管支喘息など呼吸器疾患を発症している場合も、縦隔気腫を起こすことがあります。激しく咳き込むと肺胞の内圧が上がり、肺胞が破裂します。それで、空気が縦隔に侵入して溜まってしまうのです。
特に何の原因もなく、激しく咳き込み、肺胞が破れて縦隔気腫を発症することもあります。
縦隔気腫は、たいていの場合、安静にしていれば自然に治癒します。でも、空気が漏れ続けると、気胸や皮下気腫などを併発します。食道を損傷すれば、縦隔炎を併発します。気胸も縦隔炎も、最悪の場合、死に至ります。
自然治癒することがあるからといって、縦隔気腫は、決して軽視できない病気です。縦隔気腫の特徴的な症状は、胸の痛みと呼吸困難(息切れなど)です。物を飲み込みにくくなることもあります。このような症状に気づいたら、すぐにお医者さんに行くことをオススメします。合併症が起きたら、お医者さんでなくては対処できません。
縦隔気腫の背後には、重大な呼吸器疾患が存在することがあります。お医者さんの適切な治療を受けなければ、縦隔気腫が再発しやすくなります。呼吸器疾患は悪化すると、死に至ることが多いので、根本治療に努めることが大事です。
胸に痛みを感じたら、すぐにお医者さんへ行ってくださいね。