肥大型心筋症という病気をご存じでしょうか?言葉を見れば心臓の不調・病気だということが一見しただけでわかりますね。
「心臓が肥大する病気?かもしれない」ということがわかるかもしれません。実際にはどういう病気なのでしょう?自身にも起こりうる可能性は高いのでしょうか?
本稿ではこの「肥大型心筋症」について理解を深め対処の方法を学んでいきましょう。
肥大型心筋症とは?
肥大型心筋症(ひだいがた・しんきんしょう)は心筋症のひとつで心筋の肥大化により左心室の内腔が狭くなり血液が流れにくくなる疾患です。左心室の心筋全体の肥大化が進行し、特に心室中隔という心臓の右心室と左心室を隔てる壁が左心室側に突出し、心室のポンプ機能が著しく低下する疾患です。
高血圧や弁膜症の病歴がないにも関わらず心筋の肥大が起こります。遺伝性の疾患とも言われますがはっきりとした原因は未だ不明のままでした。しかし近年はWHOが複数疾患により発症する心筋障害の一部と報告したり、遺伝子異常により心筋細胞に悪影響を与える説等、徐々にその詳細がわかってきています。
肥大型心筋症になると心臓の壁(心室中隔)が肥大し、内腔が広がりにくくなります。そのため心室に血液が十分に流れ込まない、全身に血液が行き渡らなくなる、さらに心室から心房への逆流が起こることがあります。
英語では hypertrophic cardiomyopathy; HCMと表記され、日本では厚労省の特定疾患に指定される難病です。
疫学的調査
日本で肥大型心筋症の患者はどれくらいいるのでしょうか?
人口10万人当たりの患者数でみると170人~374人とばらつきがあります。なぜ10万人あたりでみるのか、これは有病率(1年間に10万人あたりに対し何人が罹患したか)という統計学的に決められた単位で算出しているようです。しかしこの数値は実際に病院を受診して出された数値なので潜在患者数はもっと多いかもしれません。
男女比でみると2.3:1で男性に多く発症し、男女共に60代以降が発症のピークとされています。
心臓の役割
そもそも心臓にはどんな役割があるのでしょう?
我々人間は心臓が止まってしまうと数分で死に至ります。一般に心停止してから3分で50%の死亡率、10分経過ではほぼ間違いなく命はありません。
心臓は全身に血液を送り込むポンプの役割を担っています。血液には酸素はもちろん様々な栄養素やホルモン等、人体が活動するために必要な成分を各々の臓器や筋肉に送り届けているのです。もちろん脳にも血液を送っているため心臓の機能低下は脳を含む身体全体に悪影響を及ぼす要因となります。心臓のポンプとしての働きが弱くなる場合を心不全と言います。
心筋の肥大による影響
血液は心臓を介して全身に向かい(動脈血)、末梢から一端心臓の右心房に戻り(静脈血)、肺組織内で酸素と二酸化炭素のガス交換が行われて再度心臓(左心房→左心室)という経路をたどります。
肥大型心筋症では主に(左)心室の壁(心筋)が肥大、また左心室と右心室を隔てる壁である心室中隔壁が肥厚するため、肺から戻る酸素を目一杯蓄えた血液が心臓の左心室に十分流れなくなってしまいます。この状態を左室拡張能異常と言い、以下のタイプに分類されます。
・閉塞性肥大型心筋症:
左室の出口付近にあたる心室中隔上部が肥厚したため、血液の流れが左室の出口付近で狭くなり(左室流出路狭窄)、堰き止められて閉塞(へいそく)します。
・非閉塞性肥大型心筋症:
心室中隔の肥厚は認められるが左室流出経路狭窄がない場合です。
・心尖部肥大型心筋症:
心臓の下先端部(左・前・下方向部)を心尖部(しんしょうぶ)と呼び、左室内腔(血液が流入する内部スペース)の形がスペードを逆にしたような形となっています。この心尖部周辺が肥厚した状態を言います。
・拡張相肥大型心筋症
肥大型心筋症が重症化して拡張型心筋症に移行するタイプです。左室内腔の拡張と左室壁の負担が増大し、左室能低下によりさらに左室拡張する拡張相が認められます。
・心室中部閉塞型心筋症
心筋肥大に伴い左心室の中部で内腔狭窄が認められます。左室出口付近での狭窄(左室流出路狭窄)による閉塞性肥大型心筋症とはタイプが異なります。
脈とは?
人の身体には脈といって身体の表面で触ることのできる動脈のことを言います。最も良く知られているのは首の頸動脈と手首の橈骨動脈です。この辺りを指で触ると「ドクッドクッ」というような鼓動が聞こえますが、これが脈です。
脈は心臓のポンプ機能によって送り出された血液の勢いであり、それが血管の内壁に圧として伝わることで“あの”「ドクッドクッ」という音が指を通して伝わってくるのです。脈拍を感じるためには血液が心臓から勢いよく大動脈に流れ出て(心拍出量)、その勢いが末端の動脈まで伝わるという2つの段階が必要です。
通常、安静時脈拍は1分間に60~80回(拍/分)が正常値ですが、100拍/分以上を「頻脈」、60拍/分以下は「除脈」と呼び、不整脈との関わりが指摘されています。
不整脈の種類
直接的な関係はありませんが肥大型心筋症においても不整脈を誘発する場合があります。心筋の肥大化や心室中隔の肥厚化により、心筋そのものの収縮活動が過剰に高まるため、薬を用いて抑制します。
不整脈は3種類あり、遅い脈(除脈)、速い脈(頻脈)、とんだり抜けたりする脈です。多くの場合、多少リズムがくるったりたまに跳ぶ程度の不整脈ならそれ程心配することはありません。そんな時の原因はストレスであったり、寝不足や疲労等、心臓とは直接関係のないところにあったりします。
しかし気をつけねばならない怖い不整脈もあります。心臓のポンプ機能(血液を送り出す能力)に悪影響を及ぼす不整脈です。下記のような症状はとても危険なサインなので気を付けなければなりません。
・意識が混濁したり、なくなる(失神する)
心臓を動かすための電気を作り出す要の場所が洞結節(どうけっせつ)で、その機能低下や一時的な停止状態です。電気の本来の通り道が何らかの原因により塞がれたことで頻脈が起こります。
・脈拍が40拍/分以下になり、活動時息切れやめまいがする
心臓を動かすための電気信号を発する出所でもある洞結節、もしくはその電気の作り方に異常をきたす症状です。うまく電気信号を発せられずに除脈となってしまうわけです。
・突然の動機が起こる
不規則な脈拍、突然に脈を打ち始めたり、消失したり、1分間に150~200拍以上の頻脈になる場合は危険な不整脈のサインを呈しているため早急に診断と治療を要するケースです。
心室性不整脈
このタイプの不整脈は心室内で起こることから心室性不整脈といい主に2つに分けられます。
ひとつは心室頻拍(VT)と呼ばれ、心室で発生する頻脈です。心室内を巡る異常な電気信号の回流により心臓のポンプ機能が損なわれ全身に新鮮な血液を送り出せなくなります。血圧低下によるめまいやふらつき、胸痛や息苦しさ、冷や汗がでてきます。
さらに症状が悪化すると心室細動(Vf)へ進行します。洞結節から始まった電気信号の伝達異常で心室が小刻みに震えポンプ機能の役目をまったく果たせない状態です。症状が続けば数秒で意識を失い全身痙攣となります。電気ショック(AED)で異常動作を停止させ元の状態に戻すこともできます。
心房細動
心房細動も注意すべき不整脈のひとつです。潜在的な患者数は50万人以上とも言われ、無視することができない症状なのです。
1分間に200拍以上もの頻脈となる場合が多く、かなり強い動悸が起こります。心臓を動かす動力源である電気信号は正常ならば心房から心室へさざ波のように滑らかに広がっていきます。しかし心房細胞になると異常な電気信号が心房内を不規則に流れまわる状態となります。
心房細動の最大の問題は慢性化すると血の塊(血栓)ができやすくなることです。心房内で発生した血栓は血液の流れにのって脳へ移動し、脳血管内で詰まることがあります。これが脳梗塞の原因のひとつです。
読売巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄さんが脳梗塞を発症しましたが、その原因がこの心房細胞でした。ご存じのように脳梗塞はその発生する場所が損傷することで腕や脚、さらには半身・全身麻痺などの酷い後遺症が残るため大変憂慮すべき疾患です。
原因は過労や社会的ストレス、さらにアルコール等様々ですが、長嶋監督のように加齢に伴って心臓(心筋)の機能が衰えてしまったために起こるケースが比較的多いことも認識するべきでしょう。
詳しくは、心房細動とは?原因・症状・治療方法を理解しておこう!を参考にしてください!
肥大型心筋症の原因
近年遺伝子解析によりわかったことは心筋の遺伝子異常が原因との説が有力です。現在までに肥大型心筋症の約6割において原因となる遺伝子が特定されています。
主なものとして「心筋ミオシン重鎖遺伝子」と「ミオシン結合蛋白遺伝子」異常が多くを占め、次いでトロポニン T 遺伝子変異が確認されています。肥大型心筋症が発症・進行するプロセスではこれらの原因遺伝子の異常に加え、二次的遠因となる高血圧や加齢、さらに糖尿病や甲状腺疾患等も原因とされています。
発症前の心筋繊維はその配列が非常に規則的で何層にも連なって整列しています。しかし発症後は組織立った配列が失われ、各々がバラバラに積み重ねられて心筋を構成するようになります。
例えて言えば、生地を幾重にもランダムに重ねていくのと規則的に重ね合せるのとの違いといえるかもしれません。前者はバラバラに重ね合せた分余計な厚みが増して張力に対しても弱くなります。後者は規則的なので余計な厚みもなく張力に対しては非常に強力になります。
原因が特定できることで治療効果は一層高まります。当病を発症した患者の一刻も早い改善を促すため今後さらなる原因の解明が急がれます。
肥大型心筋症の症状
ほぼ無症状のケースが多く病態が発見されたときにはかなり進行している場合もあります。集団検診などの心電図・心エコー検査等でひっかかり病院を受診して発覚するというケースも少なくありません。
発症時は軽い息切れ程度で進行するに従い、肥大した心室と不整脈の影響で胸部圧迫感、胸痛、動悸、全身疲労感などの症状を呈します。重篤になれば失神(特に運動時に発生)、めまいが起こり、胸痛は休息時にも起こります。
肥大型心筋症は急に立ち上がった時、飲酒、急激な気温の変化等で先の症状を呈する場合が多く特に注意が必要です。
肥大型心筋症の治療
時に自覚症状もない場合もありますが、総じて軽度の息切れやめまいなどが現れる場合もあります。定期的な検診等で常に身体のチェックをしておくことが異常を未然に防ぐ術かもしれません。
検査と治療
主に心電図(EMG)と心エコー検査が有用です。胸部レントゲンは肥大型心筋症の鑑別診断に直接有用なわけではありませんが、心臓の大きさや左心室と右心室の大きさを比較できます。また肺に血液が溜まる肺うっ血、胸郭内に水が溜まる胸水の有無を調べられ心不全のチェックも行えます。
肥大型心筋症であれば9割方心電図に異常が見られます。ST-T変化、Q波異常、陰性T波等が確認されます。これは肥大した左室心筋の影響が強いためです。
心エコーでは左心室の壁が断続して肥厚している様子が伺えます(心室中隔非対称性肥厚)。また左心室から大動脈へ血液を送り出す大動脈弁付近が狭くなっている左室流出路狭窄(さしつりゅうしゅつろきょうさく)の場合、隣り合う僧房弁の異常運動が認められます。肥大した心筋により血液の流れ出る出口が狭まるため血流速度が高まりますが、その速くなった流れも検査ではっきりと確認できます。
薬剤療法
基本的には薬剤による治療を優先します。薬剤療法以外を非侵襲的治療といいます。
肥大型心筋症初期の自覚症状がなく既往歴もない場合、経過観察で様子をみることになります。自覚症状を有する場合、β遮断薬(血圧降圧剤)やカルシウム拮抗薬、抗不整脈剤を処方します。主な目的は心筋の過剰な収縮活動の改善および抑制です。
心臓疾患ですから不整脈を併発することも十分考えられるため、随時経過観察をしながら症状に合わせた治療を優先していきます。
薬物療法の効果が現れない約2割の患者には非侵襲的治療の適用が薦められます。
非侵襲的治療
外科手術(中隔心筋切除術)、PTSMA(経皮的中隔心筋焼灼術)、DDDペースメーカー治療が有効です。どの治療法も基本的には肥厚し中隔心筋が左心室側にせり出したことによる左室流出路狭窄を改善するものです。
中隔心筋切除術は主に欧米で盛んに行われており、その効果も最も確実で信頼性の高い治療法です。
経皮的中隔心筋焼灼術とはカテーテル治療です。局所麻酔を行い、太腿の付け根の動脈から1.5~2mmカテーテルを入れて行います。大動脈から心臓周囲にある冠動脈、さらに心室中隔の細い血管まで到達させます。カテーテルの先端から高濃度エタノールを局所的に注入するとその場所は瞬時に凝固・壊死します。壊死した心筋により時間経過と共心室中隔の肥厚は薄くなり血流が改善します。
ペースメーカーにより左室流出路狭窄の左心室圧と大動脈圧の差である、(左室内)圧較差を軽減する方法もありますが、基本的には病状と担当医師の判断に委ねられます。
突然死を防ぐ
肥大型心筋症が原因で突然死に至るケースは特に若年層スポーツ選手に比較的多く報告されています。競技スポーツだけでなく学校の体育授業やマラソン大会でも起こりうるケースなので担当教師や学校側による健康チェックが重要となります。
突然死の主な危険因子では家族歴・遺伝子変異・心室性頻脈・活動時に生じる低血圧等が挙げられます。
肥大型心筋症の社会復帰に際して
肥大型心筋症を含め重篤な障害からの復帰には非常に神経を使うところです。しかしいつまでも気にしていたのではそれこそ“心臓”に良くありません。日常生活を良い意味で“適当”というか普通に過ごせるようになることが社会復帰の最大の目的ではないでしょうか。
以下日常生活で気を付けるべきことを列挙してみました。
- 適度な安静
- ストレスをためない
- 体重コントロール
- 塩分コントロール(食事のコントロール)
- こまめな水分摂取(脱水は要注意)
- 禁煙および過度のアルコール摂取の回避
- 軽運動の実施、いきむ運動(無酸素性)の禁忌
健康的な日常生活をおくることが病気再発を予防するための最善の方法です。QOL(生活の質)を高めることを念頭に生活することで心にも余裕が生まれ身体も日常生活に適した状態へと変容していくはずです。
まとめ
肥大型心筋症は心臓を形成する心筋の機能異常により発症する心臓疾患です。
特に左室壁の心筋が異常に肥大し、左心室と右心室を隔てる心室中隔も肥厚することで心室の拡張能不全が起こり、血液の心室内部への流入も制限されます。左心室の出口にあたる左室中隔の肥大は左室流出路狭窄という左室からの血流の流出を妨げることとなり、胸痛や息切れの症状を呈します。
初期には症状が現れない場合もありますが、進行すると胸部不快感、息切れ、めまい、動悸等の自覚症状が現れます。肥大型心筋症は期外収縮などの不整脈を引き起こす原因となります。若年層スポーツ選手の突然死の原因はその多くが肥大型心筋症です。
近年心臓疾患、特に心筋症の治療法が確立され予防や予後も含めて格段に進歩しています。重篤なケースに至らないためには定期的な健診は元より、個人のQOL(生活の質)向上が大切なのです。
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