眼球運動をご存知ですか?眼球運動は、その字面から分かる通り、眼球の向きを変えたりするような目の動きのことです。
一見すると単純そうな眼球運動ですが、実際のところは、多くの筋肉と神経が関わることで複雑な運動なのです。その上、眼球運動に障害が起こると、非常に複雑な様相を呈します。
そこで、今回は眼球運動と眼球運動障害の概要について、わかりやすくまとめたいと思いますので、参考にしていただければ幸いです。
眼球運動とは?
そもそも眼球運動とは、どのようなことなのでしょうか?
眼球運動とは?
眼球運動とは、何らかのモノを見るために、見たい対象に焦点を合わせたり、眼球の向きを変えるなどの目の動きのことを言います。
眼球運動は、意識的に動かされることもあれば、無意識的に動くこともあります。
眼球を動かす6つの筋肉
人は運動をする場合、大脳から運動の指令を受けた手足などの筋肉が働くことで運動することができます。目を動かす場合も同様に、大脳からの指令を受けた眼球を動かす筋肉が働くことで目が動きます。
そして、眼球を動かす筋肉を総称して外眼筋(がいがんきん)と呼び、外眼筋は次のような6つの筋肉で構成されています。
- 内側直筋(ないそくちょくきん)
- 外側直筋(がいそくちょくきん)
- 上直筋(じょうちょくきん)
- 下直筋(かちょくきん)
- 上斜筋(じょうしゃきん)
- 下斜筋(かしゃきん)
これら6つの筋肉が協調して動くことによって、眼球運動が行われ両目で見る両眼視が可能となります。
ちなみに、上まぶたを持ち上げる上眼瞼挙筋(じょうがんけんきょきん)を外眼筋に含める場合もあります。
内側直筋
内側直筋は、動眼神経に支配された眼球の向きを変える外眼筋の一つで、収縮すると眼球を内側の横に向けます。
外側直筋
外側直筋は、外転神経に支配された眼球の向きを変える外眼筋の一つで、収縮すると眼球を外側の横に向けます。
上直筋
上直筋は、動眼神経に支配された眼球の向きを変える外眼筋の一つで、収縮すると眼球を内側の斜め上に向けます。
下直筋
下直筋は、動眼神経に支配された眼球の向きを変える外眼筋の一つで、収縮すると眼球を内側の斜め下に向けます。
上斜筋
上斜筋は、滑車神経に支配された眼球の向きを変える外眼筋の一つで、収縮すると眼球を外側の斜め上に向けます。
下斜筋
下斜筋は、動眼神経に支配された眼球の向きを変える外眼筋の一つで、収縮すると眼球を外側の斜め下に向けます。
上眼瞼挙筋
上眼瞼挙筋は、動眼神経に支配された筋肉で、上まぶたを持ち上げて目を開く機能を有しています。
眼球運動の6分類
このように多くの筋肉の協調的な働きによって、眼球運動が行われます。そして、眼球運動はその動きの性質に応じて、次のような6つに分類することができます。
- 衝動性眼球運動(SEM、サッケード)
- 追従眼球運動(PEM、パスート)
- 前庭動眼反射(VOR)
- 視運動性応答(OKR)
- 輻輳(ふくそう)と開散
- 固視
衝動性眼球運動
衝動性眼球運動は、両眼で同じ方向を向くという両眼共同性の眼球運動の一つで、見ようとする対象に対して素早く視線を移動するために眼球を速く移動することを言います。また、対象に視線が移動したら、その眼球の位置(眼位)を維持し続けることも衝動性眼球運動のうちに含まれます。
ちなみに、衝動性眼球運動は英語の「衝動性」を意味するサッケードと略されることがあります。
追従眼球運動
追従眼球運動は、両眼で同じ方向を向くという両眼共同性の眼球運動の一つで、空間を移動する対象を視線が追随して追いかけるために眼球が徐々に動いていくことを言います。つまり、このような動いている対象を注視し続けるための滑らかな眼球運動が、追従眼球運動です。
前庭動眼反射
前庭動眼反射は、頭が動いた時に、無意識的に反対方向へ眼球を動かすことで、網膜に反映される像のブレを防ぐ反射運動のことを言います。前庭動眼反射は、このような眼球の反射運動によって、姿勢保持に重要な役割を果たしています。
ちなみに、この反射運動には、前庭神経(前庭神経核)や小脳が深く関わっているとされています。
視運動性応答
視運動性応答は、視覚的外界が大きく動くときに、その外界を追いかけるゆっくりとした眼球運動のことを言います。例えば、電車や自動車の車窓から、遠くの景色を眺めると自然に景色を後方へ追いかけるような場合の眼球の動きのことです。
視運動性応答は、ゆっくりとした動きではありますが、一種の反射運動とされています。つまり、視覚的外界が動くという視覚刺激によって、眼球の動きが制御されているのです。
輻輳と開散
輻輳(ふくそう)は、対象が自分に近づいてくるにつれて両眼が内転運動することを言います。両眼を底辺、対象を頂点とした二等辺三角形をイメージした場合、頂点の角度を輻輳角と言います。そして、対象が近くなると輻輳角は大きくなり、両眼はいずれも鼻側に内転して、いわゆる「寄り目」の状態になっていきます。
これに対して、開散は、対象が自分から離れていくにつれて左右両眼が外転運動することを言います。対象が遠くなると輻輳角は小さくなり、両眼はいずれも耳側に外転していきます。
このように輻輳と開散は、両眼非共同性の眼球運動で、合わせて輻輳・開散運動、あるいはバージェンスと呼ばれます。
固視
固視は、静止した対象を捉え続けることを言います。
眼球運動障害とは?
このような眼球運動にも障害が現れることがあります。では、眼球運動障害は、どのような病気なのでしょうか?
眼球運動障害とは?
眼球運動障害は、障害の原因がどこに生じるかによって、大きく核上性(中枢性)の眼球運動障害と核下性(末梢性)の眼球運動障害に分類されます。
核上性(中枢性)の眼球運動障害
核上性の眼球運動障害は、随意運動の指令を出す大脳皮質から眼運動神経核(動眼神経核・滑車神経核・外転神経核)に至るまでの中枢神経の異常で生じる眼球運動の障害のことを言います。
核上性の眼球運動障害の症状は、具体的には注視障害(注視麻痺)として現れます。
ちなみに、眼運動神経核とは、眼球運動に関与する神経細胞が集まった場所のことを言います。
注視障害(注視麻痺)
両眼を同じ方向へ同時に動かす場合を、両眼共同性の眼球運動(共同性眼球運動)と呼びます。そして、両眼共同性の眼球運動ができなくなった状態のことを、注視障害(注視麻痺)と言います。つまり、衝動性眼球運動や追従眼球運動ができなくなった状態のことです。
この注視障害は、側方注視障害(側方注視麻痺)と垂直注視障害(垂直注視麻痺)に分類されます。
側方注視障害(側方注視麻痺)
側方注視障害は、水平注視障害・水平注視麻痺とも呼ばれます。側方注視障害は、両側の眼球を同時に同じ水平方向に動かせなくなった状態のことを言います。
垂直注視障害(垂直注視麻痺)
垂直注視障害では、側方注視障害が水平性の問題であるのに対して、垂直性が問題になります。つまり垂直注視障害は、両眼を同時に垂直方向に動かせなくなった状態のことを言います。
核下性(末梢性)の眼球運動障害
核下性の眼球運動障害は、眼運動神経核(動眼神経核・滑車神経核・外転神経核)から先の末梢神経の異常で生じる眼球運動の障害のことを言います。言い換えますと、前述した外眼筋もしくは外眼筋の動きを支配する神経などに何らかの異常が発生することによって、眼球運動に現れる障害のことです。
核下性の眼球運動障害(核下性障害)には、次のような症状が現れます。
- 外眼筋麻痺(眼筋麻痺)
- 複視
- 眼瞼下垂(がんけんかすい)
- 散瞳(瞳孔散大)
- 対光反射消失
外眼筋麻痺(眼筋麻痺)
核下性の眼球運動障害が発生する場合、眼球運動を行う外眼筋、外眼筋と神経回路の接合部、外眼筋を支配する神経回路のいずれかに異常が生じます。
このいずれかに異常が生じると、外眼筋を動かすことができなくなり、麻痺状態が生じます。
複視
複視とは、目で見る対象が二重に、あるいは二つに見えることを言います。外眼筋麻痺が生じると、複視が発症するのが通常です。
複視は、片眼性複視と両眼性複視に分類されます。片眼性複視は、一方の目を手で覆って片目で対象を見た場合に、複視を自覚する場合です。これに対して、両眼性複視は、両目で対象を見た場合に、複視を自覚する場合を言います。両眼性複視の場合は、麻痺筋の特定をすることが、原因疾患を探る上で重要になります。
眼瞼下垂
眼瞼下垂は、まぶたが上がりにくい状態のことを言います。眼瞼下垂は、まぶたを上げる上眼瞼挙筋、もしくは上眼瞼挙筋を動かす神経のいずれかに異常があることで生じます。
これに対して、皮膚のたるみなどによって、まぶたが開きにくい場合は、偽眼瞼下垂(ぎがんけんかすい)として区別します。
散瞳(瞳孔散大)
散瞳は、瞳孔散大とも呼ばれ、何らかの原因によって瞳孔が過度に拡大してしまうことを言います。瞳孔は、暗闇では拡大して、明るいところでは収縮するのが通常です。しかしながら、散瞳の状態になると、明るい所でも瞳孔が拡大したままになります。
ちなみに、瞳孔の拡大・収縮を行うのが瞳孔括約筋で、動眼神経の支配を受けます。また、瞳孔の動きには自律神経も関わっていて、交感神経が優位になると散瞳が起こります。
対光反射消失
対光反射とは、瞳孔に光による刺激を与えると、瞳孔が縮小する反応のことを言います。ちなみに、瞳孔散大と対光反射消失は、死亡判定の条件の一つとされていますが、アディー瞳孔といった疾患によって瞳孔散大と対光反射消失が起こる場合もあります。
核上性(中枢性)眼球運動障害の原因
核上性(中枢性)眼球運動障害は、どのような原因によって生じるのでしょうか?
側方注視障害の原因
側方注視、すなわち両側の眼球を同時に同じ水平方向に動かすには、側方注視中枢による指令で行われます。側方注視中枢は大脳の一部である前頭葉や後頭葉に存在するとされ、側方注視中枢からの指令が外転神経と動眼神経を通じて外眼筋に伝わり、衝動性眼球運動や追従眼球運動となります。
したがって、側方注視中枢の存在する大脳を障害する脳梗塞や脳血管障害などの脳疾患が原因疾患として、側方注視障害を引き起こします。
垂直注視障害の原因
垂直注視中枢は、中脳に存在する動眼神経核の近くにあるとされています。垂直注視は、垂直注視中枢からの指令が動眼神経のみを通じて外眼筋に伝わり、衝動性眼球運動や追従眼球運動となります。
したがって、垂直注視中枢の存在する中脳を障害する脳梗塞・脳腫瘍・視床出血(脳出血)などの脳疾患が原因疾患として、垂直注視障害を引き起こします。
核下性(末梢性)眼球運動障害の原因
核下性(末梢性)眼球運動障害は、どのような原因によって生じるのでしょうか?
核下性の眼球運動障害が発生する場合、外眼筋それ自体、外眼筋と神経回路の接合部、外眼筋を支配する神経回路のいずれかに異常が生じますので、それぞれの原因疾患をご紹介します。
外眼筋の疾患
神経には問題が無く、外眼筋それ自体に異常をもたらす病変としては、筋ジストロフィー・外眼筋ミオパチー・甲状腺機能亢進症(バセドウ病)などが考えられます。
神経筋接合部疾患
外眼筋と神経回路の接合部に異常を生じる病変としては、筋無力症が考えられます。筋無力症は、胸腺の異常に端を発する自己免疫疾患とされていますが、最初に障害が現れるのは外眼筋と神経の接合部が多いとされています。
そのため筋無力症によって、外眼筋麻痺(眼筋麻痺)・複視・眼瞼下垂などが現れます。ちなみに、筋無力症が外眼筋と神経の接合部に現れる場合、片方の眼に現れる片側性の場合が多いとされています。
脳神経麻痺
外眼筋を支配する神経回路の障害として、代表的なものが脳神経麻痺です。外眼筋を支配する神経には、動眼神経・滑車神経・外転神経が存在します。これらの神経は、それぞれの神経核から上眼窩裂を通って眼球が納まる眼窩につながっています。
動眼神経麻痺
動眼神経麻痺を引き起こす疾患には、様々なものがあります。動眼神経を圧迫することによって麻痺を引き起こすものとしては、脳腫瘍や脳動脈瘤などの脳の疾患が考えられます。また、動眼神経の圧迫を伴わずに麻痺を引き起こすものとしては、糖尿病・ウェルニッケ脳症・トロサハント症候群などが考えられます。
動眼神経麻痺で現れる症状
動眼神経が麻痺してしまうと、外眼筋麻痺(厳密には、外側直筋と上斜筋を除く外眼筋麻痺)によって眼球は外転してしまい、内転・上転・下転ができなくなります。そのため、複視が生じます。
また、上眼瞼挙筋も動眼神経に支配されるので、動眼神経が麻痺すると上眼瞼挙筋も動かせなくなり、眼瞼下垂が生じます。
さらに、瞳孔括約筋も動眼神経に支配されるので、動眼神経が麻痺すると瞳孔括約筋が動かずに、散瞳(瞳孔散大)と対光反射消失が生じます。
滑車神経麻痺
滑車神経麻痺が生じた場合、その原因疾患が分からないことが良くあります。原因疾患が判明した場合に、最も多いのがオートバイ事故などによる頭部外傷です。稀に、糖尿病・脳腫瘍・脳動脈瘤・多発性硬化症などが滑車神経麻痺の原因疾患になります。
また、滑車神経麻痺が単独で発生することは少なく、ほとんどは動眼神経麻痺と同時に発生するとされています。
滑車神経麻痺で現れる症状
滑車神経が麻痺してしまうと、上斜筋が麻痺することによって、眼球は内側と下側に動かなくなります。そのために複視が生じて、特に階段を下りることが複視によって困難になります。
また、片眼に滑車神経麻痺が生じている場合は、麻痺のない眼の側に頭を傾けると複視が打ち消されるため、このような頭を傾ける体勢をとる患者が多くなります。この頭を傾ける体勢のことを、代償性頭位と言います。
逆に、麻痺のある眼の側(麻痺側)に頭を傾けると眼球は上外側に偏りを強くします。この眼球の上外側への偏りの増強をビールショウスキー徴候と言い、滑車神経麻痺麻痺の特異的所見とされています。
外転神経麻痺
外転神経麻痺を引き起こす疾患には、非常に様々なものがあります。これは、外転神経核が延髄の近くにあるために、動眼神経や滑車神経よりも眼筋までの距離が物理的に長く障害されやすいからです。
外転神経麻痺を引き起こすものとしては、脳腫瘍・脳動脈瘤・多発性硬化症・髄膜炎などによる頭蓋内圧亢進症・糖尿病・ウェルニッケ脳症などの疾患が考えられます。
外転神経麻痺で現れる症状
外転神経麻痺が生じると外側直筋を動かすことができず、麻痺側の眼球は外側に十分な転回ができません。そのために複視が生じて、麻痺側の方向を見ようとすると不自由となります。
眼球運動障害の治療方法
では、眼球運動障害が現れた場合、どのような治療がなされるのでしょうか?
原因疾患の治療
眼球運動障害の治療方法の基本は、眼球運動障害を引き起こす原因疾患の治療を行うことです。
核上性の眼球運動障害であっても、核下性の眼球運動障害であっても、まずは原因疾患の治療を行うことが重要となります。
対症療法
原因疾患の治療と並行して、対症的な治療を行うこともあります。
視線のズレを補正する特殊なプリズム眼鏡を使用したり、麻痺の現れた病変側の目に眼帯をすることで複視を回避したりします。場合によっては、手術によって外眼筋を調整して複視を解消することもあります。
まとめ
いかがでしたか?眼球運動と眼球運動障害の関係について、ご理解いただけたでしょうか?
私達が勉強したり、働いたりする上で「見る」ということは、非常に重要な役割を果たしていることは、今更言うまでもありません。
そして、眼球運動障害は、脳疾患が原因となることが多いとされています。ですから、見ようとしている対象が二重に見えるといった複視などの眼球運動障害の症状が現れたら、医療機関を早期に受診するようにしましょう。もしかしたら、何らかの重大な疾患の前兆の可能性がありますから。
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