医療の世界では、まだまだ治療が難しい病気があります。国や医療機関はそれら病気を「指定難病」に定め、治療・回復を目指し、研究することに力を注いでいます。
多発性硬化症も難病の1つです。原因が不明で、発病するととても辛い症状を発症します。また、症状も長期的に続き、私生活に大きな影響を与えることがあります。
では、多発性硬化症とはどのような病気なのでしょうか?病気の症状や不明ながらもわかってきている原因。そして、どう付き合っていけばいいのかについてみていきましょう。
この記事の目次
多発性硬化症とは?
名前から意味を考えると、体の多くの場所で何かが硬くなる症状を発症するように考えられます。これは難しい言葉を使えば「脱髄疾患」と呼ばれる病気です。
私たちの体は神経によって電気信号をやりとりしています。手足が動いたり、思考や感情が発生するのも、神経が電気信号をやりとりし、繋がっているからです。
神経は伝達する電気が外部に漏れ、ショートしないように髄鞘(ずいしょう)という皮膜に覆われています。家電製品のケーブルが皮膜で覆われているようなイメージですね。内部の電気を正常に伝達し、漏れないようにする役割があります。
多発性硬化症はこの髄鞘に何かしらの障害が起き、多発的に破れてしまう病気です。この状態を先に述べた「脱髄」といいます。病気が進行すると、患部が硬くなることから硬化症と呼ばれるようになりました。
病変は体の様々なところに起こり、患者によって症状も様々です。感覚そのものに症状を起こす人。四肢に異常を感じる人。進行等によっても症状は異なります。
また、深刻な症状として脳髄や脳といった重要器官にも発症することがあります。認知機能や視覚に重篤な影響を与えることがあるので、非常に注意が必要でしょう。
多発性硬化症の患者数は?
多発性硬化症を聞いたことがある、という人は少ないかもしれません。日本では約12,000人の患者がいるといわれていますから、1万人に1人の割合で発症します。
一方で欧米の人の発症率は高く、1万人いれば10人程度の患者がいるといわれています。日本の10倍ですね。また、アフリカ等の地域ではほとんど発症がみられません。
人種別・地域別の発病率の違いから、多発性硬化症の原因は遺伝や環境などが推察されています。しかし、具体的な原因は現在もわかっていないのが現状です。
多発性硬化症ではどんな症状がみられる?
体の動きを伝える神経に異常が起こる多発性硬化症。その症状は体のあらゆる部分に起こります。具体的には以下の症状がみられます。
レルミット徴候
多発性硬化症の一症状です。首にある脊髄の神経が侵食されると、首を曲げた時、電気が走るようなチクチクとした痛みを感じます。
症状が進行すると首だけではなく、肩、背中、両足、両手、といった範囲が広がるのも特徴です。これら症状は患部に動きがったときのみ発症します。元の位置に戻すと症状は治まります。
複視
硬化症は脳幹と呼ばれる、生命維持活動を司る部位にも現れることがあります。この部位に病気を発症すると、視神経の異常を招きます。具体的には「複視」と呼ばれる症状です。
複視はモノが二重に見える症状です。これは目が正常に動かず、モノと目の焦点をきちんと合わせられなくなることが原因です。
複視については、複視の治療方法を知ろう!原因や症状はなに?見え方や乱視との違いを紹介!を参考にしてください!
眼振
その名の通り、目が震え、振動している状態です。目を動かす筋肉異常で起こります。規則的に動くものから、不規則に動くものまで症状は様々です。
詳しくは、眼振の原因って?種類や症状、予防方法を知っておこう!を読んでおきましょう。
視神経炎
目から入った光情報を脳に伝える視神経。そこに炎症が起こる症状です。先に視神経炎に気づき、その後、硬化症を発症するケースがあります。
視神経炎ではモノがぼやけたり霞んで見える、視力の低下、視野の欠損などがみられます。また、眼球の動きに合わせて痛みを感じることもあります。
詳しくは、視神経炎とは?種類や症状、原因や治療方法を理解しよう!を読んでおきましょう。
脊髄炎
脊髄は脳に接続された中枢神経で、脊椎骨に存在します。脳からの指令を体の各部位に電気信号で伝える役割があります。この部分にできる炎症を脊髄炎と呼びます。
脊髄炎では胸部・腹部に電気が走るような痛み、四肢の痺れ・麻痺を引き起こします。その他、排尿・排便障害を招くこともあり、私生活に深刻な障害を招きます。
感覚障害
私たちの体には熱さや痛みといった感覚を感じる機能があります。皮膚に火を近づけられると熱さを感じる、というような感覚ですね。
硬化症によって神経が侵されてしまうと、何もしていないのに熱さを感じたり、皮膚が継続的に痛むといった症状が起こります。また、触れられたりすることで過度な痛みを感じるといったことも発症します。
筋力の低下
神経障害により筋力が低下する症状も顕著に見られるようになります。得に両足の筋力低下はよく見られます。症状が進行すると、歩行困難を招きます。
筋力の低下と伴って、感覚障害もみられます。痛みを感じるようになったり、麻痺の進行が起こります。私生活に深刻な影響を招くことになるでしょう。
認知障害
硬化症は体の自由を奪うだけでなく、認知機能にも深刻な影響をあたえることがあります。記憶の喪失や判断力・注意力の低下がみられます。
多発性硬化症の初期症状
どんな病気にも初期症状はあるものです。しかし、病気によっては非常に軽微な症状であるがゆえ、病気を見逃してしまうことがあります。多発性硬化症もその1つです。
多発性硬化症の初期症状は多岐にわたるため、初診で病気と判断することは難しいです。病気が進行し、上記の症状が現れて初めて診断がつきます。
ただ、目や四肢の感覚異常、電気が走るような体の痛み。これらが継続的に起こるようであれば、病気に関して警戒したほうがいいかもしれません。
多発性硬化症の原因とは?
多発性硬化症は難病に指定されているように、その原因が詳しく分かっていないのが現状です。原因がわからないので、治療も難しい病気です。病気の原因ではないか、と考えられているものとして以下のことがあげられます。
遺伝要因
多発性硬化症は先に述べたように、欧米人に多い病気です。そのため、親から子へ受け継がれる遺伝子に何かしらの原因があると考えられています。
環境要因
発病に地域性が見られることから、環境的な要因も考えられています。それは日照時間といった緯度の位置が要因として有力です。
生活要因
日常生活の中で体へ害となるようなものを摂取していることが原因として考えられます。具体的には喫煙や汚染物質などがあげられます。
自己免疫疾患と多発性硬化症
体には外部から侵入した異物に対して、それを排除したり、破壊しようとする免疫システムがあります。ウィルスや細菌に感染した時、それを攻撃する仕組みですね。
この自己免疫システムに異常が起こり、自身の細胞を異物と判断してしまい、攻撃する病気を自己免疫疾患といいます。代表的な病気として関節リウマチがあります。
多発性硬化症もこの免疫システムの異常によって起こるといわれています。神経を異物として攻撃してしまう。とても怖い症状といえるでしょう。
生活環境の変化が病気の引き金に?
生活環境と病気の関連性も指摘されはじめています。現代は技術が進み、自然の中で過ごすことが少なくなりました。部屋が汚ければ空気清浄機を使い、空気をきれいにします。
このようなきれいすぎる環境が体の免疫システム機能を低下させ、何かをきっかけとしたとき、病気を発症させるというのです。
多発性硬化症ではないですが、子供のアレルギー症状は幼少期からこのような環境が原因で起こることがわかってきています。
女性に多く発症することも特徴である
多発性硬化症の原因を探る上で性別も重要なポイントです。この病気は女性に発病者が多く、男性の3-4倍といわれています。
女性に発病が多い原因として、白血球の数が多いこと、女性ホルモンの数が多いことなどがあげられます。しかし、これらが病気とどう関わっているかはわかっていません。
ストレスも十分発病要因になる
体力が低下していると、どうしても免疫力は低下します。食事料が少なかったり、体温が低いといった状態は容易に免疫システムを壊してしまいます。
これら症状は日常の中のストレスによって引き起こされることがあります。ストレスとは環境的な要因や人間関係といったものまで含まれます。
寒暖差があるような環境的ストレスは体に大きな負担を強いることでしょう。それは単に自然の気候だけではなく、エアコンといった人為的に作られる環境要因もあります。
人間関係や仕事のストレスも体に容易に疲労を溜めます。目不足であったり、精神的に追い詰められている状態は免疫システムを壊す恐れがあるでしょう。
多発性硬化症の治療法
病気の治療法の第一歩として大切なことは、きちんとした道筋を立てることです。病気の症状や進行によって、治療法が変わりますから、まずは患者の状態を見極める必要があるでしょう。
病気の治療の基本は薬の投与です。それはステロイドといったものが代表的です。一方で新薬の登場により、副作用がほとんどなく、症状を劇的に改善することも起こり始めています。
では、薬の種類や具体的な治療法についてみていきましょう。
コルチコステロイド薬
自己免疫疾患の一つである多発性硬化症。その症状を抑える方法として、免疫システムを抑制することがあげられます。コルチコステロイド薬はその抑制効果があります。
この薬は硬化症の症状を抑える効果、特に短期的な症状緩和に使われることが多いです。また、周期的に起こる病気の再発を遅らす効果もあります。
副作用として糖尿病、体重の増加、潰瘍などがみられるため、投与は比較的短い期間で終了します。長期的な使用は稀です。
タイサブリ
欧米で早期に承認されているものの、日本に入ってくるのが遅い薬があります。それがタイサブリです。多発性硬化症に有効な薬の一つです。
タイサブリが欧米で承認されたのは2004年。日本で承認されたのは2014年です。2014年以降65カ国で薬の有効性が実証されています。
副作用はほとんどありませんが、1年半以上の投与によって進行性多巣性質脳症(PML)という病気を発症することがあります。投与を中断することで病気を回避することができます。
フィンゴリモド
硬化症に対して有効な経口薬です。日本では2011年から使用されています。2016年現在、約500人の方が薬を服用し、安全な生活を送っています。
肝機能の低下、初回投与時の血圧の低下といった副作用がみられるものの、重篤な症状に陥ることはありません。後遺症もなく、安全に治療することができます。
多発性硬化症と治療薬
日本では患者数が少ない多発性硬化症ですが、欧米ではその研究は大きく進んでいます。先に述べたように、タイサブリが使用できるようになったのは2014年。欧米では2004年から使えるようになっていますから、10年の開きがあります。
欧米では承認されているものの、日本では承認されていない薬はタイサブリだけではありません。有効性が認められているものの、使えないというケースがあるのですね。
現代の医療に関する法律やルールは患者に負担を強いることがあるのかもしれません。治る病気が治らない。国によってそんな不公平もあるのです。
治療薬以外の治療法
多発性硬化症では、薬ではなくそれ以外の治療を行うこともあります。具体的には以下の方法があげられます。
血液浄化療法
その名の通り、血液中の有害物質を機械によって一度循環させ、ろ過した後、再度体内へ戻す治療法です。硬化症では赤血球を除く、血漿を取り除くことで症状が軽減します。
ステロイド等の免疫抑制剤を投与しても効果の薄い患者に対して行われることが多いです。また、薬に対して副作用が大きい人にも適用することがあります。
血液を循環させるため、定期的な通院が必要です。体への負担も大きなものになりますから、慎重な治療方針を決める必要があります。
多発性硬化症の予後
多発性硬化症は周期性のある病気です。良くなったり、悪くなったりを繰り返のです。その周期が長くなったり、短くなったりしますが、その長さは人によって異なります。
病気が進行すると、生活に支障をきたすことがあります。特に筋肉の衰えに伴う歩行困難、視覚障害、認知機能の低下は注意すべき症状でしょう。
これら症状が進行することで、精神的なストレスはとても大きなものなります。病気に対する怒りや苦しみ、家族の負担から起こる情けさなというのもあるのかもしれません。病気の進行は緩やかなものですが、生活が少しずつ蝕まれていく辛さは表現のできないものです。
多発性硬化症の付き合い方
病気を発病したものの、うまく付き合っている方もいます。それは体に極力負担をかけない習慣を意識的に作り出し、病気の進行を緩やかにしているからです。
また、心的なストレスが病気に影響を与えることがあります。病気と上手く付き合うためには、精神的なストレスをきちんと排除し、生活することがポイントになるでしょう。
動ける範囲であれば、運動をすることも問題はありません。実際、水泳やランニングをする方もいますから、それほど深刻に考える必要もないのかもしれません。
ただ、体温が上がるようなことは避けたほうがいいでしょう。入浴やサウナには注意が必要です。症状が悪化することもあります。
感染症にも十分な注意が必要です。免疫機能が低下しているので、感染症が悪化しやすいからです。生活環境を清潔に保つようにしましょう。
まとめ
世の中には現代でも治療が難しい病気があります。それは多発性硬化症だけではなく、数多く存在します。病気は患者を苦しめ、その周りにいる家族の生活も変えてしまいます。
ただ、病気と上手く付き合っていくという選択肢もあります。無理に病気を治すのではなく、進行を遅らせたり、以前より快活に生きることもできます。
以前よりも運動習慣が身につき、食事に気を配り、ストレスを減らすよう心がけてみる。こうすることで病気が快方に向かうこともあります。反対に、病気に心を蝕まれ、毎日病気のことを思い、苦しむ。このようなことは病気の進行を加速させ、より症状を悪化させてしまうでしょう。
病気とは体の一症状に過ぎませんが、心の持ち方が大きく関わっていることがあります。前向きな考えのもと、生活習慣を変えることで、症状が良くなることもあるのです。もちろん、それが病気をよくする方法とは限りません。きちんとした治療を受ける必要もありますし、辛いこともたくさんあるでしょう。
ですが、病気に勝つ・負けるはその状況を判断している患者自身にあるのだと思います。病気を辛い存在と捉えるか、もしくは治し、元の生活を取り戻すために行動するのか。この気持ちが病気治療には大切なのかもしれません。
多発性硬化症の治療はとても根気のいるものです。しかし、医療が進歩し、症状を緩和したり、生活を取り戻すチャンスが増えてきました。
下を向いてばかりではなく、ふとしたときに前を向いてみる。そうすると、きっと病気を治すことができるのかもしれません。