プリオン病のプリオンとは、prionと書いて「タンパク質性の…」という意味を含むのですが、たんぱく質と聞いたら何を思い浮かべるでしょうか。人間の身体を構成する筋肉などの成分として有名ですね。
人間の身体は、水分とたんぱく質を主に作られているのですが、その「たんぱく質性の…」の続きは、今日のテーマでもあるプリオン病の重要なキーワードとなります。
プリオン病とは
プリオン病のプリオンとは、先ほどお伝えした「タンパク質性の(prion)」と、「感染性の(infectious)」を合わせて作られた言葉といわれています。また、「細胞外のウィルスの状態」という意味の「ビリオン(virion)」も合成されていることから「ブリオン」と呼ぶ医師もいるようです。
このプリオン病は、伝達性海綿状脳症(でんたつせい かいめんじょう のうしょう)といって異常な「プリオン蛋白」の増加による中枢神経疾患の総称です。そして別名「伝播性海綿状脳症(でんぱせい かいめんじょうのうしょう)」ともいいます。
プリオン病の名前の由来
名前の由来にもあるように「感染」つまり伝わってしまう脳の変性疾患ですが、命に関わるという意味でも危険な疾患として知られています。代表的な疾患では、ヒトのヤコブ病や羊のスクレイピー、ウシのウシ海綿状脳症などがあります。
また、特徴としては、この疾患の脳組織には海綿状態が共通に見られるということです。プリオンに侵された脳組織を顕微鏡で観察すると、多数の泡が集まっているように見えることがチーズやスポンジのように例えられて、「海綿状」という意味が由来して付けられた病名だったのですね。
プリオン病の特徴と仕組み
この海綿状になる理由としては、侵された細胞が少しづつ死んでいき脳にたくさん穴を開けてしまうということがあります。
もともと正常なプリオン蛋白質というものは、健康な人間の体内にある細胞に存在していて、特に「脳」に高濃度で存在しているものです。その正常なプリオン蛋白質(PrP遺伝子)は、蛋白分解酵素で消化されます。
しかし、そのプリオン蛋白質が「プリオン」に変換されてしまうと、脳細胞に小さな泡が発生してしまいます。そのために、大きな影響を受けてしまうのが「脳」なので、ほとんどの神経系に限定されてしまいます。
これを「タンパク質の構造が、正常なタンパク質を持つタンパク質分子をプリオンが自身の異常構造に変換する能力を持つ」といい、こうなると「伝播」「感染」していくのです。そして、感染した患者は治療方法がないために、通常は数か月~3年以内で全ての人が死に至ります。
進行性認知症について
異常なプリオン蛋白が沈着して、脳の神経細胞の機能が障害される病気で、代表的なクロイツフェルト・ヤコブ病も急速に進行していく認知症の症状が起こります。(※以前は、認知症のことを痴呆と言っていたので「進行性痴呆」と呼ばれていました。)
そして、認知症の検査での統計を調べてみると、進行性認知症の患者のうち60%を越える人がプリオン病であることが分かりました。(※残りの患者は、プリオン病とは関係ない認知症でした。)
プリオン病の歴史
実は、プリオンが発見されるまでは、クロイツフェルト・ヤコブ病などの海綿状脳症は原因を「ウィルス」であると考えられていました。しかし、プリオンはウィルスよりも、かなり小さいことや遺伝物質を持たないことから細菌とも違っているどころか生きているどの細胞とも異なっていることが分かったのです。
では、簡単に歴史を振り返ってみますね。
1960年代 放射線生物学者のティクバー・アルバ―と数学者のジョン・スタンリー・グリフィスは伝達性海綿状脳症は、たんぱく質のみから構成される感染因子によって引き起こされるという仮説を提唱
1982年 カリフォルニア大学サンフランシスコ校のスタンリー・B・プルシナーは、感染因子の精製に成功して同因子の主成分が特定のタンパク質1種類であることを公表(この時に、「感染性の蛋白」という意味のプリオンを提唱した)
1997年 プルシナーはプリオンの研究の業績によりノーベル生理学医学賞を受賞
このように最新の医学には長い歴史とたくさんの研究者の努力があることが分かります。
現在は、プルシナーの命名した「プリオン」という呼び名は、プリオンを構成する特定のたんぱく質自体を「プリオンたんぱく質」と呼んでおり、感染型と非感染型の2つの構造を取る可能性がある物質として扱われています。
感染の原因
感染の理由はいろいろあるようですが、今のところ、すべてのプリオン病は脳などの神経組織の構造に大きな影響を及ぼす治療方法が未発見の「致死的疾患」となっています。
また、プリオンに汚染された牛肉や牛肉製品を食べることが、ヒトの新型クロイツフェルト・ヤコブ病の原因ではないかと考えられているのです。この新型については、1996年の報告以降は「異型クロイツフェルト・ヤコブ病」と呼ばれるようになっています。
この異型クロイツフェルト・ヤコブ病は、「人の狂牛病」と呼ばれることもありますが、新型と従来の間では、たくさんの相違点があるとも言われています。
- 顕微鏡で観察してみると新型の場合には、脳組織の変化が従来型とは異なる
- 初期症状は従来型が記憶の喪失であることに対して、新型の場合には精神病症状が発症しやすい
ヒトへの感染
ヒトの場合にはパプアニューギニアの風土病でもある「喰人儀式」で伝染した「クール―病」や孤発性の発症が多いとされる「クロイツフェルト・ヤコブ病」、家族性に発症するという「ゲルストマン・ストレスラー・シェインカー症候群」や「家族性致死性不眠症」などがあります。
なお、2007年当初で異型クロイツフェルト・ヤコブ病と診断された人は、分かっているだけの合計で、201人となっています。ちなみに英国が1番多く、次いで2番目にフランス、その他、日本をはじめとする3か国中5人のうち、4人が英国で感染しているようです。
医療行為での感染
医療行為で感染するプリオン病のことですが、医原性プリオン病や狂牛病は社会問題として多く注目を集めています。
医原性プリオン病の場合を具体的に挙げると、角膜移植や深部脳波電極の使用、脳硬膜移植、ヒトの死体から抽出した下垂体ホルモン製剤の投与という医療行為が原因となって感染してしまいました。
動物の感染
狂牛病の場合には、英国にて「ヒツジの骨」「内臓」を用いた濃厚飼料を通してヒツジのプリオン病での「スクレイピー感染因子」がウシに伝染していったものです。(※牛海綿状脳症)
これは、スクレイピーに感染した羊の組織が牛の餌に混入していたので、これを食べた牛が「羊から伝染した」のです。このような感染の仕方や症状から、「人畜共通感染症(人間も動物も同じ発症をするという意味です)である」とプリオン病は分類されているのです。
動物のプリオン病
プリオン病とは、羊や牛を始めとした、ヤギ、ミンク、などの動物にも発生します。羊のプリオン病であるスクレイピーは、「体をこすりつけて(スクレイプする)羊毛を引きちぎってしまうような動作」から来ている病名なのですが、それから感染した牛の場合には「著しく興奮する」ことから狂牛病と名付けられました。
その他には牛を除く、ヘラジカ、鹿などがプリオンの感染源になっている可能性があります。その理由は、この動物が慢性消耗病やプリオン病に罹患しているからなのですが、羊を含めて人に感染した報告はないようです。
また、ヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病と同じように、動物のプリオン病でも少しづつ筋肉の協調運動が損なわれていき、その後に認知症の症状が現れるようです。
疫学と病態
感染について分かったところで、では年間にどのくらいの人がプリオン病に罹患しているかお伝えいたしますね。
わが国でのプリオン病に対する有病率は100万人に1人という稀な数字で、そのうちの70%以上は孤発性と言われており、地域差はありません。(※原因が分からず遺伝でもない初めて発症した患者のことを孤発性の患者といいます)
ただ、わが国での特徴としては他の国と比較してみると医原性のプリオン病(※専門用語では、CJDと呼ばれています)が多いということが挙げられます。また、その数は全世界の60%を越えるということです。
また、男女差に変わりはなく発病は、60歳を中心とした大人が罹患するようです。
症状等を含めてプリオン病は、下記のように大きく分けて4つの型があります。それぞれの症状と特徴をタイプ(型)ごとに見ていきましょう。
孤発性CJD(散発性CJDなど)
散発性とも呼ばれる孤発性のCJDは、孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病でおよそ100万人に1人程度の割合と言われます。ヒトのプリオン病では最も多い型で全症例の80%を占めているそうです。
主な原因
プリオン病の原因は冒頭でも少し触れましたが、異常なプリオン蛋白プリオンが感染因子であり、感染経路は、具体的には未解明なことが多いです。
主な症状
孤発性CJDには、PrP遺伝子の変異はなく代表的な型でもあります。そして、孤発性古典型と呼ばれる病型の場合では、急速に進行する認知症症状とミオクローヌスを特徴としています。
経過と予後
同期生の周期性放電や脳のMRI拡散協調画像の皮質等が高い値で出ることが知られています。この型の中には異なる視床型などがあるために注意が必要となります。
このプリオン病の場合には、症状が出てくるのは数年後になるのが一般的と言われています。
遺伝性CJD(家族性CJDなど)
これは、家族性CJD(家族性クロイツ・ヤコブ病)とも呼ばれています。先の孤発性CJDと比較してみると発病年齢が早い場合が多いといえます。(※発症年齢は、44歳~93歳と幅がありますが、平均で77歳となっています)
また、プリオン蛋白遺伝子の変異によって症状も経過も診断も異なるので診断が難しい型となります。そして遺伝性プリオン病の中では、最も頻度の高いものと言われています。
また、これまでのプリオン病では下記の理由から遺伝はしないとされています。
- 家族歴がない(※患者以外の親族等ではプリオン病に罹患した人がいない)
- 孤発性であること(原因が不明の状態で患者本因のみ罹患している)
- プリオン蛋白の遺伝子変異がない
しかし、中にはプリオン蛋白の遺伝子変異があるような遺伝性CJDの場合にも家族歴がないという症例が多数あるのです。どのくらいの確率でプリオン病を発症するかというところまでは解明されていません。
主な原因
プリオン蛋白遺伝子V180I変異によって発症します。プリオン遺伝子変異が遺伝性ということが原因となります。この遺伝性の場合には、プリオン遺伝子の変異がアミノ酸の配列に変異を起こしてしまうので、プリオンの高次構造が変化しやすいのです。そのためプリオンが産生されやすいからではないかと考えられています。
また、致死性家族性不眠症(FFI)などの診断には、PrP遺伝子の検索が必要とされています。
主な症状
初期においては、主に記銘力障害、失語、失行などの高次脳機能障害で、緩やかに進行していきます。
経過と予後
平均すると2年~3年ですが、それ以上の年数にわたる場合もあります。末期になると寝たきりから無動性無言になってしまいます。(※平均年数については諸説あり特定の地域に偏ることがあります)
獲得性CJD(変異型CJDなど)
獲得性プリオン病は、英国で発生した牛海綿状脳症(別名:BSE狂牛病)として、2005年に我が国で確認された「人に感染をしたとされる変異型CJD」です。獲得性CJDは、変異型を含めると3.6%となっています。
そして、この狂牛病の牛から人へ伝染した可能性が高いのが「変異型クロイツフェルト・ヤコブ病」なのです。また、クール―病も後天性のプリオン病になります。また、発症年齢が12歳~74歳と幅がありますが、平均で29歳という若年であることが特徴となります
主な症状
小脳症状を主な症状としたゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー病と不眠が主症状となります。初期には、抑鬱、焦燥、不安、自閉、無関心、不眠、強迫観念、錯乱、興奮、異常行動、性格変化、記憶障害などの精神症状が主な症状となります。
進行とともに認知症が顕著となり、全例において失調症状を認められます。その他には、顏や四肢の痛みや異常感覚などの感覚障害が高頻度で認められるようになります。
この時の脳波では「周期性同期性放電」は認められないのですが、脳のMRIでは病巣が見えることがあります。
経過と予後
経過は、緩やかに進行していき罹患期間は平均で18カ月で末期に移行していきます。また、末期には約半数が無動性無言の状態になります。小脳の失調症や認知症が進行していくと延命処置をしない限り、発症から1年で死亡することもあるのです。
正常なプリオン蛋白が、異常なプリオン蛋白へと変異をしていくことから中枢神経に蓄積するので、神経細胞が変性するという致死性疾患となるので余命をどう過ごすかが重要なポイントになるでしょう。
医原性CJD(硬膜移植後CJDなど)
文字通り医療で起こるCJDの感染のことになります。ひとつの例としては、脳外科手術の時に、ヒトの屍体由来乾燥硬膜を移植したことで感染したと思われる患者の多くが、アルカリ処理をしていないドイツ製のヒトの屍体由来乾燥硬膜を使用していたことが証明されているので医原性感染であることが決定づけられています。
主な原因
感染したプリオン病の組織の移植やプリオンに汚染された薬剤の投与、医療器具の使用などが感染の原因となります。
主な症状
潜伏期間が1年~30年と、かなり幅がありますが平均で12年前後と言われています。なお、平均発症年齢は57.9歳とされていて孤発性CJDよりも、若年層に発症するようです。
初期症状は、小脳失調が多く、眼球運動障害や視覚の異常が出てくる傾向が高いようです。その他は、孤発性CJDと同様といえます。
経過と予後
進行とともにPSDやミオクローヌスが現れて、罹患期間も1~2年と短いようです。なお、ヒト由来乾燥硬膜移植でのプリオン病は、約30%の患者で緩やかな進行をするという症状をたどる非古典型とされています。
プリオン病の治療と看護
プリオン病の検査は、脳波やMRI等が共通に行われていますが、治療はどうするのか気になるところですね。
やはり現在の医学では、まだプリオン病の治療を確立できていません。まだ未解明な部分が多く、分からないことも多いため研究段階なのです。そのかわり、治療と同じくらい大切なケアでの関わり方があるので症状に応じた看護が必要となります。
プリオン病は、感染源を突き止めることはありますが、一般的な診察や治療などの行為では感染することはありません。したがって、看護するスタッフや家族の介護での日常的な接触でのプリオン病感染の危険はないため、結核等の伝染病のような隔離は必要としません。
患者の食事と生活
徐々に進行していくことから、日常的な看護や介護は必要となるために一般病棟での生活をすることが多くなります。食事に関しても、進行してくることで経口摂取が困難になると、経鼻移管といって鼻から直接「胃」まで栄養を補給することも多くなります。
懸命の看護をしても、生命予後(これから生きていく命の状態)が改善するという確実性はないのが現状です。そして、代謝性脳症の中にも急速な進行をするものがあるということで、正確な診断が必要となります。
孤発性は進行が早いと知られていますが、どの型のプリオン病でも数年で死亡するということで「致死性疾患(死んでしまう病気)」と呼ばれているようですが、存在の怖さを物語っているようです。
最後に
では今日の学びを振り返ってみましょう。
- プリオン病は海綿状脳症といって、異常なプリオン蛋白が増加する中枢神経疾患の総称である
- 牛から人へ伝染した可能性が高いのが「変異型クロイツフェルト・ヤコブ病」別名:狂牛病として知られている
- CJDの特徴は進行性の認知症や身体に出ることが多いが、獲得性CJDは精神疾患が強く出現する
- 神経細胞が変性するという致死性疾患となるので余命をどう過ごすかが重要なポイントとなる
- 看護するスタッフや家族の介護での日常的な接触でのプリオン病感染の危険はないので隔離の必要はない
病名を聞いたことはあっても正確な情報を知ることが出来なければ、誤解から偏見が生まれます。正しい情報を知ることで、「周囲も理解を深める」という環境が整うと良いですね。
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これらを読んでおきましょう。