日本語の使い方は難しいですよね。例えば、同音異義語や敬語表現の存在は、その最たるものと言えるでしょう。もちろん英語などの外国語にも同音異義語や相手を敬う表現方法は存在しますが、日本語におけるそれに比べれば非常にシンプルなものです。
このような日本語の難しさを感じさせられるのが、特にビジネスシーンにおいて言葉遣いや言い回しに配慮しなければならない時ではないでしょうか。例えば、ビジネスシーンではもちろんのこと、日常会話でも頻繁に使われる「こちらこそ」という言葉があります。相手からの感謝や謝罪の表明に対し、自分も同じことを伝える表現です。この言葉を使う本人は良かれと思っているはずですが、時と場合によっては相手側を不愉快にさせてしまう可能性もあるのです。
そこで今回は、「こちらこそ」という言葉の意味を再確認した上で、「こちらこそ」という言葉を使う際の注意点について、ご紹介したいと思いますので参考にしていただければ幸いです。
「こちらこそ」という言葉の意味
そもそも「こちらこそ」という言葉は、どのような意味を有しているのでしょうか?普段から何気なく使っている言葉だけに、改めて言葉の意味を調べる機会は少ないでしょう。
そこで、まずは「こちらこそ」という言葉の意味について再確認しておこうと思います。
「こちら」と「こそ」という言葉の意味
「こちらこそ」の「こちら」という言葉は、漢字では「此方」と表記され、国語辞典を調べると複数の意味があります。そして、「こちらこそ」における「こちら」は一人称の人代名詞であって、基本的に「話し手自身あるいは話し手自身の側」を意味します。
次に「こちらこそ」の「こそ」という言葉も、国語辞典を調べると複数の意味があります。そして、「こちらこそ」における「こそ」は係助詞であり、様々な言葉に付くことによって、その言葉や事柄を取り立てて強める意味があります。
「こちらこそ」という言葉の意味
このような「こちら」と「こそ」の意味を踏まえると、「こちらこそ」は「話し手自身または話し手自身の側も」・「私も」・「私達も」というような意味を有します。
そして、「こちらこそ」が実際に使われる場面は、基本的に相手側から何らかの感謝や謝罪の表明に対して、自分側からも相手側に対して同じ気持ちであることを伝え返す場面です。つまり、「こちらこそ」は相手側からの感謝や謝罪に対して、自分も同じ気持ちであることを伝える表現なのです。
例えば、相手側から「ありがとうございます」と感謝の気持ちを表明された際に、「こちらこそ」または「こちらこそ、ありがとうございます」と返すケースです。この場合、相手側から表明された感謝の気持ちを受け入れた上で、自分も相手に対して感謝の気持ちを持っていることを伝えているわけです。
「こちらこそ」という言葉が含むニュアンス
このように「こちらこそ」という言葉は、相手側からの感謝や謝罪を受け入れて、自分も同じ気持ちであることを伝える表現です。
加えて、「こちらこそ」という言葉は次のような意味合い・ニュアンスを含むとされています。それは、相手が表明した感謝や謝罪などの内容は「むしろ自分から先に相手に表明すべきものである」というニュアンスです。
ですから、普段から何気なく使ってしまう「こちらこそ」という言葉ですが、このような意味合い・ニュアンスが含まれることには注意する必要があるでしょう。
「こちらこそ」は敬語
インターネットで「こちらこそ」という言葉を検索すると、「こちらこそ」という言葉は敬語であるという記載がしばしば見られます。それでは、「こちらこそ」という言葉は敬語なのでしょうか?
結論から言うと、「こちらこそ」という言葉は敬語ではありません。そもそも日本語における敬語は、話し手が動作主体や聞き手に対して敬意を示す言語表現であり、一般的に尊敬語・謙譲語・丁寧語の3種類に分類されます。これらの3分類ではなく、尊敬語・謙譲語・丁重語・丁寧語・美化語の5種類に分類する見解もありますが、いずれにしても「こちらこそ」という言葉は敬語には該当しないのです。
中には「こちらこそ」という言葉を「ビジネス敬語」という用語で説明しているサイトもありますが、ビジネス敬語という特別な敬語の分類は日本語に存在しません。ビジネスシーンで使われる敬語は、あくまでも日本語における敬語であって、ビジネス敬語ではないのです。
「こちらこそ」という言葉を使う際の注意点
このように「こちらこそ」という言葉は、相手側からの感謝や謝罪を受け入れて、自分も同じ気持ちであることを伝える表現です。しかしながら、「こちらこそ」と言う本人は良かれと思っていても、時と場合によっては相手側を不愉快にさせてしまう可能性もあるのが日本語の難しいところです。
それでは、何が理由となって相手側が不愉快と感じてしまうのでしょうか?そこで、「こちらこそ」という言葉を使う際の注意点について、ご紹介したいと思います。
目上の人に対して使っても問題はない
前述のように「こちらこそ」という言葉は、日常会話でも頻繁に利用されますし、敬語でもありません。ですから、「こちらこそ」という言葉を目上の人に対して用いること自体は、日本語の用法において特に問題となることではありません。
また、「こちらこそ」という言葉をビジネスメールや取引先の人などに対して使うことも、特に問題とはなりません。むしろ、相手側から感謝や謝罪などの表明をされた際に、自分側も同じような気持ちを伝えたい場合には積極的に使用すべき言葉だと言えます。
ただし、以下に触れる点については、十分に注意する必要があるでしょう。
感謝や謝罪の内容・対象を省略してしまうケース
相手側から何らかの感謝や謝罪を表明された後に、「こちらこそ、ありがとうございます」あるいは「こちらこそ、申し訳ありません」と返す言い方(書き方)は、一般的なものであり問題となることは少ないかもしれません。
ただし、場合によっては、失礼な返事または失礼な文章だと感じる受け手もいます。その理由は、本来は「こちらこそ」と「ありがとうございます(申し訳ありません)」との間に、「△△していただき」という感謝や謝罪の内容・対象に触れる言葉があってしかるべきだからです。つまり、相手が先に表明した感謝や謝罪に便乗する形で、本来言及すべき感謝や謝罪の内容・対象の部分を省略して表現している点が、相手への礼を失しているというわけです。
ですから、ある程度親しくて気心の知れた間柄であれば、内容・対象の部分を省略した一般的な言い方でも良いでしょうが、親しくない間柄やビジネスシーンにおいては念のために感謝や謝罪の内容・対象を省略せずに言及したほうが無難だと言えるでしょう。
相手の感謝や謝罪を当然のものと受け入れるケース
繰り返しますが、相手側から何らかの感謝や謝罪を表明された後に、「こちらこそ、ありがとうございます」あるいは「こちらこそ、申し訳ありません」と返す言い方(書き方)は、一般的なものであり問題となることは少ないでしょう。
ただし、場合によっては、感謝や謝罪の内容部分を省略する点とは別な理由で、失礼な返事または失礼な文章だと感じる受け手もいます。その理由は、相手側からの何らかの感謝や謝罪の表明に対して、「こちらこそ、ありがとうございます(申し訳ありません)」と返すと、相手側には時として傲慢な印象に映ってしまうこともあるからです。
そもそも、「こちらこそ、ありがとうございます(申し訳ありません)」と返す前提として、相手側からの感謝や謝罪の表明を受け入れているわけです。しかしながら、相手側と自分側の立場の違いによっては、相手側が自分側に悪印象を抱いてしまう可能性もあるのです。つまり、相手側からの感謝や謝罪の表明を当然のことと考えて受け取っている、と相手側に思われる可能性が無いとは言えないわけです。
例えば、ビジネスシーンにおいて、明らかに上の立場の人から「わざわざ仕事を手伝ってくれて、ありがとう」と感謝を表明された際に、下の立場である自分が「こちらこそ」あるいは「こちらこそ、ありがとうございます」と返してしまう場合です。この状況において、相手側と自分側は上下の関係性にあるにもかかわらず、何気なく「こちらこそ」または「こちらこそ、ありがとうございます」と返してしまうと、相手側によっては立場が対等のつもりなのかと不快感を感じる可能性もあるのです。
ですから、明確に上下の関係性があるような場合には、「こちらこそ」という言葉の前置きに「とんでもございません」や「滅相もございません」という言葉を使い、相手の感謝や謝罪の表明を一旦否定すると良いでしょう。そして、前述したように感謝や謝罪の内容・対象を省略せずに言及すると、より丁寧な対応となり誤解を招く可能性も低くなります。
まとめ
いかがでしたか?「こちらこそ」という言葉の意味を再確認した上で、「こちらこそ」という言葉を使う際の注意点について説明してみましたが、ご理解いただけたでしょうか?
たしかに、「こちらこそ」という言葉は非常に使い勝手が良いことは間違いありません。しかしながら、「こちらこそ」という言葉を使う本人は良かれと思って用いていても、場合によっては相手側に不快感を感じさせてしまう可能性があります。
ですから、相手側を不快にさせる可能性が低いとしても、その可能性があることだけは認識しておく必要があるでしょう。そして、相手側を不快にさせないためにも、「こちらこそ」という言葉を使う際には感謝や謝罪の内容・対象を省略せず、相手側と自分側の立場にも配慮できると良いかもしれませんね。
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