腫瘍崩壊症候群という病名を耳にしたことがあるでしょうか?名前からして何だか怖そうですよね。腫瘍が壊れるのですから、よいことのようにも思えるのですが、がん治療の途中で起こりうる、非常に怖い病気なのです。
実はこの病気、がんの治療技術が進歩したことで起こりやすくなっているようなのです。日々進歩し続ける日本の治療技術。病気をきちんと治すためには、医療技術が進歩するのは喜ばしいことに思えますが、一体何が問題なのでしょうか?
命の危険もあるという腫瘍崩壊症候群とは一体どのような病気なのか、その原因と対策について、これから詳しくご紹介しましょう。
腫瘍崩壊症候群とは?
腫瘍崩壊症候群は、抗がん剤や放射線治療などを行う際に引き起こされる症候群で、主に白血病や悪性リンパ腫などの初回治療時に起こると言われます。引き起こされると緊急の処置が必要となり、死亡のリスクもある病気です。
腫瘍崩壊症候群は元々、血液のがんなど、大きな腫瘍ができる場合に起こっていましたが、医療技術が進歩した結果、どのがんでも起こりうる可能性が出てきました。
これは、大きさに関わらず、腫瘍を集中的に攻撃できる技術を手に入れたことが要因と言われています。治療効果の進歩が原因で発症リスクが高まるなんて、なんだか皮肉なものですよね。
腫瘍崩壊症候群の原因
では一体、医療技術の進歩によって発症リスクの高くなった、腫瘍崩壊症候群とはどのような病気なのでしょうか?その主な症状と原因について、これから詳しく見ていきます。
死滅したがん細胞による攻撃
抗がん剤治療などで死滅したがん細胞は、通常ならば尿とともに体外へ排出されます。しかし、抗がん剤が予想以上に効いてしまい、1度に大量のがん細胞が死滅すると、死んだがん細胞が溢れてしまい、血液に混じってしまうことがあります。腎臓は有害物質などの分解・代謝処理を行っていますが、死滅した大量のがん細胞が多すぎると対処が追いつかず、有害物質や電解質が腎臓を始め、心臓や肝臓などを攻撃してしまいます。死滅していても、がん細胞には有害物質が含まれているためです。
腫瘍崩壊症候群が起こりやすい疾患としては、白血病や悪性リンパ腫などの造血器腫瘍が挙げられます。これらは腫瘍が大きいため、初回治療時に引き起こされることが多いとされています。造血器腫瘍は抗がん剤の効きやすい腫瘍のため、初回治療の段階で大量のがん細胞が死滅しやすく、溢れかえったがん細胞によって腫瘍崩壊症候群が起こると言われているのです。
しかし、医療技術が進歩した結果、より腫瘍に対して高い効果を示す抗がん剤などが開発されました。その結果、乳がんなどの固形がんに対してもがん細胞の死滅数が増え、腫瘍崩壊症候群になるリスクが出てきたと言うことです。
造血器腫瘍とは
血液、骨髄、リンパ節が侵されるがんの総称で、白血病やリンパ腫、骨髄腫などがこれに当たります。こうした臓器は血流やリンパ流によって、全身に広がってしまう恐れのあるがんだと言われています。
固形がんとは
造血器腫瘍が血液のがんならば、固形がんはそれ以外のものを指します。
代表的なものでは
- 肺がん
- 乳がん
- 胃がん
- 大腸がん
- 甲状腺がん
- 子宮がん
などがあり、上皮細胞がんとも言われます。これに対応するものとして非上皮細胞がんというものもあり、これはいわゆる肉腫と呼ばれるものです。種類としては、以下のようなものが該当します。
- 骨肉腫
- 軟骨肉腫
- 平滑筋肉
- 横紋筋肉腫
抗がん剤治療による合併症
腫瘍崩壊症候群は、抗がん剤治療を行ったのち、12時間から72時間の間に引き起こされると言われる恐ろしい合併症です。抗がん剤治療を行う際には、この合併症のリスクを予測した上で進めていかなくてはなりません。
尿酸値の高い人や腎機能の低い人
抗がん剤や放射線治療によるがん細胞の死滅以前にも、リスクはあります。尿酸値の高い人や脱水のある人、腎機能の低下している人などは、腫瘍崩壊症候群を発症しやすいと言われているのです。
すでに腫瘍崩壊症候群の症状の1つとしても挙げている腎不全でも分かるように、腎臓が正常に機能しなくなると、電解質や有害物質などの不要物を排出することができず、体に溜め込むことになります。そのため、腎機能が低下していると腫瘍崩壊症候群になりやすいのです。
そのため、尿酸値を下げる治療や輸血を追加で行ったり、治療後に透析するなどの方法を取ります。
腫瘍崩壊症候群は、がん治療における副作用疾患と言われています。治療を受ける前に、きちんと腎機能などの状態を把握・医師と共有しておくことが何より大切なのです。担当医との意思疎通はしっかりと取るようにしましょう。
腫瘍崩壊症候群の症状
では、腫瘍崩壊症候群が起こると、どのような症状が現れるのでしょうか?
電解質異常
電解質の異常は、抗がん剤や放射線治療によって腫瘍細胞が死ぬと、その残骸が血液中に流れ込むことで起こります。血液中に死滅したがん細胞が溢れかえり、細胞が壊れると、リンやサイトカイン、カリウムやDNAなどが血液に染み出してしまいます。このようにして電解質ががん細胞から飛び出すことで、体内の電解質のバランスが崩れ、電解質異常となるのです。
体内では、電解質が増えすぎないように有害物質を尿として排出し、バランスを取る働きがあります。しかし、腫瘍崩壊症候群では1度に大量のがん細胞が死滅して溢れかえる上、抗がん剤によって腎機能が低下してしまうため、増えすぎた電解質を処理しきれなくなるのです。このようにして電解質が上昇すると、以下のような様々な症状を引き起こします。
- 高尿酸血症
- 高リン血症
- 低カルシウム血症
- 高カリウム血症
- 高サイトカイン血症
これらをまとめて電解質異常と呼んでいます。
腎不全
1度に大量のがん細胞が死滅して血液に流れ込むと、それはやがて腎臓へと流れ込みます。腎臓では有害物質の排泄と必要な物質の再利用が行われていますが、その分類作業には尿細管という細い管が関係しています。死滅したがん細胞から、尿酸やリン酸、カルシウムなどが溢れ出すことで、尿細管が詰まり、腎不全を引き起こすというわけです。
腎不全が起こると体から水分がきちんと排泄されなくなるため、余分な水分や有害物質などが蓄積されてしまいます。そのために全身に浮腫が出たり、吐き気や意識障害などといった重い症状まで引き起こしてしまうのです。腎不全は場合により人工透析が必要になることもあり、最悪の場合死に至ることもあるため非常に厄介です。
詳しくは、腎不全とは?原因や症状、治療方法を知っておこう!を読んでおきましょう。
不整脈
死滅したがん細胞が大量に血液に流れ出すことで、電解質の1つであるカリウムが大量に排泄されます。カリウム自体は悪いものではなく、体内に必要な電解質ですが、腎機能が低下した状態では過剰に体内に蓄積してしまい、心臓に悪影響を与える危険があります。不整脈については、不整脈の原因とは?症状や治療方法も合わせて紹介!を参考にしてください。
また、血液中のカリウム濃度が高くなることにより、高カリウム血症を引き起こします。これにより、命の危険もある重度の不整脈が起こるリスクもあるため、危険な症状です。
高カリウム血症については、後ほど詳しくご説明します。
播種性血管内凝固症候群(はしゅせいけっかんないぎょうこしょうこうぐん)
名前だけ見るととても難しい病気のように見えますが、つまりは腫瘍細胞から凝固促進因子が血管内にばらまかれることにより、血栓ができやすくなるということです。腫瘍細胞は自ら凝固促進因子を作り出していると言われ、抗がん剤や放射線治療により腫瘍細胞が破壊されることで、凝固促進因子が血管内に飛び出してしまうのです。
腫瘍細胞は、凝固促進因子というものを持っています。死滅したがん細胞が血液内に溢れ出すことで、凝固促進因子が血液内に飛び出し、血栓ができやすい状態になってしまうと言うわけですね。もちろん、体には、血栓ができるのを防ぐため、血液が固まらないようにする働きもありますが、あまりに大量だと処理能力が追いつかなくなり、播種性血管内凝固症候群を発症するというわけです。
血栓ができると、臓器や器官の細い血管を詰まらせ、血液の流れを止めてしまうことにもなりかねません。臓器が血の足りない虚血状態になれば、最悪の場合は死に至ることもあるため、非常に怖い症状です。
腫瘍崩壊症候群の診断
腫瘍崩壊症候群を引き起こしているかどうかは、採血検査で確認できます。主な項目としては、
- 尿酸の上昇
- カリウム値の上昇
- リン値の上昇
- カルシウム値の低下
などがあり、この他にも腎不全が起きていないかや、播種性血管内凝固症候群などの兆候がないかを見ていきます。
腫瘍崩壊症候群の治療法
腎不全の予防
まず、腫瘍崩壊症候群の治療開始前に行うことがあります。それは、腫瘍崩壊症候群による腎不全の予防です。
腎不全を防ぐための対策として、腫瘍崩壊症候群の治療開始より数日前に、1日2リットルから3リットルの点滴を行います。
点滴以外にも、水を多めに取るなどして、尿量を確保しておきます。トイレに行きたくなったら我慢せず、すぐに行くことが大切ですから、無理せず行くようにしましょう。
それでも尿量が少ない場合には、利尿剤を使用して尿量を増やす方法を取るようです。また、利尿剤を使う場合には、腎機能の状態や尿量を見ながら、医師が量の調整を行うそうです。
高尿酸血症の予防
抗がん剤治療などによりがん細胞が壊れた場合、そこからリン酸が溶け出す場合があります。リン酸は電解質の1つですが、このリン酸が溶け出すのを予防する方法があると言います。
アロプリノールの内服
アロプリノールは、白血病や悪性リンパ腫などの造血器腫瘍によく使用される薬です。腫瘍崩壊症候群になると、電解質異常によって高尿酸血症になりやすいため、これを予防するために使用します。ただし、治療を始める前から尿酸値の高い人では、アロプリノール治療の効果が出にくいため、他の薬を使って治療を行います。
高尿酸血症とは
高尿酸血症とは、いわゆる痛風のことです。こちらの方が耳なじみのある人が多いのではないでしょうか。
高尿酸血症になると、血液に溶けきらずに残った尿酸が結晶となり、関節に沈着します。そうすると、痛風の症状として有名な、強い痛み(急性関節炎)を引き起こすというわけです。
目安としては、血清尿酸値が7.0mg/dlを超えると痛風関節炎を発症しやすいと言われています。
メイロンの投与
尿酸が体内に溜まっていくと、体のPHが酸性よりになります。この状態を防ぐために行うのが、メイロンの投与です。
尿酸値が高くなると体内に尿酸の結晶ができ、尿細管などに付着してしまうことがあります。メイロンを点滴することにより、尿酸の結晶を溶かし、体内に蓄積されるのを防止する治療法です。このメイロンの投与は必ずしも行われるわけではなく、腫瘍崩壊症候群がどのレベルまで進行しているかによって、医師が使用有無を判断するようです。
ラスブリカーゼの投与
アロプリノールでも尿酸値を下げることはできますが、もともと尿酸値の高い人には効果が出にくい薬です。そこで使用するのがラスブリカーゼです。
特徴としては、治療前から尿酸値の高かった人、治療をきっかけとして尿酸値の上がってしまった人に対し、素早く尿酸値を下げる効果を発揮します。尿酸値は腫瘍崩壊症候群を観察・管理する上で重要ですから、ラスブリカーゼは非常に有効な薬だと言われています。
高カリウム血症とは
体内のカリウムの大半は細胞内にあるため、血液中にはほんの僅かしか存在しません。細胞が正常に働くためには、このバランスが非常に大切です。
血液中のカリウム濃度が5.5mEql以上になると高カリウム血症と言われ、細胞の働き低下によって重い症状を引き起こします。
高カリウム血症の症状
高カリウム血症になると、悪心や嘔吐、痺れや脱力感の他、不整脈や頻脈など神経症状が現れます。特に、カリウム値が7から8mEqlを超えると、不整脈による心肺停止の可能性も出てくるため、非常に危険です。
不整脈の種類としては、以下の5種類があり、特に心室細動は突然の心肺停止を起こす可能性が高く、死亡リスクの高い不整脈と言われています。
- 心室細動
- 洞停止
- 右脚ブロック
- 左脚ブロック
- 2枝ブロック
頻脈とは
頻脈は「頻脈性不整脈」と言われ、不整脈の中でも脈が速くなるものを指します。脈の速さとしては、1分間ニ100回以上を指し、場合によって400回を超えることもあるそうです。
自覚症状としては、めまいや動機、立ちくらみなどがありますが、重い症状としては失神や痙攣などもあります。
また、脈が速くなりすぎると、心臓が効率的に血液を送ることができなくなり、心臓が動いているのに血液が遅れない「心停止発作」という症状に陥ることもあるため、危険です。
検査と診断
高カリウム血症かどうかは、血液中のカリウム濃度を測ることによって診断します。カリウムの上昇以外にも、動脈血のガスを分析したり、心電図による検査、腎機能や尿の検査、副腎皮質ホルモンを測るなどの検査を行い、高カリウム血症の原因を探っていきます。
高カリウム血症の治療法
高カリウム血症の治療としてはまず、血液中のカリウムを減らす治療を行います。
詳しくは、高カリウム血症については、高カリウム血症の治療法を知ろう!投薬治療や食事療法を紹介!原因や症状、予防法は?を参考にしてください。
食事によるカリウム制限
食事制限をかけ、日頃の生活でカリウムを摂取する量を抑えます。これによって血液中のカリウム濃度を抑えようという方法です。
カリウムを多く含む食事
- 海藻類(昆布、ひじき、わかめなど)
- キノコ類
- 豆類
- バナナ
- 牛乳
- 杏子
- 鮭
これらの食品の摂取を抑えることにより、カリウム量を抑えることを目指します。また、1日のカリウム摂取量の目安は1,500mg以下となります。
イオン交換樹脂剤の投与
血液中のカリウムが体内へ吸収されるのを抑える働きがあります。
利尿薬の投与
利尿薬は、その名の通り、利尿を促す薬です。これにより、体内に溜まってしまったカリウムの排出を促します。この他、場合によってはアルドステロン作用のあるホルモン薬を投与することもあります。
緊急性が高い場合
高カリウム血症は、重症化すると非常に危険なため、早急な対処が必要となります。緊急性が高い場合の治療は以下のようなものがあります。
血液透析
薬物療法のみでは改善が見込めない場合や、心臓への影響が大きい場合に行われます。治療法としては、血管に太めのカテーテル(管)を入れ、血液中のカリウムを直接洗い流すというものです。緊急の対応が必要な場合に取られる方法です。
グルコン酸カルシウム(カルチコール)の投与
危険な不整脈を予防したり、重曹利尿薬により、酸性になってしまっている血液を中和したりします。
高カリウム血症は、重症化すると心室細動などの危険な不整脈が起こり、心肺停止の危険が極めて高くなります。そのためには、重症化させないことが何より大切ですから、異常に気づいたら早めに医療機関を受診しましょう。
まとめ
がん治療が進歩した結果、その副作用疾患として引き起こされる腫瘍崩壊症候群ですが、予防法はあります。腫瘍の大きさや腎機能の状態、高尿酸血症であるかどうかを知っておくことで、ある程度は腫瘍崩壊症候群リスクを抑えることができるようです。
また、腫瘍崩壊症候群になってしまっても、尿酸値を抑えたり、腎不全を防ぐ対策を取ることで、重い症状を引き起こさないように予防することはできます。
腫瘍崩壊症候群は治せる病気ですから、医師と情報共有をきちんと行い、体の変化を見逃さないことが大切ですよ。