カビには、人間にとって役に立つカビと困るカビがあります。
役に立つカビの代表は、ペニシリンやゴルゴンゾーラチーズを作り出すアオカビ属(ペニシリウム属)、困るカビの代表は、肝毒性のあるアフラトキシンを作り出するアスペルギルス属や、水虫の原因になる白癬菌ということになるでしょうか。
今回は、人間にとって「困る方のカビ」のうち、「毒を作るもの」について詳しく調べました。一緒にご覧いただければ幸いです。
この記事の目次
マイコトキシンについて
「カビが作る毒」のことをマイコトキシンと言います。マイコトキシンは造語ですが、英語ではMycotoxin、フランス語ではMycotoxine と、世界中で受け入れられている言葉で、便利なので、ここでも使います。
同じマイコトキシンが違う種類のカビから作り出されることもありますし、違うマイコトキシンが同じカビから作られることもあります。
マイコトキシンは、今の所300種類くらいが知られています。中でも、特に健康上、汚染が問題になるのは、アフラトキシン類、オクラトキシンA 、トリコテセン類(デオキシニバレノール、ニバレノール、T2トキシン・HT-2トキシン、ジアセトキシスシルペノールなど)、パツリン、フモニシン、ゼアラレノンの6種類です。
今知られているマイコトキシンのほとんどが、アスペルギルス (Aspergillus) 属、ペニシリウム (Penicillium) 属、フザリウム (Fusarium) 属の3属により作られます。
マイコトキシンってリスクゼロにできる?取り除ける?
マイコトキシンはリスクゼロにできるのでしょうか? 取り除くことはできるのでしょうか?
リスクゼロは不可能
身も蓋もありませんが、マイコトキシンをリスクゼロにすることはできません。
例えば、ピーナツやトウモロコシなどの食品には、アスペルギルス・フラバスというカビが発生しやすく、アスペルギルス・フラバスからはアフラトキシンB1・B2などのマイコトキシンが作られます。アスペルギルス・フラバスの胞子は、自然界には普通にありますので、食品を一旦完全に消毒できても、しばらく放置すれば、また胞子はつきます。
さらに、アスペルギルスなどの菌体を全滅させても、産生されたアフラトキシンなどのマイコトキシンは残ります。マイコトキシンは、料理や真空パック程度ではビクともしないため、除去は無理です。
完全にリスクゼロにしようとすれば、アスペルギルスの餌になるような食品を、カビ取り剤で消毒したり、燃やしたりしなくてはなりません。でも、それでは肝心のピーナツやトウモロコシが食べられません。したがって、マイコトキシンをリスクゼロにすることは不可能です。
しかし、マイコトキシンはカビが生育した部分とその周辺に高濃度に存在し、同じ袋の中にあるものでも健康な粒にはほとんど汚染がないことから、穀物や豆類では一粒一粒十分に選別すれば、汚染レベルはかなり低下させることができます。
つまり、リスクゼロは不可能ですが、適切に付き合うことは可能です。
吸着除去はできる?
食品には使用されていませんが、飼料などに対しては、吸着剤の有用性が注目されています。
吸着剤は、家畜などに影響を及ばさず、飼料の栄養価を変えずに除去する物質で、鉱物系/酵母細胞壁系の吸着剤が商品化され市販もされています。試験管内ではアフラトキシンB1の吸着効果があると報告されており、実際の動物では乳汁中に含まれるアフラトキシンM1の低減効果があると報告されています。
アフラトキシンだけではなく、オクラトキシン、トリコテセン類ゼアラレノンなども吸着除去効果がありとされており、吸着剤の使用はマイコトキシン汚染の対策のひとつとして重要だと考えられています。
マイコトキシンをめぐる法律、基準値、リスク評価など
リスクゼロにはできないマイコトキシンですが、ヒトにとって健康への悪影響が特に強いと分かっているものに対しては、法的な拘束力をもった最大基準値や管理基準値が定められおり、厚生労働省や農林水産省でリスク管理されています。
また、国内外の機関でなされたリスク評価の結果は公開されており、誰でも自由に閲覧できます。
食品衛生法
食品衛生法は、食品の安全を守るための法律で、飲食によって生ずる危害の発生を防止するための原則を示しています。マイコトキシンが基準値以上に含まれている飲食物は、第六条第二項に違反するものとして取り扱われます。
食品安全委員会によるリスク評価
食品安全委員会は内閣府の機関で、食品安全基本法に伴って設置されました。
食品安全委員会では、リスク評価、リスクコミュニケーション、緊急事態への対応などを行っており、2003(平成15)年7月1日の設立以来、既に1200件以上のリスク評価を行っています。また、具体的な検査方法などについても詳細が記載されています。
また、これらのリスク評価(食品健康影響評価)は、食品安全委員会公式サイトにおいて、閲覧可能です。
厚生労働省と農林水産省によるリスク管理
厚生労働省は、食品衛生ののリスク管理機関として、食品衛生法に基づくマイコトキシン等の基準を策定し、その基準が守られているかどうか監視を行っています。
農林水産省では、飼料に含まれるマイコトキシン等を家畜が食べることによる乳などの汚染防止や家畜の健康保護を図る観点から、飼料に含まれるマイコトキシンの管理基準値を策定し、基準が守られているかどうか監視しています。
また、農林水産省では、優先的にリスク管理を行うべき30の有害物質のリストを公表していますが、そのうちのアフラトキシン類、 オクラトキシンA、トリコテセン類(デオキシニバレノール、 ニバレノール、T2トキシン・HT-2トキシン、ジアセトキシスシルペノール)、パツリン、ゼアラレノン、フモニシン類、ステリグマトシスチンはマイコトキシンです。
コーデックス委員会による最大基準値とJECFAによるリスク評価
コーデックス委員会は、1963年にFAOとWHOが合同で設置した国際的な政府間機関で、国際食品規格(コーデックス規格)などを定め、食品消費者の健康の保護、食品の公正な貿易の確保等を図っています。日本は1966年から加入しており、厚生労働省と農林水産省が中心になって参加しています。
コーデックス委員会で設置された最大基準値は、厚生労働省や農林水産省が示す基準値や管理基準値の根拠になっています。
コーデックス委員会に科学的支援を提供するのは、FAO/WHO合同食品添加物専門家会議(FAO/WHO Joint Expert Committee on Food Additives (JECFA))です。
JECFAではリスク評価を行い、PMTDI(暫定最大耐容一日摂取量)、PTWI(暫定耐容週間摂取量)、ARfD(急性参照量)などを公表しています。MTDIとは一生摂取し続けても健康への悪影響がないと推定される一日当たりの摂取量のことで、TWIは一生摂取し続けても健康への悪影響がないと推定される一週間あたりの摂取量のこと、ARfDは人が短期間に食べても健康に悪影響を与えないと推定した摂取量です。
JECFAでは、耐容量に「P:provisional」(暫定)を接頭語にして使いますが、これは、マイコトキシンや毒物は、同じ物質であっても動物によって毒性も代謝も異なり、ヒトへの毒性評価に必要なデータの十分な入手が不可能で、耐容量等は、推測するしかないためです。
半数致死量(LD50)
半数致死量は、投与した半分の動物が死亡する量のことをいい、急性毒性の指標になります。”Lethal Dose, 50%”を略してLD50と書き表します。
ヒトの半数致死量を求める訳にはいかないので、通常はアヒルの雛やハツカネズミなどを使いますが、同じ物質でも動物によって毒になる時とそうでない時があり、特定の動物の半数致死量を正確に求めることは科学的に意味がないことや、動物福祉の観点から、別の指標が用いられるようになってきました。
既知の自然毒中、最強の発がん性をもつアフラトキシン
カビの毒といえばアフラトキシン、アフラトキシンといえばカビの毒というくらい、アフラトキシンは有名なマイコトキシンです。
アフラトキシンは、現在知られている自然毒の中で最も発がん性が強く、世界週のほぼすべての国で、厳しい規制値が設定されています。
アフラトキシンを作るカビと主な汚染食品
アフラトキシンは、アスペルギルス・フラバス(Aspergillus flavus)やアスペルギルス・パラジチカス(Aspergillus parasiticus)、アスペルギルス・ノミウス(Aspergillus nomius)などが作ります。
これらのカビの汚染食品になりやすいのは、ピーナツ、アーモンド、ヘーゼルナッツ、ピスタチオなどのナッツ類などです。また、米や麦などの穀類や、乾燥いちじくなどにも発生します。
アフラトキシンを作るアスペルギルス・フラバスやアスペルギルス・パラジチカスは高温多湿を好み、以前はアフリカや東南アジアなどにだけ多いと考えられていましたが、日本も十分に高温多湿地域であり、これらの菌の生息には適していることが分かっています。2010年までにアフラトキシンが検出された食品はすべて輸入食品でしたが、2011年、宮崎大学農学部が生産した食用米からアフラトキシンB1が検出されたのは記憶に新しいところです。
なお、味噌や醤油を作る麹菌(Aspergillus oryzae:ニホンコウジカビやAspergillus sojae:ショウユコウジカビ)もアスペルギルス属の菌で、1960年ごろは、麹菌もアフラトキシンを産生するのではないかと疑われ、盛んに研究されていた頃がありますが、1970年には麹菌にはアフラトキシンを作る能力はないことがわかりましたので、安心して味噌も醤油もお召し上がりください。
アフラトキシンの分類
アフラトキシンは色々な動物の肝臓に対する毒性があり、肝臓に対しては急性と慢性の両方の毒性があります。食品を汚染するアフラトキシンには、B1・B2・G1・G2の4種類があり、その中でもアフラトキシンB1が最も毒性が強いことが知られています。
また、アフラトキシンM1・M2は、カビが直接作るわけではありませんが、飼料に含まれるアフラトキシンB1・B2を乳牛が摂取すると、約1%がアフラトキシンM1・M2に代謝されて牛乳を汚染します。アフラトキシンM1の毒性はアフラトキシンB1の約1/10程度ですが、アフラトキシンB1と同様に肝臓への発がん毒性を有します。
アフラトキシンの急性毒性
急性毒性では、急性肝不全を引き起こし、症状は黄疸や腹水などが見られ死に至る場合もあります。急性毒性は強く、アヒルの雛(約70g)のLD50(アヒルの雛の50%が死ぬ量)は、最も毒性の強いアフラトキシンB1 で 18.2 μg/羽です。体重あたりの毒性がヒトでも同じと仮定して換算した場合、体重70kgのヒトでは18.2mgに相当します。
ただし、急性毒性による中毒事例や死亡事例は、食糧事情が悪く、カビが生えている食品を食べなければならないような状態に限られています。
アフラトキシンの慢性毒性(肝臓に対する発がん性)
アスペルギルス・フラバスやアスペルギルス・パラジチカスは高温多湿地域に広く分布しており、多くの食品を少しずつ高頻度で汚染していています。
慢性毒性では肝臓に対する発がん性が有名です。肝臓への発がん性は非常に強く、15 μg/kgのアフラトキシンB1 を含む飼料で飼育されたラットの全てに肝がんが発生しています。ラットの寿命が3年弱と短いことを考えると、ラットの20〜30倍の寿命があるヒトでは、肝がんの発生率は、少ない量の摂取でも高くなる可能性があります。
アフラトキシンの基準値など
厚生労働省による規制
以下の基準を超えた場合は食品衛生法違反となります。
食品中の総アフラトキシン(B1+B2+G1+G2):10 μg/kg
乳に含まれるアフラトキシンM1 :0.5 µg/kg
農林水産省の指導基準および管理基準
配合飼料中のアフラトキシンB1(乳用牛用):0.01 mg/kg
配合飼料中のアフラトキシンB1(肉用牛・豚・鶏・うずら用):0.02mg/kg
配合飼料中のアフラトキシンB1(哺乳期子牛・子豚、幼すう用):0.01 mg/kg
食品安全委員会によるリスク評価
総アフラトキシンの非発がん毒性に関する耐容摂取量:求めることは困難(数値の表示なし)
総アフラトキシンの肝がん毒性に関する耐容摂取量:10 μg/kg
飼料中のアフラトキシンB1及び乳中のアフラトキシンM1:達成可能な範囲で出来る限り低いレベルに抑えるべき(数値の表示なし)
*アフラトキシンB1を体重1kgあたり1ng毎日摂取した場合、肝がんの発生リスクはB型肝炎表面抗原陽性者で0.3人/10万人/年、B型肝炎表面抗原陽性者で0.01人/10万人/年です。
コーデックス委員会による最大基準値
加工原料用落花生・木の実の総アフラトキシン(B1+B2+G1+G2):15 μg/kg
直接消費用木の実・乾燥いちじくの総アフラトキシン(B1+B2+G1+G2):10μg/kg
牛乳のアフラトキシンM1:0.5μg/kg
JECFAによるリスク評価
摂取量を可能な限り低減すべきとしています。特に、B型肝炎表面抗原陽性者では、陰性者に比べて肝がん発症率が高いため、総アフラトキシンの摂取量を可能な限り減らすことが肝がんリスク低減に有効と報告しています。
オクラトキシンは寒冷地の食品も汚染
オクラトキシンは、毒性こそアフラトキシンほど強くはありませんが、高温多湿なアジアアフリカから、寒冷地であるカナダや北欧にまで、広範囲で育つカビからも作られ、色々な食品を少し広く汚染するマイコトキシンです。オクラトキシンには、A、B、C、TAがあり、最も重要視されているのはオクラトキシンAですが、B、C、TAにも似たような毒性があります。
オクラトキシンを作るカビと主な汚染食品
オクラトキシンを作るカビは多く、不明な点もたくさんありますが、アスペルギルス・オクラセウス(Aspergillus ochraceus)、アスペルギルス・カーボナリウス(Aspergillus carbonarius)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、ぺニシリウム・ベルコーザム(Penicillium verrucosum)などは、オクラトキシンを作ることがはっきりしています。特にペニシリウム・ベルコーザムは寒冷地でも育ち、小麦や大麦などの穀類をオクラトキシンで汚染するほか、シトリニン(腎障害を起こす)という別のマイコトキシンも産生するものもあるため、注意が必要です。
アスペルギルス・オクラセウスは、穀類、トウモロコシ、豆類、香辛料、ぶどう、コーヒー豆、ドライフルーツ、コーヒー豆、鰹節など幅広い食物に発生します。
アスペルギルス・カーボナリウスは、紫外線に強く、太陽の光に当てても死滅せずに生育します。そのため、果物の成熟時や乾燥時にも増え、ぶどうジュースやワイン、ドライフルーツ、コーヒー豆などが汚染食品になりやすいです。
アスペルギルス・ニガーは芋類や穀類に発生しますが、オクラトキシンを作るものと作らないものがあります。焼酎、酢などの醸造に使用されるアスペルギルス・ニガーはオクラトキシンを作りません。
ペニシリウム・ベルコーザムは、穀類のほか、トウモロコシ、芋類、玉ねぎ、豆類、チーズ、クリームチーズに生育します。寒いところでも発生し、シトリニンを同時に産生する株もあります。
オクラトキシンの毒性
動物実験により、腎毒性、催奇形性、発ガン性、遺伝毒性などが報告されていますが、ヒトへの影響は不明です。
ただ、経口摂取によって吸収されたオクラトキシンは高い濃度で腎臓に分布し、血清タンパクのアルブミンに強く結合すること、細胞でのDNAおよびRNAの合成を阻害することがわかっていることから、ヒトでも腎毒性や催奇形性、発ガン性、遺伝毒性などがあるものと考えられています。また、母乳にも移行します。
オクラトキシンの中で、最も毒性の強いオクラトキシンAのブタのLD50は1mg/kg体重、イヌのLD50は0.2mg/kg体重です。
なお、日本では、第二次世界大戦後の食糧難時に東南アジアから米が緊急輸入されましたが、輸送中にカビ汚染が進み、せっかく運んだ十数万トンにも及ぶ米が、配給されずにカビ毒汚染米として破棄されたことがあります。この時のマイコトキシンは、オクラトキシンと、オクラトキシンと同時に産生されることの多いシトリニンであったと言われています。
オクラトキシンの基準値など
厚生労働省ならびに農林水産省による規制
特になし
リスク管理機関として、カビの汚染状況等のモニタリングは行っており、食品用、飼料用の穀類で、日本でのオクラトキシンAの濃度は継続して低い値(全試料が0.3 μg/kg未満)ということがわかっています。
食品安全委員会によるリスク評価
オクラトキシンの非発がん毒性に関する耐容摂取量:16 ng/kg体重/日、
オクラトキシンの発がん性に関する耐容摂取量:15 ng/kg体重/日
また、食品安全員会では、農林水産省や厚生労働省などのリスク管理機関で、カビの汚染状況等についてモニタリングを行うよう勧告しています。
コーデックス委員会による最大基準値
小麦、大麦、ライ麦:5 μg/kg
JECFAによるリスク評価
暫定最大耐容一週間摂取量(PMTWI):0.1 μg/kg体重
*ヒトの推定摂取量はPMTWIを大きく下回っており、オクラトキシンによるリスクは低いと評価されています。
約100種類もあるトリコテセン類
化学構造上、トリコテセン環を持つマイコトキシンを全てトリコテセン類と呼びます。主にムギ赤かび病の原因菌であるフザリウム属(Fusarium属)のカビにより作られますが、カエンタケ(毒キノコの一種)などでも作られます。
ムギ赤カビ病は麦類の感染症で、この病気は麦類の品質低下や収穫量の減少の原因になります。収穫時にフザリウム属のカビに感染していたとしても、そのカビが作り出すトリコテセン類は、その時には(まだ作られていないので)検出されないことも多々あります。そして、作物を貯蔵している間に増えたフザリウム属のカビより作られたトリコテセン類は大規模な食中毒の原因になることがあります。
トリコテセン類を作るカビと主な汚染食品
トリコテセン類には、約100種類ありますが、いずれもフザリウム属のカビによって作られるマイコトキシンで、主な汚染食品は、麦類、豆類、トウモロコシなどです。
約100種類のトリコテセン類の中で、特に食品汚染で問題になるのは、タイプA(T2トキシン、HT-2トキシン、ジアセトキシスシルペノール)とタイプB (デオキシニバレノール 、ニバレノール)です。
タイプAのトリコテセン類を作るもので有名なのは、フザリウム・スポロトリキオイデス(Fuzarium sporotrichioides)ですが、その他様々なフザリウム属のカビも産生します。このカビは腐生菌(動物や植物の遺体や排泄物で育つ菌)であるため、麦類や豆類の収穫時には検出されませんが、収穫後に冷涼で湿気た場所で長時間放置された場合や、貯蔵中に濡れた場合に発生しやすくなります。
タイプBのトリコテセン類も、タイプBと同様、様々なフザリウム属のカビが産生します。フザリウム属のカビは、カナダやロシアからブラジルやインドまで、広範囲で見られ、食中毒の原因となっています。
タイプBのうち、デオキシニバレノールは、日本においてはアフラトキシンに次いで重要視されているマイコトキシンです。理由は国産小麦の汚染です。国産小麦の60%以上が北海道で産生されており、収穫期が北海道の秋の長雨と重なって、フザリウム属がデオキシニバレノールを作りやすくなるためです。
トリコテセン類の毒性
動物実験でみられる急性毒性には食欲不振、顆粒球減少症(白血球減少症)などがあります。顆粒球が減少すると、感染症を起こしやすくなるので、敗血症などから死に至ることもあります。慢性毒性には免疫毒性や、IgA 産生異常によるIgA腎症、発ガン性があると言われています。
第二次世界大戦中〜直後のソビエト連邦では、地方によってはカビの生えた穀類から作ったパンを食べるか餓死するかという状況が続き、村民全員が中毒症状を起こし、そこにもともとの栄養状態の悪さも加わって、多数が敗血症などから死亡するようなことも起こっています。
トリコテセン類は蛋白質および核酸の合成阻害を引き起こし、免疫系細胞へのアポトーシスや炎症性サイトカインの産生を生じることが分かっており、理屈から考えると、動物やヒトに対し強い毒性を発揮するはずです。また、構造上、皮膚や粘膜からも吸収されますし、吸入してもその毒性を発揮するため、純度の高いトリコテセン類(特にT2トキシン)を作り出すことができれば、兵器として利用することができると考えられています。
トリコテセン類の中では、タイプAのT2トキシンが最も強い毒性を持ちますが、大量にわざわざ摂取するのでなければ、問題にはなりません。日本国内においてはデオキシニバレノールの方が産生されやすく、国内の規制があるのもデオキシニバレノールのみです。
トリコテセン類の基準値など
厚生労働省ならびに農林水産省による規制
飼料中のデオキシニバレノールについては、以下の管理基準があります
飼料(生後3か月未満の牛):1 mg/kg
飼料(生後3か月以上の牛):4 mg/kg
他のトリコテセン類については、特に規制はありませんが、リスク管理措置の必要性を判断するため、国産麦類をはじめ、国産農作物の含有実態調査を行っています。
食品安全委員会によるリスク評価
デオキシニバレノールの耐容摂取量:1 μg/kg体重/日
ニバレノールの耐容摂取量:0.4 μg/kg体重/日
デオキシニバレノールおよびニバレノールをはじめ、トリコテセン類の産生カビは、環境により生育が変わってくるため、農林水産省や厚生労働省などのリスク管理機関では、カビの汚染状況等についてモニタリングを行うよう勧告しています。
コーデックス委員会による最大基準値
デオキシニバレノール(加工向けのムギ類・トウモロコシ):2mg/kg
デオキシニバレノール(小麦粉やコーンフレーク):1mg/kg
デオキシニバレノール(乳幼児用穀類加工品):0.2 mg/kg
その他のトリコテセン類についての最大基準値は設定されていません。
JECFAによるリスク評価
T2トキシン・HT-2トキシンの暫定最大耐容一日摂取量(PMTDI):0.06 μg/kg体重
*T2トキシンについて、動物の短期毒性試験では、免疫毒性と血液毒性があるが、長期毒性については十分な証拠はないと評価しています。
デオキシニバレノールの暫定最大耐容一日摂取量(PMTDI):1 µg/kg 体重
デオキシニバレノールの急性参照量(ARfD):8 µg/kg 体重
*デオキシニバレノールについて、各国の平均推定摂取量はPMTDIを下回っているが、パン類の摂取量が多い子供では、推定摂取量がPMTDIを超える可能性があることを報告しています。また、基準値を1 mg/kgにした場合は、パン類を一度にたくさん食べた場合に摂取量がARfDに近い値になるとを報告しました。
健康食品りんご/りんごジュースを汚染するパツリン
パツリン (patulin) は、ペニシリンが発見(1928年)された14年後の1942年に発見され、当初は、新しい抗生物質として注目されていましたが、ヒトへの毒性が強いことから、抗生物質としての使用は断念されています。
パツリンを作るカビと主な汚染食品
ペニシリウム・イクスパンザム( Penicillium expansum)をはじめとするペニシリウム属やアスペルギウス属のカビによって産生されます。
ペニシリウム属やアスペルギウス属のカビが、リンゴ・ブドウ・モモ等などの傷ついた部分から感染し、果実の中でパツリンを産生します。
欧米では果実100%のジュースは健康に良いと考えられており、積極的に子供に飲ませることから、他のマイコトキシンと比べて厳しめの制限が設けられています。
パツリンの毒性
動物実験では、短期毒性として消化管の充血、出血、潰瘍。長期毒性として体重減少や成長抑制などが認められています。
パツリンは他のマイコトキシンと比べると、毒性は強くありませんが、主な汚染食品が健康に良いはずのりんごやりんごジュースであり、子供に積極的に飲ませる種類のものであること、また動物実験で発がん性の可能性が考えられることから、欧米では特に重要視されています。
パツリンの基準値など
厚生労働省ならびに農林水産省による規制
食品衛生法に基づく基準値:50μg/kg(りんごジュース・りんご果汁)
農林水産省でも、原料りんご果実やりんご果汁の生産及、流通、加工段階にでのパツリン汚染防止・低減のための対策(傷果発生の防止、腐敗果の選別・除去など)の徹底について指導しています。
食品安全委員会によるリスク評価
暫定最大耐容一日摂取量(PMTDI):0.4 μg/kg体重
コーデックス委員会による最大基準値
りんご果汁:50 μg/kg
JECFAによるリスク評価
暫定最大耐容一日摂取量(PMTDI):0.4 μg/kg体重
新しく知られるようになった神経毒フモニシン
フモニシンは他のものと比べると比較的新しく知られるようになったマイコトキシンで、構造式も1988年にやっと決定されました。
フモニシンを作るカビと主な汚染食品
フモニシンにはフモニシンB1・B2・B3がありますが、最も毒性が強いのはB2です。
フモニシンB1・B2・B3は、小麦やトウモロコシなどに感染するフザリウム・プロリフェラーツム(Fusarium proliferatum)、フザリウム・バーチシリオイデス(Fusariumu verticillioides)、フザリウム・モニリフォーム(Fusarium moniliforme)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger )などによって作られます。
フモニシンの毒性
フモニシンは新しく知られるようになったマイコトキシンですが、以前から赤かび病に感染したトウモロコシや小麦などを飼料にした家畜の中に、脳症がみられることは経験的に知られていました。また、トウモロコシやトウモロコシ加工品を主食としている地域では、無能症や二分脊椎症、脊髄髄膜瘤などの頻度が高いなど、新生児の神経管への催奇形性をうかがわせる報告があります。
動物実験(ラットやマウス)では、神経への影響以外に、肝臓や腎臓への発がん性も認められています。
フモニシンの基準値など
厚生労働省ならびに農林水産省による規制
特になし
日本での基準値や規制値はありませんが、農林水産省からは、詳細なリスクプロファイルシートが公表されており、その中にはEUでの基準も記載されています。例えば、乳幼児向けトウモロコシ由来加工食品/ベビーフードのフモニシンB1+B2の最大基準値は200μg/kgです。
食品安全委員会によるリスク評価
食品安全委員会独自の健康影響評価はなされていませんが、EUやコーデックス委員会による最大基準値などを参照し、食品安全委員会において補完的な汚染実態調査を行うことが必要とまとめています。
コーデックス委員会による最大基準値
フモニシンB1とB2の合計
未加工のとうもろこし穀粒:4000μg/kg
コーンフラワー及びコーンミール:2000μg/kg
JECFAによるリスク評価
暫定最大耐容一日摂取量(PMTDI):2 μg/kg体重
内分泌かく乱物質ゼアラレノン
トリコテセン類や、フモニシンなどと同様、フザリウム属のカビが作るマイコトキシンです。逆に言うと、ゼアラレノンに汚染された食品はデオキシニバレノールやフモニシンなど他のマイコトキシンにも汚染されている可能性があります。
ゼアラレノンを作るカビと主な汚染食品
トリコテセン類のマイコトキシンと同様、フザリウム属のカビにより産生されます。主な汚染食品は、麦類、豆類、トウモロコシなどです。
ゼアラレノンの毒性
ゼアラレノンの急性毒性は他のマイコトキシンと比べると強くありませんが、ゼアラレノン汚染飼料を食べたブタでは不妊や流産などの生殖障害を発症したという報告があります。また、ウシやヒツジでも生殖障害が見られたとの報告があります。
ゼアラレノンの基準値など
厚生労働省ならびに農林水産省による規制
厚生労働省での規制はありません。
農林水産省では、以下の管理基準を設定しています。
家畜に給与される飼料:1 mg/kg
食品安全委員会によるリスク評価
食品安全委員会での食品の最大基準値は設定されていませんが、農林水産省が食用の小麦や大麦のなどのゼアラレノン含有実態調査を行ったところ、0.44 mg/kg未満の低い値となっていました。
コーデックス委員会による最大基準値
コーデックス委員会では、食品のゼアラレノン最大基準値を設定していません。
JECFAによるリスク評価
暫定最大耐容一日摂取量(PMTDI)=0.5 μg/kg体重
マイコトキシンに特効薬はあるの?治療は?
マイコトキシンには急性毒性と長期毒性があり、マイコトキシンによって引き起こされる疾患や症状が違うことがわかりました。では、これらの疾患が引き起こされた場合、治療はどうすればいいのでしょうか?
マイコトキシンに解毒剤や特効薬はあるの?
マイコトキシンは、カビではなくて、毒なので、抗真菌剤は効きません。抗真菌剤が効くのはカビ本体の方で、カビが作った「毒」には効かないのです。
カビ本体の増殖は、煮沸したり、酢につけたり、乾燥させることで、多少防止できます。しかし、できてしまったマイコトキシンは熱にも低温にも、酢や塩にも乾燥にも強く、料理や真空パックやフリーズドライなどの処置ではビクともしません。
では、解毒剤や特効薬はあるのでしょうか? それぞれのマイコトキシンに特有の解毒剤や特効薬はありません。ただ、アフラトキシンだけは、動物実験などによりグレープフルーツ果汁が肝がんを予防する解毒剤のような役割を持つ「かも」しれないと言われています。
マイコトキシン中毒の治療法は?
特別な解毒剤がなくても、急性毒性に対する対処方法はあります。マイコトキシンとはいえど、「毒」は「毒」なので、マイコトキシン中毒の場合は、一般的な毒物の治療を行います。つまり、胃洗浄、活性炭による除染を行い、もし急性腎不全や急性肝不全があれば血漿交換や透析など、通常の毒物中毒と同じ治療を行えばよいのです。
ただし、中毒症状がでるほどのマイコトキシンを一度に食べてしまうことは、見るからにカビだらけのものを食べなければ餓死してしまうような場合に限られます。今の日本では起こる確率はとても低いでしょう。
トリコテセン類が、皮膚や眼についた時は?
トリコテセン類(特にT2トキシン)は、経口摂取以外に、皮膚粘膜(眼瞼結膜含む)や呼吸器からも吸収されるため、兵器としての利用が可能です。
もし、テロや戦争などで大量のトリコテセン類の噴射を受けた場合は、できるだけ早く衣類を脱いで、皮膚を石鹸と水でよく洗う必要があります。眼は生理食塩水による洗浄を行います。大量に吸入した場合は人工呼吸器が必要になることもありますが、たいていの場合は、とにかく洗えば助かるので、知識として持っておくと良いかもしれません。
マイコトキシンによるがんはどう治療するの?
慢性毒性に関しては、それぞれの病気の治療と同じになります。例えば、マイコトキシンによる肝がんも普通の肝がんも治療法は同じです。
また、治療ではなくて予防になりますが、現在知られているマイコトキシンの中で、最も毒性の強いアフラトキシンによる肝がんは、動物実験により、グレープフルーツ果汁摂取で予防できる可能性があると示唆されています。グレープフルーツを食べてはいけない状態でなく、グループフルーツがお好きなら、肝がんの予防に食べてみるのは悪くないでしょう。なお、カルシウム拮抗剤などの高血圧の薬や、ある種の免疫抑制剤などを内服している人はグレープフルーツを避けるよう、医師や薬剤師からアドバイスを受けているかと思います。
ただ、グレープフルーツや解毒の可能性がある食べ物をせっせと食べるよりは、カビの生えたものを食べない方が、予防効率は良いです。美味しいものは美味しいうちに、美味しく食べたいですね。
まとめ
マイコトキシンから身を守るため、国内外の様々な機関が規制や基準値を設けています。しかし、カビも自然の一部である以上、生活環境の中にカビが存在するのはある意味当たり前です。私たちは「カビが生えないうちに、美味しいうちに食べ切ってしまおう」「カビの生えない清潔な環境を作ろう」「カビの生えた食べ物を食べなくても餓死しない社会をつくろう」程度のことはできますが、それ以上は難しいです。
カビが生きられない世界には、人間も住めません。困るカビはほどほどに避け、ゴルゴンゾーラチーズや鰹節やペニシリンや味噌や醤油など、カビの恩恵はちゃっかり受けつつ、ちょうど良い感じにカビと付き合いたいですね。
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