「骨盤後傾」は、「頭蓋骨の歪み」などと共に、オンライン上での情報が迷走しているものの一つです。
検索などでこのページに辿りついた方は、腰痛や膝の痛みなどでお困りで、その原因を探している方が大半だと思いますが、オンライン情報の中には、まるで「骨盤後傾」さえ矯正してしまえば、腰痛や膝の痛みまで治ってしまうかのように書いてあるもがあります。
でも、「骨盤後傾」だけ直せば、腰痛や膝の痛みまで治ってしまうという考えは、誤りです。「骨盤後傾」も腰痛や膝の痛みの原因の1つと考えられる…くらいまでなら納得できなくなくもないのですが。
今回は、情報が錯綜する「骨盤後傾」について資料を集めました。
「骨盤後傾」とは何を指しているの?
理学療法士や医師などの国家資格者は、「骨盤後傾」を病気や異常の名前としては、殆ど使いません。はり師きゅう師や柔道整復師などの国家資格者も、殆どの方は使いません。
日本で「骨盤後傾」を「骨盤の歪み」の1つとして捉え、「矯正」しようとするのは、整体師やカイロプラクターなどの民間資格者に多いようです。しかし、整体師やカイロプラクターも、「骨盤の歪み」としての「骨盤後傾」という単語を全員が使うわけではありません。
骨盤後傾が指すもの
筆者は北米に住んでおり、こちらでは、カイロプラクターになるには、国家資格が必要です。日本でいうところの柔道整復師に近い感じでしょうか。
せっかくなので、こちらの医師とカイロプラクターに「骨盤後傾」が指すものについて、インタビューしてきました。実は、筆者、ちょっとした持病持ちでして、月に1回は医師やカイロプラクターからお話を直接伺えることが出来ます。
まず、北米だろうが日本だろうが、理学療法士や医師にとっては、「骨盤は歪まない」というのが共通する認識です。もちろん、手首の関節を屈曲させたり伸展させたりするのと同じように、骨盤を後傾させたり前傾させたりできますが、それは「歪み」ではなく、「(自分で)動かすことができる」、「猫背が習慣化している人がいるのと同じように、背中を丸める(骨盤の後傾)のが習慣化している人もいる」という意味にすぎません。
こちらのカイロプラクターにも話を伺ってきました。彼によれば「骨盤は歪まないが、ローテーション(回旋)はする」「頚椎、胸椎、腰椎の流れからの仙骨のS字カーブなどのアラインメント(並び)が、歪むことはあっても、骨盤が歪むという言い方はしない」「でも、骨盤は、背骨のS字カーブが歪む時には、骨盤も後傾するので、僕は、1パウンド(450g)未満の力で整復を試みるよ」という話でした。
もう少し突っ込んで伺うと、骨盤後傾には、他の異常が原因で起こるものと、姿勢の問題で起こるものがあるとのことです。これは、こちらの医師とカイロプラクターで共通の認識です。
他の異常が原因で起こる骨盤後傾
この場合の「他の異常」とは、主に、加齢や病気によって起こる「脊柱後弯」です。
田舎で、腰の曲がった、働き者のおばあちゃんを見たことはありませんか? 特に女性では、加齢とともに腰が曲がることがよくあります(脊椎後弯)。加齢による脊椎後弯の主な原因は、骨粗鬆症による椎骨の圧迫骨折(骨が潰れる)や、椎間板の変性(薄く硬くなる)などです。脊椎後弯は、農家など、屈んで仕事をすることの多い女性に多く見られます。
また、ショイエルマン病などにより、脊椎が変形して後弯となる場合があります。
脊椎後弯があると、骨盤が後傾しやすくなります。逆にいうと、脊椎後弯がある場合、骨盤を脊椎に対して後傾させないと、立つのが難しくなります。色々と不正確ですが、下にイメージ図を載せておきます。
この場合の「骨盤後傾」は脊椎後弯の結果として起こるので、「骨盤後傾」だけ治療しても無意味です。
姿勢の問題で起こる骨盤後傾
姿勢の問題で起こる骨盤後傾は、異常とは言えませんが、猫背のように習慣化します。また、骨盤後傾姿勢そのものが、猫背の原因になることもあります。
例えば、椅子に浅く腰掛け、背中〜腰を丸めて背もたれにもたれると、他に異常がない人でも、骨盤は後傾します。下にイメージ図を示します。例によって色々と不正確です。
姿勢の問題ではありますが、デスクワークなどで長時間この姿勢をとっていると、腰痛の原因になったり、ハムストリングス(太ももの後ろ側の筋群)が過緊張を起こして柔軟性が失われてしまうので、適度に色々な姿勢で座るのが望ましいそうです。
また、骨盤後傾とは関係ありませんが、近年は、そもそも、同じ格好でじっとしているということ自体が、短命のリスクファクターという認識です。ですから、色々な格好で座るだけではなく、1時間のうち5分くらいは歩くとか、ストレッチするとかした方が健康には良さそうです。なお、毎日1時間程度の運動をしても、他の時間座りっぱなしだと、座りっぱなしの害をなかったことにできないくらい健康に悪影響があるとのことです。
そういうわけで、骨盤後傾になるような座り方を長時間なさっている方は、骨盤後傾ではなくて、「座りっぱなしの生活」の方をどうにかしましょう。
「骨盤後傾」って結局、何?
私が描いた、一般に考えられている「骨盤後傾」のイメージ図を下に示します。
お断りしておきますが、この図は色々とメチャクチャです。「ニュートラル」のイメージ図すら、生理的な脊柱の湾曲を無視して描いていますので、うっかり再利用すると恥をかきますから、念のため!一番恥をかいているのは、匿名とはいえ、こんなテキトーな図を世界に向けて発信している私ですけどね。
「骨盤後傾」だと何か困るの?
骨盤後傾が、これだけスポットライトを浴びているということは、それだけ困っている人がいるということなのでしょう。
そこで、骨盤後傾だと何が困るかを集めてみました。
骨盤後傾は、変形性股関節症の原因になるかもしれないので困る
加齢によって脊椎後弯がおこり、その結果として骨盤後傾が起こった場合、臼蓋被覆(きゅうがい ひふく)率の減少により、変形性股関節症が起こり易くなると言われています。
臼蓋被覆率というのは、股関節において、骨盤の臼のような凹みが、どのくらい大腿骨骨頭に被さっているかということです。
骨盤側のお椀状の臼状の凹みを「寛骨臼(かんこつきゅう)」、大腿骨の先端の球状の頭のような部分「大腿骨頭(だいたいこっとう)」と呼びますが、股関節は、寛骨臼に大腿骨頭が、かぽっとはまり込んだような形をしています。このような形の関節を、球関節と呼び、色々な方向にぐるぐる動かすことができるのが特徴です。
ところが、骨盤後傾があると、股関節のお椀の被りが浅くなり、球関節を動かすときに、一ヶ所に掛かる負担が増し、これが変形性股関節症の原因になってしまうと考えられています。
ただ、これは、加齢による脊椎後弯がある場合です。したがって、骨盤後傾だけをなんとかすることを考えるより、圧迫骨折を減らして脊椎後弯が起こらないようにするとか、前屈みになるような仕事で頑張りすぎないなど、骨盤後傾ではなくて、その原因である脊椎後弯にならないための工夫をした方が良さそうです。
なお、加齢による脊椎後弯がなくても(お若い方でも)、骨盤後傾の姿勢のまま歩くことが習慣化している場合、臼蓋被覆率の低いまま歩くことが習慣化していることになりますので、股関節に悪影響があるかもしれません。
骨盤後傾だと、腰痛が起こるかもしれないから困る
骨盤後傾の状態は、ハムストリングスが緊張した状態です。
ハムストリングスが過緊張を起こすと、体を前傾するときに(ハムストリングスが十分に伸びないため)ハムストリングスに引っ張られて骨盤が十分に前傾せず、その分を背骨を曲げることで補おうとするので、腰痛が起こりやすいのではないかと言われています。
骨盤後傾だと、猫背になりやすいので困る
骨盤を自分で後傾させてみてください。背中の様子はどうでしょう? 猫背になっていませんか? 骨盤を後傾させると、体の重心のバランスをとって立つために、自然と体の上半身を前に曲げることになります。
つまり、骨盤を後傾させると、猫背になりやすいということになります。
骨盤後傾だと、O脚になりやすいかもしれないので困る
骨盤後傾は(骨盤前傾も)O脚やX脚の原因になります。
骨盤後傾は男性でO脚の原因になりやすく、女性は骨盤前傾がO脚の原因になりやすいと言われていますが、O脚やX脚の原因は骨盤のローテーションだけでは説明できません。
正しいと言われている姿勢で立つためのセルフチェック
骨盤を後傾させて立つことが全くダメなわけではありませんが、骨盤を後傾させたまま立った姿は、猫背になりやすいのは確かです。
また、骨盤前傾は前傾で、腰痛の原因になりやすという記載もあります。昔の保健体育の教科書には、骨盤前傾は「気をつけ型」「反り腰型」と紹介されており、一昔前まで、腰痛と言えば、骨盤前傾姿勢のとりすぎと言われていました。
そういうわけで、色々な姿勢で立って構わないけれども、正しいと言われている姿勢で「も」、立てることに越したことはありません。
ここでは、セルフチェックのための方法を示します。
背中に掌何枚入るかなチェック
壁に背中をつけて立ち、掌(てのひら)が何枚入るかやってみましょう。正しいと言われている姿勢(ニュートラル)では掌が1〜2枚入ります。
骨盤が後傾していると、掌が入らないほど隙間が狭くなります。
骨盤が前傾していると、握り拳(横)が入ります。妊婦さんはお腹が前にせり出しているので、バランスを取るために、骨盤が前傾しているのがニュートラルな姿勢ですが、やはり腰痛にはなりやすいですね。
前傾、後傾、ニュートラル、全部やってみてください。いつも自分でとっている姿勢は、どの姿勢に近いでしょうか?
一般に、ニュートラルと呼ばれている骨盤の向きにすると、脊椎のS字湾曲が丁度いい感じになりますし、運動連鎖して膝も程よく伸びますので、背も1cmほど高くなりますよ。
ハムストリングス、ちゃんと伸びるかなチェック
骨格筋には、使われすぎて過緊張を起こしやすい筋肉と、使われなさすぎて緩みすぎを起こしやすい筋肉があります。過緊張を起こした筋肉は、柔軟性に欠け、疲れやすくなります。
ハムストリングスは使われすぎて過緊張を起こしやすい筋肉群の1つです。骨盤を後傾させるためには、ハムストリングスを収縮させなくてはいけませんが、骨盤後傾の姿勢を常に取ることでハムストリングスが過緊張の状態になります。なお、緩みすぎを起こしやすい筋肉の代表は臀筋(大臀筋、中臀筋、小臀筋)で、これらが緩みすぎると、平らで垂れ気味のお尻になってしまいます。
下の図のように、膝を伸ばしたまま、床に触れるかどうかチェックしてみましょう。指先が身長x1/10cm(または15cm)以上、床から離れている場合は、ハムストリングスが過緊張で柔軟性を失っているかもしれません。
ちなみに、細かいことですが、ハムストリングスまたはハムストリング筋群は、大腿二頭筋、半膜様筋、半腱様筋の3つの大腿後面にある筋の総称(複数)、ハムストリングまたはハムストリング筋というときはこの3つのどれか1つ(単数)を指します。
「骨盤後傾」だけ治しても意味がない
骨盤後傾は骨盤後傾だけ直しても意味がありません。骨盤後傾は、脊椎後弯などの病気がなければ、 自然な運動連鎖や姿勢保持の一環として起こるものだからです。
骨盤後傾を伴う腰痛などの症状に対し、強いて対策らしきものを挙げると、正しい姿勢であっても同じ姿勢ばかりとらない、(ハムストリングスだけ柔軟性があっても、本当は意味はないけれど)ハムストリングスを柔らかく保つ、適度なエクササイズやトレーニングの3つになるかと思います。
正しい姿勢であっても同じ姿勢ばかりとらない
先に触れたように、椅子に浅く腰掛けて背もたれにもたれる姿勢だと、骨盤後傾になりやすく、リラックスしているように見えてハムストリングスは過緊張し、太ももの前側の筋肉である大腿直筋、腸腰筋(腸骨筋と大腰筋:腰椎と大腿骨を結ぶ筋肉群)、脊柱起立筋は弛緩します。ただ、太ももの前側の筋肉もハムストリングスと同様、過緊張を起こしやすく、あまりリラックスしない筋肉なので、せっかく弛緩できる状態なのに、うまく弛緩できないこともあります。
逆に骨盤前傾姿勢では、ハムストリングスは弛緩し、大腿直筋、腸腰筋、脊柱起立筋は過緊張になります。ハムストリングスも過緊張を起こしやすく、あまりリラックスしない筋肉です。
正しい姿勢(ニュートラル)では、太ももの前側と後ろ側の筋肉がバランス良く緊張(収縮)/弛緩している状態とも言えますが、ハムストリングス、大腿直筋、腸腰筋、脊柱起立筋はいずれもリラックスが上手な筋肉ではないので、正しい姿勢でじっとしているよりは、色々な姿勢をとった方が、筋肉の緊張がほぐれます。
過緊張になりやすいハムストリングスのストレッチ
リラックスしにくい筋肉は、ストレッチなどで積極的にほぐす必要があります。特にハムストリングスは、過緊張をおこしやすく、正しい姿勢や骨盤を前傾させるなどを行っても、こわばったままのことがあります。
ハムストリングスの柔軟性が腰痛には大きな影響を与えるのは本当のようですので、ハムストリングスのストレッチは、それなりに積極的に行った方がよいでしょう。
でも、何度も書きますが、ビタミンCだけ採っていれば健康になるわけじゃないのと同じように、ハムストリングスだけストレッチしてもあまり意味はありません。
適度なエクササイズやトレーニング
以前から、腰痛に対しては腹筋や背筋などのトレーニングが有効であることは知られており、今でもその重要性については異論のないところです。また、適度なエクササイズは、どんなエクササイズであっても、回り回って腰痛の予防につながります。極端な話、テキトー体操を行ったり、のんびり散歩するだけでも、相当に効果があります。
今回はせっかく骨盤後傾について書いていますので、骨盤後傾に関連する筋肉のトレーニングを紹介します。でも、何度も書きますが、骨盤後傾だけ直しても意味がありません。
ドローイン:腹横筋、腹斜筋(外腹斜筋、内腹斜筋)
ドローインで直接トレーニングできるのは、腹横筋と腹斜筋(外腹斜筋と内腹斜筋)ですが、ついでに腹横筋、脊柱起立筋、腸腰筋(大腰筋と腸骨筋)などにも多少効果があるので、お得なトレーニングといえるでしょう。
やり方は、お腹を引っ込めるだけです。どのようにやっても構いませんが、一応、正しいやり方も書いておきます。仰向けに寝て行う方法を示していますが、立ってやっても構いません。
- 仰向けに寝て、足を肩幅程度に広げ、膝は立てる。
- 肩や胸の力を抜いて(上手に力が抜けないのなら、入ったままでもいい)息をゆっくり吸い込み、おなかを膨らませる。
- 息をゆっくり吐きながら、お腹を引っ込める。
- お腹を引っ込めたまま、(浅く)呼吸を続け30秒維持。
正しいやり方で2回より、テキトーなやり方で10回の方が効果があります。いつでもどこでもできるところが、このトレーニングのステキなところですね。
ハンドニー:腹横筋、多裂筋
正しいやり方を書いておきますが、ゆっくりハイハイでも構いません。ついでに、ドローインをしながらハンドニーを行うと、効果的です。ドローインしながらゆっくりハイハイでもいいですよ。
- 四つん這いになる。両手を肩幅程度に開く。両膝も肩幅程度に開く。
- 右腕を水平に前に上げ、そのまま5秒間。その後、元の姿勢に戻る。
- 左脚を後ろに上げ膝を伸ばし(慣れないうちは上げてから膝を伸ばす)。膝を伸ばしてそのまま5秒。
- 左腕を水平に前に上げ、そのまま5秒間。その後、元の姿勢に戻る。
- 右脚を後ろに上げ膝を伸ばし(慣れないうちは上げてから膝を伸ばす)。膝を伸ばしてそのまま5秒。
- 2〜5を3〜5セット繰り返す。
慣れてきたら、2+3、4+5はまとめて。2+3、4+5の動作は、ゆっくり行うのがポイントです。
まとめ
骨盤後傾さえ直せば、腰痛や肩こりが治るという考えは、間違いです。腰痛の原因の1つとして骨盤後傾を挙げ、予防のためのセルフケアを紹介しているような良心的な情報源はどんどん利用して欲しいのですが、骨盤後傾への不安を煽り、不当に高い「矯正施術」などを売っているような情報は、少し疑ってかかるくらいが丁度良いでしょう。
もちろん、いつも習慣的に骨盤を後傾させるような座り方をしているのなら、気がついたときに直した方がいいでしょう。でも、そもそも、座り続けること自体が健康に悪影響を与えるので、骨盤後傾よりも座り続ける作業の仕方やライフスタイルの方を改善した方が良いかもしれません。
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