妄想性パーソナリティ障害は、2003年頃まで、妄想性人格障害と呼ばれていました。今でも妄想性パーソナリティ障害のことを妄想性人格障害と呼ぶことがあります。また、妄想性パーソナリティのことを猜疑性パーソナリティ障害と呼ぶこともあります。
妄想性パーソナリティ障害(猜疑性パーソナリティ障害・妄想性人格障害)の特徴は、何の根拠もなく妄想的に「人から利用されるに違いない」「陥れられるに違いない」といった猜疑心や不信感を抱く点にあります。
日常生活や社会生活を営む上で、人や物ごとを疑うことは、時には必要です。けれども、度をこした猜疑心は対人関係を破綻させます。
この記事では妄想性パーソナリティ障害の人の症状(というより考え方や行動)、原因、治療法、付き合い方などについて、一緒に見ていきましょう。
この記事の目次
妄想性パーソナリティ障害と妄想性障害って同じなの?違うの?
妄想性パーソナリティ障害と猜疑性パーソナリティ障害と妄想性人格障害は同じもの。妄想性パーソナリティ障害と妄想性障害は違うものです。名前が似ているので混乱しますね。
妄想性パーソナリティ障害と猜疑性パーソナリティ障害と妄想性人格障害は同じ?違う?
妄想性パーソナリティ障害は、妄想性人格障害と同じです。と、いうより、単に日本語訳が違うだけです。また、妄想性パーソナリティ障害と猜疑性パーソナリティ障害も同じです。というより、やはり単に日本語訳が違うだけです。
まず、パーソテリティ障害も人格障害も英語の「personality disorder」を日本語訳したもので、そもそも同じです。しかし、Personality disorderを人格障害と訳すと偏見的差別的な印象を与えるということから、2000年以降から、精神科関連の書物で「人格障害」は「パーソナリティ障害」の訳に改められる傾向があります。これに伴い、paranoid personality disorderも妄想性(猜疑性)パーソナリティ障害と訳すのが、今の日本では一般的になりつつあります。
paranoidという部分は、「偏執症の」とか「被害妄想の」とか「猜疑心の強い」という意味で、以前は「妄想性」と訳されることの方が多かったのですが、最近は「猜疑性」の訳も使われています。
しかし、日本語訳が変わっても、英語が変わった訳ではありませんし、指している状態が変わったわけでもありません。この記事では、paranoid personality disorderの訳として妄想性パーソナリティ障害を使いますが、妄想性パーソナリティ障害も、猜疑性パーソナリティ障害も妄想性人格障害も、同じものを指す言葉です。
妄想性パーソナリティ障害と妄想性障害は同じ?違う?
妄想性パーソナリティ障害と妄想性障害は違います。言葉が似ているので、同じものを指していると誤解されることがありますが、異なるものです。
そもそも、妄想性パーソナリティ障害は、精神科医や心理学者が妄想性障害の病理研究や臨床活動の中で、「これは病気ではなくて、人格の問題だ」と、わざわざ別扱いにしたものです。
以下に、妄想性パーソナリティ障害と妄想性障害について少し詳しく書きます。
妄想性パーソナリティ障害
先述したように、妄想性パーソナリティ障害は、現在の解釈では、病気というより「パーソナリティ(人格・性格)が通常とは逸脱している状態」です。
また、妄想性パーソナリティ障害では漠然とした「世の中は信用ならない」などの妄想的観念は持ちますが、「誰かに毎日毒を盛られている」などの妄想がある訳ではありません。
したがって、妄想性パーソナリティ障害は、病気ではありません・・・と、書きたいところですが、実は、最近の脳科学的な研究によると、パーソナリティ障害にも脳の異常があるというデータが集まってきており、もしかすると、今後は病気として取り扱うことになるかもしれません。
また、パーソナリティを神経科学的にな枠組みで捉えようという研究も盛んに行われており、パーソナリティ(人格・性格)障害と病気の境界は曖昧になっていくかもしれません。
しかし、少なくとも、今の所、伝統的な精神医学の考え方では、妄想性パーソナリティ障害は、病気ではなくて性格の歪み・人格の逸脱です。
妄想性障害
妄想性障害は持続した妄想が続く精神病性の精神障害で、はっきりとした病気です。
妄想性障害は、統合失調症に非常によく似ていますが、統合失調症と違うのは、統合失調症では妄想の他に、幻覚(幻聴・幻視など)を伴い、幻覚に引きずられた(支離滅裂に見える)言動や、意欲低下や引きこもりなどの陰性症状が見られるのに対し、妄想性障害は、妄想のみが症状という点です。
妄想性障害では、統合失調症と比べると、心身の機能は良好で、ある程度の社会性・社会機能が保たれています。
統合失調質パーソナリティ障害
妄想性パーソナリティ障害と良く似たパーソナリティ障害に、統合失調質パーソナリティ障害(分裂病型・分裂病質パーソナリティ障害)があります。妄想性パーソナリティ障害は、「猜疑性」と「人間不信」「警戒心」を特徴とする独裁者に多いパーソナリティ障害であるのに対し、統合失調質パーソナリティ障害は、「関係念慮」と「知覚変容」を特徴とする数学者や哲学者、思想家、宗教家などに多いパーソナリティ障害と言われています。
関係念慮とは、人間関係における偶然の出来事に対して、独特の意味づけや考えを持つものです。例えば、家族が犬を散歩に連れ出した時に「1時間前に犬を散歩に出せとテレパシーを送った結果だ」と本気で信じるなどです。
知覚変容は、自分の名前を誰かが呼んでいる、部屋の中に誰かがいるなど、普通ではない知覚体験、身体的錯覚をもつものです。
統合失調質パーソナリティ障害と妄想性パーソナリティ障害の区別は、曖昧な部分があり、はっきり区別できないこともあります。
妄想性パーソナリティ障害の人は、妄想性障害になりやすいの?
妄想性障害は、はっきり病気なのですが、実は、「統合失調症に近いもの」から、「猜疑心の強い性格に近いもの」まで、かなり色々含まれています。言い換えると、はっきりとした病気と言い切れるものと、性格の偏りにすぎないと思われるものまでが、同じ妄想性障害という病名になることがあります。
もし、「妄想性障害」が、「猜疑心の強い性格に近いもの」の場合は、妄想性パーソナリティ障害(妄想性人格障害)との境界がはっきりしません。つまり、妄想性パーソナリティ障害(妄想性人格障害)の人だから、妄想性障害になるというよりは、この二つはそもそも同じものということになります。
「妄想性障害」が「統合失調症に近いもの」の場合は、妄想性パーソナリティ障害(妄想性人格障害)と妄想性障害は無関係と言って概ね差し支えないでしょう。
けれども、「概ね差し支えない」です。なぜかというと、精神科の病気は、はっきりと病気であっても、病気になる前の性格と病気が、割と関係あるように見えることが多いからです。
もともとの性格=妄想性パーソナリティ障害が強調されて妄想性障害になったと考えるか、もともとの性格=妄想性パーソナリティ障害に見えていたものが、実は妄想性障害の潜在的な始まりだったと考えるかは、判断がつきかねることも多いのです。
ですから、この質問に対する答えは、「妄想性パーソナリティ障害(妄想性人格障害)だからといって、妄想性障害になりやすいことはないはずだが、関係あるように見えてもおかしくないし、関係あるかもしれない」と、いうことになります。
妄想性パーソナリティ障害の人の症状(というより考え方や行動)
妄想性パーソナリティ障害(妄想性人格障害)は、病気というより考え方に問題のある人格「障害」ですので、「症状」という表現はあまり適切ではありません。したがって、ここでは、「症状」ではなく「考え方」「行動」という言葉を使います。
妄想性パーソナリティ障害の人は、猜疑心と不信感を持つ
妄想性パーソナリティ障害の人は、「人間不信」の考え方に陥っています。友人や同僚、初めて会う人達の誠実さを不当に疑い、「世の中の人は全て嘘つきで、お人好しの自分はいつも騙されている被害者だ」と考えています。
妄想性パーソナリティ障害と診断されている最も有名な人物は、ヒットラーやスターリンなどの独裁者です。彼らは猜疑性が強く、その不信感ゆえに冷徹に多くの人を死に追いやりましたが、恐らく、最後まで「人を信じすぎた故に、陰謀に陥れられた」と感じていただろうと言われています。
妄想性パーソナリティ障害の人は、自分の疑いを確認するために、周囲の人たちの自分自身への評価や、配偶者・恋人などの情報を関係ない人に聞いて回ったり、盗聴器を仕掛けたり、現在ならインターネットの掲示板利用といった普通でない方法で情報収集して、他者の行動を細かく調べ回ります。その結果、少しでも不誠実な部分を見つければ、自分の推測は正しかったと納得し、「やはり、世の中の人は全て嘘つきで、自分はいつも騙されている」「いつも騙されている自分は、お人好しなのだ」「騙されないように、もっともっと注意深くなくては」という確信をさらに強固なものに変え、警戒心を強めていきます。
また、悪意に満ちた世間に、個人情報や自分の素直な感情を出すことも嫌悪します。名前や好きな食べ物など、個人的な情報は、悪用されると思っているからです。
つまり、妄想性パーソナリティ障害の考え方の特徴は、「猜疑心(疑い深さ)」「不信感(他人を信じられない)」「警戒心」で表せると言えます。妄想性パーソナリティ障害にとって、世間は敵で汚い陰謀に満ちており、陥れられないように警戒しなくてはならないのです。そして、本人は、自分のことを「無垢で、お人好しで、騙されやすい」と本気で信じています。
妄想性パーソナリティ障害の人は親しい人のことも信じられない
妄想性パーソナリティ障害は、その人の眼鏡に適ったごくごく親しい人のことも信じられなくなります。配偶者や異性のパートナーのことを、何の根拠もなく「不誠実だ」と疑い、相手が何処にいたか、何をしていたか、どういうつもりだったか、少しでも自分のことを嫌だと思ったのではないか、浮気しようと思ったのではないかなど、絶えず何度も何度も尋ね、「納得いく回答をするよう」求めます。
しかし、納得するような回答が得られることは永遠にありません。不誠実な気持ちが本当に全くなかったとしても、「不誠実な気持ちは全くない」という答えが、なかなか信じられないからです。
さらに、妄想性パーソナリティ障害の人は、「何度も何度も同じことを尋ねられてうんざりだ」という態度には過剰に敏感です。もし、相手が「うんざりだ」という感情を少しでも持てば、すぐにそれを感じ取り「裏切りだ」と怒りを露わにするでしょう。
妄想性パーソナリティ障害の人は、軽視や侮辱や悪意に対し過敏で、執拗に恨み、攻撃的である
妄想性パーソナリティ障害の人は、「3年前の初対面の時の握手が、自分に対してだけ丁寧でなかった」などの、客観的に事実かどうかわからないことに対しても、軽視や侮辱を感じ取ります。そして、「そんなことはない」「そんなつもりはなかった」と反論すれば、今度は拒絶されたと感じて執拗に恨みます。
また、妄想性パーソナリティ障害の人は、他者の弱みや欠点を見つけ出すと、それを指摘せずにはいられません。しかし、例えば「同じことを、あなたも以前なさったように思いますよ」と、自分のことを言われると猛烈に腹を立てます。そして、そのことを何年経っても許すことはないでしょう。
妄想性パーソナリティ障害の人たちは、本人視点では、慢性的に傷つられ、裏切られ続けるという被害者体験にさらされ続けています。そして、傷つけられ裏切られたと感じたことを、忘れることをはありません。
言い換えると、妄想性パーソナリティ障害の人達は、被害を受けないように過剰に防衛し、そのせいで攻撃的になってしまうくらいに追い詰められた人達なのかもしれません。
妄想性パーソナリティ障害の人の妄想的概念は、その障害ゆえに事実になってしまう
妄想性パーソナリティ障害の人には、有能な人も多いのですが、その障害ゆえに人間関係が上手くいかず、社会において成功しにくいことがあります。しかし、本人は、自分のことを、「高潔で、無垢で、お人好しで、騙されやすい」と思っていますから、「周囲の人が自分にを認めず、みんなで陰謀して自分を陥れているから、社会的に成功できない」という妄想的確信を持ちます。
妄想性パーソナリティ障害の人は、証拠はないのに人は自分に悪意を抱いていると疑い、絶えず反撃のチャンスを狙っています(本人としては正当防衛、あるいは報復です)。けれども、大抵の場合、このような行動は人から嫌われますから、最終的に、本人が「最初に抱いた不信感や直感は、やはり正しかった」思いこむ状態が起こります。
つまり、いつも誰かを疑っているような人とは、誰も一緒に仕事をしたくないので、誰も協力しないということが発生します。そうすれば、結果的に「周囲の人が自分に敵意を持ち、誰も協力しないから社会的に成功できない」ことが事実になってしまいます。
さらに、本人の猜疑心や不信感、そして裏切られたと感じた時の凄まじい怒りや態度に対し、周りの人が嫌悪感を持ち、離れていきます。そうすると、結果的に「みんな自分から離れていく」「最終的には、全ての人から裏切られる」も事実になってしまいます。
このようにして、妄想的パーソナリティ障害の人の妄想的概念は事実となってしまうのです。そして、そのことが、本人の思い込みをさらに強固なものにすることは言うまでもありません。
妄想性パーソナリティ障害の診断
精神科医や臨床心理士は、本人の話や周りの人の話をよく聞き、考え方や行動、種々の状況などを包括的に判断して妄想性パーソナリティ障害の診断をつけます。
妄想性パーソナリティ障害の診断の難しさ
妄想性パーソナリティ障害の人は、自分が道徳であり正義であり、他罰的なスタイルでも許される場所であれば、非常に有能です。このような居場所があれば、妄想性パーソナリティ障害の人たちは、「騙されたり、陥れられたりすることに注意しながら」うまくやっていくことができるのです。
したがって、このような考え方を持つ人が、精神科医や臨床心理士を受診することは、殆どないでしょう。そもそも精神科医や臨床心理士のことを、信用できることもないでしょう。
ただし、妄想性パーソナリティ障害の人達が、不安症状を持った時や、双極性障害のうつ状態の時には、受診するかもしれません。不安症状の根底や原因が、妄想性パーソナリティ障害のことは少なくありませんが、その場合でも、不安症状やうつ状態が軽減すれば、治療者を敵だと考え、治療者から離れる(あるいは不要な治療をしたと治療者を訴える)ケースが多いので、妄想性パーソナリティ障害の診断にまで至るのは難しいです。
妄想性パーソナリティ障害の診断基準
妄想性パーソナリティ障害に限らず、精神疾患やパーソナリティ障害について調べていると、「ICD-10」や「DSM-5」という言葉を目にすると思います。精神科医や臨床心理士は、ICD-10やDSM-5を参考に、妄想性パーソナリティ障害の診断を行います。
これらは国際的に使用されている疾病分類で、もともとは疾病統計を取るためにつくられたものですが、疾病統計を取るためには、疾病を同じ基準で診断する必要があります。そのため、ICD-10にも、DSM-10にも診断基準が明記してあります。
ICD-10って何?
ICD-10は世界保健機構(World Health Organization:WHO)によって作成されている疾病及び関連保健問題の国際統計分類 第10版のことです。ICD-10では、身体疾患も精神疾患も網羅おり、そのコードは、WHOのウェブサイトで無料公開されいます。また、日本語版ICD-10も厚生労働省のウェブサイトで無料公開されています。
- ICD-10 (疾病及び関連保健問題の国際統計分類 第10版):The ICD-10;the 10th revision of the International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems
精神障害や行動障害は、身体の病気とは異なり、精神科専門医や臨床心理士による症状の確認や観察が不可欠なため、厳密な診断基準やその根拠となる臨床的概念が、ICD-10の別冊である以下の2冊に記されています。
- ICD‐10 精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン:The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders diagnostic description and diagnostic guideline
- ICD-10精神および行動の障害-DCR研究用診断基準:The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders Diagnostic criteria for research
ICD-10と同様、これら2冊もWHOにより無料公開されていますが、正式な日本語版は、医学書院から、融道男先生、小見山実先生、大久保善朗先生、中根允文先生、岡崎祐士先生らによって行われ「ICD‐10 精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン」「ICD-10精神および行動の障害-DCR研究用診断基準 新訂版」として、出版されています。
ICD-10による妄想性パーソナリティ障害の診断基準
以下にWHOで無料公開されている妄想性パーソナリティ障害の診断基準と、筆者による日本語訳(不正確かつ医学用語として正しくない部分があります)を載せます。妄想性パーソナリティ障害の理解するために、眺める程度のご利用にとどめていただければ幸いです。
なお、正式な日本語訳は、先述の本をご購入の上、ご確認ください。
妄想性パーソナリティ障害の診断基準
A. The general criteria of personality disorder (F60) must be met.:(前提として、)パーソナリティ障害(F60)の一般的基準を満たす。
B. At least four of the following must be present:以下のうち少なくとも4つが存在する。
- Excessive sensitivity to setbacks and rebuffs.:妨害や拒絶(されたと感じること)に対しての過剰な敏感性
- Tendency to bear grudges persistently, e.g. unforgiveness of insults, injuries or slights.:執拗に恨みを持つ傾向。例えば(自分が受けた)無礼、傷、軽視などを許さない
- Suspiciousness and a pervasive tendency to distort experience by misconstruing the neutral or friendly actions of others as hostile or contemptuous.;猜疑心と経験した出来事を全て歪曲する傾向。他者の中立的あるいは友好的行動を、敵意あるもの、見下しているものと曲解するため、(本人視点では常に)敵意にさらされ、見下されているという体験をしていることになる
- A combative and tenacious sense of personal rights out of keeping with the actual situation.:現実を顧みない、闘争的で粘着的な自身の権利への意識
- Recurrent suspicions, without justification, regarding sexual fidelity of spouse or sexual partner.:配偶者や異性パートナーの貞操に対する不当で何度も繰り返す疑念
- Persistent self-referential attitude, associated particularly with excessive self-importance.:過剰な自尊心に関連する、執拗な自己言及的態度(常に自分を引き合いに出す態度)
- Preoccupation with unsubstantiated “conspiratorial” explanations of events both immediate to the patient and in the world at large.:自分の身近な出来事と世界規模の出来事の両方に対する、根拠のない「陰謀」論的解釈の盲信
The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders Diagnostic criteria for research. World Health Organization. Geneva P13: :より引用(日本語訳は筆者)
DSMって何?
DSMとは、アメリカ精神医学会による、「精神障害の診断と統計マニュアル:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders」のことです。
最新版は2013年に出版されたDSM-5で、その前はDSM-Ⅳ-TR(2000年)、その前がDSM-Ⅳ(1994年)でした。なぜかDSM-5だけ算用数字です。
このマニュアルによってつけられた病名は、北米中心に保険請求や統計などに用いられています。例えば、アメリカ合衆国の0.5〜2.5%が妄想性パーソナリティ障害であるという統計を取る時、このDSMの診断基準に合致したものを「妄想性パーソナリティ障害」に分類して、統計結果を出しています。
妄想性パーソナリティ障害の詳しい診断基準は、DSMにも記されています。DSMには厳格な著作権管理が行われており、ご紹介するには、相応の手続きが必要です。日本精神神経学会による日本語の完全訳本が医学書院から出版されていますが、訳本の方であっても、うっかり紹介すると著作権侵害を問われかねません。そういうわけで、こちらではご紹介できません。ご了承ください。
妄想性パーソナリティ障害の原因と治療
妄想性パーソナリティ障害は、アメリカ合衆国では人口の0.5〜2.5%、男性では2〜4%に見られると言われています。ほとんどのケースで、青年期〜早期成人期までに、猜疑性や不信などの特徴的な考え方が現れるようですが、結婚したり就職したりするまで、行動の偏りとは結びつかないことも多く、周りの人は、この障害に気づかないまま、振り回されることも良くあります。
妄想性パーソナリティ障害の原因
原因は不明です。今の所、病気というよりは、人格の歪みと言われていますが、遺伝や脳の微細な障害、脳内伝達物質の異常などが関係しているかもしれないとも言われています。また、血縁者に統合失調症の患者さんがいる場合、有病率が高いとされています。
さらに、家庭や学校など青年期までの環境や、現実社会の中で実際に裏切られたような経験も原因になり得ると考えられています。
妄想性パーソナリティ障害だけでなく、パーソナリティ障害全体に言えることですが、パーソナリティ障害は、もともとのパーソナリティ(人格・性格)が、何かをきっかけに歪み、精神状態、社会生活、対人関係で困難(障害)が生じる状態です。妄想性パーソナリティ障害の人の場合、もともと繊細かつ目上に対して礼儀正しく、嘘や裏切りを酷く嫌う傾向にあるようです。
妄想性パーソナリティ障害の治療
治療は、不安があれば抗不安剤、抑うつ症状があれば抗うつ剤、被害妄想的概念が強い場合は抗精神病薬などの投与になります。妄想性パーソナリティ障害自体に対しては、カウンセリングや心理療法、精神療法なども有用ですが、これらの治療を受け入れる妄想性パーソナリティ障害の人は多くはありません。また、病名をつけた人や向精神薬の投薬を行った人に対して、憤怒を向けることも多く、治療者を訴えることすらあります。
妄想性パーソナリティ障害は、治らない訳ではないのですが、「パーソナリティ(人格)の障害」の名称が示すように、障害ではあってもその人なりに安定したパーソナリティです。自傷他傷の恐れがあれば別ですが、本人が治療を希望していないのに治療をすることはできません。本人は、「周りが嘘ばかりつくので(という妄想的観念があるので)」困ったり、抑うつ症状を示したりすることはありますが、疑われ、責められ、振り回されて、抑うつ的になったり不眠症になったりして、本当に医療施設を受診するのは、周囲の人たちに多いのです。
妄想性パーソナリティ障害の人への接し方
正直なところ、出会ってしまった人達にとっては、厄介な存在である妄想性パーソナリティ障害ですが、どのように接すれば、穏やかに過ごすことができるのでしょうか?
心の距離を保つ
妄想性パーソナリティ障害の人と接する場合、最も重要なことは、(可能なら)心の距離をとることです。
妄想性パーソナリティ障害の人は、本人は気づいていなくても常に孤独です。ですから、自分より立場が下の新人や、出会ったばかりの人には、親切に力を貸す傾向があります(権力者や有能な新人には、初めから敵意をむき出しにすることも多いです)。
この障害を持つ人は、有能で頼りになることも多いのですが、頼らずにかわしてしまうのが賢明でしょう。本人は断固として認めないでしょうが、一旦頼りにすると、妄想性パーソナリティ障害の人の方で、親しくなったと心を許してしまうのです。その気はないのに、恋人扱いされていることもあります。
そして、一旦、そのような状態になると「自分を頼りにしなかったこと」にさえ、悪意を感じてしまいます。「頼りにしなかったこと」は隠し事と同等の悪意を含む裏切りであり、悪意を感じ取ると、今度は「自分が心を許したこと」を、まるで陥れられたかのよう解釈し、怒り狂います。言いがかりをつけ、嘘つき呼ばわし、侮辱されたと憤るでしょう。
本人は、自分は高潔で正しいと思う傾向があり、自分に直すべき点はないと本気で考えていることが多いので、騙されたと感じた時の怒りは凄まじいのです。
可能であれば、初めから近寄らないのが一番です。
目立たない存在になる
もし、既に身近に妄想性パーソナリティ障害の人がいて、今更、急に距離を取れない場合は、少しずつ、目立たない存在になりましょう。急に距離をとれば、その人の猜疑心や他者への不信感を肯定し、怒りに火を注ぐことになりますので、「少しずつ目立たなくなる」「相手に興味を失わせる」のがポイントです。
妄想性パーソナリティ障害の人は、目下の新人には親切で頼もしい存在ですし、多くの場合カリスマ性を併せ持つので、新しい崇拝者は直ぐに現れます。
離れると決めたら、嘘はつかず堂々と
妄想性パーソナリティ障害の人が家族にいる場合は、距離をとるのは非常に難しいかもしれません。
しかし、離れる覚悟ができたら、「結果として裏切るように見えるかもしれないが、自立したいのだ」と率直に伝える以外にないでしょう。言い訳や嘘や小細工は最も避けるべき行動です。
また、「裏切り者」と罵られ、うろたえた様子を見せるのも、避けるべきです。逃げ腰のおどおどした振る舞いは、妄想性パーソナリティ障害の人を失望させ、逆上させます。
「裏切り者とあなたがが感じることは分かっているし、そうとられても仕方がないが、今までのご恩には感謝しているのは事実だ。敵になりたいわけではない。自立したいだけだ。」ということを、毅然とした態度で、はっきり示す必要があります。
妄想性パーソナリティ障害の人は、誇り高いのです。弱腰の嘘つきに騙されて影で笑われる(と感じる)くらいなら、誇り高い相手に礼儀正しく堂々と距離を置かれた方がマシです。ただし、敵対する気がないことは(例え信じてもらえなくても)、はっきりと伝えてください。
そして、その言葉が嘘にならないように、敵対せずに、きちんと距離をおいてください。もしかしたら、そのことは、将来、妄想性パーソナリティ障害の人の心の拠り所になるかもしれません。
まとめ
妄想性パーソナリティ障害の人は、人を疑い続け、怒り続け、裏切られと感じればあらゆる手段を使って報復します。そして猜疑的で攻撃的なその言動のせいで、「この人も、いつかは、自分を裏切る」という疑いが事実になっていく運命にあります。でも、きっとそれはとても苦しく、辛いことなのでしょう。
妄想性パーソナリティ障害の人にとって、信頼に足ると感じ、寄り添ってくれる人が現れたらどんなにいいだろうなんて思いますが、でも、だからと言って、私自身がそのような存在にはなりたいとは、やはり思えません。妄想性パーソナリティ障害の人がいたら、初めから近寄らないという選択肢を選ぶに違いありません。
けれども、妄想性パーソナリティ障害の人は、近寄りたくないという思いを敏感に感じ取り、傷つき、更なる人間不信に陥るのだろうな、と、想像してしまいます。そのことが、なんとももどかしく感じてしまいます。
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