「ヘルペス」と聞いて「恐い」と感じる人はどれくらいいるでしょうか。皮膚がただれたり、かゆみが生じたりすることは知っていても、体に重大な障害が残る可能性があることを知っている人は少ないと思います。
ヘルペスの症状が目に出ると、最悪、失明する危険があります。キイワードは「ヘルペスをあなどるな」です。「角膜ヘルペス」を中心に、そもそも「ヘルペスとは」についてみていきましょう。
角膜ヘルペスの症状
角膜ヘルペスの代表的な症状は、涙が出る、まぶしく感じるです。さらに、眼球とまぶたの間にビーズのようなものが挟まっているように感じる人もいます。見にくいと感じる人や、充血などもあります。
上皮型角膜ヘルペスの症状
角膜ヘルペスには、「上皮型」と「実質型」の2種類があります。角膜の厚さは0.5ミリで、1枚の透明なシートのように見えます。しかし顕微鏡でのぞくと5層に分かれていることが分かります。上から「角膜上皮」「ボーマン膜」「角膜実質」「デスメ膜」「角膜内皮」といいます。
上皮型角膜ヘルペスは、角膜の表面の「角膜上皮」だけが障害される病気です。上皮がヘルペスに壊されると、角膜に木の枝のような「傷」ができます。それで上皮型角膜ヘルペスは「樹枝状角膜炎」とも呼ばれています。
実質型角膜ヘルペスの症状
ヘルペスの症状が上皮だけにとどまらず角膜実質にまで到達してしまった状態を、実質型角膜ヘルペスといいます。より悪化した状態で、角膜が全体的に白く濁ってしまいます。
また、角膜の一部がぷっくらと盛り上がることがあります。角膜が腫れてしまうのです。これが「ごりごり感」や「ビーズが挟まったような感じ」を引き起こします。
角膜とは
眼球はとても繊細な臓器です。血管も無数に通っています。そんな「精密機器」が、外界に触れていることは、実はとても危険な状態なのです。そこで少しでも外界との接触を断とうと、まぶたがあります。「眼球を使わないとき」=「見ないとき」は、まぶたで覆って保護しているわけです。
しかし「眼球を使うとき」=「見るとき」は、どうしても眼球が露出してしまいます。しかしご安心を。眼球には「保護膜」があります。白目を覆っているのが「結膜」で、黒目を覆っているのが「角膜」です。
透明
ある医師は「人体の器官の中で、透明という素晴らしい性質を盛っているのは角膜だけ」と称賛しています。確かにそうです。角膜が透明だから「見る」ことができています。
5層
角膜は0.5ミリという極薄の膜でありながら、5層に分かれています。なぜ5層になっているかというと、層構造は衝撃に強いのです。1層で0.5ミリの膜だと、衝撃が加わって破れたとき、そこから破れが広がっていきます。しかし5層になっていると、衝撃は1層目が破れることで吸収され、破れが拡大しません。
そして、最も傷つきやすい場所にある一番上の膜「角膜上皮」は、新しい細胞が次々作られ、古い細胞は脱落していきます。健康な角膜上皮は、いつでもフレッシュな状態なのです。
しかし層が増えるとある欠点が生じます。それは濁ることです。人工素材ですと、透明な材料を重ねると濁ってしまいます。しかし角膜は、5層なのに透明度を保っているのです。角膜は恐るべき「素材」といえるのです。
光の屈折
「見える」という現象は、視線の先の物体が「光情報」として眼球の中に入り、眼球の奥にある網膜というスクリーンに映し出されることで成立します。ですので、網膜にピント外れのぼやけた状態の光情報が映ると、「ぼやけて見える」ことになります。
「くっきり見える」ようになるには、「ピントが合う」必要があり、そのためにはレンズが必要です。目のレンズは「水晶体」です。そして実はもうひとつレンズがあります。それが角膜なのです。角膜でも光の屈折率を調整していて、水晶体と一体となって「くっきり見える」を実現させているのです。
神経
爪を触ってみてください。痛くもかゆくもありません。しかし「角膜」=「黒目」を指で触ってみてください。痛いです。かなり強く触っても痛くない爪と、少し触れただけでも痛みが走る角膜の違いは、神経です。なんと角膜は透明な膜でありながら、神経が通っているのです。
コラーゲンと水
角膜の驚異的な性質を持つのは、角膜がコラーゲンでできているからです。この特殊な材質のお蔭で、角膜は極めて少ない細胞で構成することができているのです。細胞の数が少ないので、透明度を保てるのです。またコラーゲンは、水を貯えることができます。角膜はずっと水分によって守られている状態にあります。
しかし細胞が少ないことは、大きな欠点を生み出します。それは、傷や濁りができると治りにくいことです。角膜上皮はサメの歯のように次々生まれ変わりますが、その下の4層は、1度ある程度以上の衝撃が加わると、2度と修復できなくなるのです。
角膜ヘルペスの原因
角膜ヘルペスを引き起こすヘルペスとは、ウイルスの名称です。正式には「単純ヘルペス」といいます。角膜ヘルペスの原因は、単純ヘルペスに感染することです。
1型と2型
単純ヘルペスには1型と2型があり、角膜ヘルペスを引き起こすのは1型です。単純ヘルペス1型は角膜ヘルペスのほかに、口唇ヘルペスの原因にもなります。ちなみに2型は性器や肛門に異常を来します。1型は上半身、2型は下半身という住み分けがあります。
簡単に感染する
ほとんどの日本人の成人は、単純ヘルペスに感染しています。そして感染者の大部分は、口、目、性器、肛門などに違和感を持ちながら、気が付くと自然に気にならなくなっています。
しかし症状がなくなったとはいえ、単純ヘルペスは細胞内に潜んでいるのです。
暴れるタイミングをうかがう
つまり、単純ヘルペスの感染者には、症状が出る人と、症状が出ない人がいるということです。症状が出る人は弱っている人です。風邪を引いたり疲労が重なったりすると、いろんな場所の単純ヘルペスが暴れ出し、かゆみ、ただれ、痛み、発疹を引き起こすのです。
また免疫力が落ちた体も、単純ヘルペスの独壇場です。糖尿病、抗がん剤の治療を受けている人、人工透析を受けている人たちは、免疫力が落ちています。
角膜ヘルペスの治療
薬物療法
角膜ヘルペスの治療の第一選択肢は、ゾビラックスという抗ウイルス剤です。ゾビラックスは、性器や口唇のヘルペスでも使われます。水ぼうそうや帯状疱疹にも使われます。
1日5回服用するという手間がありますが、どの病院でも処方される「特効薬」的な存在です。
ただ、腎臓が悪い人や高齢者には使えない場合があります。また、アナフィラキシーや皮下出血、けいれんといった副作用も報告されています。こうした重い副作用が出ることはまれですが。
手術と移植
角膜が自己修復が不可能なほど傷ついた場合、手術をします。手術で傷ついた角膜を削ります。角膜の手術ができないほど濁ったり視力が低下している場合は、角膜移植しかありません。
しかし移植する角膜は亡くなった方からの臓器提供となるので、簡単に治療を受けることができません。移植が必要なまで悪化した場合、移植が受けられないと失明してしまいます。
感染を防ぐ
単純ヘルペスは感染力が強いウイルスです。感染方法は接触が最も多いです。ウイルスが隠れているのは水ぶくれです。
水ぶくれが破れて出てくる液体に触れた手で、ほかの人を触ると簡単に感染してしまいます。角膜ヘルペスの治療は、自身の健康のためだけでなく、周囲の人を守ることでもあるのです。