企業戦士に増える不可解な心情、それが「何だか家に帰りたくない・・・」というものです。帰りたいのに、帰らなくてはいけないのに家路が遠い。残業を命じられるとホッとする、休日出勤は進んでする等、社内では尊敬さえされる方々です。
軽いレベルからだんだんひどくなるとホームレスがうらやましくなって下手をすると蒸発しかねません。浮気でも借金でもないのに、ある時忽然と消息を絶ってしまう恐れがあるのです。誰もがなる可能性があるこの病気、一緒に考えていきましょう。
帰宅拒否症
始まりは本人もよく分かりません。だんだん帰宅時間がずれ込んで日常生活が家族とズレていきます。真面目に働くだけで周りも問題視しません。この分かりにくさが最大の特徴といえます。
それは軽いウツ
終業時間が来てイソイソと帰る同僚を尻目に、どんどん仕事に取り組む男性がいます。この男性はこの症状の典型的なタイプで、年齢は30代後半から40代と推定されます。この症状に一番多いとされている年齢層です。この男性は一家の主です。彼は何もクレーム処理や段取りが悪くて居残りしているわけではありません。
むしろ新しいプロジェクトに着手して、次々と課題をこなしていきます。そう、まるでゲームのようにクリアしていく瞬間は決して疲れたりさせません。俺は仕事を家族のためにやっている、そういう自負があります。
ここまではよくある話ですが、だんだんエスカレートして社内で泊まり込んだり、終電が間に合わないからカプセルホテルに泊まったりするようになります。深夜、家族が寝静まってからこっそり帰り、着替えを持ち出して外泊を重ねることに安らぎさえ覚えるようになるのです。
帰りたくない
この男性も帰らなくてすむ理由を探すかのように、しゃにむに働きます。さすがに上司も心配して早く帰るように促すのですが、そう言われることに逆上します。「私はこの会社に必要とされていないのですか?」と上司に食って掛かるのです。いつもは大人しい彼の剣幕に上司は驚きながらも説明します。「いや、そうじゃないが家族が待っているだろう、今日は早く帰りなさい。」
そう言われて、ふと思いました。家族?俺を待ってる?ピンときません。上司に言われて渋々帰る準備をして異変に気が付きました。
頭が痛い、吐き気がする・・・これではとても家までもたないから、どこかで休もう。そう思っていつもは入ったことのないスナックに入りました。ホステスが笑顔で席に導き、お疲れさまでしたと労います。その瞬間、スッと気分がよくなりました。楽しく飲んで会計を済ませて店を出てから、また頭痛と吐き気がおそった時、ふと彼は自覚したのです。帰りたくないのだと。
心の中で家が崩れる!
そういえば一体いつから自分はこうなったのだろう?きっかけは別にコレと言ってありませんし夫婦喧嘩をしたわけでもありません。会わないので喧嘩さえないからです。
長い間、お疲れさまと言われたこともないし、待たれていると実感したこともありませんでした。働いて家族を養い、家では面倒かけないように空気を読んで暮らしてきました。家族のリビングに自分の座布団がなくなっても気にしませんでした。むしろ座らなくていいという解放感でホッとさえしたものです。
これが俺の家なのか?果たして帰るべき場所なのか。家族関係がこじれる事だけは避けたい、だから自己主張はできるだけしなかった。その挙句、自己そのものが消滅してしまったのかもしれない。
帰りたい・・・けど帰る家がどこにもない。この喪失感が根底にある限り、魂は浮遊して身体を家に帰しません。これは深刻な心の病なのに初期症状は分かりにくいのです。
何が帰宅を阻むのか?
いつの間にか重症化する症状は原因が複雑です。しかも小さな刺激の積み重ねで警戒をさせません。慢性化して麻痺してしまう前に原因について考えましょう。
なりやすい人柄
彼はこの症状になりやすいタイプでした。よく気がきく、頭の回転が速い、几帳面で信頼できる、社交的でソツがない。つまり仕事のできる男性でした。仕事は完璧にこなす一方、部下には優しいのでした。部下が失敗しても怒鳴らず、自分の指令の出し方に問題があったね、良い機会だから経験値を増やす学習としてクリアする方法を学ぼうよ、と指導して部下を感激させたりします。
高圧的な態度を取る客にも一切逆らわず、しかし確実に契約に結び付ける手腕には定評があります。しかし、彼の戦略ではなく、拗らせたくない、自分さえ我慢すればと思って耐えてきた結果でした。
会社では一つ一つ、案件が終わります。どんな嫌な客でも仕事なら完結する日が来ます。しかし家族はそうではありませんでした。どんなに我慢しても、それが新しいルールとして更新されてしまうのです。まるで初めからいなかったかのような自分の存在、それは彼にとって直視しがたい状況でした。
パートナーの在り方
この男性の妻は活発は女性でした。大人しい夫とはバランスの取れたカップルで、うまくいく組み合わせの見本のようだと結婚式で言われたものです。
そんな女性にありがちな勝気さも妻は持っていました。言っている内容は大したことないのですが声が大きく、リアクションも大げさで早口でした。夫の言葉を遮り、頭ごなしに言い返すので空気がよどんでいくことが度々ありました。
この空気が嫌なのと面倒くさいのとが重なって夫は従います。本当は靴は使う度に下駄箱に入れてほしい。玄関のたたきのタイルが妻と子の靴でおおわれて見えないのが苦しい。一度、夫が家族全員の靴を下駄箱に入れてタイルをピカピカに磨いたことがあった。こんな色と模様だったんだ、我が家の玄関は・・・綺麗だなと見入った夫でした。
ところが妻は、夫が自分への嫌味で玄関を掃除したと勘違いしました。すぐに汚れる場所を掃除するヒマがあったらもっと必要なことをしたらどうなのよ!となじったのです。いちいち靴を出さなきゃならない、効率ってこと考えたことあるの?と言って靴を再び玄関に並べました。それ以来、玄関のタイルを見ることはありませんでした。
家のムード
夫が玄関の扉を開けるたびに、妻子の靴がバリケードのように並べられたのを踏まないように進むのが大変でした。そして自分の靴を置く場所がないことに気が付きました。
帰ってきても、おかえりという言葉さえありません。子供はテレビから目を離さず、妻は「食べてきた?」と聞きますが夫の分は用意されていません。夫も分かっているので、うなずくだけです。室内犬さえも寄ってきません。
寝ようと思っても布団が湿っていて何だか落ち着きません。今日は晴れていたのに干してないのか、と思うと気持ちが悪いのです。でも、そう思っていることを悟られると空気が悪くなるので黙っています。
家で食事したのは、いつだっただろう。子供の誕生日を一緒に祝ったのは、いつだっただろう。子供の運動会、お父さんは仕事でしょ?来なくていいよと言われてから行ってない。行かない方が楽しいのなら、それでいい、そう思っている。
いろんな我慢が自分を試している、夫にとって家とはそういう試練の場になっていきました。誰も待たない、ここにいない方が家族のため、それが彼の家庭なのです。
家に帰るためにできること
本当に妻が夫と別れたくて帰りづらい家にしているのなら話は分かりますが、決して悪気はないのです。そして夫の経済力なく生きていけないのが現実でした。離婚も蒸発も望まないのなら、やるべき事があります。
話し合う
これが一番、難しいことかもしれません。話し合うことはおろか、向き合うことさえできないからこそ帰宅拒否症になったのです。
しかし崩壊する前に、お互いに知らなくてはならない感情があります。すでに精神的には離婚したも同然と言えますが、子供がいる場合は簡単に離婚するわけにはいきません。本当に嫌なのか、傷つけたと理解しているのか、そして一番大事なのはこれから家族として続けていく決意ができるかどうか。
妻にしたら夫は男として物足りないのでした。はっきり言ってほしい、うじうじ我慢なんかされたら鬱陶しい。ちゃんと向き合いたいから私はきちんと意思表示しているのに!と妻には妻の言い分もあるのでした。
帰らないことで家庭を維持しようとしているうちに、本当に帰れなくなった夫に立つ瀬はありません。一番必要な両者の話し合いによる解決が一番難しいのです。
ナイトホスピタル
どうしても話し合いが困難で、しかも離婚を望まない時、医療の出番となります。家族全員で受診し、医師やカウンセラーを通じてお互いの立場を代弁して理解に導きます。
段階的に帰宅できる治療法としてナイトホスピタルを利用することがあります。これは治療しながら社会生活を継続できることにメリットがあります。
家に帰らなくてはならない、まずこの重圧から解放させます。会社から病院に帰るのです、ここが仮の家庭になります。ここで帰って、迎えられて、食べて、入浴して、寝るという生活のリズムを形成します。
どこかに帰る、帰る場所がある、この経験を積み重ねていきます。他の入院患者と違って、社会生活は問題ないので経済力は保てます。疑似家庭を作って帰巣本能を呼び起こして家族につなげるという治療です。極端な結果を招かない安全弁として有効な治療といえましょう。
まとめ
妻の対応が悪いのか、逃避する夫に問題があるのか。それにしても大きな出来事とは言えません。こんなことぐらい、どこの家庭でもありがちなことです。それがここまで深刻になるケースが増えてきています。
人間関係が希薄なまま成人して、一時的な社会では付き合えても自分をさらけ出す生活の場で分かち合うことができないのは何故でしょう。自分と違う、それに過剰に反応してしまう体質が拒否させてしまう、これでは一種の対人アレルギーです。大事な家族をアレルゲンにしないよう気をつけましょう。
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