精神発達遅滞という疾患名をご存知でしょうか?精神発達遅滞という字面から、なんとなく疾患の内容が想像できるかもしれません。
しかしながら、精神発達遅滞の症状や原因などを詳しくご存知の方は、多くはないのではないでしょうか。
そこで、今回は精神発達遅滞という疾患についての概要をまとめてみましたので、参考にしていただければ幸いです。
精神発達遅滞とは?
そもそも精神発達遅滞とは、どのような病気なのでしょうか?
精神発達遅滞とは?
精神発達遅滞は、知的機能が全般的に同年齢の平均よりも明確に低く、社会生活に適応することが難しい状態のことを言います。そして、精神発達遅滞は、概ね18才までには発症するとされ、その後も長く影響が及びます。
ここに言う知的機能とは、勉強ができる学力の有無ではなく、家族・学校・会社などの社会組織に入っても他人と意思疎通ができ、日常生活の状況に応じた判断を自らできるという能力のことです。
ちなみに、精神発達遅滞は精神遅滞とも呼ばれ、一般的には知的障害(知能障害)とも同義とされています。また、精神発達遅滞は、発達障害の一分類としても位置づけられています。
知的機能の比較方法
上述のように、精神発達遅滞は、一般的には知的障害と同義と解されています。
知的機能については、知能検査(IQ検査)によって測定された知能指数(IQ)で比較することが可能となっています。この知能指数の水準により、精神発達遅滞・知的障害を次のような4段階に分類することができます。
- 軽度精神遅滞(軽度知的障害):IQ50~IQ69
- 中等度精神遅滞(中等度知的障害):IQ35~IQ49
- 重度精神遅滞(重度知的障害):IQ20~IQ34
- 最重度精神遅滞(最重度知的障害):IQ20未満
ちなみに、IQの中央値は100となっていて、IQ70以上が健常者とされ、数値が高いほど知能が高いことを示します。
精神発達遅滞と知的障害の違い
一般的には、精神発達遅滞と知的障害は同じ意味とされます。というのも知的障害については、知能検査によって測定することができますが、社会生活への適応機能の有無は行動の観察をしなければならず現実的に困難なことから、精神発達遅滞を知的障害の程度で判断せざるを得ないためです。
ただし厳密には、精神発達遅滞・精神遅滞は医学上の専門用語として、知的障害は法律用語(特に学校教育法上の用語)として区別し、使い分けるのが通常です。
ちなみに、知的障害があると法的に認定されると、知的障害者として療育手帳(知的障害者手帳)が交付され、さまざまな特典が付与されます。
発達障害について
発達障害は、世界保健機関(WHO)の「国際疾病分類(第10版)」(ICD-10)によると、次のような疾患を総称するものです。(参照元:厚生労働省「ICDのABC」)
- 精神発達遅滞・精神遅滞(MR)
- 広汎性発達障害(PDD)
- 注意欠陥・多動性障害(ADHD)
- 学習障害(LD)
- 発達性協調運動障害(DCD)
広汎性発達障害(PDD)
広汎性発達障害は、自閉症スペクトラムとも呼ばれる非常に広範な症状が現れる疾患です。対人関係が薄く、コミュニケーション能力に障害があり、強いこだわりがあるなど興味の範囲が限定されていたり、反復的な行動が見られるなどします。自閉症やアスペルガー症候群は広汎性発達障害の一形態です。
広汎性発達障害には、精神発達遅滞が同時に見られる場合も、同時に見られない場合もあります。
注意欠陥・多動性障害(ADHD)
注意欠陥・多動性障害は、気が散ったりするなど注意集中することが困難で、そのことが日常生活面に著しく影響を及ぼす疾患のことです。
精神発達遅滞でも、注意欠陥・多動性障害のような症状が現れます。知的障害があれば、診断名は精神発達遅滞になります。
学習障害(LD)
学習障害は、全般的な知的機能の発達に遅れはないものの、学習に関連する聞く・読む・話す・書く・計算する・推論するといった能力の獲得に困難を示す疾患です。
精神発達遅滞は、学習面も含めた知的機能の発達に遅れがでるものなので、学習障害と併存することはありません。
発達性協調運動障害(DCD)
発達性協調運動障害は、手足に麻痺などが無いにも関わらず、著しく不器用だったり、動きのバランスが悪いことで日常生活などに影響が及ぶ状態のことを言います。
患者本人には非常にストレスになるものの、知的機能に問題は無いので、精神発達遅滞と併存することはありません。
精神発達遅滞の症状
精神発達遅滞では、どのような症状が現れるのでしょうか?
精神発達遅滞の段階別分類における症状
前述のように精神発達遅滞を4段階に分類すると、それぞれの段階に特徴的な症状が存在します。
軽度精神遅滞
小児期までは目立った症状が現れずに、正常な発達・成長をしているように見えます。学童期に入ると、あいさつができなかったり、言葉が上手く出てこないといった社会性や言語の発達の遅れが発見されます。
最終的に小学校卒業程度の学力レベルに到達しますが、抽象的な考え方や道徳的な判断をすることは難しいとされています。また、さまざまなストレスに晒されると、そのストレスに対応できない場合があるなど、知的障害児の状態に応じた指導や治療が必要になります。
そして適切な助けや指導があれば、日常生活を送れるくらいの自立性は獲得できるとされ、成人後は独立して仕事に就くなど社会生活を営むことも可能とされています。
中等度精神遅滞(中度精神遅滞)
小児期までは、軽度精神遅滞の場合と同様に、周囲の人が症状に気付くことは少ないでしょう。学童期前後から、集団生活などに適応できないために問題行動が目立ってきて、精神発達遅滞と判明します。
最終的に小学校低学年程度の学力レベルに達し、抽象的な考え方を理解できず、社会生活を送る上での判断も難しい状態です。
適切な助けや指導があれば、自らの身の回りのことはこなすことができるようになります。また、職業訓練などによって比較的単純で反復的な労働に就くことも可能とされていますが、完全に自立した生活を営むことは困難とされます。
重度精神遅滞
重度の精神発達遅滞では、赤ちゃんの首のすわりが遅かったり、乳児期に座ることができないなどの運動の発達の遅れによって、早期に精神発達遅滞の可能性を親に気付かせます。
言語能力は非常に限定的で、そのため学齢期前の数字や平仮名などの学習についても身に付かないことが多いとされています。
基本的な欲求を周囲に伝えることができたり、単純な指示を理解できる場合もあるため、十分な援助と環境があれば、単純反復労働などを行うことができるようになることもあります。ただし、自立した日常生活を営むことは難しいとされています。
最重度精神遅滞
最重度の精神発達遅滞でも、重度精神遅滞の場合と同様に、早期に精神発達遅滞の可能性に気付かされます。
ほぼ言語の理解が困難とされ、意思疎通やコミュニケーションにも支障が出る状態です。このような言語能力の問題に加えて、運動能力や社会的能力にも問題があることが多いとされています。したがって、成人に至っても必要十分な支援を得られる環境が必須となります。
精神発達遅滞の原因
では、このような精神発達遅滞の原因は何なのでしょうか?
精神発達遅滞の原因
精神発達遅滞の原因は多岐にわたり、これという一つの要因に特定できることは、ほとんどありません。遺伝的な要因や環境的な要因など様々な要因が複雑に関与して、精神発達遅滞を起こしているものと考えられています。
精神発達遅滞の原因として想定されるものは、その原因が生じる時期によって次のように分類できます。
- 出生前の要因
- 周生期(周産期)の要因
- 出生後の要因
出生前の要因
出生前の要因として想定されるのは、次のような要因です。
- 単一遺伝病:先天性代謝異常症、神経筋疾患など
- 染色体の異常(遺伝子の異常):ダウン症候群など
- 脳形成障害:全前脳胞症など
- 母体環境:胎内感染(母子感染)、薬物、アルコールなど
周生期(周産期)の要因
周生期とは、妊娠22週目から生後7日未満までの時期を指します。周生期の要因として想定されるのは、次のような要因です。
- 子宮内の異常:早産、多胎、胎盤機能不全など
- 新生児期:低栄養、低血糖、黄疸、低酸素虚血性脳障害など
出生後の要因
出生後の要因として想定されるのは、次のような要因です。
- 頭部外傷:脳挫傷、頭蓋内出血など
- 感染症:髄膜炎、脳炎など
- 低栄養
- 低酸素性脳症:窒息など
- てんかん
- 不適当な養育環境
精神発達遅滞の検査と診断
では、精神発達遅滞は、どのような検査を行い、どのように診断されるのでしょうか?
小児科・産婦人科の受診
まずは、精神の発達の遅れがあるのか否か、小児科医の診察を受けなければなりません。というのも、子供の成長スピードについては個人差が大きく、乳幼児期に周囲と比べて多少成長が遅くなる子供が当然ながら存在するからです。つまり、精神発達遅滞でなくとも、成長が少し遅いだけで問題の無い場合もあるということです。
また、場合によっては、遺伝子の異常が疑われる際など妊娠中の出生前診断を受ける必要性がある場合もあります。この場合は、産婦人科の受診となります。
精神発達遅滞の検査
小児科医の診察で、精神発達遅滞の疑いがあると判断されれば、次のような様々な検査を実施して発達の遅れを明らかにしていきます。
医学的検査
医学的検査では、血液検査や尿検査などの一般的な検査に加えて、次のような検査を行うことがあります。
- (産婦人科医の判断による)妊娠中の出生前診断での羊水検査
- 遺伝子検査:先天性代謝異常症などの遺伝性疾患の特定のため
- 髄液検査:髄膜炎などの特定のため
- 画像検査(頭部CT検査、MRI検査など):頭部外傷や頭部脳血管障害の特定のため
- 脳波検査:てんかんの有無を調べるため
- 聴覚検査:言語発達の遅れでは聴覚障害と区別するため
心理検査
知的水準の発達度合いを測る方法としては、前述の知能検査(IQ検査)が行われます。知能検査は、主に知能面に焦点を当てて発達度合いを測定するものです。
一方で、子どもの発達度合いは知能だけでは測定できないとして、認知・運動・社会性など様々な側面から発達度合いを調べる発達検査(DQ検査)も行われることがあります。
ただし、これらの検査は、成長とともにその都度検査を実施する必要があることに注意が必要です。というのも、子どもの成長は早く、脳の発達も急速に進みますから、その間の教育や訓練で知能指数(IQ)や発達指数(DQ)の数値が急速に改善する場合もあるからです。
行動観察
精神の発達度合いうち、子供の社会生活への適応機能を把握するために、子供の行動を観察する行動観察が行われることもあります。
子供の行動観察については、発達の遅れを明らかにするだけでなく、子供の優れた能力を発見することができるという側面もあります。
ただし行動観察は、時間がかかるという時間的制約、人手がかかるという人的制約から現実的に実施することが難しい場合もあるのが現状です。
定期的に検査と診察を受ける必要
子供の成長には個人差があります。また、精神発達遅滞も複数の要因が相互複雑に関与して生じていることから、その症状も個人差が激しいのが実情です。
ですから、小児科の専門医であっても、一回の診察や検査で明確な診断をすることは難しいとされています。ましてや、仮に精神発達遅滞であるとしても、その障害児の長期的な発達の予測をすることは困難であると言わざるを得ません。
そして、このような診断の難しさに加えて、子どもの成長の早さと脳の発達の早さからも、定期的に精神発達遅滞の検査と診察を受ける必要があるのです。
精神発達遅滞の治療方法
精神発達遅滞と診断された場合、どのような治療が行われるのでしょうか?
精神発達遅滞の治療方法
精神発達遅滞と診断された場合、残念ながら精神発達遅滞を根治と言えるほど正常な状態にまで改善させることは、現状では難しいとされています。
しかしながら、必要十分な支援と環境があれば、教育や訓練によって社会生活への適応水準が向上する可能性があります。
教育と訓練
精神発達遅滞の治療の中心は、患者に対しての教育と訓練です。そこで、身体機能の向上を目指した訓練、言語療法、作業療法などが行われます。
言語療法
主にコミュニケーション障害がある場合に、発声発語機能、言語機能、聴覚機能などの訓練や教育・指導を、言語聴覚士という専門家が行います。
作業療法
作業療法は、身体及び精神の障害者に対して、応用的な動作能力や社会的な適応能力の回復を目指して、手芸や工作といった細かな作業を行わせることです。作業療法士という専門家の下で行われます。
心理カウンセリング
心理的な問題の場合は、専門家によるカウンセリングを行い、子供に応じた指導や支援を行うようにします。そのためには、個別対応や少人数の集団など特別な教育環境を選択する必要があります。
薬物療法
精神発達遅滞そのものを改善させる薬はありません。
しかしながら、多動・興奮・不安・固執などといった精神症状が現れる場合に精神安定剤を投与したり、睡眠障害に対して入眠剤を服用させたりすることで、行動異常や行動障害が改善されるケースがあります。
周囲の支援の必要性
子どもの成長の早さ、その脳の発達の早さによって、精神発達遅滞の子供が直面する問題点は、年齢や発達の度合いなどによって随時変化していきます。
お母さんやお父さんが、年齢や発達の度合いなどによって随時変化していく問題点を理解して、子供の能力に応じた教育手段や訓練方法、教育施設などの環境を選択して支援していくことが重要です。
とはいえ、ご両親だけで判断するにも限界があります。ですから、小児科医の先生、各自治体で運営している発達相談・発達相談支援センターなどに相談して情報を取得することが肝要です。
まとめ
いかがでしたか?精神発達遅滞という疾患の概要について、ご理解いただけたでしょうか?
子供の成長は、親御さんにとっては最大の関心事ですから、どうしても周囲のお子さんとの成長度合いを比較してしまうことがあるでしょう。
しかしながら、子供の成長には個人差もあり、他のお子さんより成長が遅いからといって精神発達遅滞となるわけではありません。
また、精神発達遅滞と診断されたとしても、子供の成長は早いので教育や訓練によって、知能検査の数値が改善することもあります。日々サポートをすることで、子供は確実に成長していくのです。
ですから親御さんとしては、たとえ精神発達遅滞とお子さんが診断されたとしても、悲観的になるのではなく、希望を持って前向きにお子さんをサポートしていくことが大切と言えるでしょう。
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