おそらく、注射が得意だという人はあまりいないことでしょう。注射針がチクッと入るあの瞬間は、決して心地良いものではありません。しかし、注射には、内服薬では得られない様々なメリットがあり、患者の状態や目的によって、使い分けることができるため、非常に効果的な投薬方法の一つと言えます。
注射と言っても、注射部位によって薬の効き方も異なり、その種類にはいろいろなものがあります。なかでも、インスリン注射など、患者が自己注射できる代表的なものとしてあげられるのが、皮下注射と呼ばれるものです。
しかし、皮下注射はよく用いられる投与法ではあるものの、合併症を引き起こすこともあるので、注射部位や注射後の観察が大変重要になってきます。
そこで、ここでは、皮下注射についての基本的な知識と、注射部位についてをご紹介いたします。
注射の種類
注射には、皮下注射以外にもいろいろなものがあります。いずれの場合においても、体内に薬液を直接投与するので、薬を内服するよりも速く効果が見られ、また、何らかの原因によって経口投与が不可能な患者にも、有効な投与法です。
では、皮下注射以外の注射の種類と、その特徴について早速見ていきましょう。
皮内注射
表皮と真皮の間に、皮膚に対して5°~15°で注射針を寝かせて注射するのが皮内注射です。ツベルクリン反応や、アレルギー反応に用いられるのがこの投与法です。
皮内注射の投与量は0.1~0.2mlと極少量で、治療よりも検査などで用いられます。
筋肉内注射
皮膚に対し、注射針を45°~90°の角度で筋肉内に薬液を投与するのが、筋肉内注射です。強い痛みを伴う注射として知られているのが、このタイプの投与法です。
数mlまで薬液を投与でき、また、筋肉には血液が多く流れているため、効き目が早く、油性あるいは混濁液の薬液を投与することも可能です。
しかし、神経や動脈を傷つけないように、気をつけなければならないという注意点もあります。
静脈内注射
皮膚に対して注射針を15°~20°にし、静脈に直接注射するのが、静脈内注射です。投与できる薬液の容量制限がないのが特徴ですが、50ml以下の場合に注射器を用い、それ以上の容量になる場合には、点滴投与になります。
その他
その他にも様々な種類の注射があります。たとえば、抗がん剤などは薬液を直接病巣に届ける必要があるため、動脈内に注射します。また、脊髄麻酔で、脊髄の周りにあるスペースに直接注射する脊髄腔内注射などもあります。
皮下注射について
さて、それでは、皮下注射とは一体どのようなものなのでしょうか?まずは、皮下注射についての基礎知識を、見ていきましょう。
特徴
皮下注射は、皮膚に対して10°~30°の角度で、皮下組織に向けて薬液を投与する方法です。針を刺すのは、約1cmほどで、皮膚をつまみ上げるようにして注射するのが特徴です。
薬液は皮下組織のリンパ管から吸収されて全身へ作用していくため、筋肉注射よりも吸収が穏やかで、効果の持続性が高いと言われています。しかし、毛細血管の血液の流れに、薬液の吸収が影響されやすいので、血管収縮薬との併用には注意が必要です。
皮下注射の目的
皮下注射はインスリンやホルモン剤、ワクチンなど、効果の持続性が必要な場合に用いられます。そのほかに、皮下注射を用いる際には以下のような場合があげられます。
- 薬液の穏やかな吸収を望む場合
- 嚥下機能の低下、嘔吐などによって、経口投与が困難な場合
- 薬液の効力が消化液などによって無効になる可能性がある場合
- 薬の内服で胃腸障害がある場合
皮下注射で起こりうる合併症
皮下注射では、以下のような合併症を引き起こす可能性があるため、注射後の適切な処置と経過観察が重要になります。
<皮下出血>
注射後、止血処置がきちんと行われなかった場合、皮下へ血液が漏れて、皮下出血になることがあります。
原因としては、医療者側の技術不足や、患者側の血管が脆い、血小板低値の傾向がある、抗凝固薬を服用している、といった場合にこのような合併症が起こります。これらを防ぐためには、
- 注射後、圧迫止血を十分に行うこと
- 事前に抗凝固薬を服用していないか確認すること
が大切です。しかし、仮に万が一、皮下出血を起こした場合でも、自然に吸収され皮下出血は消滅するため、そこまで心配することはありません。
<神経損傷>
血管と神経は近い場所を通っていることが多いため、皮下注射が深く入りすぎると神経を損傷する原因になることがあります。神経が損傷すると、力が入らなくなるといった運動障害や、手先が冷たくなるといった知覚障害などを引き起こす可能性があります。これらを防ぐためには
- 深部まで穿刺しないこと
- ピリっとした痛みやしびれなどを感じた場合、患者側はすぐに医療者に伝え、医療者側は直ちに針を抜くこと
- 医療者側は、放散痛の有無を必ず患者側に確認すること
が大切です。また、医療者側が十分に神経の走行を学習しておくことは、大前提と言えるでしょう。
<皮下硬結>
皮下注射によって、皮下硬結(柔らかいはずの皮下組織が硬くなること)を引き起こす場合があります。これは、インスリン注射などで、何度も同じ部位に注射することで起こりやすくなります。これらは、注射部位を都度変えることで予防できると言われています。
これらの合併症を避けるためにも、皮下注射部位の選択は非常に重要なポイントであることがわかります。
皮下注射の部位について
皮下注射は、先にも述べたように皮下組織に注射します。しかし、皮下組織の厚さは人によって異なるため、注射針を皮下組織の厚みに応じた角度で刺入しなければなりません。また、痩せていて皮下組織の厚みが少な過ぎる場合には、お腹や臀部に注射する方が安全なケースもあります。
いずれの場合においても、「神経や血管があまり通っていない」「骨がない」「皮下脂肪が多い(皮膚をつまんだときに、指と指の間に1cm以上の幅がある)」といった条件に当てはまる部位を選ぶのが適切です。
皮下注射の適切な部位には以下のような3つの部位があげられます。
予防接種などの場合
背中側から鎖骨の端につながっている「肩峰」と呼ばれる部分(肩と二の腕がつながっている場所)から、肘頭を結ぶ線を三等分し、肘頭から見て3分の1の部位に注射します。
上腕部には「橈骨神経(とうこつしんけい)」と呼ばれる神経が、腕の骨を取り巻くように走っているのですが、この部位であれば皮下組織に厚みがあるため、橈骨神経や太い血管を避けて注射することができます。
また、ちょうど肩の膨らみにあたる三角筋前半部にも注射することが可能です。
インスリン注射などの場合
臀部の周囲5cmを除く腹部に注射します。糖尿病治療を目的とするインスリン注射は、患者自身で行うことが多いため、自分でも注射しやすく、比較的痛みの少ない部位を選択すると、この部位に注射するのがベストだと考えられています。
また、自分で注射する際には、医師から指示されたインスリン単位と注射時間を守り、注射針は毎回交換することを忘れないようにしてください。白濁しているインスリン製剤の場合は、よく混ぜてから使用するようにしましょう。
ホルモン注射などの場合
3ヶ月持続のホルモン注射や、痩せていて皮下組織の厚みが薄い場合には、腹部や臀部に注射します。この部分は皮下脂肪が多いため、痩せている人でも皮下注射することが可能です。
皮下注射をするときの注意点(医療者側)
安全に皮下注射を行うために、気をつけなければならない点がいくつかあげられます。注意すべき点は、医療者側にも患者側にもありますが、まずは、医療者側の注意点について見ていきましょう。
薬剤名と患者氏名の確認をする
技術に慣れてくると、誤薬や患者間違いなどのミスが起こる可能性が高くなります。大丈夫と思っていても、このようなミスは想定外に起こりうるものです。患者氏名や薬剤名が正しいかどうかを、必ず確認してください。ほかの看護師とダブルチェックすることで、ミスが生じるリスクを軽減できます。
また、患者氏名に関しては、患者にフルネームを言ってもらうようにしましょう。
空気塞栓や神経損傷を防ぐために
空気塞栓を防ぐには、必ず事前にシリンジに空気が残っていないかどうか確認してから、注射器に薬剤を入れることが大切です。
また、刺入部位の誤りによる神経損傷を防ぐためも、必ずしびれや痛みがないかどうかを、刺入時に患者に確認するようにしてください。
針刺し事故を防ぐために
針刺し事故とは、患者に使用した注射針が、誤って自分に刺さってしまうことを言います。患者が感染症などを患っていた場合、自分も感染してしまう可能性があるのです。このような事故は、業務を早く終わらせようとしたり、忙しいときなどに起こりがちです。
針刺し事故を防ぐためには、落ち着いて準備を行い、投与後はリキャップはせず、すぐに破棄するようにしましょう。また、破棄容器がいっぱいになる前に、中身を処理しておくことも大切です。
皮下注射を受けるときの注意点(患者側)
安全に注射してもらっても、患者側が不適切な対処をすることで、リスクが生じる場合もあります。次は、皮下注射を受けるときの患者側の注意点について、見ていきましょう。
注射についての説明を聞き、理解しておく
注射の目的や注意事項、どのような薬剤を注射しているのか、薬の持続時間などについて、医療者側から説明されます。その際には、説明をよく聞き、不明な点は必ず確認しておくようにしましょう。
また、皮下硬結を防ぐためにも、皮下注射を受ける頻度が高い場合には、いつもどのあたりに注射しているのかといったことも、事前に医療者側に伝えておくようにしましょう。
注射部位は揉まない
皮下注射後、注射部位を揉む人がいます。しかし、皮下注射の目的は、先にも述べたように、ゆっくりと薬の有効成分を吸収させることです。注射部位を揉むと、皮下組織が刺激され吸収速度が速くなるため、インスリン注射などの場合は、低血糖を引き起こす可能性があります。
医療者が、注射後に止血してくれるので、必要以上に揉まないようにしましょう。また、入浴も可能ですが、注射した箇所を強くこするように身体を洗わないように気をつけてください。
異変がある場合には速やかに医師に報告する
ワクチン接種などの場合、アレルギー反応を引き起こす可能性があります。注射後に、気分が悪くなったり、蕁麻疹、かゆみ、疼痛、潰瘍形成などが見られた場合には、医師に報告し、適切な処置を受けてください。
まとめ
いかがでしたでしょうか。注射は、薬の成分をダイレクトに体内に取り入れることができる手段です。しかし、薬を服用する際に、用法・用量を守らなければ効果が低減したり、副作用が起こりやすくなるように、注射の場合においても同様のことが言えるのです。
医療者側も、患者側も、双方がそれを踏まえておくことが大切です。医療者側は、皮下注射の適切な部位や投与方法などを判断し、患者側は効果を最大限に引き出すことができるよう、心がけましょう。