麻酔は手術をするとき、体の痛覚をはじめとする様々な機能を一時的に遮断するために使われます。その麻酔法は多岐にわたり、手術内容や用途によって使い分けられます。現代医療ではなくてはならない方法です。
硬膜外麻酔は安全かつ、持続的な効果を有する麻酔法の1つです。手術をしたことがあるという人は、もしかしたら硬膜外麻酔を施されたことがあるのかもしれませんね。
では、この硬膜外麻酔の特徴は一体どういったものなのでしょうか。また、極めて少ないものの、そのリスクや後遺症についてもみていくことにしましょう。
硬膜外麻酔とは?
硬膜外麻酔は背骨に注射する麻酔法の1つです。私たちは背骨があり、自ら立つことができています。背骨内部には様々な神経が通り、体の各部位に電気信号を伝達しています。
脊髄は硬膜と呼ばれる膜に覆われています。この膜より外側に麻酔を注射する方法を、その名の通り硬膜外麻酔と呼ばれます。脊髄に麻酔が作用することで、効果を発揮します。硬膜外麻酔の特徴として、効果が持続すること、そして神経反応を効果的に抑制することができるなどがあげられます。これらの理由から、頭部以外の手術では頻繁に使われる麻酔法です。
一方で、硬膜外麻酔を単体で使うことは稀で、他の麻酔法と合わせて使い、手術を進めていくことが主です。併用すると、術中の容態が安定しやすく、治療を進めやすいというメリットがあります。
硬膜外麻酔のメリット
手術の作業がしやすいというメリットがありますが、それ以外にもこの麻酔法のメリットがあります。それは具体的に以下のことがあげられます。
出血量を抑えることができる
手術中は出血量に気を配る必要があります。切開すれば当然出血しますが、その量は少ない方が患者には良いはずです。硬膜外麻酔を使用することで輸血等のリスクの軽減、出血量が少ないといったことが確認されています。
手術ストレスの軽減
硬膜外麻酔では手術における体のストレス反応を軽減することがわかっています。また、免疫力を保つこともわかっています。スムーズに手術を進められ、安全性を向上させることにつながっています。
合併症リスクの低減
手術後、あらたな病気の合併を防ぐことは重要なポイントです。硬膜外麻酔を手術中、そして術後に使用すれば、血管・呼吸器系の合併症を減少させることがわかっています。
硬膜外鎮痛法
手術後の痛みがある患者には、硬膜外鎮痛法という鎮痛法を用いることがあります。これは麻酔と同じ要領で、硬膜外に鎮痛剤を投与し、痛みを軽減する目的があります。
開胸術、開腹術といった大きな手術。もしくは股関節、膝関節の手術を行った人に対して有効です。合併症のリスクが少なく、安全に行える鎮痛法です。
硬膜外とはどんな場所?
硬膜外麻酔とは言ったものの、硬膜外がどんな場所なのかわからないという人もいるでしょう。では、実際に体のどの部位にあり、どのような役割を果たしているのでしょうか。
硬膜は脊髄を覆う膜一部
脊椎動物は体の中心に大きな脊椎を有し、脳から伸びた神経をその内部に収めています。電気信号が脊椎内部の脊髄を伝達し、体のあらゆる部位に振り分けられます。
脊髄は硬膜と呼ばれる膜に覆われています。その硬膜外に麻酔薬を投与する方法を硬膜外麻酔といいます。カテーテルを用いて、適切な場所へ薬を投与します。
硬膜外麻酔の方法とは?
硬膜外麻酔ではTuohy針(テューイ)という専用の針、もしくはカテーテルを用います。その他、必要なものは皮膚の消毒薬、麻酔薬などです。手術の内容に応じて、麻酔針を注射する場所を決めておきます。カルテや手術伝票などを参考にします。
患者さんは台に乗せられ、そのまま体育座りの体勢になります。背骨を丸め、針が狙った場所へ届きやすいようにします。膝を丸め、台のふちギリギリまで背中を突き出します。
背中を観察すると、目的の注射場所の目安となる背骨を見ることができます。背骨にはマーキングをすることがあり、速やかに麻酔ができるようにします。
麻酔をする際には滅菌手袋をします。その後、患者の背中を消毒し、穴の空いたドレープ(布)を被せます。そして、注射をし、麻酔薬を投与していきます。
硬膜外麻酔は痛い?
背骨に注射針を刺し、麻酔薬を投与する。痛いようにも思えますが、実際は想像しているほどの痛みを感じないというのが経験した人の感想のようです。
最初の針の挿入は、採血の際のチクっとするような感覚であることが多く、薬を投与しても、痛みはないようです。ただ、若干の違和感や個人差もあるので、大なり小なり、痛みを感じるでしょう。
一方で、背中に針を刺されるというストレスが体を緊張させてしまうことがあります。手汗がびっしょりで、かなりの恐怖を感じる。こっちのほうが、インパクトがあるようです。
背中に針を刺され慣れている人なんかいませんから、緊張してしまうのは当たり前のことですよね。心を落ち着けて、麻酔に立ち向かうことをオススメします。
硬膜外麻酔の適応
実際の手術では麻酔を使いますが、その中でも硬膜外麻酔はどのような病気に対して使用されるのでしょうか。具体的には以下の病例に適応されます。
婦人科手術
女性の体に関わる手術で硬膜外麻酔を適用することがあります。子宮、卵巣にできた病気。もしくは妊娠に関する症例などがあります。また、流産といったことにも使用されることがあります。
泌尿器手術
泌尿器は腎臓、尿管、膀胱などの体の老廃物をろ過、排出する器官です。これら器官に病気ができ、手術をする場合、硬膜外麻酔を適用することがあります。
下肢の手術
下肢の手術には股関節、ひざ関節といった関節の異常。下肢静脈瘤といった、血管の病気などが手術の対象であり、硬膜外麻酔を使用することがあります。
腹部の手術
腹部の手術では胃、肝臓、腸などの病気が考えられます。腹腔鏡手術にしても開腹術にしても、体に大きな負担が予想されるため、硬膜外麻酔のほか、硬膜外鎮痛を実施することも必要でしょう。
全身麻酔との併用
硬膜外麻酔は全身麻酔と併用し、術後の痛みを軽減させる目的で使用することもあります。特に開胸術、開腹術など大きい手術を行った患者は、痛みが大きいこともあり、適応対象となります。
硬膜外麻酔をすることで、全身麻酔薬を節約できます。そのほか、肝臓機能の低下を防ぐ、体力のない高齢者に有効である、合併症があり危険が高い患者に有効である、などのメリットがあります。
手術以外の目的で使う
硬膜外麻酔はしばし、手術以外の目的でも使用されます。例えば分娩。お母さんの出産の際、痛みをなくすために、硬膜外麻酔を実施することがあります。無痛分娩といいます。
日本では全体の約3%程度の普及率です。一方でアメリカでは約60%、フランスでは80%というように、欧米諸国では無痛分娩がかなり広まっていることがわかります。
そのほか、術後の痛みや病気に伴う疼痛を軽減する目的で使用されることがあります。手術は麻酔が効いているとはいっても、体に傷をつけることなので、人によって術後にかなりの痛みを伴うことがあります。
病気の疼痛ではガンなんどがあげられます。進行するほど痛みは強く、持続します。この痛みを取り除くための処置として、硬膜外麻酔を実施します。
硬膜外麻酔の禁忌
硬膜外麻酔をしてはならない、禁忌となる対象者がいます。具体的には以下のケースです。
意識のない患者
何かしらの病気により、意識が失われている患者に対して硬膜外麻酔を実施することはできません。ショック状態が起きていて、非常に危険なケースもあるので、状況を十分に把握する必要があるでしょう。
ショック状態・低血圧の状態である
血液の循環機能が低下すると、ショック状態を起こし、血圧が低下します。出血過多、脱水、心不全などが考えられます。早急な対処が必要です。
菌血症や敗血症の発症
血液中に菌が存在する状態を菌血症といいます。また、その菌が繁殖したり、感染症によって全身性のショック状態を起こしてしまう症状を敗血症といいます。このような患者に対して硬膜外麻酔は禁忌です。
出血に関して異常がある患者
他の病気の治療の一環で、血液が固まりにくい人に対して硬膜外麻酔を適応することはできません。ワーファリンの使用が有名ですが、この薬は血液を固まりにくくする効果があります。
その他の例
硬膜外麻酔が禁忌とされるケースは他にもあります。例えば、麻酔に対して同意が得られない場合。このケースでは当然ながら医療従事者は治療を開始することはできません。また、精神障害から非協力的な患者。神経障害を合併している。このようなケースでも禁忌とされています。
硬膜外麻酔の副作用
硬膜外麻酔を始めとする麻酔法は、安全が十分に高いといえども、副作用や何かしらの症状を発症することがあります。非常に稀なケースですが、以下のことがあげられます。
血液循環の異常
血液の循環に関して異常を発症します。具体的には血圧の低下、徐脈なのです。徐脈は不整脈の一種で、脈拍が速くなる状態です。血液循環に異常が出ると脳や心臓に悪影響を及ぼすことがあり、注意が必要です。
頭痛・吐き気
血液循環の異常に伴い、脳への血流が不足すると頭痛、吐き気を発症します。麻酔薬を投与後、このような異常症状が見られた場合は、早急な対応をします。
呼吸がしづらくなる
呼吸抑制といいます。呼吸がしにくくなり、苦しいと感じます。その他、声がでにくくなるといった発生に関する症状も起こります。
麻酔中毒の症状
麻酔薬が血液中に流れ出し、濃度が上昇することで起こる症状があります。興奮、舌のしびれ、痙攣、血圧上昇といった症状がみられます。これは危険な状態です。血液中の麻酔薬濃度が上昇し、症状が進行すると意識不明、呼吸停止などが起こります。症状改善のため、すぐさま対処が行われます。
神経障害
注射針を刺した部分の痛み、そして神経に沿った痛みなどを発症することがあります。痛み症状のほか、感覚機能の低下、しびれなどを発症することもあります。
副作用は起こるもの?
上記のような麻酔の副作用は非常に稀なケースで起こります。体の機能を一時的にシャットアウトするものですが、リスクはあります。しかし、ほとんど気にしない程度といって考えてもいいかもしれません。
もちろん、手術の前には事細かにどういったことをするのか、ということを医師から説明されるでしょう。また、設備、人員等はきちんと配備されますから、過度に心配する必要はないと思います。
他の麻酔法にはどんなものがある?
硬膜外麻酔がすべての麻酔ではありません。用途や患者の状態によって複数の麻酔があります。具体的には以下の方法があります。
吸入麻酔
気化した麻酔薬が呼吸を通し杯の肺胞に吸収され、麻酔作用を起こします。吸入麻酔は全身麻酔に分類され、患者を完全に眠らせることで術式を行います。
余談ですが、よく吸入麻酔に対抗して起きていようという人がいます。しかし、麻酔医が10秒も数えると患者はそのまま意識を失い、気がついたら手術が終わって病室にいた、という話があります。
すべての麻酔にいえますが、人の意識を簡単に奪うほど麻酔薬は強力であるということがわかります。もちろん、中途半端な効力ではあまり意味がありませんから、当たり前の話なのかもしれませんね。
静脈麻酔
静脈注射とはその名の通り、静脈に直接麻酔薬を注射し、麻酔効果を起こす、全身麻酔の1つです。吸入麻酔同様、手術を安全に行うために必要な麻酔です。
静脈麻酔の特徴は血液に乗って麻酔薬が脳へ到達しやすく、作用が早いという点です。また、鎮痛効果が高いというのも1つの特徴です。
表面麻酔
表面麻酔は皮膚や粘膜といった部位に塗布することで、感覚を麻痺させる麻酔法です。歯科治療で使われることが多く、体験したことがあるという人も多いでしょう。
具体的には表面麻酔薬を歯茎に塗布。治療の際の麻酔針の痛みを軽減します。ゲル状の薬品を始め、スプレータイプのものや、シールのように貼るタイプのものもあります。
浸潤麻酔
浸潤麻酔も歯科治療で使われる麻酔です。粘膜もしくは骨膜の下に麻酔を打ち、その名の通り、浸潤させることで麻酔効果を得ます。
伝達麻酔
神経の広がりは遠くへ行くほど枝分かれしていきます。伝達麻酔では、その神経の大元に麻酔薬を注射し、麻酔効果を伝達させ、効果を得ます。
脊椎麻酔
脊椎麻酔は脊椎まで麻酔針を通し、麻酔薬を注入する麻酔法です。脊髄神経を麻痺させ、麻酔効果を得ることができます。
麻酔とは
麻酔の歴史は意外と短いもので、ここ200年程度です。数々の成功・失敗がありながら、今日の麻酔法があるのです。ちなみに全身麻酔を世界で初めて確立したのは日本人で、華岡 青洲という人です。
華岡は江戸時代の医師。全身麻酔を自身の妻に施し、乳がんの外科手術を行いました。結果、手術は成功。治療のうわさをききつけ、全国から患者が集まったといいます。治らない病気を治せると聞きつければ、いきたいと思うのが人でしょう。
この華岡の手術以前は麻酔なんてものはなく、無麻酔で術式を行なっていました。今では麻酔なしでの手術は考えられないものです。開胸術でも開腹術でも、その痛みは想像を絶しますし、そんな治療は医師も患者もできるものではありませんよね。
麻酔は医療の進歩と共に、多く人を安全に治療するというとても大きな役割を持って進歩してきました。その恩恵はとてつもなく大きなものです。
手術を安全に行なったり、歯科治療の一環として使用したりと、麻酔は意外と私たちの生活に身近であるのです。歯科治療で麻酔を打たれると、なんとも不思議な感覚がありますよね。
一方でそんな麻酔には少なからず副作用があります。先に述べたように、非常に稀なケースですが、容体が急変することもあるのです。このような時はきちんとした対処が必要です。
もちろん、それを差し引いても、無麻酔で手術をすることはできないですよね。手術と麻酔はセットであり、医療の安全を守る重要な役割を果たしているのです。
まとめ
現代の医療を支える麻酔。どんな病気になっても、安全に手術を行えるのは麻酔があるからです。体のあらゆるところにメスを入れることができるのは、数々の先人たちの努力の結果でしょう。素晴らしい実績の上に医学があるのです。
硬膜外麻酔でもそうですが、術式にあった麻酔法や、手術後の体の負担を考えることまで、麻酔は考えられています。それは医師の患者に対する治したい、負担を減らしたいという気持ちなのかもしれません。
手術をすることは、生きているうちで極力避けたいものです。しかし、そうはならず、やはり病気になってしまうことがあるでしょう。そんなとき使われる麻酔に関して少し思いを馳せてみると、手術の不安が安らぐのかもしれませんよ。
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