普段、私たちが自分の身体を自在に動かすことができているのは、なぜでしょうか。自分の意図したように、歩きたいときには足を動かし、誰かと話したいときには、口や顔の筋肉を動かすことができているのは、脳が正常に、信号を送ってくれている証なのです。
このように、自分の意図に基づき、その通りに身体の部位が動かされることを「随意運動」といいます。
しかし、何らかの原因で、脳が正常に信号を送ることができなくなると、自分の意図とは関係なく、身体のある部分が動いてしまうことがあるのです。それが「不随意運動」と呼ばれるものです。
不随意運動の症状が生じるのは、いくつかの原因があり、脳および神経に異常をきたす疾患が起因することが多いと言われています。
そこで、ここでは、不随意運動が起こるメカニズムや、不随意運動の症状が見られる疾患などについてご紹介いたします。
不随意運動が起こるメカニズム
実は、不随意運動の症状が起こるメカニズムについての見解は、十分ではないと言われています。しかし、どのようにして運動制御が成立しているのかという仕組みを見ていくと、不随意運動が起こる理由が、少しは明確になりそうです。
なぜ、自分の意図とは関係ないところで身体が動いてしまうといった症状が出るのか、順を追って見ていきましょう。
随意運動の仕組み
前述のとおり、身体を動かすためには、脳からの指令がなければそれが実現することはありません。私たちの「随意運動」には、脳の『大脳皮質』と『基底核』と呼ばれる部分が密接に関係しています。大脳皮質から情報を受けた基底核は
- 大脳皮質から基底核→脊髄
- 基底核から脳幹系→脊髄
の2パターンに分かれて情報が出力されます。前者のルートは、運動機能や認知、そして情緒などの精神的な機能に影響をもたらし、後者の場合においては、姿勢や歩行などを制御する回路となっています。また、私たちの運動制御には、
- 基底核の制御作用と脱制御作用
- 脳幹と大脳皮質によって可能になる運動制御
が深く影響していることを理解しておくことも大切です。とくに、随意運動の場合においては、大脳皮質が発信する「意思」が必要になります。
不随意運動のメカニズム
このように、随意的な運動には、基底核、大脳皮質、脳幹、脊髄など、それぞれの部位に情報を伝達しなければなりません。そのために必要なのが「伝達回路」です。
随意運動においての伝達回路は「錐体外路」と呼ばれており、不随意運動が症状として見られる場合には、この錐体外路に何らかの障害が生じることが起因していると考えられています。
不随意運動のパターン
不随意運動は、どの場合においても、決まった運動が生じるわけではなく、パターンが異なります。ここでは、不随意運動のパターンについて、見ていきましょう。
筋繊維束性収縮
これは、健康な人にも見られるため、不随意運動には分類されるべきではないという意見もあるようですが、自分の意思とは別で起こる運動の一つであることは確かで、筋肉が素早く無規則に収縮するケースです。これらは、
- 神経根や神経幹、そして末梢神経の障害
- シナプス前終末の異常
- 上位運動ニューロン(錐体路)の異常
が原因であると考えられています。
ミオキミア
これは、筋肉の表面を波が伝わるように起こる不随意運動です。本人に自覚がない場合も多く、また、肉眼でもわかりにくいことがあるため、注意深い観察が必要になります。
筋繊維束性収縮と同様に、健康な人にも見られることがあり、その場合は、まぶたのピクピクとした痙攣として現れることが多いようです。
なぜ、このような不随意運動が起こるのかというのは、現在でも不明とされていますが、神経接合部の異常や、神経根・神経幹・末梢神経にある細胞が起因する電気活動という見解もあるようです。
振戦
これは、骨を挟むようにして存在している主導筋と拮抗筋が、周期的かつ交互に収縮するパターンの不随意運動です。
この場合、変性疾患の発見も考えられますので、どのような状況でこういった症状が見られるのか(姿勢や状況、動作など)を見て、症状に左右差が生じていないか、時間の経過とともに症状が悪化していないかなども確認する必要があります。
振戦のパターンは、さらに以下のように分類されます。
<安静時振戦>
一般的には手指に見られますが、症状が重くなると、上肢や頸部にも不随意運動が生じます。安静にしているときが、もっとも症状がひどくなり、身体を動かそうとすると、症状が和らぐのが特徴です。
<姿勢時振戦>
腕を上げて、その姿勢を保とうとしたときなどに、多く誘発されると言われています。振戦を止めようとすると症状が悪化するのが特徴で、そのような点では安静時振戦とは対照的であると言えるでしょう。主に、身体の抹消部分に症状が現れることが多く、緊張や疲労によっても悪化する傾向があるようです。
<動作時振戦>
これは文字通り、なにか随意的に運動をしようとしたときに生じる振戦で、不規則な身体の揺れや、その動きの速さに特徴があります。また、周期も不規則であることが多いようです。
これらの他にも、「皮質性振戦」や「口蓋振戦」なども、よく見られる振戦として知られています。
ミオクローヌス
これは突発的に生じる不随意運動として知られていますが、持続性は短いようです。前述した主導筋と拮抗筋が交互に収縮するのではなく、同時に収縮するケースが多いと言われており、以下のように分類されます。
<皮質性ミオクローヌス>
これは、光や音などの感覚刺激や、随意運動によって症状が悪化したり、てんかん発作などに伴って生じるケースです。表面筋電図やMRI検査などによって判別することが可能で、大脳皮質にある神経細胞の異常によって生じると考えられています。
<脳幹性ミオクローヌス>
これは四肢に近い部分の筋肉や、体幹などの筋肉に、同時に不随意運動が見られる場合に考えられるケースです。脳幹性の場合においても、皮質性と同様に、感覚刺激に敏感に反応するという特徴が見られます。
<脊髄性ミオクローヌス>
片方、あるいは両方の手足、また、それらに近い体幹部分に周期的に生じるケースです。とくに、睡眠時にも不随意運動が見られるというのが、大きな特徴としてあげられるようです。
バリスムス
腕や足を投げ出すかのように、激しく動いてしまうといった不随意運動がこのタイプになります。頻度は不規則であるものの、数秒間に一回というペースで繰り返し起こるのが特徴です。
ほとんどの場合は、片方の腕あるいは足のみに生じると言われています。原因としては、症状が出ている側と反対側の視床下核や、淡蒼球路に何らかの異常が起こることで生じると考えられています。
舞台運動
これは、その名のとおり、まるで踊っているかのような不随意運動のことを示します。全身どこにでも生じ、リズムなどの規則的な動きはないものの、その速度や動きのなめらかさから、随意運動のような動きだという人もいるほどです。
緊張時に症状が悪化すると言われていますが、安静時も持続して起こり、深く眠っているときのみ、症状が出ないというのも特徴の一つです。これらの原因には様々な疾患が考えられているようです。
アテトーゼ
これは、手足を時間をかけてゆっくりとねじるような不随意運動で、持続時間も長いと言われています。自分の意思で動かす運動では考えられないような動きで、不規則に、ゆっくりとねじってそのまま止まると、次は、また違う動き(姿勢)になるのが特徴です。
これらの症状から、舞台運動とも間違われる場合があるので、治療のためには、原因を見極める必要があります。
ジストニア
身体の一部、あるいは全体に起こる持続的な筋収縮をジストニアと言います。捻転、姿勢異常、反復運動といった、アテトーゼや舞台運動には見られないような動きが特徴です
また、感覚刺激や、ある特定の動作や姿勢によって症状が悪化するケースもあるようです。
これらの原因としては様々な疾患が考えられていますが、いずれの場合においても、ドーパミンの過剰な分泌が原因ではないかと言われているようです。
ジスキネジア
これは、ここまでにあげた舞台運動、振戦、バリスムス、ジストニア、ミオクローヌスなどの症状を、いくつか組み合わせて起こるケースです。
どの症状を組み合わせて生じるかというのは、患者によっても異なりますが、その患者の中では、ある程度一定のパターンとなって症状が生じるようです。
そのほかにも、口がゆっくりともぐもぐ動いてしまう「口舌ジスキネジア」と呼ばれるものや、異常姿勢(斜頚など)や首が回る運動の繰り返しを組み合わせたようなものもあるようです。
いくつかのパターンを組み合わせるため、どのようなときに症状が悪化するのか、あるいは誘発されるのかといったことは、多様であることも特徴です。
不随意運動が見られる疾患やその他の原因
これらの不随意運動が現れるのは、何らかの疾患の後遺症となっている場合や、疾患の症状として出ている場合、また、その他の要素が原因となって現れる場合があります。
疾患であれば、錐体外路に支障が出るということを考えると、その多くが脳に関係する疾患であることが予測できますが、その他の要因では、どのようなものが考えられるのでしょうか。
ここでは、不随意運動が生じる疾患・原因などについてご紹介いたします。
脳梗塞・脳出血
脳梗塞は、何らかの原因によって脳内の血管が狭くなったり閉塞することで、血流が低下し、脳が酸素不足・栄養不足になることで生じます。動脈硬化や高血圧、高脂血症などによる血栓や、心疾患によってできた血栓が脳に流れてしまうことなどが原因と考えられています。
一方、脳出血は、脳動脈瘤の破裂や、腫瘍内出血、あるいは白血病などが原因で脳内の血管から出血を起こした状態を示します。
いずれの場合においても、死亡率は決して低いとは言えず、一命を取り留めたとしても後遺症の残る可能性がある重大な病気です。
視床下核部位にこれらが発症すると、後遺症として先に述べたバリスムスと呼ばれる不随意運動が生じると言われています。
脳梗塞については、脳梗塞の初期症状とは?めまいや上手く喋れない状態に注意!
脳出血については、脳出血の前兆とは?頭痛やしびれなどの症状に注意!
これらをそれぞれ参考にしてください!
脳性麻痺・低酸素脳症
脳性麻痺は、上項目であげたような脳梗塞や脳出血、あるいは中枢神経の感染症、遺伝子異常などによって生じる運動障害のことを示します。多くの場合、小児に見られるのが一般的です。
大体2~3歳くらいまでに症状が現れ始めると言われており、症状の特徴としては、
- 運動発達が遅い
- 異常な姿勢や運動
- 胸郭の変形
などが挙げられます。
一方、低酸素脳症とは、心疾患や重度の貧血、一酸化炭素中毒や、染色体の異常が原因で起きる疾患です。軽度のものから重度のものまでありますが、重度の場合では脳死を招く恐れもある恐ろしい病気です。
これらの脳性麻痺や低酸素脳症といった疾患で見られるのは、前述の不随意運動パターンのうち、アテトーゼと呼ばれるタイプの不随意運動がよく見られるようです。
脳性麻痺については、脳性麻痺の症状や原因とは?種類や検査方法を知ろう!病気との向き合い方を考えよう!
低酸素脳症については、低酸素脳症はどんな病気?症状や予後、原因は?治療方法も知っておこう!
これらをそれぞれ読んでおきましょう。
亜急性硬化性脳炎・クロイツフェルトヤコブ病
ウイルスが原因となって生じる「亜急性硬化性脳炎」は、麻疹ウイルスが脳内で変異することで生じる疾患です。
一方、クロイツフェルト・ヤコブ病は、原因は現在のところ不明ですが、何らかの原因によって、プリオン蛋白という物質が脳に溜まり、神経細胞を破壊するという恐ろしい病気です。
これら2つの疾患の主な初期症状として見られるのが、ミオクローヌスという不随意運動です。なかでも、クロイツフェルト・ヤコブ病は、治療法の確立されていない重症度の極めて高い病気として知られています。
詳しくは、クロイツフェルト・ヤコブ病とは?感染経路や原因を知ろう!症状や治療法はなに?似ている病気はなにがある?を参考にしてください!
パーキンソン病
パーキンソン病とは現代では決して珍しい病気とは言い難い、神経変性疾患の一つです。しかし、まだ不明な点も多く、原因においても明らかになっていないことは多々ありますが、一つの原因としてはドーパミンの減少によって起こっていると考えられています。
手足の震えやこわばり、転びやすいといった運動障害に加え、睡眠障害や抑うつといった精神障害が見られるのも特徴の一つです。
パーキンソン病によって生じる不随意運動は、前述の不随意運動のうち、振戦と呼ばれるものです。とくに、安静時振戦は、パーキンソン病の症状としてよく見られると言われています。
詳しくは、パーキンソン病の初期症状とは?治療方法も紹介!を読んでおきましょう。
薬の副作用
パーキンソン病の治療薬や、抗精神薬などの薬剤の副作用として不随意運動が見られるケースもあります。この場合、ジストニアや、ジスキネジアなどの不随意運動が副作用として見られることが多いようです。
また、ドーパミンの分泌が不随意運動と密接に関係しているため、ドーパミンとセロトニンの分泌をコントロールする薬を突然中止することによる「悪性症候群」として、不随意運動が出ることもあります。
このような副作用が現れた場合は、直ちに薬を中止・変更あるいは追加する必要がありますので、迅速に担当医に相談する必要があると言えるでしょう。
ストレスなどの精神的要因
不随意運動には、疾患や薬の副作用以外でも、心因性不随意運動と呼ばれるものも存在します。これは、明確な原因ははっきりとしないものの、精神的な何らかのストレスが原因となって起こるものです。
この場合、突発的に症状が出ることに加え、症状が消失するのもまた突然であると言われています。また、運動パターンも安定せず、人が見ていなければ症状が出ない、あるいはストレスで運動パターンが変化するといった特徴もあります。
不随意運動の治療法・対処法について
それでは、不随意運動の治療法にはどのようなものがあるのでしょうか。通常の治療のように、原因を見極めることは大切ですが、何らかの疾患が原因となって生じている場合には、後遺症として発症している場合が多いのが現状です。
そういった場合においては、不随意運動を「治す」という考え方ではなく、「緩和する」ための方法を探すという表現の方が良いかもしれません。
症状の重症度によっても異なりますが、緩和させるための方法としては、リハビリが中心になるようです。
副作用を起こしている薬の服用を中止する
不随意運動が、薬を内服したことによる副作用として出ている場合は、内服を中止することで症状が治まることもあるようです。しかし、そのほかの症状を悪化させたり、新たな問題が出てくる可能性があるので、医師の判断のもと、厳重な経過観察をしながら行う必要があります。
原因疾患の治療
後遺症として出ている不随意運動ではなく、疾患の症状として不随意運動が出ている場合においては、それらを治療することで症状が改善されると言われています。
しかし、不随意運動が症状として出る疾患は、どれも治療が困難なものが多いのが現状です。
薬物治療
これは、対処療法として用いられる治療法です。不随意運動の重症度などによっても異なりますが、薬が症状を緩和してくれることもあるようです。一例としては、アマンタジンや抗コリン薬、クロナゼパム、ヒスタミン薬なども用いられることがあります。
筋肉をマッサージする
これは、症状の治療法ではなく、緩和するための対処法と言えるでしょう。不随意運動によって、異常に筋肉が緊張した状態が続く場合には、それを緩和することが大切です。
リハビリテーションでは、マッサージやストレッチなどで筋肉に柔軟性を持たせ、筋緊張を解す方法が行われています。
手の指、腕や足、首など、不随意運動が生じている場所によって、リハビリの方法も異なりますので、理学療法士による専門的な指導が必要になります。
リラックスさせる
不随意運動は、精神的な緊張で症状が悪化することがあります。また、心因性不随意運動においては、まさに精神的な緊張やストレスが原因となっているため、リラックスさせるということは症状を緩和させるための重要なポイントであると言えるでしょう。
話しかけるなどして、自身の体ではなく、意識を他に集中させることで症状が和らぐこともあるようです。周囲の人が温かく見守ってあげるというのも、必要不可欠です。
まとめ
いかがでしたでしょうか。不随意運動が出ている場合、本人にとっては「動かしたいのに思うように動かせない」あるいは「動かしたくないのに、動く」といった葛藤で、精神的に大きな苦痛を伴うこともあります。
周囲で支える人が、温かくサポートし、本人のストレスを少しでも軽減させてあげる工夫をすることも大切です。
担当医や理学療法士などに相談しながら、少しでも症状が緩和し、過ごしやすくなる方法を探しましょう。