脳溢血とは、脳卒中の中に含まれる脳疾患で、現在では脳出血と呼ばれることが多い脳の病気です。一度は聞いたことのある病気だと思いますが、脳梗塞やくも膜下出血などとの違いが分からない方も多いでしょう。日本人の国民病ともいわれる脳の疾患であり、死因の上位に入るほど患者数も多いため、いち早く予防法を理解する必要があります。
そこで今回は、詳しい症状から、兆候の有無や初期段階の正しい対処の仕方、検査や治療、リハビリまで、脳溢血について解説していきます。
この記事の目次
脳溢血の基礎知識
まずはじめに、脳溢血の基礎知識を解説していきます。
脳卒中の中のひとつ
脳の血管が破れたり詰まるなどして、脳全体に血液が行き届かなくなり、脳の神経細胞が阻害させる病気を総合して、脳卒中といいます。原因により、「脳溢血(脳出血)」、「脳梗塞」、「くも膜下出血」、「一過性脳虚血発作」の4つの脳疾患に分類されています。それぞれの疾患を見ていきましょう。
脳溢血は、脳動脈が破れて溢れた血液が、神経細胞に障害を与えるために症状が表れます。脳に張り巡らされている細い血管が高血圧によって負担がかかり続け、破綻することで起こります。出血は脳内に広がります。
脳卒中の中でも患者数が多いと言われる脳梗塞は、脳動脈の血液が詰まり、神経細胞に十分な血液が行き届かなくなるため神経細胞が障害されて発症します。脳梗塞は、ある日突然に大きな結果が閉塞することが多いため、重症になるケースが多いでしょう。
続いて、脳動脈が破れることで症状が現われるくも膜下出血は、脳卒中の中で最も死亡率が高いと言われる重症疾患です。脳の表面を覆う膜の1種である「くも膜」の下に、出血が起こっている状態です。原因は、脳の血管の膨らみである「脳動脈瘤」の破裂によるものです。
最後に、脳梗塞の症状が短時間で消失する一過性脳虚血発作。脳梗塞と同じ神経症状が24時間以内に無くなる疾患で、大半は1時間以内に症状が消失すると言われています。一過性のものとはいえ、治療を行わずにそのまま放置した場合、脳梗塞を発症するリスクは高くなります。危険な病気であることは変わりありませんが、急に症状が進行する脳梗塞を引き起こす前に、予防できる機会が得られる疾患でもあります。
日本人の死因の代表的疾患
脳卒中は、以前は日本人にとって国民病ともいわれるほど患者数が多い疾患でした。患者数は時代の経過とともに減少傾向ですが、相変わらず日本人の死因の上位に入り、癌、心臓病、肺炎に続き4位に入る重症疾患です。
昔は肺炎よりも死因が多く、日本人の死因の第3位とも言われていました。昔の日本人は、脳溢血などの脳疾患の原因となる高血圧患者が非常に多く、その原因は塩分の高い食事にありました。最近では、脳卒中予防で食事の改善が促されたり、血圧を下げる「降圧薬」の服用が一般的になったため、重症の高血圧患者が減少したと言われています。また、健康診断の普及により、高血圧症の早期発見が可能になったことも、脳卒中患者の減少につながったと考えられます。
とはいえ、日本人を含む東アジア人は、食文化や体質により、他の人種と比べて脳溢血などの脳疾患を起こしやすいことが分かっているため、常に予防策は必要なのです。
脳溢血の約3割は重症
脳溢血は、高血圧や動脈硬化が起こりやすい50代以降の男女に多く見られます。脳溢血にも、出血する場所が様々で、出血する場所と比率は以下のようになります。
- 被殻出血(ひかくしゅっけつ)60%
- 視床出血(ししょうしゅっけつ)15%
- 小脳出血(しょうのうしゅっけつ)10%
- 橋出血(きょうしゅっけつ)5~10%
出血部位と頻度は、その都度の統計により数値の変化はありますが、被殻出血が最も多いことに変わりはなく、視床出血は高齢者に発症するケースが多いと言われています。
個人差はありますが、脳溢血は血圧が最も高くなる朝10~12時の時間帯に突発的に発症することが多く、出血は1~6時間続きます。脳溢血が発症した患者のおよそ3割は重症で、出血が起こってからおよそ1時間程度で意識障害が表れ、処置が遅れると最悪の場合は命を落とすこともあります。
脳溢血の原因
脳出血の原因は、高血圧です。健康診断などで高血圧を注意されても、病気したことないから……などといった根拠のない自信で、放置している人も多いのではないでしょうか?高血圧を長い間放置するとは、脳の血管に負担がかかり続けている状態なのです。やがて細い動脈の壁が傷み、破れ、脳内に血液が溢れ出てしまうのです。
では、高血圧を予防するためにはどうすればいいのでしょうか?高血圧は生活習慣病です。塩分の摂り過ぎ、喫煙、飲酒、肥満、運動不足など、生活習慣の乱れが原因となるため、日頃の生活を見直す必要があります。
脳溢血は遺伝性の疾患だと思っている人も多いのですが、遺伝性は無いと言われています。しかし、生活習慣は一緒に住んでいる家族、つまり親と似てしまうものです。親が脳溢血を患った場合、あなた自身も小さい頃から塩分を摂り過ぎた食生活を送っている可能性が高いです。
そのため、親族に脳溢血患者がいる場合は、塩分量、飲酒量、運動量など、あなた自身の生活習慣を振り返る必要があるでしょう。
脳溢血の前兆と主な症状
脳溢血は突然症状が現われる……なんてことも言われますが、一方では前兆症状があるとも言われています。ここでは、脳溢血の前兆症状と発症した際の症状を見ていきましょう。
前兆症状
脳溢血の前兆に起こると言われる症状は、大きく3つあると言われています。
まず、運動障害です。日常的に普通に行っている動作が困難になります。例えば、立ったり座ったり、歩いたり走るという動作です。さらに、頭の痛み、立ちくらみ、片一方の目だけが見えなくなるなどの症状が表れることもあります。
次に、言語障害です。突然上手く話せなくなったり、口を閉じることが難しくなります。また、他人の会話を理解できなかったり、聞き取ることができなくなる場合もあります。
最後は、感覚障害です。目が回るような気分の悪さがあり、嘔吐してしまうこともあります。また、目の焦点が定まらなかったり、物体との距離感が取れなくなりぶつかってしまうなどの症状が現われます。
しかし、前兆症状は100人いたら100通りあるといわれるように、人それぞれです。参考程度に考えましょう。
発症後の主な症状
脳溢血は、出血が起こった部位によって症状が変わります。それぞれ見ていきましょう。
被殻出血を起こすと、右脳で出血した場合は左の手足が、左脳の場合は右の手足が麻痺して、感覚障害も表れます。出血が大きい場合は、意識障害が起こることもあります。例えば、右利きの人が被殻出血を起こした場合、言葉を理解して発する機能が左脳にあるため、左脳で出血が起こった場合は、利き手の右手と言語障害を患ってしまいます。
視床出血では、主に感覚障害が強く表れ、運動麻痺を起こすこともあります。言語障害も見られますが、特徴的なのは目に症状が表れることです。左右の目の位置が正常な位置でおさまらず、寄り目になったり、上を向いて動かなくなったりもします。視床出血は高齢者に多い疾患で、発症後は寝たきりになることも多く、痴呆になりやすくなります。
小脳出血は、非常に強いめまいが起こるのが特徴です。その他、頭痛や嘔吐、さらに立ち上がるとふらふらするといった症状が現れます。小脳出血は、進行すると意識障害と呼吸障害が起こるので、呼吸障害が重度になる前に手術する必要があります。
この中でも一番症状が重い橋出血は、呼吸障害、意識障害のほかに、手足が動かなくなる四肢麻痺が起こるといわれています。瞳孔が光を入れても縮まず、5mm以上に開ききっているときは危篤状態に陥っている証拠です。橋出血を起こす前、自覚症状が現れていない極めて軽症の段階で運よくCTやMRI検査を行えた場合は、橋出血を回避することができます。
脳溢血の症状が出た場合の対処方法
脳溢血の症状が表れた場合、頭痛やめまい、吐き気も強いため、ほとんどの患者が救急車で搬送されます。この、発症後にどれくらいの時間を要してどのように行動したかが、命を救えるかどうかはもちろん、後遺症の程度にも影響してくるのです。
まず、家族や職場の仲間が脳溢血で倒れた場合、まずは呼吸の確保が何よりも大切です。ネクタイなど首元が詰まった服を着ている場合はゆるめて、ベルトやきついズボンなどを着用している場合も腹部もゆるめましょう。そして、脳溢血を発症した場合は嘔吐するケースもあり、そのときは特に注意が必要です。そのまま放置してしまうと、嘔吐物が喉に詰まり窒息する恐れがあります。もし嘔吐物が喉元に詰まっているようであれば、手で掻きだして気道を確保しましょう。そして、繰り返し嘔吐したとしても喉に詰まらないよう、体を横向きにしてください。
昔は、脳溢血が発症したときは、とりあえず横になって体を動かしてはいけないと言い伝えがありました。しかし、医学が進歩した現代では、その考えは誤りとされています。大切なのは、一刻も早く患者を医師の元へ運び、治療を施すことです。すぐに救急車で搬送しましょう。
脳溢血の検査方法
前述のとおり、脳溢血患者の場合は救急で病院に搬送されることが大半です。
そのため、診断は患者の症状を見れば比較的容易に症状は分かるといわれていますが、最終的にはCTにて検査を行います。しかし、突発的に発症した急性期の場合は、MRIでは専門医が見ても脳溢血か脳梗塞かの区別は難しいといわれています。脳溢血だと確定した後は、重症度を診断します。重症度の検査は、患者の意識レベル、血種の数、CT検査の結果から血種の広がり方で判定していきます。
これらは、一例です。担当医や病院の方針によって、検査方法は様々です。不安な場合は、担当医に詳しい説明を仰ぐといいでしょう。
脳溢血の治療方法
脳溢血は、一般的に発症して6時間以内には出血が止まると言われています。6時間以内に意識障害などが表れた場合は緊急手術を行いますが、6時間経っても意識障害が表れない場合は、手術せずに他の治療を施します。
まず、高血圧患者が大半のため、血圧を下げる薬を投与し、脳浮腫を軽減させる薬を点滴します。発症してすぐに医師の診断を受け、意識障害などの脳溢血症状が表れていない軽症の場合は、3時間後に再度CT検査を行い、出血が止まっているかどうかを確認します。脳溢血の場合、脳内のどの部分が出血したかによって治療法が変わります。以下、詳しく見ていきましょう。
まず、被殻出血を起こした場合、ある一定量の血種がある場合は手術を行います。手術は「開頭手術」と、開けた小さな穴から血種を吸い上げる「定位脳手術的血種吸引術」があります。大きな血種があり命の危険性がある場合は開頭手術、中程度の症状の場合は吸引術が良いといわれています。
しかし、手術を行うかどうか、また手術の方法については、患者の年齢や体力、家族の意向などを考慮して最終的に決定することが多いでしょう。被殻出血は、脳溢血の中でもおよそ半数以上を占める疾患ですが、被殻出血の手術は術後に麻痺は残ります。完治させる手術ではなく、意識障害を改善させたり術後の回復を少しでも早くすることを一番の目的とした手術であることを知っておきましょう。
高齢者に多い視床出血においては、開頭手術は基本的に行いません。血種が大きい場合は、血種吸引術を行います。また、水頭症を起こしている場合には、髄液を出す手術を行うでしょう。
小脳出血の場合は進行が極めて早く、水頭症を起こすリスクが高い疾患です。そのため、手術を行うことが多いでしょう。手術後は、比較的症状も改善されやすいといわれています。
脳の手術は、患者の体力も必要になります。そのため、高齢者や極めて重症の患者の場合、手術を行ったとしても、重い後遺症が残ったり寝たきりになってしまう可能性が非常に高いでしょう。その場合、手術を行うかどうか家族の選択が必要となります。寝たきりになった場合、長年に渡り闘病生活が続くため、患者自身だけでなく、支える家族も想像以上のハードな暮らしを強いられます。
そのため、万が一のことがあった場合の選択を、健康なうちに家族同士で話し合っておくことをおすすめします。
脳溢血の手術後、治療後のリハビリテーション
脳溢血を起こし、手術や治療を行った後、麻痺などの症状が残るケースは多くあります。その場合、術後の暮らしはどのようにすればよいのでしょうか?基本的に、脳溢血によって脳内にできた傷や死滅した脳細胞は治らないため、後遺症は残ります。しかし、症状を軽くしたり改善する方法があるのです。それが、リハビリテーションという治療法です。
リハビリは、術後や治療後、容態が落ち着いたらすぐに開始します。リハビリで、後遺症が良くなる期間は6ヵ月といわれているため、この期間中はリハビリ専門の医師のもと、訓練を行う必要があるでしょう。リハビリは、歩いたり立ち上がったりする運動療法や、箸を使って食べ物をつかむなどの作業療法、他人と話したり飲み物を飲むなどの言語療法があります。後遺症や症状に合わせて、どの治療法が良いかを専門のスタッフと相談しながら、コツコツ日々行っていくことが重要です。
6ヵ月が経過した後、専門スタッフを付けずにご自宅での生活を送るようになってからの過ごし方が、何よりも大切になります。使わない筋肉が衰えていくように、刺激を与えないままの機能は衰えていきます。脳の障害で弱った機能は、衰えるスピードも早くなります。しかし、孤独なリハビリは精神的にもつらく、継続するのは簡単なことではありません。下半身に麻痺などの症状がある場合は、趣味のゲートボールで運動をしてみたり、仲間と旅行に出かけるのもいいでしょう。
好きなことをしながら、前向きにリハビリを行えることが一番ベストです。あなたに合ったリハビリの方法を見つけてみましょう。
まとめ
脳出血は、習慣病のひとつです。最大の原因となる高血圧、糖尿病、喫煙、偏食、大量の飲酒、肥満、運動不足など、この機会に今一度自分の暮らしを改めてみましょう。
一度脳溢血を起こした人は、そうでない人と比べた場合、再度脳出血を起こす可能性が何倍も高いといわれています。それは、一度発症したことで脳の血管が傷み、極端に弱っていることに加え、過去の生活習慣病の名残があるからなのです。脳溢血になったことがない人も、疑いがある人も、一度発症したことがある人も、一年に最低でも一回は健康診断を行うようにしましょう。健康診断で脳に異常がみられない場合でも、生活習慣を改めるよう注意される人は大勢いると思います。発症してからでは遅い病気です。未然に防ぐ努力をしましょう。
そして、手術や治療を終え、現在リハビリを行っている人(または、その家族)は、デイサービスやショートステイ、訪問型の介護サービスを利用することをおすすめします。発症者もその家族も負担にならないリハビリの方法を見つけて、症状と上手に付き合って過ごせる方法を見つけられることを願っています。