アルポート症候群という病気をご存じでしょうか?
おそらく、ほとんどの方は、その病名を聞いても耳にしたことがないと思います。大変珍しい、遺伝性の病気といわれていますがどのような症状なのでしょうか?また、治療法はあるのでしょうか?ここでは、アルポート症候群について詳しく解説していきたいと思います。
◆アルポート症候群とは?
アルポート症候群とは、徐々に進行する腎炎が特徴の遺伝性の病で、合併症として、聴力異常によって耳が聞こえにくくなったり、白内障、円錐水晶体などといった、眼球の異常を併発したりします。
この、アルポート症候群を原因とした腎炎は、生まれながらに症状が進み、数年から十数年といったスパンで、慢性腎不全に進行していくといわれます。
ちなみに、名前の由来は、1927年、南アフリカ人のお医者さんだったセシル・アルポート(Cecil Alport)さんが発見したことにあるそうです。
アルポート症候群の発症者の約8割は、家族が腎炎にかかっていることが判明しており、残りの2割は、遺伝とは無関係で遺伝子の突然変異によって発症するようです。
この病気は、アメリカやヨーロッパでは、5000人から10000人に1人の割合という珍しい病で、日本国内では、この病気の患者さんは1200人程度であろうと推測されています。
○遺伝子や染色体とは?
生物を設計するのに必要な情報を一冊の本に例えるなら、本にあたるのが「染色体」、インクにあたるのが「DNA」、書かれている内容の中でタンパク質に触れている部分が「遺伝子」、書かれている内容全部を指すのが「ゲノム」という言葉です。
染色体の本数には、種によって違いがあり、ヒトの染色体は全部で46本から成っています。
それらの染色体はペアになって存在しており、両親から1つずつ受け継いでペアを構成しているため、数が偶数になっているのです。
ヒトの場合には、46本の半分、すなわち23の染色体ペアが存在しています。染色体を大きさの順番に並べると、22番目のペアまでは、男女の区別なく、同じ遺伝子情報を持っています。
この22番目までのペアが「常染色体」と呼ばれるものです。
もし、遺伝子の異常がこの22番目のペアまでの中にあった場合、「常染色体異常」と呼ばれます。
それに対して、最後の1ペアは、性染色体といわれます。
このペアがX染色体とX染色体から構成されていれば女性になり、X染色体とY染色体から構成されていれば男性として成長することになります。ここに異常がある時には、「性染色体異常」と呼ばれるのです。
アルポート症候群は、80パーセントがX染色体の優性遺伝、15パーセントが常染色体の劣性遺伝、それ以外が、常染色体の優性遺伝といわれています。男性になる場合、女性にはY染色体はありませんので、X染色体は母親から、Y染色体は父親から受け継ぎます。
つまり、X染色体の優性遺伝型の場合、2つのX染色体の一方に遺伝子の変異がある母親から、子供に遺伝する確率は50パーセントです。
遺伝子変異を受け継ぐと、男性は、X染色体を1つしか持たないため、早くからアルポート症候群が発症することになります。一方、女性はX染色体を2つ持っているため、軽症になることが多いようです。
○アルポート症候群の原因
アルポート症候群は、COL4A3、COL4A4、COL4A5という名称の遺伝子のどれかに異常があるとされています。
これらの遺伝子は、腎臓の糸球体というものを構成しているタンパク質を作る働きがあります。
○糸球体とは?
よく、「肝腎要(かんじんかなめ)」といったりしますが、漢方で言う五臓六腑の中でも、肝臓や心臓と並んで特に大事な臓器の一つに数えられているのが、この腎臓です。
腎臓は、そら豆に似た形をしており、大きさは大人の握りこぶしと同じぐらいで、重さは約150グラムといわれています。
背骨を挟んで体の左右に1つずつあり、体にとって不要なゴミを分別して、尿として体外に排出する働きがあります。血液をろ過して、このゴミをこし取るのが、糸球体と呼ばれる毛細血管のかたまりです。
この糸球体は、腎臓に入り込んだ血管が幾重にも枝分かれした最終段階で、肉眼では見えないほど小さいものです。顕微鏡で見ると、糸で作った毬のような形をしているので、糸球体と呼ばれています。
糸球体は、片方の腎臓に約100万個あり、左右両方合わせると、約200万個ということになります。この糸球体を構成するタンパク質を作る遺伝子に異常が生じたのが、アルポート症候群です。
○アルポート症候群は、どの遺伝子に異常が多い?
このアルポート症候群の病変でも特に多いのが、COL4A5という遺伝子が変異して、X染色体にくっついてしまっている状態で、略して「XLAS」と言います。
このタイプは、アルポート症候群全体の8割を占めているといわれています。
その次に多いのが、COL4A3、あるいはCOL4A4という遺伝子が変異して、常染色体劣性となっている状態で、略して「ARAS」と言います。このタイプは、アルポート症候群全体の15パーセントほどのようです。
前者の「XLAS」の場合には、男性の患者のほうが、女性患者に比べて症状が重症になることが判明しています。
XLASの場合には、末期の腎不全に達する年齢と割合が、男性が平均で25歳です。それに対して、女性は40歳までに末期の腎不全に達する割合が12パーセントとされていますから、男性のほうが重症化することがお分かりいただけるかと思います。
後者の「ARAS」の場合には、男女の差はなく、末期の腎不全に達する年齢が両方とも平均21歳といわれています。ただし、いずれの場合でも症状は個人差がありますので、注意が必要でしょう。
○アルポート症候群の検査、診断方法
国内では、学校での検診などで、血尿をきっかけに発見されることが多いようです。アルポート症候群は遺伝性の病気のため、家族にアルポート症候群の患者がいた場合には、腎臓の組織細胞の一部を採取する検査を行うことが望ましいとされています。
ただ、10歳以下だと、症状としては血尿のみであることが多いため、アルポート症候群なのかどうか、判別が難しいようです。
診断の確定は、電子顕微鏡による検査によって行われ、腎臓の糸球体の基底膜が広い範囲にわたって不規則にぶ厚くなっていたり、細かく網目状に変化しているところが認められれば、アルポート症候群であると診断されます。
◆アルポート症候群の症状はどんなもの?
それでは、アルポート症候群を発症すると、どのような症状が現れてくるのでしょうか。主なものをいくつか説明していきたいと思います。
○腎機能の低下による血尿、タンパク尿
一般的なアルポート症候群ならば、幼い時期から血尿があるようです。ただし、風邪を引いた時などを除くと、肉眼ではなかなか分からないとされています。そのため、学校などで健康診断を受けたときに、たまたま発見される場合が多いようです。
年を経ると、徐々に尿の中にタンパクが検出されるようになり、末期の腎不全へと向かいますが、その進行具合は大変ゆっくりしています。
アルポート症候群で最も多い「XLAS」の場合、男性は、40歳までにその9割が末期の腎不全に達すると言われています。同じ年齢の40歳の女性は、末期の腎不全に達する割合は1割とされています。
つまり、アルポート症候群は多くの場合、30代までに、人工透析が必要なほど、腎臓機能が悪化します。早い場合には、20代で腎不全になってしまいます。
○難聴
難聴については、生まれてから、10歳前後までは、異常が生じないことが多いそうです。ただ、やはりアルポート症候群で一番多い「XLAS」の場合、男性は10歳以降に難聴が発生し、最終的には、患者さんの8割ほどが難聴となります。
これは、アルポート症候群の原因となっている染色体が、細胞の「基底膜緻密層」を構成するのに関わっているため、この染色体に異常が生じると、腎臓内の糸球体の基底膜だけでなく、聴覚異常を生じ、難聴につながると考えられています。
ただし、女性の場合には、難聴になるのは2割ほどだそうです。
○眼合併症
アルポート症候群で一番多い「XLAS」では、男性の約6割から7割の患者さんが、白内障や円錐水晶体などの合併症を生じるとされています。
これは、アルポート症候群の原因となっている染色体が、細胞の「基底膜緻密層」を構成するのに関わっているため、この染色体に異常が生じると、腎臓内の糸球体の基底膜だけでなく、眼球異常を生じ、これらの合併症につながると考えられています。
ただし、女性の場合には、発症は非常に稀です。
◆アルポート症候群の治療について
ここまで、アルポート症候群の原因や、アルポート症候群にかかった場合の症状について見てきました。それでは、実際にアルポート症候群を発症したら、どのように治療を行うことができるのでしょうか。
アルポート症候群の根本的な治療法は、残念ながら、現在のところいまだ確立されていないというのが実情です。
そのため、治療としては、いかに腎機能の低下を抑えるかにスポットを当てていくことになります。
○治療薬
アルポート症候群の治療薬には、以下のような薬が用いられます。
・アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬
血圧は、体内の様々な仕組みでコントロールされていますが、その中でも大きな影響を及ぼしているのが、アンジオテンシンⅡという物質です。
このアンジオテンシンⅡには、血管をギュッと縮めたり、腎臓から、ナトリウムや水分を排出させないようにして、血液の量を増やし、血圧を上げる働きがあります。
このアンジオテンシンⅡは、アンジオテンシン変換酵素(ACE)によって、アンジオテンシンⅠから生成されますが、ACEの働きを邪魔すれば、作られません。
それがACE阻害薬とよばれる薬の働きです。これによって、血管が拡がり、血圧を下げる働きがあるのです。この薬を使えば、腎臓の負担を減らすことにつながるわけですね。
・アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)
上で述べたアンジオテンシンⅡは、その受容体に結びついてはじめて、血管を縮めたり、血圧を上げる働きをします。
逆に言えば、受容体に結びつくのを邪魔すれば、血圧が上がらないのです。ARBは、アンジオテンシンⅡが受容体に結びつくのを邪魔して、血管を広げ、血圧を下げる働きがあります。
これらの薬を使って、腎臓にあまり負担をかけないようにします。
○透析、腎移植
普通の腎不全と同様、人工透析も行います。患者さんが若い場合には、腎移植も選択しの一つとなります。
◆まとめ
いかがでしたか?
アルポート症候群は難病ですが、京都大学の研究グループによって、新たな治療法の研究が進められているようです。今後の医学の発展に期待しましょう。