先日、通勤ラッシュ前の空いた車内で、足を組んで座っていた20歳くらいの若者に対して、向かいにいたおじさんが、とつぜん注意しました。そのおじさんは、若者の足を手で軽くおさえて、険しい顔でこう言ったのです。「足を動かすのをやめなさい。」と。
そう、若者は、いわゆる 貧乏ゆすり をしていたのです。その若者は、足を組んでいるとき、上になったほうの足の先を小刻みにゆらしていました。私はその行為をまったく気に留めなかったのですが、そのおじさんには気になって仕方がなかったようです。それを見てイライラしている様子でした。
そのおとなしそうな若者は、だまって足を揺らすのをやめましたが、「貧乏ゆすり」をすると、このようにまわりのひとからマナーが悪いと注意されてしまうことがあります。家でも、おうちの人に怒られたことがある、という人はいることでしょう。とくに高齢者の中で、嫌う人が多い行為です。
どうやら無意識にしてしまうことが多いこの「貧乏ゆすり」。いったいどのような意味があるのでしょうか。
「貧乏ゆすり」とは?
なぜ「貧乏」という言葉がついているのでしょう。いわれは色々ありますが、ひとつには、貧しくて寒さをしのいでいる時に、からだが小刻みに震える様子から、というのがあるようです。
日本ではマナーが悪いとされがちですが、ほかの国ではどうなのでしょう。そして、「貧乏ゆすり」を指すことばは存在するのでしょうか?
「貧乏ゆすり」の定義
貧乏ゆすりは、座っている時などに、足の一部、特に膝(ひざ)を中心に小刻みに揺らし続ける行為をいいます。
貧乏ゆすりをしている人の多くが、周りの人から指摘されるまでその行為に自分でも気がつかないで無意識にクセのような感じでやっています。
ことばの由来
昔から「貧乏ヒマなし」などと言われるように、貧乏なときは、お金を求めてせかせかと動き回るため、その落ち着きのない様子からきているという説があります。
また、「貧乏ゆすり」という言葉は、江戸時代の後期から俳句や川柳にたくさん使われており、足を揺すっていると貧乏神が寄ってくるなどという悪い迷信から、江戸の町人たちに貧乏ゆすりは忌み嫌われていたようです。そんな昔からマイナスなイメージが定着したわけです。
ほかの国では?
英語圏の国々では、 knee shaking(膝の揺れ)や、 leg shaking(脚の揺れ)、または tapping unconciously(無意識の脚の揺れ)などと言われ、日本語の「貧乏ゆすり」のような特有な呼び方の言葉はないそうです。
knee jerk (膝反射)いわゆる かっけ と同じ言葉で表現されることもあります。いずれにしても、どの国においても、マナーの悪い、落ち着きのない行為とされています。
どんな時にしてしまう?
長い列の順番待ちや、待ち合わせで人を待っている時など、イライラした精神状態の時に多く起こるとされています。また、勉強や仕事など何かに夢中になっている時、集中しているときにも足が揺れます。寝転がりながら漫画を読んでいる時などリラックスしている時や、疲れ気味の時にも出るようです。
統計的には男性のほうが多く、これは男女の脳の器質的違いに関係しているといわれます。子どもと大人に差はないようです。
身体的な要因
生まれつき人間に備わっている原始的機能である可能性も示唆されています。研究では、貧乏ゆすりの動きは、大脳がつかさどると考えられており、何かに集中している時などには、脳の抑制が弱まるために、勝手に足が動きやすくなるというわけです。
また、余分に取り過ぎてしまったカロリーを本能的に消費しようとするためであったり、ずっと座っていると、下半身の血流がとどこおり、心臓のようなポンプの役目であるふくらはぎがむくんだり、血栓ができてしまうので、それを予防するために反射的機能として起こしているとされています。
特に男性は筋繊維が太いことで血管が圧迫され、肉体疲労の原因となる乳酸がたまりやすくなるため、無意識に筋肉の血流をよくするために体を動かしているのです。
心理的な要因
自閉症や発達障害の人にみられる ロッキング と呼ばれる、一定のリズムで前後にからだを揺らす動きと同じく、無意識に足を揺らす行為によって、心の安定を保とうとしていることがまず考えられます。同じ行動を繰り返すということは、裏を返せば不安を感じているということになるのです。
子どもの帰りが遅くて心配しているときなど、いてもたってもいられず、うろうろと動き回りますよね? たとえそのような心配事がなかったとしても、人間にとって何もしないでいるという行為は、心理的な不安を感じることが多くなります。そのため気を紛らわせるために自然と貧乏ゆすりをしているともいえます。
これらは、言葉では表現できないときの、非言語コミュニケーション ともいえます。子どもであれば、今の状態に飽きていて、退屈しているのかもしれないし、家族と一緒にいられてリラックスしているのかもしれません。貧乏ゆすりの行為そのものよりも、その裏に隠された心理状態に目を向けましょう。
チック症との関連性
幼児期や小学生時代に発症しやすいとされる チック症 との関連性も無視できません。
チック症とは、まばたきや首ふり、肩すくめや咳払いなどの症状に代表される、突発的で、不規則な、体の一部の速い動きが本人の意思とは無関係にでてしまう疾患ですが、これは大脳の器質的な不具合によって起こります。チック症の中でも複雑なものになると、下肢に症状がでる場合が多く、その一つの症状として、貧乏ゆすりをしている可能性があるのです。
その場合、貧乏ゆすりだけでなく、ほかのさまざまなチックが出現しているはずです。これは単純なクセでやっているということではないのです。
周りが止めようとしたところで、簡単にやめられるものではなく、自分で抑制をかけようとすれば、それがストレスとなり、かえって症状が悪化することになります。そのため、貧乏ゆすりよりももっと目立つ、ほかの激しいチックが現れることもあります。症状が目立てば、周りから余計に注目されたり、注意されてしまい、一番つらいのは本人です。
特に子どもの場合は、注意されると、今まで無意識にやっていた行為が気になるようになり、症状が定着してしまうこともあるので、慎重に観察し、神経質に注意せずに、気楽に見守ってあげましょう。
貧乏ゆすりの効果
貧乏ゆすりをする要因は、まだすべて解明されてはいませんが、その素晴らしい効果も明らかになってきています。
身体的な要因のところに書かれているように、無意識のうちに、からだの生理的機能として、貧乏ゆすりが起きているという人たちもいれば、意識的に貧乏ゆすりに似た動き、運動をすることで、その効果を利用しているという人たちも出てきています。
リラックス効果・ストレス解消
人間の脳は、一定のリズムで体を動かすことで、精神状態を安定させるといわれる、大事な
セロトニンという脳内物質を分泌させます。セロトニンは興奮や不快感を抑える働きがあるため、リラックス効果が得られるというわけです。貧乏ゆすりをしている人は、たいてい何らかの問題を抱えていることが多く、フラストレーションやストレスが溜まっています。そこで、貧乏ゆすりはこれらを解消させる、また、脳をリラックスさせる効果があるのです。
例えば、ゆりかごが一定のリズムで揺れていると、赤ちゃんが安心して眠りにつけるようなことと同じ効果があります。
血行促進
足をふるわせる動きで、血行を促進させる効果が顕著にあらわれます。
医療研究センターの研究では、貧乏ゆすりをたった3分行うことで、ふくらはぎの皮膚の温度が一度上昇したとの報告があります。
ふくらはぎの筋肉の伸縮は、血液をポンプのように心臓へ送り返す働きに変わります。
いまや、貧乏ゆすりは、医療現場で ジグリング と呼ばれ、注目の足元から行う健康法になっています。貧乏ゆすりの機能を健康科学的に考え、足元から健康管理を行うという理論にもとづき、健康器具が開発され、リハビリ運動にも取り入れられているのです。
血栓予防
ふくらはぎは心臓のポンプのような働きで、下に来た血液を上に押し返す大切な役目を持っていますが、足の下のほうにあるため、どうしても老廃物が溜まりやすくなり、むくみがちです。そこで、足を意識的に小刻みに揺らすことにより、血流が良くなり、血栓ができにくくなります。急に立ち上がった時に心臓にかかる負担も防げるのです。
軟骨の再生
いまでは、股関節の変形性関節症のリハビリに取り入れられており、軟骨の再生に有効であることが知られています。
コミュニケーションに役立つ
親子の関係だけでなく、貧乏ゆすりの相手がもし、友だち、恋人や配偶者であれば、その人が自分といて今どんなふうに感じているのか、という心理を読み解くのも楽しいものです。相手から無意識に送られてくるサインのひとつとして考えてみてはどうでしょうか。
まとめ
このように、貧乏ゆすりの効果が認められ、それに似た動きはスポーツやリハビリ運動などさまざまな場面で活用されています。テニスなどのスポーツで、休憩中やベンチにいるときも、選手はつねに足を動かしていますよね。からだを冷やさないように、また集中力を高めたり、余計に緊張しないようにと、ちゃんとした理論にもとづいて行っているのです。
子どもであったなら、それは無意識に行っています。子どもの貧乏ゆすりを見たら、親はすぐに叱ったり注意するのをやめて、その裏に隠されたその子の心理状態や 欲求不満などの理由を探り、ほかの楽しいことに注意を向けさせるなどの工夫も必要です。
心の余裕があれば、お互いに気にならなくなるものです。
大人であっても、まわりに迷惑をかけているなどの問題がないようでしたら、目くじらをたてずに、気楽にかまえ、理解を示してあげましょう。