程度は違えど、人間誰しもが持っている性的快感。この快感が不快へと変わり、やがて苦痛になってしまう病気があります。それが、持続性性喚起症候群です。性的な相談をするのは、気を許す間柄でさえなかなか勇気がでないものです。
病気の疑いがあるあなた自身の、情報収集のひとつとしてでもいい。または、身近で悩んでいる人のために、理解を深めるツールのひとつでもいい。治療法が見つかっていないこの病と闘うすべての人にとって、この記事が少しでもお役に立てますように……。
持続性性喚起症候群とは?
2001年に発見されたばかりの病気で、認知度も低く、この病気の詳細を知っている人はそう多くはないでしょう。
ここでは、症状から発症した後の特徴まで、紹介したいと思います。
症状
オーガズムを感じるということは、セックスやマスターベーションなどの自慰行為の終着点です。しかし、オーガズムを目的としているかどうかは男女で大きな差異はあるでしょう。
個人差はありますが、たとえば男性の場合は、射精をすることで終着点に到達しますが、女性の場合はオーガズムを感じなくても、行為自体を相手とのコミュニケーションのひとつとして考える場合が多く、心が満たされれば終着点に到着するという人も少なくないでしょう。
このような一般的に知られているオーガズムは、外からの性的刺激と、一時的で急激な感情の動きをつかさどる大脳辺縁系によってコントロールされて起こっています。
しかし、持続性性喚起症候群(PSAS)の場合、性的な刺激も欲求も無いにも関わらず、オーガズムに達してしまい、それが持続的かつ長時間発症し続けるのです。
日常生活に支障
いつ、どのタイミングで、何に反応して、どの程度の強さの快感が、どれだけの時間持続してしまうのか誰にも分りません。また、自分の意志では抑制できない性欲を、職場や学校で発症した場合はどのように抑えて解消させたらいいのか、抱えきれない程の悩みが患者を襲います。
発作のように突然強い快感を感じるシーンが1日に何十回もあったら、物事にも集中できず、仕事だけでなく、日常生活を送るのさえも難しくなります。
精神的に追い込まれる
頭や心では感じたくないと思っているのにも関わらず、肉体は性的快楽を欲し、何もないのに感じてしまう……。このような一連の流れが、1日に数えきれないほど繰り返されるのです。
そんな自分自身に、次第に嫌悪感を抱くようになり、精神的に追い込まれてしまう人も少なくありません。
持続性性喚起症候群(PSAS)患者の症例
病気の程度は様々ですが、PSASに悩む患者は世界で数千人にも及ぶと言われています。中には、自殺にまで追い込まれてしまう人もいます。
ここでは、羞恥心と嫌悪感に襲われ悩み苦しみ続けたPSAS患者の、具体的な症例をご紹介します。
16年間苦しみ続けた壮絶な人生
PSASが1人の女性の人生を変え、そして自殺するまでに追いつめてしまったケースです。
4ヵ国語を話せる語学力を活かして、通訳の仕事に就くことが夢だった彼女は、23歳の時にPSASを発症します。突発的にオーガズムに達し、その後も絶頂期が長時間に渡って続くのです。毎回、トイレや人の目に付かない場所に逃げ込み、マスターベーションをして一時的に症状を緩和させていて、そんな自分の姿に嫌気がさしていました。
そんな中でも、バイトやパートなど一時的な仕事は行っていました。しかし、23歳の発症から症状は一向に治まる気配はなく、ついに働くことを断念。それからの彼女の生活といえば、自分の部屋にこもり、マスターベーションをする日々が続きます。症状がひどい時は、50回連続でオーガズムを迎えることもあり、コップ1杯の水を飲む数秒の間も我慢が出来ないほど、興奮が冷めない日もあったそうです。
女性がオーガズムに達するときは、心臓は激しく鼓動を打ち、どっと疲労が襲うものです。彼女の場合、自分の心と頭が求めた快楽ではありません。勝手に肉体が暴走をし続けた結果、オーガズムに達しているだけなのです。肉体に心が支配されていると思うようになり、さらに自らの醜さに嫌悪感を抱くようになる……。彼女は生きる気力を少しずつ失い、何度も自殺しようと考えました。
彼女は、両親に病気のことを伝えられずにいました。さらに、発症してから10年間、誰にも話すことができず、1人で悩み続けたのです。PSASは2001年に初めて発見された病気で、まだまだ認知されていません。働けない彼女は障がい者申請をするも、受理されることはありませんでした。そこで彼女は、MRI検査をするための資金を集め、その結果を持って障がい者認定を受けようと、勇気を出して新聞社の取材を受けることにしました。
新聞が発売されて間もなく援助の申し出がありましたが、精神的に追い詰められていた彼女は自殺を図り、資金が彼女の元へ届くことはありませんでした。16年もの間、人知れず病と闘い続け、39歳でこの世を去りました。彼女の周りにもう少し理解者がいたら……、そう思わずにはいられません。
PSASを発症した妻子持ちの男性患者
PSASにかかるのは女性が多いと言われていますが、中には男性患者もいます。
彼は、妻と子供2人の父親で、何の問題もなく幸せな家庭を築き、暮らしていました。2012年の秋、椅子に座っていた彼は立ち上がった瞬間にぎっくり腰を起こしてしまい、椎間板ヘルニアを患います。
椎間板ヘルニアが発症の原因かどうかは不明ですが、この出来事を機にPSASが発症し、現在に至るといいます。幸いにも、妻は良き理解者。働けず、日常的行動を阻害され、外に出ることもできずに引きこもっている夫に代わり、仕事をして、2人の息子の子育てもしています。そんな妻の姿を見て、彼は申し訳ない気持ちから自己嫌悪に陥ってしまうのです。
男性がこの病気を発症する場合、勃起を伴うため、他人に隠すのは不可能なこと。病気を知らない他人に、何度も何度も勃起を繰り返す自分の姿を見られたら、公然わいせつだと思われてしまう恐れもあります。彼は今でも、1日100回もオーガズムに達する日々を送っており、悲しみに包まれた父親の葬儀の最中でさえ9回も勃起して、心身ともにボロボロだといいます。昔のように、ただただ快楽のためのオーガズムを感じられたらと願って止みません。
悩みはそれだけではありません。一緒に暮らす以上、息子たちに隠し続けることは不可能だと分かりつつも、どう打ち明ければいいか分からずに話せずにいます。多感な年頃の子供であれば尚更、打ち明けられる子供のほうが恥ずかしいのではないだろうか……と、思い悩む日々を送っているのです。
また、突発的に勃起して、性的興奮状態に陥ったとしても迷惑をかけないようにと、これまで同じベッドで寝ていた妻とも別々で寝るようになったといいます。何の問題もなかった平凡で幸せな家族が、夫の突然のPSASによって普通の生活を未だに送れずにいるのです。
高カロリーの食べ物で発症
車や電車の振動でもなく、突発的に発症したわけでもありません。初めて発症したのは、ピザやアイスクリーム、スナック菓子などの高カロリーな食べ物を食べた時でした。
10代後半、とあるアイス屋さんでアイスクリームを食べた時のこと。食べた瞬間に体が火照りだし、そのまま生まれて初めてオーガズムを感じてしまったと言います。この日以来、アイスクリームだけでなく甘いデザートを食べると性的興奮を感じるようになり、彼女は毎日アイスクリームを食べ続けたといいます。
症状の始まりはスイーツでしたが、現在では他の患者同様、高カロリーな食べ物を摂取しなくても、1日に何度もオーガズムを迎えてしまう体になってしまいました。何もしなくても発症し、食べても発症する……。恥辱的で精神的苦痛を感じながら、日々暮らしているのです。
持続性性喚起症候群(PSAS)の原因
率直に、持続性性喚起症候群の原因は、未だ明らかになっていません。
性的な病のため、医者とはいえ他人に話すのが恥ずかしかったり、どの科を受診したらいいのか分からないけれど誰にも聞けなかったり、相談できずに1人で悩む患者が多いため、発症患者が少なく、原因を追及するための要素が足りていないのが現状です。
しかし、そんな中でも推定されている原因はいくつかあります。
- 事故や転倒などにより、体を強く打ったなどの後遺症
- 女性患者に限り、長い年月に渡って性的欲求を感じていなかった場合
- 骨盤の血管異常
- 抗うつ剤の服薬を辞めた際に発症。よって、薬の副作用の可能性もある
このように、推定される原因は実に様々。現状は、幾人かのケースを集めて、原因を明らかにしようと研究がなされている状況なのです。
PSASの現状とこれからの課題
持続性性喚起症候群を患っている人は、自分の病を恥ずかしく思い、医療機関に行くことさえためらってしまうため、2001年にこの病が明らかになって以来、症例の報告数は未だにとても少ないのです。
そんな中でも、勇気を持って受診する人もいます。しかし、そういった患者の場合、すでに病の限界に達しているケースが多く、精神的にも崩壊寸前の場合があります。悩みを訴えるまでに至った患者を受け入れる姿勢として、医療施設はプライバシーに配慮するなど、施設内の環境を整えることが今後の課題だと思います。
また、この病に関しては原因も明らかになっておらず、治療法ももちろん手探りの状態です。心理的療法や内服治療など、患者の症状に合わせて診察を行っている状況で、一貫したものはありません。
原因と治療の解明にどれくらいの時間を要するのか不明ですが、発症した場合の抑制など、症状のコントロールが可能で、患者が普通の生活を送れるようになることが重要です。そのためには、PSASの認知度を高め、周囲の人間の理解を深める努力が今後も必要になるでしょう。
まとめ
信じ難い病ですが、今もどこかで人知れず悩んでいる人はたくさんいます。希望を持って日々楽しく暮らしていた人を、最終的には自殺に至るまで精神的に追い込んでしまう恐ろしい病気なのです。
決して1人で解決して、乗り越えられる病気ではありません。理解者が必ず必要です。そして、広い心で受け止めてくれる理解者とともに、勇気を持って診療施設を受診することをおすすめします。