「ウィルソン病」という病気を知っていますか?遺伝子に異常が起こることで発症する病気はいくつかありますが、ウィルソン病はその一つです。
発症すると全身に様々な症状が現れ、日常生活に支障が出てしまうこともあります。ウィルソン病は難病に指定されていますが、適切な治療を行うことで治すことができます。
そんなウィルソン病の原因や治療法などについて書いていきたいと思います。
ウィルソン病とは
ウィルソン病とは常染色体劣性遺伝(じょうせんしょくたいれっせいいでん)という遺伝性の病気です。カラダの中に銅が溜まってしまうことで脳、肝臓、腎臓、などの全身の臓器や眼に異常を起こします。それにより、細胞障害や臓器障害など様々な症状が現れるのです。別名で肝レンズ核変性症とも呼ばれています。
ウィルソン病は数ある遺伝性の病気の中でも珍しいとされていますが、治療を行うことで発症を予防したり、治すことが可能な病気なのです。約3万人~3万5千人に1人の確率で発症していると言われており、日本では1年間に30~35人がウィルソン病を発症しているとされています。
発症年齢は子供から大人まで幅広く男女差はありません。特に10代~20代に多く発症がみられるようです。
ウィルソン病の原因
ウィルソン病の原因は、カラダに銅が溜まってしまうことで様々な異常を引き起こすとされていますが、カラダの中で銅がどのような働きをしているかということからまずは説明します。
カラダの中での銅の働き
カラダの中には少量の銅があり、銅は血液の中にある赤血球をつくるための手助け、骨の形成の手助け、活性酵素をなくすために酵素へと変わったりなどの働きをしています。そのため銅はカラダにとってなくてはならない栄養素なのです。
通常の流れでは、食事などからカラダに入ってきた銅は、少しずつ小腸、十二指腸という腸内で吸収されます。その後肝臓へ向かいセルロプラスミンと呼ばれるタンパク質と合体して血液の中へ流れ、不要になった銅は肝臓から胆汁中に排出されカラダの外へと出されていきます。
遺伝子の異常
ウィルソン病になってしまうと、カラダの中に入ってきた銅は肝臓へ向かった後にセルロプラスミンと合体することができずに、血液の中へ流れることができなくなってしまいます。
それにより不要になった銅が胆汁中にも排出されなくなり、肝臓などの臓器にどんどんと溜まっていってしまうのです。このようなことが起こるのは、銅を運ぶ役割をしているATP7B遺伝子と呼ばれる遺伝子に異常が起こることが原因とされています。
またウィルソン病は先天性の遺伝の病気であるということです。両親がウィルソン病の患者である場合や発症していなくてもその遺伝子を持っている場合、遺伝子が子供にも受け継がれるために発症してしまう確率が非常に高くなるのです。
ウィルソン病の症状
ウィルソン病は主に肝機能障害、神経症状、精神症状、眼症状など全身に様々な症状が起こるため、場所によって症状が異なります。それぞれの症状について書いていきたいと思います。
肝障害
ウィルソン病に発症する症状の一つとして肝臓に異常が生じることで肝機能障害が起こります。肝臓は臓器の中でも最も銅が溜まりやすく、どの場所よりも症状が現れやすいとされています。ウィルソン病の多くは3~15歳の子供の体調不良から肝障害がみられ、そこでウィルソン病が発見されるのです。
肝機能障害にはいくつか種類がありますが、ウィルソン病で見られるのは主に、原因不明の肝炎(急性・慢性)、肝細胞に異常が起こることで肝臓が硬くなってしまう肝硬変、突然起こる肝不全などです。現れる症状は腹痛、食欲不振、嘔吐、倦怠感、黄疸などです。カラダが疲れやすくなったり、肌や白目部分が黄色っぽく黄疸が出ることで気付くことがあると言われていますが、ほとんどの場合が無症状で、自覚症状がないとされています。
肝不全を起こした場合意識不明になってしまったり突然命を落としてしまうこともあります。肝不全だけでなく肝障害を放置してしまったり、症状が悪化してしまうと命に関わる危険性もあるため、早い段階での適切な治療が重要となります。
神経症状
神経症状には構音障害、運動異常、筋固縮性ジストニアという症状が現れます。この中でも多く現れるのが構音障害といわれています。
構音障害は発音が正しくできなくなってしまうもので、それにより話し方がおかしくなったりします。頭ではきちんと理解をしていても音を作り出す場所に異常が生じることにより、正しく発音ができず聞き取りづらくなってしまうのです。
運動異常では食べ物が飲み込みづらい、口が開いてしまうことでよだれが垂れる、手が無意識に大きく震えてしまう羽ばたき振戦というような症状が現れます。筋固縮性ジストニアは筋肉の収縮によって起こる症状のことをいいます。筋肉が収縮・硬直することで歩くことが困難になる歩行障害、まばたきの回数が減り顔に表情がなくなってしまったり、筋肉がつっぱっているような感じになるなどの症状が現れます。
精神症状
精神症状にはうつ状態、知能低下、精神不安定、無気力、人格変化などの症状が現れます。
これらの症状が現れる病気は複数あり、人格が変わってしまうことや精神が不安定になっているようなことがみられると、不安障害、うつ病、統合失調症など精神科の病気であると間違った診断をされてしまうこともあるようです。
そのためウィルソン病の発見が遅れてしまうことも少なくありません。
眼症状
眼症状の中でも重要な症状がカイザー・フライシャー角膜輪という症状です。カイザー・フライシャー角膜輪とは黒目(角膜)の周りに銅が沈着し1~3mm程の輪っかが現れるものです。
輪っかの色は暗褐色で青緑や黒緑に見えます。この症状は肉眼で確認することができますが、銅が沈着することで現れるため、子供の場合思春期を過ぎた頃でないと現れないようです。カイザー・フライシャー角膜輪はウィルソン病に現れる特徴的な症状なのです。
ウィルソン病の治療法
ウィルソン病の治療にはまず、カラダの中に溜まってしまった銅を取り除き、銅が溜まらないようにきちんと排出できるような状態にすることです。
その方法として食事療法と薬物療法があります。主に行われるのは薬物療法ですが食事療法と共に行うことで効果が高まります。肝不全や劇症肝炎、重度の肝硬変が見られる場合には肝移植を行います。
薬物療法
薬物療法ではカラダの中に溜まった銅を排出させる薬を服用します。薬はD-ペニシラミン、塩酸トリエンチンというものを使用し、これらをキレート薬と呼びます。
キレート薬は服用後、胃や小腸で吸収され血液の中へ入り銅と結合するため、スムーズに血液の中へ入る必要があります。そのため、キレート薬の服用は胃や腸に物が入っていない空腹状態、食事と食事の間(食間)で飲むことが良いとされています。
このキレート薬は生涯飲み続ける必要があります。毎日飲み続けることはとても大変なことですがウィルソン病を改善するためには継続しなければなりません。薬は食事と一緒に服用してしまうと効果がなくなってしまったり、吸収されにくくなってしまうため注意が必要です。毎日服用していても効果が得られなければ、服用している意味がなくなってしまうため正しく飲み続けることが大切です。
また近年では酢酸亜鉛製剤という薬の服用もされています。これはD-ペニシラミンや塩酸トリエンチンと違い、食べ物に含まれている銅の吸収を抑える役割があります。キレート薬と同じく空腹時に服用することが良いとされており、この薬も併用することでより効果が得られると考えられています。
「D-ペニシラミン」
治療で用いられるD-ペニシラミンはカラダの中に溜まった銅を排出する効果があります。服用することで効果はみられますが、強い薬のため副作用がいくつか現れます。副作用として服用してから1~2週間経ってから熱や発疹、口角炎、全身性エリテマトーデスなどの症状が現れることがあるため、自分に合った量で進めていくことが必要です。その他に腎臓に異常が現れたり神経症状が現れた場合にはD-ペニシラミンの服用をやめ、他の薬を使用します。
「塩酸トリエンチン」
塩酸トリエンチンはD-ペニシラミンと比べて副作用が少なく、軽い貧血が起こるくらいでほとんど症状は現れないようです。初めに使用されるD-ペニシラミンが副作用などによって服用ができなくなった場合にこの塩酸トリエンチンが使用されます。
「酢酸亜鉛水和物」
酢酸亜鉛水和物は2008年に新しく出た薬で銅の吸収を防ぎます。副作用は少ないですが、胸やけや吐き気など胃の不快感が現れることがあるうようです。
食事療法
カラダの中に溜まった銅を排出したり、銅の吸収を防ぐ薬を服用すると共に、食事から銅を取り入れないようにする、摂取を控えるようにするために食事療法が行われます。
銅が多く含まれている食品は、牡蠣、レバー、甲殻類、チョコレート、納豆、ナッツ、きのこなどです。これらの食品を生涯食べてはいけないということはありませんが、治療開始直後や症状の改善がみえ始めるまでは、できるだけ摂取を控えることが望ましいです。
摂取を控えるだけでなく肉類、乳製品、果物、淡色野菜などは食べた方が良いとされている食品です。銅の多く含まれている食品の摂取は控え、できるだけバランスの良い食事をすることが大切です。
肝移植
肝移植は肝不全、劇症肝炎、重度の肝硬変が見られた場合に行われます。肝移植は健康な人から肝臓の一部を提供してもらい、その肝臓を移植する手術です。提供した人の肝臓は約1ヶ月程で元の大きさくらいまで戻ります。そのため機能にも問題はありません。
提供する人のことをドナーといいますが、ドナーは誰でもいいわけではなくいくつかの条件があります。このことから家族や身近な親族がドナーになることがほとんどです。肝移植を行うことで肝機能は改善することができますが、合併症が起こる可能性もあり術後は注意が必要です。
ウィルソン病の遺伝について
ウィルソン病は常染色体劣性遺伝という遺伝性の病気です。ウィルソン病を発症していなくても遺伝子検査をすることで、診断することができます。
そもそも遺伝子には優性遺伝と劣性遺伝という2つの種類に分けられます。優性遺伝は父親か母親どちらかの遺伝子に病因変異がみられると発症します。劣性遺伝は父親と母親の両方の遺伝子に病因変異がみられると発症します。
つまりウィルソン病は両親がウィルソン病の患者である、もしくは保因者である場合に遺伝し発症する可能性があるのです。
遺伝した場合の発症率
ウィルソン病の両親から遺伝した場合子供はウィルソン病を発症します。父親、母親の片方がウィルソン病でもう片方が保因者の場合は50%の確率で発症する可能性があります。
またウィルソン病患者の兄弟の発症率は25%(4分の1)です。ですが約30%の確率で突然変異が原因でウィルソン病を発症することがあるとされています。
家族がウィルソン病の場合
家族にウィルソン病を発症した人がいたら遺伝子検査をして調べることをオススメします。
発症していなくても遺伝子に異常がみられれば治療し、発症を防ぐことができるかもしれません。早めに対策をすることが発症を防ぐポイントになります。
ウィルソン病の予後は?
ウィルソン病は早期発見、早期治療をすることで治すことができる病気です。発見が遅れたことで症状が進行してしまっていたり、治療を行わずに放置してしまうと肝機能や脳が損傷し、治すことができなくなりどんどん状況は悪くなってしまいます。
肝障害などの症状が現れていても早い段階であれば、全てではありませんが治療し治すことは可能です。しかし症状が進行し悪化してしまった場合、命を落とすこともあります。
日常生活について
ウィルソン病は早期に治療を行うことで改善することができ、日常生活を問題なく過ごすことができます。学校や仕事なども健常者と変わらない生活を送れます。女性の場合結婚し出産することもできますが、遺伝の可能性があるためきちんと遺伝について理解をしておくことが必要であるといえます。
ウィルソン病の注意点
ウィルソン病には治療を行う上でいくつか注意しなければならない点があります。その注意点について書いていきます。
薬の服用について
ウィルソン病の治療では薬物治療があり、薬は生涯飲み続けなければいけませんが、症状が良くなってきたら飲まなくなってしまうという人は少なくありません。しかし症状が良くなったからといって自己判断で途中で飲むのをやめてしまうと、突然肝不全を引き起こしてしまったり、治すことができない程のダメージを神経や脳などが受けてしまう可能性があります。
薬の服用を自己判断で中止した結果、肝不全を起こし肝移植をした、劇症肝炎を引き起こし命を落としてしまったなどの報告が実際にあるのです。このように最悪の場合死に至ることもあるため、自己判断で薬の服用を中止するのはやめましょう。
妊娠中の服用
女性は妊娠中も薬を飲み治療を続ける必要があります。妊娠をした際にはウィルソン病患者であるということを必ず医師に申告してください。妊娠中は薬の量を減らして服用を続けます。治療で使用するD-ペニシラミンは妊娠中に使用しても問題ないとされており、妊娠時の使用例が多くあります。過剰に心配する必要はありませんが僅かな可能性として、胎芽病が約5%の確率で起こることがあるとされています。
また塩酸トリエンチンや酢酸亜鉛製剤も使用することに問題はないとされています。自己判断で薬の服用をやめてしまうと劇症肝炎を引き起こす危険があるため、薬の影響が気になるからと自己判断で服用をやめないように医師と相談しながら服用することが良いでしょう。
日常で気を付けること
ウィルソン病は治療を行うことで今までと変わらない日常生活を送ることは可能です。日常で気をつけることといえば薬の服用を忘れないことはもちろんですが、食事面で銅の摂取を控えることや少しでもカラダに異変があった場合には病院を受診するということです。銅が含まれている食品についても知っておく必要がありますし、過剰に摂取しないように気を付ける必要があります。
また薬の服用をしていても体調がすぐれなかったり、カラダに異変を感じたりした場合にはすぐに病院を受診し検査をするのがいいでしょう。
まとめ
ウィルソン病は遺伝性の病気のため、遺伝が見られた場合は早期の治療を行うことで発症を防ぐことができます。ウィルソン病は早期に適切な治療を行うことで予後が良い病気です。
ウィルソン病の疑いがある場合、体調がすぐれない場合には病院を受診し検査を受けることをオススメします。