人間ならば誰しも1度や2度は心が折れてしまい、「もう人生なんて、どうでもいい」と自暴自棄になってしまうことがあるのではないでしょうか。そんな「どうでもいい」と思ってしまう場面は人それぞれですが、敢えて共通点を探るとするならば、それは自分が大切にしていたものを失った時だと言えるでしょう。
しかしながら、「どうでもいい」と自暴自棄になっていると人生を立ち止まることになり、実は貴重な時間を無駄にしているのかもしれません。自分の心を休息させたら、また前向きに進むためにも、考え方を少し変えてみても良いのではないでしょうか。
そこで今回は、多くの人が「どうでもいい」と感じてしまう場面と、自暴自棄から立ち直るための考え方について、ご紹介したいと思いますので参考にしていただければ幸いです。
「どうでもいい」と感じてしまう場面
「どうでもいい」という言葉には、いくつかの意味が存在します。そのうち、「もう人生なんて、どうでもいい」という用いられ方をする場合、自分の人生には価値を見い出すことができないのでどうなってもいい、といった投げやりな意味を示します。
それでは、このように自分の人生について「どうでもいい」と投げやりで自暴自棄になってしまうのは、どのような場面なのでしょうか?そこで、多くの人が「どうでもいい」と感じてしまう場面について、ご紹介したいと思います。
恋人やパートナーを失ったとき
多くの人が「どうでもいい」と感じてしまう場面として、大好きだった恋人や長年連れ添ったパートナーを図らずも失ったときを挙げることができるでしょう。
恋人やパートナーを失う態様は、相手にふられたり、相手が事故で突然亡くなったり、と人それぞれ事情は異なるでしょう。とはいえ、本人にとっては相手をとても大切に思っていたことに変わりは無く、中には恋人やパートナーの存在こそが生き甲斐だという人もいます。そのため、恋人やパートナーを失うことで受ける心のダメージは、他人には計り知れないものがあるのです。
ですから、そのような心理的ダメージが大きければ大きいほど、自分の人生に価値を見い出すことができなくなり、「どうでもいい」と投げやりで自暴自棄になってしまうのです。
自分が打ち込んだ仕事を離れたとき
多くの人が「どうでもいい」と感じてしまう場面には、自分が打ち込んできた仕事を離れたときも挙げられます。
例えば、会社の業績に貢献するために身を粉にして働いたにもかかわらず、閑職に左遷されたり、あるいはリストラで退職を余儀なくされたり、といったケースです。会社の業績を向上させるために必死で働いた自負もあるのに、その会社自体が自分の頑張りや貢献度を評価してくれないのですから、その無力感や徒労感は他人には計り知れないものがあるでしょう。
また、会社内の左遷であれば収入が途絶えるわけではありませんが、リストラで退職となると収入も途絶えることになり、無力感や徒労感以上に絶望感を感じてしまうでしょう。
ですから、他人に評価されずに自分が打ち込んだ仕事を離れざるをえない場面では、その本人が味わう無力感や徒労感が大きくなり、「どうでもいい」と自分の人生を悲観してしまうのです。
大怪我や大病を患ったとき
多くの人が「どうでもいい」と感じてしまう場面には、大怪我や大病になってしまったときも挙げられるかもしれません。
例えば、交通事故などが原因で複雑骨折などの大怪我をしたり、火の不始末が原因で皮膚に大やけどを負ったりしたケースです。大怪我によって一時的に行動の自由は奪われますし、怪我が治癒して以前と同じような状態に戻れる保証もありませんから、将来に対する強烈な不安感に襲われてしまいます。
また、皮膚の大やけどを負うと見た目にも影響があり、心の持ち様にも変化が生じるかもしれません。他にも治療法が確立していない大病を患ってしまうと、将来への不安感とともに死への恐怖感も生じるでしょう。
このように大怪我や大病を患ったときには、様々な負の感情に苛まれ前向きな気持ちを持つことが難しく、「どうでもいい」と投げやりになってしまうのです。だからこそ、このような大怪我や大病に立ち向かう人に対して、多くの人が賞賛をするのでしょう。
信頼していた人に裏切られたとき
親や親戚、親友、恋人やパートナーなど自分が信頼していた人に、その信頼を裏切られたときも、多くの人が「どうでもいい」と感じてしまう場面の一つと言えるでしょう。
例えば、親戚や親友だからお金を工面して貸したにもかかわらず、一切の返済もなく音信不通となってしまったケースです。あるいは、恋人やパートナーを信頼していたにもかかわらず、自分ではない異性と浮気をしていたことが発覚したケースです。
いずれの場面でも、自分が信頼していた相手に裏切られた場面です。自分の信頼が大きい人であればあるほど、裏切られた際の心理的ダメージも比例して大きくなります。そして、裏切られた心理的ダメージは、人を信じる心を失わせ疑心暗鬼な心理を生じさせるので、余計な精神的疲労を招いて「どうでもいい」と諦めにも似た投げやりな心理や態度に至ってしまうのです。
精神的な疲労が溜まっているとき
多くの人が「どうでもいい」と感じてしまう場面として、精神的に追い込まれる時間が長くなって精神疲労が慢性的になっているときも挙げられるでしょう。
例えば、真面目な性格から何事にも手を抜くことができず、仕事で納期を守ろうと長時間労働などをしていると、精神的に追い込まれることがあります。また、前述のような「どうでもいい」と感じてしまう具体的な場面は、いずれも心理的ダメージや精神的な疲労をもたらします。その精神的な疲労が慢性化してしまうと、前向きな姿勢が失われていきますので、次第に「どうでもいい」と投げやりで自暴自棄になってしまいます。
中には、精神的な疲労が慢性化することで、うつ病などの精神疾患を発症する人もいますし、最悪の場合には自ら死を選んでしまうケースもあります。
このように何らかの理由で精神的な疲労が慢性化してしまうと、ポジティブな考え方が失われて「どうでもいい」と人生そのものを諦めてしまうことがあるのです。
自暴自棄から立ち直るための考え方
このように「どうでもいい」と感じてしまう場面は、人それぞれ事情は異なるものの、とても多岐にわたります。
それでは、実際に「どうでもいい」と感じてしまい、ともすると投げやりで自暴自棄になりつつある際に、どうすれば上手く立ち直ることができるのでしょうか?そこで、自暴自棄から立ち直るための考え方について、ご紹介したいと思います。
もう下に落ちることはない
「どうでもいい」という自暴自棄から立ち直るための考え方の一つに、今がどん底であって今以上に下へと落ちることはないのだから上昇していくのみ、という考え方が挙げられます。
恋人やパートナーを失ったとしても、大怪我や大病を患ったとしても、そうそう悪いことが重なることはありません。とすれば、「どうでもいい」と感じたときこそが心理的などん底であって、そこから更に大きく落ち込むことは確率的にも少ないでしょう。
ですから、今が心理的などん底ならば、あとは上昇していくだけと前向きに考えることが大切です。心を休息させたら、あとは一歩一歩ゆっくりと上昇していきましょう。
頑張りすぎず、自分一人で抱え込まない
「どうでもいい」という自暴自棄から立ち直るためには、何事にも頑張りすぎず、自分一人で抱え込まないで周りに助けを求めることも大切な要素です。
精神的な疲労を抱えているときは、自分一人で頑張ろうとして抱え込むのではなく、周りに助けを求めましょう。仕事で精神的に追い込まれているのであれば、単純に周囲の同僚に手伝いをお願いしてみると良いでしょう。それ以外にも自分が心理的ダメージで苦しければ、親友や家族に話を聞いてもらい苦しさを吐き出すだけでも、心の持ち様は大きく変わります。身内に話しづらいのであれば、専門のカウンセラーや心療内科などの医師に相談しても良いでしょう。
とにかく、精神的に落ち込んでいるときは、自分一人で抱え込んでいるとネガティブな考えばかりが浮かびますので、周囲に助けを求めて違った考え方に触れることが重要になります。
身体を動かしてみる
「どうでもいい」という自暴自棄から立ち直る方法の一つとして、なんでもいいので身体を動かして運動してみることは非常に効果的です。
「どうでもいい」と精神的に落ち込んでいるときは、なにかしようという意欲も薄れがちですが、そこで散歩でもなんでも良いので身体を動かしましょう。その理由は、運動をすることによって、意識が手足の筋肉を動かすことに向くので、余計なことを考えずに済むからです。また、運動をすることによって、脳内でセロトニンやエンドルフィンといった幸福感をもたらす物質が分泌され、より前向きな気持ちが生じやすくなるからです。セロトニンやエンドルフィンは、うつ病などの精神疾患の治療にも効果を発揮します。
このように身体を動かすことが心のバランスを取り戻すきっかけになるので、「どうでもいい」と精神的に落ち込んでいることを自覚したら、無理のない範囲で身体を動かしてみると良いでしょう。
まとめ
いかがでしたか?多くの人が「どうでもいい」と感じてしまう場面と、自暴自棄から立ち直るための考え方について説明してみましたが、ご理解いただけたでしょうか?
本記事で具体例を挙げたように、「もう人生なんて、どうでもいい」と自暴自棄になってしまう場面は、人それぞれ多岐にわたります。敢えて共通点を探るとすれば、それは自分が大切にしていたものを失った時だと言えるかもしれません。
とはいえ、せっかくの人生ですから、そこで立ち止まってしまうのは惜しいですよね。自分の心を少し休息させたら、また前向きに進むためにも、本記事で紹介したような考え方を実践してみてください。本記事が、前向きな歩みへの参考となれば幸いです。