“さあ、この書類を昼前に仕上げてしまうぞ!”と腕まくりした矢先向かいのデスクで独り言女史が いつものネガティブなぼやきを始めたら….せっかくのやる気も萎えてしまいますね。
あらゆる日常場面でつぶやかれ、時に自らも口にして ” ハッ ” とすることのある独り言。普段は聞き流してしまうこの謎に満ちた発話の意味についてここで 少し考えてみましょう。
独り言が周囲に及ぼす影響
会話相手が存在しない状況下で何らかの言葉を発すること、とされる独り言ですがこれまでみなさんも色々な場面で、様々なタイプの独り言を耳にしてきたのではないでしょうか。
とぼけたユーモラスなつぶやきや、延々と続く愚痴めいたもの。また TVドラマのストーリーに、あるいは膝上のペットのつぶらな瞳に心動かされ、あなた自身が思わず、ひとり声を発してしまった経験があるかもしれませんね。
自宅ならまだしも、他者の存在する学校や職場といった社会的場面では、この独り言が発し手のみならず、周囲に少なからぬ影響を与えることがあるようです。周囲に奇異に映れば、学校ではいじめの対象になる可能性も否定できず、生徒の安全面が懸念されます。
また職場で甚だしく独り言を繰り返す社員がいたら、フロア全体の士気や生産性の低下を招くことになるかもしれません。実際、職場の迷惑行為について書かれたコラムを覗くと、この種の独り言に対する嘆きは多く、仕事の集中力をそがれることに対し、実に多くの人が困っている事に驚かされます。
独り言の効用
それでは独り言は、本当に迷惑な側面だけで成り立っているのでしょうか。独り言を発することについての、国籍や年代・職業・性差・文化的多様性をも加味した分野横断的な分析は、まだされていないようです。
一方で実験心理学の分野で行われた研究では、独り言における発声が発し手の意思決定や行動の遂行に好ましい働きをする場合がある、という興味深い結果が確認されています。声の大きさ、トーン、声色の違う発声のどこまでを独り言とするかは悩ましい所ですが、巷では以下を好ましい点として考える向きがあるようです。
◆ 独り言を口にすることで得られる効果
・ストレス発散になり、精神的に安定する
・自身の声を音として耳にするため、安心を得て集中力や自己肯定感が増す
・無秩序に頭にあったアイデアや思考を整理できる
・考えが意識にのぼり、意思決定・行動が 円滑に行いやすくなる
・言いにくい事を、婉曲的に周囲の人に伝える事が出来る
みなさんはどうお感じになりますか。ご自身に当てはめて考えてみてください。
心配のない独り言 と 注意を要する独り言
このように功罪併せ持つ、独り言の性質について概観してきました。つぶやかれる場面や、その内容いかんで周囲を心配させてしまうのも、また独り言のもつ特徴といえるでしょう。
それでは心配のない( 病的要素がないように思える)独り言をどのような基準を参考に判断すればよいのでしょうか。独り言を発することで得られる効用を期待してのつぶやきや、常日頃からぼやき続ける独り言常習犯の発言であれば、心配の必要がない事は明らかでしょう。
しかし、知り合って日が浅く普段の ”人となり” がわからない人物や、旧知であるものの何かこのところ様子がいつもと違うような気がするといった人物に対しては、周囲も判断に迷うことがあるでしょう。
そのような場合は以下を参考になさるのも一つかもしれません。
心配のない独り言であるかを確認する目安
◆独り言の内容
・現実場面に沿っているか
・極端に攻撃的あるいは悲観的ではないか
・支離滅裂ではないか
・周囲に対し極端に疑り深くはなっていないか
・自分が攻撃されているといった意味の発言はないか
・幻聴が聞こえているかのような内容ではないか
◆発する回数・頻度
・同じ言葉を延々と何十分も繰り返してはいないか
・回数が極端に増えていないか
◆発し手の表情・言動
・無表情、うすら笑い
・そわそわしている
・極端に怒りっぽい
・欠席・遅刻が増えた
・身だしなみが悪くなった
いずれも、普段どのような様子の・誰が・どの程度・どんな場面で、独り言を繰り出しているのか を、総合的に判断していく必要があります。前述の項目にあてはまる側面がわずかにあったとしても、本人の普段の状態が保たれ周囲がそれを奇異に感じず、取り立てて心配する要素がないのであれば、おそらく当面は様子を見ても良いのでしょう。
しかし一方で、前掲の様相を呈した独り言が見られ、本人の様子が普段と違う何か変だと周囲が感じる場合は、次項で述べる精神疾患の可能性も視野に注意深い見守りが必要です。
たとえば、激務で疲労がピークに達している、仕事上で大変なミスを犯してしまいクライエントにお詫び行脚の最中である、あるいは家族の体調が芳しくなく、介護負担を背負っている、などの強いストレスにさらされている時は、健康な人であっても通常とは異なる精神状態におかれていることは想像に難くありません。
このような状況下でつぶやかれる独り言には、本人の心情を反映した内容が語られることが多いため、メンタルヘルス保持の点からは、信頼関係にある人物がしっかりと見守り支えていくことが求められます。
強いストレス状態が長期間続くと、寝つきが悪く、ようやく寝ても何度も中途で目覚め、明け方には早くも起きてしまう、といった睡眠障害を併発することも多く疾患への移行が懸念されます。注意力が低下し、物事の捉え方が悲観的に歪み、抑うつ的になる高いリスクを秘めたこの時期は、独り言の有無に関わらず、周囲ができる限りのサポートを行っていく必要があります。
病気が疑われる独り言
独り言は精神科領域では独語(どくご)と呼ばれ、統合失調症やうつ病の症状としてみとめられる場合があります。これらの精神疾患はそれぞれ発症のメカニズムが異なるうえ、急性期には多彩な症状で現れるため、独り言に限らずその人物全体から醸し出される、通常とは異なる様子に気づく人も多いようです。
うつ病では、表情変化に乏しくなり、無気力で自責的、食欲不振に陥る人がいる一方で、病型(病気のタイプ)によっては、本当は疲れているのに休むことができず過活動傾向になる人もいます。
当人の様子がおかしいと感じたら、信頼関係にある人から
”最近、夜は眠れているか”
”週末は休めているか”
といった体調を気遣う質問をなげかけてみるのも一案です。過眠(睡眠時間が著しく長くなること)傾向になる場合もありますが、一般に精神科疾患では、不眠を訴える人が多いようです。
統合失調症では、周囲から悪口を言われている、自分の思考を周りから見透かされている、と感じる特徴的な症状によって、当事者は大変苦しい状況にあることがわかっています。幻聴に対し本人が言い返せば、それは独り言として周囲に映るため、その内容に耳を傾けることで、いつもとは明らかに様子が違う、と判断ができるのです。
このような様子に加え、緊張、興奮、焦り、怒りっぽさ、妄想を思わせるような発言が見られたら、早急に医療スタッフと連携を組み、安心して専門施設を受診できる環境を整える事が必要です。
この他、認知機能や一部の発達障害でも独り言が見られる場合があります。はたから見て心配な独り言は、発し手の体調、気分、睡眠状態、最近の言動などを総合的に考慮したうえで、見極めていくことが重要です。
まとめ
・独り言は発する場面や程度によって、周囲に迷惑ととられたり、奇異に映ったりすることがあります。
・独り言によって集中力や自己肯定感が増す、意思決定のプロセスが円滑になる などその効用を実感する人もいるようです。
・心配な独り言が聞かれ、様子が普段と異なる人物に対しては、心身の状態を確認し必要であれば付き添いのもと、早めの医療施設受診を行うようにしてください。