何らかの病気に罹患した際に、その病気の症状の一つとして痛みが現れる場合があります。ただし、一口に痛みと言っても、様々な痛みが存在します。
例えば、お腹の痛みにしても、腹部が刃物のようなもので刺されるように感じられる激痛や、腹部が重く感じられるような鈍痛などがあります。多くの方が、痛みの程度の差こそあっても、このような痛みの違いを経験したことがあるのではないでしょうか?
実は、そのような経験を裏付けるように、医学的に痛みの性質に応じた分類がなされています。それが侵害受容性疼痛・神経障害性疼痛・心因性疼痛といった分類であり、さらには体性痛・内臓痛・関連痛といった分類です。
そこで今回は、なかなか耳にする機会の少ない、痛みの性質に応じた分類について、わかりやすくご紹介したいと思いますので参考にしていただければ幸いです。
そもそも「痛み」とは?
普段何気なく使う「痛み」という言葉ですが、その定義・意味を考えてみたことはあるでしょうか?そもそも「痛み」とは、どのようなことを意味するのでしょうか?
そこで、まずは「痛み」の定義・意味について、おさらいをしておこうと思います。
「痛み」の定義・意味
「痛み」の国語辞書的な意味は、いくつかの辞書をあたってみると、概ね次のような意味があるとされています。
- 病気や傷などを原因とする肉体的な苦しみ
- 精神的な悩みや苦しみ
医学的な「痛み」の定義・意味
このような国語辞書的な「痛み」の意味に対して、医学的な「痛み」の定義・意味は、より詳細な定義がなされています。
国際疼痛学会(IASP)による定義は、次の通りです。
An unpleasant sensory and emotional experience associated with actual or potential tissue damage, or described in terms of such damage
引用元:国際疼痛学会(IASP)
この定義について、日本ペインクリニック学会は次のように日本語訳をしています。
・実際に何らかの組織損傷が起こったとき、または組織損傷を起こす可能性があるとき、あるいはそのような損傷の際に表現される、不快な感覚や不快な情動体験。
引用元:日本ペインクリニック学会
「痛み」の果たす役割
このような国際疼痛学会の定義を受けて、「痛み」とは、外部からの物理的刺激や人の生体内における病気などが原因となって引き起こされる非常に不快な感覚あるいは不快な感情を伴った体験と言うことができます。
このような「痛み」は、身体に生じている何らかの異常を知らせる警告の役割を果たしています。つまり、身体に痛みが発生することによって、人の正常な身体活動や生命活動が大きく害されないような仕組みとなっているのです。
この点、このような痛みによって警告を発する仕組みが存在しなければ、身体に生じている異常に気付かずに怪我や病気を放置したり、怪我や病気を繰り返すことになりかねず、最終的には生命が危険にさらされてしまいます。
ただし、非常に稀ではありますが、痛みを感じない病気も存在します。例えば、先天性無痛無汗症や先天性無痛症は、痛覚の消失によって骨折や脱臼を繰り返しやすいとされています。
痛みの悪循環
このように「痛み」は、身体に生じている何らかの異常を知らせる警告の役割を果たしているのですが、警告だからと言って「痛み」を放置して良いわけではありません。
過剰な痛みや長く継続する痛みは、原因が分かっていたとしても患者にとっては不快かつ辛いものです。ましてや、その痛みの原因が分からないとすれば、患者にとって不快で辛いだけでなく、精神的にも大きなストレスや負の感情を生み出します。
そして、この精神的ストレスや負の感情は、不眠症・うつ病・自律神経失調症などといった他の病気の原因となりかねません。このように、痛みを放置していると、病気が病気を呼んでしまう状況、すなわち痛みの悪循環を招いてしまう可能性があるのです。
ですから、痛みが現れた場合は、速やかに鎮痛処置及び原因疾患の治療をする必要があるのです。
原因による痛みの分類
医学的に痛みは、その原因によって侵害受容性疼痛・神経障害性疼痛・心因性疼痛に分類することができます。
そこで、原因による痛みの分類である侵害受容性疼痛・神経障害性疼痛・心因性疼痛が、それぞれどのような痛みであるのか、ご紹介したいと思います。
侵害受容性疼痛
侵害受容性疼痛とは、正常な細胞組織が損傷した場合、または損傷の可能性がある強い刺激が正常組織に加わった場合に発生するもので、侵害受容器を通じた痛みのことを言います。
侵害受容器とは、末梢神経の終末部に存在する感覚受容器のことで、刺激を電気信号・神経信号に変換する変換器のような存在です。わかりやすく言うと、侵害受容器は痛覚を構成する重要な存在とも言えます。
そして、外傷や炎症などによって侵害受容器が受けた刺激は、電気信号・神経信号に変換されて、末梢神経から中枢神経である脊髄神経を通じて脳に伝わり、脳で痛みを認識します。
このように末梢神経における侵害受容器において、外傷や炎症などの刺激を受けることによって痛みを感じるために、侵害受容性疼痛と言われます。侵害受容性疼痛は、その痛みが発生する部位によって、体性痛・関連痛・内臓痛に分類することができます。
神経障害性疼痛
神経障害性疼痛とは、脊髄などの中枢神経系あるいは末梢神経それ自体の機能が、何らかの理由で異常をきたして機能障害となることによって生じる病的な痛みのことを言います。
神経障害性疼痛では、侵害受容器・痛覚に刺激を受けていないのに、すなわち外傷や炎症などが存在しないのに、痛みが発生します。神経障害性疼痛で痛みが発生する仕組みは、電気信号・神経信号の通り道である中枢神経系あるいは末梢神経が、圧迫や断裂などによって損傷することにあります。
このように中枢神経系あるいは末梢神経そのものが損傷することによって、発生する痛みが神経障害性疼痛なのです。具体例としては、次のような場合の痛みが神経障害性疼痛に該当します。
- 脊髄損傷後の痛み:中枢神経系の脊髄の異常
- 脳卒中後の痛み:中枢神経系の脳の視床や大脳の異常
- 帯状疱疹治癒後の神経痛:末梢神経の異常
- 糖尿病性神経障害による神経痛:末梢神経の異常
心因性疼痛
心因性疼痛とは、侵害受容性疼痛や神経障害性疼痛といった身体の異常が原因ではなく、不安やストレスなどの心理的・精神的なものが原因となって生じる痛みのことを言います。
ただし、心因性疼痛の原因が心理的・精神的なものにのみあるわけではなく、社会的要因・行動要因・性格要因など様々な要因が複雑に絡み合っていることが多いとされています。
心因性疼痛の具体例としては、検査をしても身体的・器質的な異常・病変がないにもかかわらず、胃の痛みや不調が生じる機能性ディスペプシアや、大腸に痛みや不調が生じる過敏性腸症候群などが挙げられます。
侵害受容性疼痛の発生部位による痛みの分類
前述したように侵害受容性疼痛は、その痛みが発生する部位によって、体性痛・内臓痛・関連痛に分類することができます。
そこで、痛みの発生部位による分類である体性痛・内臓痛・関連痛が、それぞれどのような痛みであるのか、ご紹介したいと思います。
体性痛(体性疼痛)
体性痛とは、皮膚・骨・関節・骨格筋・腹膜・胸膜などの体性組織の侵害受容器が、外傷や炎症などによって刺激されることによって発生する痛みのことです。
体性痛の特徴は、痛みが現れる場所・位置が比較的明確に感じ取ることができ、多くの場合に痛みの現れる圧痛点と病患部の位置が一致します。また、体性痛の痛みは、主に非常に鋭く激しい痛みが持続するという特徴もあり、先端が鋭い金属で刺されるような痛みとも形容されます。さらに、体性痛の場合には、身体を動かすと痛みが増したり悪化することが多いとされています。
このような体性痛は、さらに痛みの発生部位によって、表面痛(表在痛)と深部痛に分類することができます。
表面痛(表在痛)
表面痛(表在痛)は、体性痛の一種類であって、皮膚や粘膜といった身体の表面部分に現れる痛みのことです。
表面痛は、主に次のような外因性の刺激を侵害受容器が受けることによって、痛みが現れます。
- 外傷(機械刺激):例えば、針で皮膚を刺す・刃物で皮膚を切る。
- 化学的刺激:例えば、化学物質による皮膚への刺激。
- 熱刺激:例えば、15度以下の冷却・43度以上の加熱。
また、表面痛には、鋭い痛み(速い痛み)と鈍い痛み(遅い痛み)があります。鋭い痛み(速い痛み)は、先端が鋭い金属で刺されるような痛みで、痛みの現れる場所は比較的明確に感じ取れます。一方で、鈍い痛み(遅い痛み)は、鋭い痛み(速い痛み)の後に続いて現れる焼けるような痛みのことで、痛みの現れる位置があまり明確ではありません。
このような表面痛は、侵害受容器に刺激を受けると、次のような機序(メカニズム)で電気信号・神経信号が脳まで伝えられます。
- 鋭い痛み(速い痛み):侵害受容器→Aδ線維(Aδ侵害受容線維)→視床・大脳
- 鈍い痛み(遅い痛み):侵害受容器→C線維(C侵害受容線維)→視床・大脳
神経線維の分類
痛みの情報を脳にまで伝える神経は、複数の神経線維で構成されています。そして、神経線維も太さや伝導速度などによって、いくつかの種類に分類されます。
- Aα線維:骨格筋の運動感覚の伝達(直径15μm、平均伝導速度100m/秒)
- Aβ繊維:皮膚の触圧感覚の伝達(直径8μm、平均伝導速度50m/秒)
- Ay線維:筋紡錘からの情報伝達(直径8μm、平均伝導速度20m/秒)
- Aδ線維:速い温痛覚の伝達(直径3μm、平均伝導速度15m/秒)
- B線維:交感神経の伝達(直径3μm、平均伝導速度7m/秒)
- C線維:交感神経の伝達と遅い温痛覚の伝達(直径0.5μm、平均伝導速度1m/秒)
このように、痛みはAδ線維かC線維を通じて、脳に伝達されます。
深部痛
深部痛は、体性痛の一種類であって、骨・関節・骨格筋・腹膜・胸膜・腸間膜・横隔膜・血管といった身体の深部に現れる痛みのことです。
深部痛は、表面痛を引き起こす外因性の刺激に加えて、内因性の刺激によっても痛みが現れることがあります。内因性の刺激とは、例えば炎症によって体内で発生する発痛物質のことで、この発痛物質が侵害受容器を化学的に刺激します。
また、深部痛は、表面痛ほど鋭い痛みと鈍い痛みが明瞭ではなく、どちらかと言うと鈍い痛みに近い疼く(うずく)痛みとされています。この深部痛の発生機序(発生メカニズム)は、侵害受容器からC線維を通じて大脳まで情報が伝達されて、痛みとして認識されます。
内臓痛
内臓痛とは、食道・胃・小腸・大腸・胆管・胆嚢(胆のう)・膀胱・尿管などといった管腔臓器が炎症や閉塞したり、あるいは肝臓・腎臓・脾臓・膵臓などといった被膜を有する実質臓器(固形臓器)が炎症や腫瘍を生じることによって、臓器の平滑筋が過伸展・拡張・縮小することで発生する痛みのことです。
内臓痛の特徴は、体性痛とは反対で痛みの現れる場所・位置が不明瞭で、ハッキリとしません。また、内臓痛の痛みは、主に周期性のある鈍痛であり、体内で何かが絞られる・締め付けられる・押されるような痛みと形容されます。さらに、内臓痛の場合には、多くの場合に吐き気・嘔吐・発汗・血圧低下といった自律神経症状を伴うことがあります。
内臓痛の具体例としては、胃炎・胃潰瘍・十二指腸潰瘍・大腸憩室炎・膀胱炎・胆嚢結石・尿管結石・胃がん・大腸がん・膵臓がんなどによる痛みです。
このような内臓痛の発生機序(発生メカニズム)は、侵害受容器から主にC線維を通じて大脳まで情報伝達されて、痛みとして認識されます。これは、内臓神経を構成する神経線維の多くがC線維であるからだとされています。
関連痛
関連痛とは、痛みの原因となる病変が生じた部位とは異なる部位に現れる痛みのことを言います。関連痛が発生するメカニズムには、いくつかの見解があるものの、現在は収束投射説という見解が有力となっています。すなわち、痛みの情報を伝達する神経は末梢神経から脊髄神経に収束し、痛みの情報は収束された脊髄を通じて脳に投射されるので、内臓からの痛みの情報を普段良く痛みを感じる部位からの情報と脳が勘違い・誤認をするからだと考えられています。
関連痛の具体例としては、以前は盲腸炎とも呼ばれた虫垂炎が有名です。虫垂炎は、右下腹部にある盲腸に存在する虫垂が何らかの要因で細菌感染して炎症を起こす病気です。この虫垂炎の初期症状は、心窩部・みぞおちに関連痛として現れます。そのため、初期段階で他の腹痛と判別・診断することは困難だとされています。
その後は時間が経過するにしたがって、痛みは右下腹部に移動します。右下腹部の痛みも、盲腸の腸管部の炎症にとどまれば内臓痛による鈍痛ですが、さらに進行して炎症が臓側腹膜や壁側腹膜に波及すると腹膜炎を併発して体性痛による鋭い痛みに変化します。
また、心筋梗塞や狭心症では、原因臓器の心臓が身体の左寄りに位置するため、関連痛が左半身に出やすいことも有名です。心筋梗塞や狭心症では胸痛が内臓痛として現れますが、左肩の違和感・痛みや左腕の違和感・痛みなどが関連痛として現れることがあります。
急性痛と慢性痛の違い
ここまで痛みの原因による分類(侵害受容性疼痛・神経障害性疼痛・心因性疼痛)と、侵害受容性疼痛における痛みの発生部位による分類(体性痛・内臓痛・関連痛)を見てきましたが、次に痛みの現れ方による分類、すなわち急性痛と慢性痛の違いについて、ご紹介したいと思います。
急性痛
急性痛は、概ね4週間から6週間以内に治まる痛みのことです。急性痛は、ほぼ侵害受容性疼痛であって、体性痛・内臓痛・関連痛として現れます。
急性痛は、前述したような身体に生じている何らかの異常を知らせる警告の役割を果たしています。脳が痛みの警告を受け取ると、緊急時だと判断して、交感神経の活動を活発化させて、心臓機能の増進による心拍増加や拍出量増加・血圧上昇・発汗・肺における過換気といった症状を引き起こします。
そして、痛みの原因となる刺激を取り除いたり、病患部の治療薬などによる回復で、急性痛は治まります。
慢性痛
慢性痛は、4週間から6週間で治まらず、それ以上続く痛みのことです。慢性痛は、侵害受容性疼痛だけでなく、神経障害性疼痛や心因性疼痛としても現れます。
慢性痛は、身体に生じている何らかの異常を知らせる警告の役割を果たすというよりも、むしろ慢性痛という一種の病気として捉えるべきと考えられています。というのも、慢性的な痛みの結果として、患者の生活の質を著しく低下させるからです。そして、慢性痛では、交感神経と副交感神経のバランスが乱れやすく、睡眠障害・食欲不振・便秘などの便通異常・イライラなど精神の不安定といった自律神経症状が引き起こされます。
まとめ
いかがでしたか?痛みの性質に応じた分類について、ご理解いただけたでしょうか?
一口に痛みと言っても、様々な痛みが存在します。医学的には、痛みの性質に応じた分類がなされており、それが侵害受容性疼痛・神経障害性疼痛・心因性疼痛といった分類であり、侵害受容性疼痛の痛みの発生部位による体性痛・関連痛・内臓痛といった分類です。また、痛みの現れ方による分類として、急性痛と慢性痛に分類することもできます。
このような痛みの知識は、がんの疼痛ケアにおいて非常に重要となりますが、一般的には役立つ場面が少ないかもしれません。しかしながら、腹痛の対処の際に役立ったり、病院での問診の際に医師の質問に的確に回答できるなど、知っていて損はありません。
ですから、もし「痛み」に対して興味をお持ちでしたら、本記事をきっかけに勉強されてみてはいかがでしょうか。
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