魚鱗癬(ぎょりんせん)という病気をご存知ですか。発症人数が少ないことから、あまり世間には知られていない病気です。この病気は遺伝疾患の1つで、皮膚が硬く鱗のようになるのが主な症状です。見た目の醜さから差別が起こることもあります。
周りにいる私たちがこの病気について正しく知ることで、患者さんが快適に過ごせることに繋がります。今回、魚鱗癬の概要や症状、原因、治療方法について詳しくご紹介します。
魚鱗癬について
ここでは、魚鱗癬の概要や皮膚の仕組み、症状や原因についてご紹介します。
魚鱗癬とは?
魚鱗癬とは、皮膚病の1つです。名前の通り皮膚の表面が、魚の鱗のように硬く厚くなり、剥がれ落ちます。軽度の場合は軽い乾燥肌に見えますが、重度の状態の場合は皮膚がとてもボロボロになり、見た目がとても醜くなります。
この病気にかかっている患者の数は日本だけで約200人だと言われ、男女比に大きな差はありません。重症な魚鱗癬が新生児や乳幼児に現れた場合、死亡する例も報告されていますが、今では内服薬投与をすることで、生命を脅かす危険は低くなっています。また、赤ちゃんの時は症状がひどく成人になってから症状が抑えられるという方もいますが、多くの方が一生症状が現れる難病です。
この病気は生まれたときから発症する先天性の皮膚の異常と言われており、皮膚の角質部分の形成異常が原因ではないかと考えられています。皮膚の外部からの刺激を守る力が弱い為、皮膚の表面から水分が蒸発しやすく、皮膚が激しく乾燥します。また、刺激から皮膚を守ろうと過剰に働くことで、皮膚が厚くなります。
夏場の温度調整が難しい時期に症状が悪化する方もいれば、冬場の乾燥時期に悪化して夏場には快適に過ごせるなど人によって様々です。人から人に伝染する心配はありませんが、皮膚の見た目が非常に醜い状態になる為、偏見や差別などの問題は少なからず起きています。中には、宿泊予約していたのにも関わらず、顔をみた際に宿泊拒否されたということも実際に起きています。
重い症状の場合は一目みただけでも分かりますが、軽症の場合は、アトピー性皮膚炎の症状と似ています。この病気を発症すると、皮膚の異常により、唇や目、耳などの形状が変わってしまったり、聞こえにくくなったり、動かしにくいなどの症状が現れます。下記のような症状が見られた場合は、魚鱗癬と診断される傾向にあります。
特徴的な症状
- まぶたが反り返る
- 唇の形が変わる
- 耳の一部の形が変わっている
- 皮膚がゴワゴワでひび割れる
- 皮膚に水泡が出来る
- 手の指が硬直して動かすことが困難
- 耳が聞こえにくい
- 手足に麻痺が出る
- 精神の発達遅れが見られる
- アトピー性皮膚炎のように肌が乾燥しごわつく
- 抜け毛
- 皮膚以外にも臓器に異常がある
皮膚の仕組みについて
皮膚は私たちの体を覆い、人間の形状を保っている他、外部からの刺激を守る、体温調整、触感を司る働きをしています。皮膚の仕組みを知ることで、魚鱗癬がどのように影響を与えるのか知ることが出来ます。ここでは皮膚の仕組みについてご紹介します。
皮膚の仕組みとは?
・人間の形状を保つ
人間の中身の部分が外に飛び出さないように、皮膚で覆われています。その為、人間の形状を保つ役割をしています。
・外部の刺激から体を守る
外からの紫外線や化学物質を始めとするあらゆる刺激や、ウイルスや細菌の進入を防ぐ役割をしています。皮膚の中にある、皮下組織という部分には、脂肪が蓄えられている為、弾力性があり、外からの刺激をクッションのように受け止める役割をしています。
・乾燥から肌を守る
皮膚は体の中にある水分を蒸発させずに、体の中に留めておく役割もあります。皮膚の約3分の1をやけどなどの外傷でダメージを受けた場合は、皮膚を守る機能が低下し、水分がなくなり、死に至ることもあると言われています。体の中に、水分を留めておくことは、生死に関わるとても重要な役割です。
・触覚
人には、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚と呼ばれる5感が備わっています。その中でも触覚は、皮膚の役割の1つです。外部からの刺激により、熱い、冷たい、痛いなどの感覚は皮膚から脳に送られるシグナルで感じることが出来ます。この機能が備わることで、生命活動維持を安全に行うことができます。
・物質の排泄と吸収
皮膚には、余分な物質を排出する役割もあります。人の皮膚は物質を体内に通す物質透過性があります。その為、汗を出したり皮脂の分泌などを行うことで体内環境を正常に保つことが出来ます。
・体温調整
皮膚は体温調整の役割もしています。暑いと感じた場合は、皮膚の血管が緩み、血行が促進され、汗をかいて体温調整を行います。寒いと感じた場合は、皮膚の血管が縮み、熱を体内にとどめるように働きます。
・ビタミンDの生成
皮膚は日を浴びることで、ビタミンDを生成する役割をしています。ビタミンDは体内でカルシウムを取り入れるのに必要な成分で、骨の形成を手助けします。
魚鱗癬の原因とは?
この病気の原因は、遺伝性の病気の1種です。遺伝子の異常により皮膚の細胞が正常に働かず、皮膚の再生や代謝などの機能が上手く行われない為に起こります。病型によって、常染色体劣性、常染色体優性、X連鎖性劣性、X連鎖性優性など、遺伝形式が異なります。また、特徴として、血族関係にある人同士が結婚することで発症しやすく遺伝しやすいと言われています。
両親のどちらかが魚鱗癬の場合は、その子供に遺伝する確率は50%と非常に高いです。両親がどちらも魚鱗癬の症状が現れていないにも関わらず、子供にだけ魚鱗癬の症状がでる場合もあります。この多くは、親のどちらか一方が病因遺伝子をもっていた場合に起こります。
しかし、両親のどちらとも病因遺伝子を持ち合わせていない場合でも、確率は低いですが、発症する可能性もあります。
魚鱗癬の症状と種類
魚鱗癬は大きく分けて6つの種類があります。共通する点は、体全体の広い範囲で皮膚が赤くなり、皮膚が厚く硬くなります。ここでは、それぞれの症状と種類について詳しくご紹介します。
尋常性魚鱗癬
尋常性魚鱗癬(じんじょうせい ぎょりんせん)は、常染色体準優性遺伝によっておきる、遺伝性の病気です。皮膚の乾燥と皮膚が剥がれ落ちる症状が見られる事と、アトピー性の皮膚炎と合併しやすい傾向にあるのが特徴です。
生まれた時に症状は現れませんが、乳幼児期になると発症し、10歳くらいまで病状が進行します。青年期を過ぎた頃に、症状が軽減される場合が多いと言われています。体全体の皮膚が非常に乾燥し、中でも下半身の前側と背中の部分に症状が強く見られますが、肘窩・膝窩・外陰部・胸腹部には見られません。
秋~冬にかけて、皮膚の乾燥時期になると状況は悪化し、皮膚が亀裂してしまうことで、歩く事が困難なる場合もあります。また、乾燥のひどい時期には、痒みを伴うこともあります。その反面、夏は比較的に快適に過ごせます。
伴性遺伝性魚鱗癬様紅皮症
伴性遺伝性魚鱗癬様紅皮症(ばんせい いでんせい ぎょりんせん よう こうひしょう)は、男性に現れる特殊なタイプです。X染色体劣性遺伝による異常により、ステロイドスルファターゼの欠損もしくは、減少が原因となり、角質の脱落遅延が発生し、皮膚の症状が現れます。
症状は、尋常性魚鱗癬よりも重症です。生まれた時に症状は現れませんが、乳幼児期になると発症し、年齢を重ねても症状の軽減を見せません。しかし、中には半透明の薄い膜で覆われた状態(コロジオン児)で生まれる場合もあります。
鱗の形状は大きく、暗褐色になります。体全体の皮膚が非常に乾燥し、中でも下半身の前側に関節の屈折部分、腹部に症状が強く見られます。肘窩・膝窩にも症状が現れますが、外陰部には見られません。角膜混濁という病気を合併しやすいのが特徴です。
尋常性魚鱗癬と同様に、冬の乾燥時期に症状が強くなり、夏場は快適に過ごせます。
水疱型先天性魚鱗癬様紅皮症
水疱型先天性魚鱗癬様紅皮症(すいほうがた せんてんせい ぎょりんせん よう こうひしょう)は、10万に1人の確率で発症する、常染色体優性遺伝の遺伝性の病気です。半透明の薄い膜で覆われた状態(コロジオン児)として生まれてくる場合があります。
また、乳幼児の頃は、体全体の赤みと水泡を繰り返しますが、学童期のころになると、鱗が厚くなり硬く変化します。また、硬くてゴワゴワした水泡やびらんが見られるようになり、皮膚の表面からは、特徴的な悪臭も放ちます。
皮膚のバリア力が非常に弱い為、水分が蒸発しやすく乾燥肌になりやすいです。その他にウイルスから体を守る機能も非常に弱い為、感染症にかかりやすいことや、夏場は温度調整をすることも難しく熱中症にかかりやすいです。
非水疱型魚鱗癬様紅皮症
非水疱型魚鱗癬様紅皮症(ひすいほうがた ぎょりんせん よう こうひしょう )は、皮膚に水泡が現れないのが特徴的です。水疱型先天性魚鱗癬様紅皮症と比べて軽症型で水泡が現れない、常染色体劣性による遺伝性の病気です。
30万人~50万人に1人の確率で発症し、皮膚の症状は全身が赤くなり、大きな鱗のような皮膚が特徴的です。また、手足の皮膚が厚くなるため、関節の動きを妨げ歩行が困難になる場合があります。
透明の薄い膜で覆われた状態(コロジオン児)で生まる確率が高く、生まれて数日で全身にびらんや皮膚が剥がれおちる症状が現れます。まぶたが反り返ることもあり、季節による大きな変動は見られません。10歳までは病状が進行し、それ以降は症状が軽減したり、進行が止まります。
葉状魚鱗癬
葉状魚鱗癬(ようじょう ぎょりんせん)は、非水疱型先天性魚鱗癬様紅皮症と症状が似ていますが、異なる点として、粗大,暗褐色,板状,葉状の大きな鱗のような皮膚が見られます。トランスグルタミナーゼと呼ばれるタンパク質とタンパク質をつなぎ合わせる機能が低下することで、起こります。
道化師様魚鱗癬
道化師様魚鱗癬(どうけし よう ぎょりんせん)は、生まれたときに発症し、命の危険を伴う重症なタイプです。常染色体劣性遺伝の遺伝性の病気です。生まれた時から、皮膚が非常に厚い角質で、ひし形に皮膚がひび割れしているのが特徴的です。
その形が道化師の衣装に似ている為、このような名前がつけられています。魚鱗癬の中でも最も症状が重いと言われています。別名で、「道化師様胎児」と呼ばれています。
まぶたの反り返りや唇の形状変化が見られ、脱水症状、細菌やウイルスによる感染症、呼吸困難などの症状が現れやすい為、生まれた後数日~数週間で死亡する確率が高いです。しかし、現在では、医学・薬品の進歩により、レチノイドを投与することで生存できる確率が高くなっています。
魚鱗癬症候群
皮膚だけでなく臓器にも異常が現れる遺伝性疾患を魚鱗癬症候群(ぎょりんせんしょうこうぐん)と言います。魚鱗癬症候群の中でも、シェーグレン・ラルソン症候群、ネザートン症候群、KID症候群、ドルフマン・シャナリン症候群、レフサム症候群、ラッド症候群と呼ばれる主に7種類ほどタイプがあり、それぞれによって症状が異なります。
しかし、ほとんどの場合は、皮膚の症状の現れ方は、非水疱型魚鱗癬様紅皮症と非常に似ています。どのタイプも、皮膚と臓器の異常を起こすものとして知られています。
主な7種類のタイプ
・シェーグレン・ラルソン症候群:
非水疱型先天性魚鱗癬様紅皮症と似た皮膚の症状、精神の発達が遅れる、手や足の麻痺
アトピー性皮膚炎の症状、アトピー素因
・KID症候群:
下半身・顔の棘状過角化、耳が聞こえにくい,角膜の炎症・ドルフマン・シャナリン症候群:
非水疱型先天性魚鱗癬様紅皮症と似た皮膚の症状、白血球内の脂肪滴,脂肪肝,白内障,神経症状
・レフサム症候群:
葉状魚鱗癬様皮膚と似た皮膚の症状、色素性網膜炎,多発性神経炎,小脳性運動失調,内耳性難聴
非水疱型先天性魚鱗癬様紅皮症と似た皮膚の症状、骨格の形成異常、白内障、骨端点状陰影,手足の麻痺
後天性魚鱗癬
上記でご紹介したタイプは基本的に、遺伝で発症するタイプのものですが、遺伝しないタイプのものもあります。病気などにかかったことをきっかけとして、皮膚が鱗のような症状を見せる場合があります。症状は尋常性魚鱗癬によく似ていますが、関節の屈折部分にも症状が現れます。
症状が現れる主な病気とは、ホジキン病・菌状息肉症・悪性リンパ腫といった悪性腫瘍やビタミン欠乏症などの栄養障害、透析患者、甲状腺機能低下などです。
魚鱗癬の治療方法
残念ながら、今のところ、根治療法は見つかっていません。現在出来る治療法としては、症状を緩和させることを目的に行われます。
魚鱗癬は基本的には一生涯続くものなので、こまめなケアが必要になります。ここでは、症状を緩和させる病院での治療内容と自分で出来るケア方法についてご紹介します。
外用薬を塗る
魚鱗癬は皮膚のバリア機能が低下し乾燥を起こします。その為、皮膚のバリア機能を補助的にサポートする為に、ワセリンや保湿剤を塗って症状を抑制します。
夏場は水分が失われやすく、冬場は乾燥が目立つ季節になります。その為、季節によって塗り薬を変える必要があります。皮膚が厚くなり、剥がれ落ちるような場合は、角質溶解剤という薬を用います。
この角質溶解剤に含まれているサリチル酸は、肌の菌の繁殖を防ぎ、古く硬くなった角質を柔らかくする効果があります。しかし、この薬による肌への刺激もあるので、使用しない場合もあります。人それぞれの症状に合わせた薬を使う為、いつもと違う症状がでた場合は、その都度医師に相談して薬を変える必要があります。
内服薬の投与
レチノイドと飛ばれる薬は、魚鱗癬に非常に効果を発揮します。しかし、副作用として水ぶくれやびらんが現れる場合もあります。子供の場合は、骨の形成に影響を与える恐れがあるので、服用する量に注意が必要です。成人の場合は、精子や卵子を生成する際に、異常をきたす場合があります。また、薬を服用中は、食べてはいけない食べ物など制限がかかる場合があります。薬の服用を終えたら男性の場合は6ヶ月以上、女性の場合は2年以上の間、避妊を行うことを勧められます。
このように副作用があるので、医師の監視の下、病気の症状を見ながら薬の量を常に調整する必要があります。また、水ぶくれやびらんなどが見られる際には、細菌やウイルスに感染する危険性が高くなるので、注意が必要です。感染がみられたり、症状が悪化するようであれば、抗生剤などを服用して菌を取り除く必要があります。
また、痒みを伴う場合は、抗ヒスタミン薬や抗アレルギー薬を投与して、症状を緩和させます。
点滴をする
魚鱗癬になった場合、食べても食べても皮膚に栄養がいくので、体全体の栄養バランスがとれなくなることが多くあります。その為、患者さんは背が低い、体重が軽いなどの状態が見られます。
このような時には、栄養剤などの点滴や内服薬の投与を行います。生後まもなくの赤ちゃんがこの病気で重篤の場合、点滴以外にも、呼吸の調整、体温調整などの保存的治療を行います。
日常生活でのケア
外服薬、内服薬だけでなく、日常生活で自分で出来るケアを行う必要があります。
・夏場の室温調整や衣服、水分補給ケア
夏になると外気の温度が高くなり、一般の方は汗をかくことで体温調整を行います。しかし魚鱗癬の患者さんは、発汗障害があり汗をかきにくく高体温になったり、水分が蒸発しやすく、熱中症になりやすくなります。その為、寝室の温度を調整したり、衣服に注意する、水分補給をこまめに行うなど細かいケアがとても重要になります。
・十分な栄養素を摂取
たんぱく質が失われやすい為、タンパク質を含む十分な栄養素を取るように注意する必要があります。
・肌を無理やりはがしたりしない
美容上、厚くなった肌は取り除きたいと思う方も多くいますが、無理やりはがすのは止めましょう。無理やりはがすと、はがした箇所から細菌やウイルスに感染する場合があります。
・清潔に保つ
皮膚の表面を清潔に保つことも重要です。毎日入浴することで、皮膚についた汚れをしっかり落とす必要があります。しかし、入浴することで皮膚のバリア力が弱まるので、きちんと保湿剤などを使ってケアすることが重要です。
・掻かない
かゆみが伴った場合、掻きたい気持ちも分かりますが、掻くことで症状が悪化するので、痒み止めの薬を医師に相談して、処方してもらいましょう。薬が効かない場合や薬が手元にない場合は、氷などを使って冷やしたタオルを患部に置くと、かゆみが収まります。
また、夜寝ている間に無意識のうちに掻いてしまう方もいます。手袋をはめて爪で肌を傷つけないように守ったり、包帯やガーゼなどで患部を覆い保護するなど対策する必要があります。
おわりに
魚鱗癬は遺伝疾患の1つです。残念ながら根本的な治療方法は見つかっていない為、外服薬や内服薬を使って、日々のお手入れが必要になります。この病気は、皮膚が魚の鱗のように硬くゴワゴワする為、見た目から差別や偏見をもたれることが少なくありません。
人から人に移るわけではないので、私たちがこの病気に関して正しく理解をすることが、偏見や差別をなくし、患者さんが快適に日常生活を過ごせることに繋がるのではないかと思います。