私たちが、日常生活でペンを持ったり、歩いたりといった動作ができるのは、手や足の「指」の存在が大きく影響しています。細かな作業では、指先の繊細な力加減や動きが必要になり、歩行の際には、足裏にかかる体重を分散させ、後ろへ蹴り出す動作が必要になります。
そして、これらの絶妙な動作が可能になるのは、「爪」が大きな役割を果たしているのです。爪がなければ、指先の繊細な動きや歩行も、非常に困難になると言われています。
また、女性の場合は、健康な爪があるからこそ、ネイルアートなどで、指先のお洒落を楽しむことができます。
しかし、何らかの原因で、爪が剥がれるように浮き上がることがあるのです。それが「爪甲剥離症」と呼ばれる症状です。爪ならば、命に関わることはないと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、内臓疾患が原因でこのような症状が現れることもあるため、注意が必要です。
そこで、ここでは、爪甲剥離症とはどのような症状なのか、その原因や治療法などについてご紹介いたします。
爪甲剥離症とは?
健康な爪の状態は、伸びると爪先部分が白くなり、爪床(爪がついてる指先の部分)はピンク色をしています。
爪甲剥離症とは、本来白くなるはずのない爪床が、先端部分から根元に向かって白くなり、爪が浮き上がってしまう症状を示します。全て爪が剥がれてしまうことはありませんが、治療が長期に及ぶことがあるようです。
どんな人がなりやすいのか?
爪甲剥離症を引き起こすのは、男性に比べると、圧倒的に女性が多いと言われています。また、後ほどご紹介する原因の項目で詳しくご説明しますが、外的要因も大きく関わるため、美容師や職人、料理人といった、手先を駆使する職業の人が発症しやすいとも言われています。さらに、若い世代に比べると、中高年層に多く見られるのも、特徴です。
爪甲剥離症の症状
では、どのように症状が現れてくるのでしょうか?爪甲剥離症になると、まず、爪が伸びたときに白くなる部分が、爪が伸びていないにも関わらず、大きくなっているように見えます。そこから、症状が進行するにつれて、爪床中央部まで白い部分が広がり、爪が浮き上がってきます。
そして、場合によっては、白く浮き上がった部分が、変色してしまうこともあるようです。
爪甲剥離症の原因は?
爪甲剥離症を引き起こす原因には、後天性と先天性のものがあり、そのほとんどが、後天性のものであると考えられています。また、後天性の原因の中にも、外的要因と内的要因に分類され、多くは外的要因によって、このような症状を引き起こしていると言われています。
適切な治療を行うためにも、まずは、何が原因で症状が出ているのかを見極めることが、非常に大切です。それでは、爪甲剥離症を引き起こす様々な原因について、早速見ていきましょう。
微生物感染によるもの
爪甲剥離症の原因として、比較的多く見られる原因が、この微生物感染によるものです。微生物による感染症で、爪甲剥離症を引き起こす場合、以下のような病原菌が原因としてあげられます。
<カンジダ菌>
爪甲剥離症は手と足、どちらの爪にも生じますが、このうち、手に爪甲剥離症が見られた場合の、最も多い原因と言われているのが、カンジダ菌によるものです。
カンジダ菌は、もともと私たちの身体に存在している「常在菌」の一種なのですが、疲れやストレスなどで、抵抗力が弱まったときに、病原性を持ち、皮膚や爪などに不調を招くことがあります。症状としては、爪甲剥離のほかに、
- 爪周囲の皮膚に、湿疹や炎症といった皮膚疾患が見られる
- 爪が変形している
- 爪が黄色く変色している
といった症状が見られます。しかし、手指の爪の症状では、原因菌を発見しにくいことが多いのです。これには、お手洗いを済ませた後や、帰宅直後、料理の前など、日常生活内で想像以上に頻繁に「手を洗う」という行為をしていることが影響しています。
手を頻繁に洗うことで、剥離している部分の菌は除菌されてしまうため、先端部分の爪甲検査だけでは、菌を発見しづらいというわけです。
そのため、ネイルクリッパーなどで、剥離している部分を可能な限り除去し、できるだけ剥離が起きている箇所に近い場所の角質を採取して、調べる必要があります。
<白癬菌>
足の爪に爪甲剥離が見られた場合、白癬菌が原因となっていることが多いようです。これは「爪水虫」と呼ばれているもので、水虫を引き起こす白癬菌が爪内部にまで感染することによって、爪甲剥離が見られます。症状としては、
- 爪が白色、または褐色に変色する
- 爪が分厚くなる
- 爪表面に筋がある、または爪表面が脆くなる
- 爪周囲に炎症がある
といった症状があげられます。カンジダ感染の症状と似ているため、間違いやすいのですが、白癬菌感染の場合、カンジダ感染では見られない、「爪肥厚」の症状が見られるのが特徴です。
<ピチロスポルム>
ピチロスポルムもカンジダ菌と同様に、常在菌の一つで、皮脂を好むカビの一種です。皮脂の分泌が盛んな場所に繁殖し、皮膚に炎症をもたらすことが多いのですが、稀に、爪に感染して、爪甲剥離を引き起こすケースもあるようです。
外部刺激によるもの
爪甲剥離症を引き起こす原因として、微生物による感染症と同様に多いと言われているのが、怪我などの外傷や、皮膚炎などによるものです。
<外傷>
ドアに指を挟んだり、重たいものが指に落ちる、あるいは、本来のサイズよりも小さな靴を履いての激しい運動など、強い圧力や衝撃が加わることで、爪が浮き上がる・剥がれるといった症状が見られることがあります。このケースでは、出血や強い痛みを伴います。
<皮膚炎>
爪甲剥離症を引き起こす皮膚炎で最も多いと言われているのが、接触皮膚炎です。これは、何らかの原因物質に触れることが刺激、あるいはアレルギーとなり、紅斑や水疱、湿疹等を起こす病気です。
「手先を使う人が爪甲剥離症を起こしやすい」と先に述べたのは、そういった人たちが、皮膚炎を起こす原因物質に触れる機会が多いというのも起因しています。
ゴム手袋や、漆など、原因となる物質はいろいろなものがあり、炎症が爪周囲、または爪内部にまで広がると、爪甲剥離を引き起こすことがあります。原因物質には、そのほかにも以下のようなものがあげられます。
- 消毒液に含まれる次亜塩素酸ナトリウム
- 洗剤などに含まれるフッ化水素酸
- マニキュア
- エポキシ樹脂
このほかにも、爪甲剥離の原因となる皮膚炎には、
- 乾癬
- 多汗症
- 扁平苔癬
- 尋常性天疱瘡
などが挙げられています。
鉄欠乏性貧血によるもの
血液の赤い色素であるヘモグロビンの濃度が低下し、様々な不調を引き起こす「鉄欠乏性貧血」は、鉄分不足が原因となって起こります。単に、食事からの栄養素が不足していることが原因になるわけではなく、
- 消化器疾患による出血や、月経による出血
- 胃を切除したことによる吸収障害
- 成長期や妊娠期などに鉄需要量が増大することによる鉄欠乏
なども、原因としてあげられます。鉄欠乏性貧血になると、爪が割れやすくなったり、爪が匙のように反ってしまう「匙状爪」になるため、爪甲剥離を起こすことがあります。
そのほかの症状としては、
- 舌や唇の端が荒れる
- 抜け毛が目立つ
- 皮膚がカサつく
- 身体を動かすと動機や息切れがする
- 疲れやすい
といった症状も見られます。
薬剤によるもの
病気を治療するために内服している薬が原因となって、爪甲剥離症が生じることもあります。なかでも、爪甲剥離を起こす薬剤として知られているのが、ドキシサイクリンやミノマイシンなどの、感染症の治療に用いられる「テトラサイクリン系統」の抗生剤です。
これらは、薬剤による光線過敏が原因となっているため、日差しの強い夏場に症状が悪化し、冬になると和らぐという特徴もあるようです。
そのほかにも、
- ブレオマイシンや5-FUなどの抗がん剤
- ニキビの治療などに用いられるレチノイド
- 経口避妊薬
などでも、爪甲剥離症の症状が見られることもあるようです。
全身性疾患によるもの
ここまでお伝えしたような、「外的要因」のほかに、爪甲剥離症が、何らかの疾患の症状として現れることもあります。
甲状腺の異常によるバセドウ病によって、爪甲部が軟らかくなり、爪が浮き上がる症状が見られることは、よく知られています。そのほかにも、
- 肺疾患(黄色爪症候群や肺がんなど)
- 糖尿病
- ペラグラ
などの病気が原因となって、爪や皮膚にも影響が出ることがあるようです。爪の状態は、その人の健康状態を示すバロメーターであるとも言われています。
とくに思い当たる原因がないのに、爪が剥がれるといった症状が見られる場合には、このような全身性疾患の疑いがあるかもしれません。
先天性のもの
先天性の遺伝子の異常などによって生じる、先天性厚硬爪甲や、先天性示指爪甲欠損症などによって、爪甲剥離の症状が見られることもあるようですが、ごく稀だと言われています。
原因不明
様々な原因を視野に入れて検査をしても、明確な原因が判明しないこともあるようです。この場合、自然に治ることのほうが多いと言われています。
爪甲剥離症の治療方法は?
爪甲剥離症は、自然に治癒することは難しく、原因となっている疾患の治療や、原因要素を避けることが大切です。そのためにも、前途したように、爪が剥離した原因を正確に見極めることが重要なポイントになります。
ここでは、爪甲剥離症を引き起こす原因の多くにあげられる、後天性の疾患や要因についての治療法や、対処法などをご紹介いたします。
微生物による感染症の治療
微生物によって感染症を起こし、爪甲剥離症を生じている場合には、それらの感染症を治療することが根本的な治療になります。
<カンジダ感染症の治療>
カンジダ感染症の治療は、主に薬物療法が用いられます。ケトコナゾールやルリコナゾール、ラノコナゾールなどの「イミダゾール系統」の抗真菌薬を処方されることが多いようです。
また、薬での治療に加えて、カンジダ菌が繁殖しないように、
- 蒸れた状態にせず、乾燥させておくこと
- 高温多湿の場所は避けること
- 低下した抵抗力・免疫力を改善すること
なども同時に行うことが大切です。
<白癬の治療>
白癬になっていない、綺麗な爪に全て生え変わるまでには、約半年~1年と長期間を要するため、治療には根気が必要です。
薬物療法では、クレナフィンという塗り薬に加え、イトリゾールやラミシールという内服薬も合わせて使用するケースもあるようです。また、白癬の治療で効果的な薬は、カンジダ症では効果が得られません。原因菌を正確に見極めることができなければ、治療薬も正確に選ぶことができないので、注意が必要です。
このほかに、白癬の治療では、レーザー治療によって、病原菌を殺菌する治療法もあります。所要時間は約10分~20分程度で、そのときの症状に合わせて、照射頻度を変えて治療を行います。
レーザー治療にかかる費用は、病院によっても異なるため、事前に確認しておくと良いでしょう。
<ピチロスポルムの治療>
ピチロスポルムによって諸症状が出るのには、ビタミンB群の不足が大きく関係しています。そのため、薬物療法では、ビタミンB2やビタミンB6製剤を内服し、合わせて、ニゾラールなどの抗真菌薬の塗り薬が処方されることが一般的です。
しかし、ピチロスポルムが原因で症状が出ている場合、体調やストレス、飲酒や甘いものの過剰摂取によってビタミン不足を生じている場合もあるので、薬物療法と並行して、ストレスの緩和や、食生活の見直しも必要になります。
外傷時の対処法
外傷が原因で、爪甲剥離が見られた場合、まずは剥がれた部分を正しく処置する必要があります。軽度の場合は、自己対処でも問題ありませんが、外傷の程度がひどい場合には、応急処置後、すぐに外科を受診することをおすすめします。
外傷による爪甲剥離の対処法は以下のとおりです。
- 傷口が細菌感染しないよう、患部を流水でよく洗い、消毒して清潔に保つ
- 爪が浮き上がった部分を、ガーゼや包帯などで覆い、保護・固定する
外傷によって爪が剥がれる、あるいは浮き上がった場合には、新しい爪が生えてくるのを待つのが一番です。清潔に保つことを心がけ、タンパク質を効果的に摂取するなどして、爪の成長を促すサポートをしましょう。
また、爪を固定する場合、粘着力のある絆創膏などは、爪にくっついてしまうため、好ましくありません。粘着力のない、ガーゼなどを使用するようにしましょう。
皮膚炎の治療
爪甲剥離症を招く皮膚炎の中でも、最も多いと言われる、接触性皮膚炎の場合は、原因物質を避けることが根本的な改善になります。そのためには、原因物質を見極める必要があるため、パッチテストなどの検査を行います。
原因物質が判明したら、可能な限り、その物質との接触を避け、同時に一時的にステロイド剤などを使用し、炎症を抑えます。また、かゆみが生じている場合には、抗ヒスタミン剤を処方されることもあるようです。
そのほかの皮膚炎の場合にも、
- 乾癬の場合:ステロイド剤や紫外線照射、ビタミンD3外用薬の使用
- 扁平苔癬の場合:抗生物質やステロイド剤、レーザー照射による治療
- 尋常性天疱瘡の場合:ステロイド剤や免疫抑制剤の使用
など、それぞれの皮膚炎に適切な治療を行うことが大切です。
薬剤による爪甲剥離症の治療
薬剤による光線過敏の場合は、まず、その薬を服用する原因となった病気を治療しなければならないため、安易に断薬することはできません。あまりにも症状がひどい場合には、担当医に相談してみるのも良いでしょう。
しかし、できるだけ紫外線に晒されないよう工夫するなどの、対処法で対応していくのが、最も現実的な方法であると言えるかもしれません。
鉄欠乏性貧血の治療
鉄欠乏性貧血を起こすと、爪だけではなく、全身に不調が現れますので、早急に改善が必要です。
主に、鉄剤を服用することをメインの治療とし、並行して食生活の改善も必要不可欠です。鉄分には、動物性食品が多く含む「ヘム鉄」と、植物性食品が含む「非ヘム鉄」の2種類があげられます。体内での吸収率は、ヘム鉄の方が、断然高いため、食事から鉄分を効果的に摂取したい場合には、レバーなどの動物性食品を多く取り入れると良いでしょう。
また、鉄分を吸収するには、ビタミンCやタンパク質も欠かせません。バランスを見ながら、効果的に栄養素を吸収できるメニューを考えることが大切です。
また、手術などで、内服薬のみでは十分に鉄分を吸収できない場合には、注射や点滴で鉄剤を補充するケースもあるようです。点滴の際には、アレルギー反応が出ることもあるので、経過観察をしっかりと行うことが重要です。
全身性疾患、内臓疾患の治療
甲状腺疾患や、肺疾患、あるいは糖尿病などによって爪甲剥離症を起こしている場合には、それぞれ専門的な治療が必要です。
- 甲状腺の場合:内科や内分泌科、あるいは甲状腺科
- 肺疾患の場合:内科、もしくは呼吸器内科
- 糖尿病の場合:内科(糖尿病の専門医がいる所だと尚良い)
以上のように、それぞれの病気にあった病院を受診し、まずは、原因となっている病気を治療しましょう。
まとめ
いかがでしたでしょうか?最近では、ネイルをする女性が増えたため、若い世代でも、ネイルに含まれる化学物質が原因となって、爪甲剥離症を起こしている人も多いようです。
一度ネイルをすると、ネイルを剥がした状態が物足りなく感じ、常にネイルをしていなければ気が済まないという人もいるようですが、爪のためには、あまり良くありません。ときには、爪を休ませてあげることも大切です。
また、このような爪の異常から、思わぬ内臓疾患が判明することもあるため、「たかが爪の症状」と侮るのは、大変危険です。
思い当たる外的な要因がない場合には、一度、内科を受診してみることをおすすめします。