「ジストニア」という病気をご存知でしょうか?以前、某ミュージシャンが、この病気によって無期限休養したことがニュースになったため、「病名だけなら聞いたことがある」という人も多いかもしれません。
ジストニアとは、脳の大脳基底核や神経系統などに障害が起こり、自分の意思とは関係なく、筋肉が持続的に収縮する病気です。
ある調査では、全国で500人程度の人が、ジストニアを患っていることが判明しました。また、難病指定されている病気ですが、諦めずに治療を続けることで、症状が劇的に改善される可能性もあります。
そこで、ここでは、ジストニアとはどのような病気なのか、その症状や原因、治療法などについてご紹介いたします。
ジストニアとは?
ジストニアは、脳の基底核や視床、大脳皮質などが過剰に活動することで、自分の意思とは関係なく身体が動いたり、筋肉が収縮するといった「不随意運動」が生じる、脳の病気です。
しかし、視覚・聴覚などの感覚機能や知能に障害を起こすことはなく、命に関わる疾患ではなことがわかっています。
ジストニアの原因
先に述べたような脳の異常が起こる原因には、以下のようなものがあげられます。
- 原発性:遺伝子の突然変異によるもの
- 続発性:血管障害や代謝異常、外傷によるもの
- 薬剤性:抗精神薬や制吐薬などの薬剤を、長期服用することによって生じるもの
以上のような原因が考えられます。薬剤性の場合、内服後にジストニアを引き起こした例がある薬剤には、以下のようなものがあげられます。
- 抗精神薬:クロルプロマジン/フルフェナジン/ハロペリドール/チオチキセン など
- 制吐薬:メトクロプラミド/プロクロルペラジン など
原発性の場合は、脳に明確な病理的変化は認められていませんが、一方、何らかの疾患の後遺症として二次的にジストニアが発症した場合には、大脳基底核に病変が確認された例もあるようです。
しかし、二次的にジストニアが発症した場合に、病変が起きる箇所が「大脳基底核」だということを考えると、原発性の場合も、何らかの障害が生じている箇所は、二次性のものと同様に「大脳基底核」だと考えられるはずですが、実際のところは不明な点が多く、明確な原因がわからない場合も多々あるのが現状です。
ジストニアの症状
ジストニアの具体的な症状には、以下のようなものがあげられます。
- 首がねじれたり、上下左右いずれかに傾いた状態になって、元に戻らなくなる。
- 手足や身体が歪み、元に戻らなくなる。
- まぶたが自分の意思とは関係なく閉じようとする。
- 口を開けたままの状態で閉じられない、あるいは口が開けられない。
- 舌が勝手に動く、唇の外に出る。
- 鉛筆や箸が持てず(あるいは持ちづらく)、字が書けない、箸を上手く使えない。
- ピアノなどの特定の楽器が弾けなく(あるいは弾きづらく)なる。
以上のほかにも、症状は人によって様々で、全身の筋肉で、収縮状態が起こる可能性があります。このような症状には、
- 姿勢のパターンや、不随意運動には、反復・持続性がある。
- 特定の動きをするときにだけ症状が出るケースが多くある。
- 感覚を刺激することで、症状が一時的に軽くなることがある。
- 朝は症状が軽い。
- 何らかの環境で症状が悪化することがある。
- 何らかのきっかけによって、症状が急激に悪化したり、良くなったりすることがある。
といった特徴が見られます。
とくに、発症後すぐは、ストレスや感情の乱れなどによって症状が悪化することがあり、それらは症状の緩和を遠ざける原因にもなりかねません。
重度の場合に限らず、軽度の場合においても、肉体的には非常につらい状態が続くため、精神的なダメージを受ける人も多く見られます。
ジストニアの分類
ジストニアは、症状が現れる場所によって、「全身性ジストニア」「局所性ジストニア」「髄節性ジストニア」に分類されています。それぞれをさらに詳しく見ていきましょう。
全身性ジストニア
幼少期に発症する場合や、長期に渡って抗精神薬、あるいは制吐薬を服用したあとに見られるのが、このタイプです。体幹部などの身体の広範囲にジストニアの症状が現れ、身体がねじれたり、後ろに反り返ったような状態になるなどの症状が見られます。
全身性ジストニアの中でも、以下のようないくつかの種類に分けられます。
<頸部ジストニア>
首が傾いた状態になって戻らない、あるいは首がぐるぐる回るといった不随意の反復運動が見られます。
<ドーパ反応性ジストニア>
幼少期に発症することが多く、遺伝性によるものだと考えられています。片足から症状が現れ始め、やがて全身に広がるというのが典型的な症状です。バランス感覚を維持することが難しく、パーキンソン病の症状と似ているというのも特徴の一つです。
<遅発性ジストニア>
抗精神薬や制吐薬の服用、あるいは外傷などによって、成人になってから全身性ジストニアを発症した場合は、遅発性ジストニアに分類されます。遅発性の場合、顔や腕の筋肉収縮から始まることが多いと言われています。
全身性ジストニアは、遺伝子の突然変異が原因となっていることが多く、なかでも「DYT1遺伝子」と呼ばれる遺伝子が、こういった突然変異を起こしやすいと言われています。
また、進行性の病気のため、最終的には車椅子が必要になる可能性もあるようです。
局所性ジストニア・髄節性ジストニア
身体の一部分にジストニアの症状が現れるものを「局所性ジストニア」、複数の部位にジストニアの症状が現れるものを「髄節性ジストニア」と呼びます。
身体の特定の部分が、細かな動きを長期に渡って繰り返し行うことで、神経伝達機能に負荷をかけていることが、脳に異常をきたす原因とも考えられており、ミュージシャンや手先を使う職人がなりやすいのも、これらのジストニアだと言われています。
また、30代~40代の女性に発症するケースが多く、ストレスを感じたとき、あるいは何らかの特定の動作をしようとしたときに、不規則な痙攣が始まるといった症状が、初期の段階で見られます。
このような症状は、時間が経つほど悪化し、初期の段階では症状が現れなかった安静時にも、痙攣が出てくるようになります。最終的には、その部分がねじれたり傾いた状態で固まるため、その無理なねじれによって、痛みを伴うこともあるようです。
先に述べた、「まぶたが閉じようとする」「声が出しにくい」「楽器が弾きにくい」といった症状は、これらの局所性・髄節性ジストニアに分類され、重度の場合には、嚥下障害や開眼障害、発語障害などの合併症を引き起こす可能性もあります。
ジストニアの治療について
ジストニアの治療では、何が原因でジストニアを発症しているのかを見極めることが大変重要になってきます。脳に異常な回路ができて、それが固定される前に、初期の段階で原因を見極め、治療に取り組むことがジストニア治療のカギとなります。
現段階でジストニア治療として行われている方法には、以下のようなものがあげられます。
内服治療
ジストニアの特効薬になるものは、現在日本には存在しませんが、ジストニア治療で最も多く用いられているのが内服治療です。
しかし、薬による治療の有効性は低く、一時的に効果が見られた場合でも、継続的に内服することで薬の効力が低下したり、副作用を招く可能性があるといった問題が生じるため、あくまで補助的に用いられることが多いようです。
内服治療には、以下のようなものがあげられます。
<レボドパ投与>
これは主に、ドーパ反応性ジストニアの治療に用いられます。ドーパ反応性ジストニアの場合、レボドパを低用量服用することで、持続的に症状が緩和されると言われており、さらに「カルビドパ」という薬と併用することで、劇的に症状が緩和した例もあるようです。
また、レボドパ投与によって症状の軽減が見られた場合、ドーパ反応性ジストニアだと判定される場合もあるようです。
<ボツリヌス治療>
局所性ジストニア、髄節性ジストニアの治療として行われるのが、ボツリヌス治療です。ボツリヌスは、食中毒を起こす菌として知られていますが、治療で実際にボツリヌス菌を投与するわけではなく、ボツリヌス菌の神経毒素を製剤化したものを使用します。
筋肉収縮を起こしている箇所に注射することで、筋肉を麻痺させ、症状を緩和させるという治療法で、日本で適応対象となるのは、眼瞼攣縮と攣縮性斜頚のみとされています。
<抗コリン作用のある薬剤投与>
これは全身性ジストニアに用いられる治療法で、神経信号を遮断し、痙縮を軽減する、抗コリン作用を持つ薬剤を投与するものです。
代表的な薬として、トリヘキシフェニジルやベンズトロピンなどがあげられますが、重度の副作用を発症する危険性もあるため、高齢者の治療においては適切な治療とは言えません。
その場合、神経伝達物質の一つである「GABA」という抑制物質に作用し、痙縮などの症状を和らげる「ギャバロン髄注」という薬を経口投与、あるいはカテーテルを介して、髄腔へ直接投与する治療法が用いられることがあります。
<抗パーキンソン病薬>
全身性ジストニア患者の中で、ドーパ反応性ジストニアの患者に最も効果があると言われている治療法です。歩行が難しかったり体のバランスをとることが困難な場合、抗パーキンソン病薬で、体の震えや筋肉がつっぱってしまう症状を改善します。
パーキンソン病の症状がある患者の場合、薬の服用により症状が緩和されるという結果も多数あります。 飲み薬での治療となるため、手術や入院の必要がなく、体や費用の負担も軽減できます。
飲み薬での治療ですが、急な発熱や動悸など、軽い副作用を起こす場合があります。服薬は、医師の指示のもと正しく行いましょう。
<筋弛緩薬>
全身性ジストニア患者に適用される治療法で、筋肉が緊張状態に陥っている原因の神経を鎮めて血の巡りを良くするため、筋弛緩薬を投与します。投与の方法は、経口投与のほか、脊柱管に埋めたポンプで投与するケースがあります。
経口投与の場合は、手術療法よりも体への負担は少ないですが、腎臓機能が弱い患者には不向きです。また、めまいや呼吸困難などを起こすアナフィラキシーと呼ばれる副作用を発症することもあるため、事前に医師に確認しておくといいでしょう。
薬物療法も注射療法も、いずれも効果が期待できなかった場合は、手術療法を検討します。
外科的治療
外科的治療は、脳の手術をすることで症状を緩和させる治療法です。脳深部にある「淡蒼球」と呼ばれる箇所を刺激するため、微小の電極を埋め込む手術や、痙縮を起こす神経を遮断する手術などがあげられます。
全身に症状が出ている場合や重度の場合、あるいは薬の反応が見られない場合などにこの治療法が用いられており、薬剤内服によって生じる遅発性ジストニアに、有効な治療法だと言われています。
鍼治療
ジストニアにおける鍼治療では、筋肉の痛みや緊張、血行不良、自律神経の乱れを改善することを目的としています。経穴(ツボ)に鍼を刺したり、鍼に超微弱な電流を流す新たな鍼治療も出てきているようです。
鍼治療は神経症状に効果的な治療法とも言われており、実際に手術をしなくても鍼治療で改善したという人も少なくありません。
心理療法
前途したように、ジストニアはストレスや感情の乱れによって悪化する可能性がある病気です。ボツリヌス治療の効果も、精神状態が不安定な場合は、効果を得られないこともあります。また、痛みが生じている場合においては尚、精神的なダメージが大きいのも事実です。
症状悪化が心因性による可能性が高い場合には、これらのストレスを緩和する心理療法が並行して行われます。
定位脳手術
手術での治療はボツリヌス注射と同じで、筋肉の異常運動が原因の局所性ジストニアに効果があり、意志に反して動いてしまう筋肉の運動を遮断する「選択的抹消神経遮断術」が安全で効果があると言われています。
主に、遺伝性のジストニア症状の患者に行われる手術ですが、他の治療法で改善しない重度の全身性ジストニア患者や、局所性ジストニア患者に行われることもあります。定位脳手術は、わずかに穴を開けた頭蓋骨に電極を埋め、脳を刺激して筋肉の異常な動きを緩和させることを目的とした手術です。
薬物療法などに比べて心も体にも負担が大きく、退院後も定期的な通院が必要になりますが、重度の症状を患ったジストニア患者への高い効果が期待できる治療法でもあります。ただし、70歳以上の高齢患者は受けられません。
手術を行なった場合、入院期間は1ヶ月程度はかかるでしょう。病院によって様々ですが、費用は平均的に手術機器だけで300万円程度、総額で400万円以上となります。保険が適用されるため、実際の負担額は総額の3割です。
ジストニアの検査方法
ジストニアの疑いがあり、医師の診察を受ける際には、まずは脳や神経、筋肉の病気を扱う神経内科を受診するといいでしょう。ただし、病院によっては他の科で診療する場合もあるので、不明な場合は受付等で問い合わせてください。ジストニアは、比較的まれな疾患です。専門の診療科があり、ジストニア専門の知識を持つ医師がいる病院に行くことをおすすめします。
さてここでは、医師によって様々ですが、考えられる検査方法を挙げてみました。
遺伝子検査
突発的に発症したジストニアなど、遺伝子性ジストニアの疑いがある場合にまず行われる検査です。遺伝性に問題が生じている場合は、血液検査やCTスキャンなど、他の検査で異常が無いのが特徴です。
遺伝子検査は、採血をします。数日で結果が分かります。
CTスキャン、MRI
ジストニアは、CTスキャンやMRIでは脳に異常はみられません。しかし、病気を確定診断するためには、多角的な面からの検査が必要とされ、CTスキャンとMRIはその検査法のひとつです。
診断には、共収縮や相反性抑制障害の症状を確認するため、筋電図で関節の筋肉の動きを診る検査を行うことが多いでしょう。
血液検査
ジストニアの症状によっては、血液検査から情報を得たり、原因究明につながる可能性もあります。
まとめ
いかがでしたでしょうか。ジストニアの治療において、現段階では対処療法しかないといった問題に加え、他の病気のように「風邪をひいたので内科」「鼻が詰まるので耳鼻咽喉科」など、何科を受診すれば良いのかというのが、明確ではありません。
というのも、日本では神経内科、脳神経外科、リハビリテーション科など、ジストニア治療を行っているのが、病院によって異なるのです。
さらに、身体障害者手帳や障害年金には、ジストニアの症状が対象とされておらず、歩行が困難な場合を除いては、簡単に支援を受けることができないといった問題があります。
ジストニア患者の方が、少しでも明るく、治療に前向きに取り組むためには、まず、このような課題を解決していく必要があるとも言えるのではないでしょうか。