私たちの身体を支えている骨格は、非常に大切な役割を果たしています。身体そのものを支えるだけではなく、内臓を正常な位置に保ち、あるいは保護し、また、様々な動作ができるのも、骨があるからこそと言えるでしょう。
しかし、骨だけの存在では、腕を動かしたり、指を曲げてものを掴むことはできません。多様な動作は、骨と骨の間にある関節や、そこにある靭帯や関節包、筋肉といったいろいろな組織が機能していることで、初めて可能になるのです。
ところが、この関節が正常に機能しなくなることがあります。それが「脱臼」という症状です。脱臼という言葉のみならば、聞いたことがある人も多いかもしれませんが、それが果たしてどのような状態になっているのかを、細かく説明できる人は、おそらくあまりいないことでしょう。
実は、脱臼には種類があり、それぞれの損傷状態や症状も異なります。そこで、ここでは、脱臼の種類や、それらの症状、治療方法などについて、ご紹介いたします。
この記事の目次
脱臼の種類
脱臼と聞くと、皆さまはどのような姿を想像するでしょうか。おそらく、肩から腕がぶらりと垂れ下がって、動かせなくなってしまった姿をイメージする方が多いことでしょう。
もちろん、それも脱臼症状の一つなのですが、ほかにも様々な脱臼があります。それでは、脱臼の種類、そして、それぞれの損傷状態などについて、見ていきましょう。
関節の仕組み
脱臼の種類をご紹介する前に、まずは、脱臼が生じる関節部分がどのような仕組みになっているのかを、簡単にご説明します。
通常、関節部分の骨と骨がつながる部分には「関節面」があり、一方の骨が凸面、もう一方の骨が凹面になっていて、まるで緩やかなカーブを描くパズルのようにして面しています。しかし、パズルのように、骨と骨がぴったりと合わさっているわけではなく、そこには「関節腔」と呼ばれる隙間があり、関節面の衝撃を和らげる「関節軟骨」が存在しています。
そして、関節の周りには、骨と骨をつなぐ「靭帯」があり、結合部分を補強すると同時に、私たちが身体を動かすのをサポートしてくれる大切な役割を果たしています。
これらの関節部分を包むように覆っているのが「関節包」で、その内側にある「滑膜」からは滑液が分泌されています。関節軟骨は、この滑液を栄養にすることで、スポンジのように伸縮させることができるのです。
脱臼は、「骨」が関係していると言うよりも、これらのように、骨と骨をつなぐ関節部分にある、関節包や靭帯などが関係しています。
脱臼(完全脱臼)
脱臼とは、骨と骨がつながる関節面から、一方の骨の関節面が完全にずれてしまった状態を示します。脱臼はどのような種類の脱臼に関しても、スポーツや事故など、何らかの原因で、強い衝撃が加わることによって生じます。
脱臼した場合、骨と骨がずれてしまうだけではなく、関節周りを包む関節包が破れたり(関節包外脱臼)、関節を補強している靭帯、関節周囲を包む筋肉が、損傷あるいは断裂してしまうこともあります。
また、ひどいケースでは、脱臼を起こした部位に通っている神経までも損傷したり、関節部位に骨折を併発することもあり、その確率は加齢とともに高くなるとも言われています。
脱臼の好発部位である肩関節の脱臼においては、骨がずれた方向によって、「上方脱臼」「下方脱臼」「後方脱臼」に分類されているようです。
脱臼の症状としては、以下のようなものが挙げられます。
- 患部の激しい痛みや運動痛
- 腫れ
- 熱を帯びている
- 関節の変形(重症時)
- 患部が動かない
このように、骨折とも非常によく似た症状のため、明確な状態を知るためには、専門医の診察が必要です。脱臼と聞くと、「引っ張ればもとに戻る」とイメージする方もいるかもしれませんが、脱臼は非常に大きな怪我であり、このような症状が見られた場合には、8時間以内に治療が必要だと言われています。
さらに、脱臼には、前途のような衝撃などの負荷によって生じる『外傷性』の脱臼のほかに、何らかの疾患によって起こる『病的脱臼』というのがあります。病的脱臼は、原因となる疾患によって以下の3つに分類されます。
<麻痺脱臼>
これは、脳性麻痺などの麻痺疾患で、関節網(関節をとりまく網目状の血管)や靭帯にまで麻痺が及ぶことで生じる脱臼です。関節網や靭帯が麻痺すると、関節部分に緩みが生じるため、骨と骨の関節面がずれてしまいます。
<拡張性脱臼>
関節周囲の様々な組織が、細菌感染することによって炎症を起こし、血液や組織液が関節包に溜まることで、生じる脱臼です。この状態になると、関節包がパンパンに膨らんだ状態になり、正常に関節を機能させることができなくなるため、緩みが生じ、脱臼を起こしてしまいます。
<破壊性脱臼>
病気による骨の変形で起きる脱臼を、破壊性脱臼と言います。何らかの疾患によって、骨や軟骨が変形すると、関節面がずれやすくなり、脱臼を起こす場合があります。
亜脱臼(不完全脱臼)
完全に、関節面の凹凸部分がずれてしまうことを脱臼と言いますが、亜脱臼の場合、脱臼ほど靭帯や腱、筋肉の損傷が激しくないため、“完全に骨がずれた状態”になっているのではなく、“部分的に接触している箇所もある状態”になっています。
関節部分に生じるトラブルを、軽度なものから述べると、捻挫→亜脱臼→脱臼の順に並べることができます。
捻挫は、靭帯などに損傷が見られるものの、関節はずれていない状態で、靭帯損傷が激しくなるにつれて、亜脱臼あるいは脱臼が生じるとイメージしていただくと、わかりやすいかもしれません。
亜脱臼の場合、軽度であれば、自覚症状がほとんど現れないこともあり、自分でも無意識のうちに、日常生活で亜脱臼を繰り返しているケースもあると言われています。
自覚症状としてあげられるのは、以下のような症状です。
- 関節を動かしたときに違和感がある
- 安定感がない感じがする
- 動かそうとすると力が入らない、脱力感がある
- 痛み
- 腫れ
- 熱を帯びている
以上のような症状が現れ始めたときには、かなり関節周囲組織の炎症が進んでいるケースもあるようです。
とくに、肩関節においては、亜脱臼を長期に渡って繰り返すことで、炎症がひどくなり、肩関節周囲炎や五十肩などを引き起こしている人がいるとも考えられています。
原因としては、脱臼と同じように、外部からの衝撃がそのほとんどを占めていますが、先天的に関節の緩みがある場合にも、亜脱臼を引き起こしやすい傾向があります。
腱脱臼
脱臼というのは、関節に生じるものだとお伝えしましたが、それだけではありません。そのほかにも、スポーツをする人などによく見られる脱臼として「腱脱臼」というのがあります。これは、足に起こる症状で、文字通り、腱が脱臼した状態を示します。
ふくらはぎの部分には、腓骨筋と呼ばれる筋肉があり、腓骨筋と足の小指の骨をつないでいるのが、「腓骨筋腱」と呼ばれる腱です。外くるぶしの外側をぐるりと囲うようにして通っています。
この腓骨筋腱を保護するように、腱の上にあるのが「上腓骨筋支帯」です。ここが外部からの刺激や、無理な動きによって損傷すると、腱が脱臼し、腱が腓骨の上に乗り上がったような状態になるのです。
症状としては、
- 外くるぶしの後ろ側、あるいは外側が腫れている
- 熱を帯びている
- 強い痛み
- 発赤
といった症状が見られます。捻挫の症状と間違えやすく、自己判断では適切な治療が行えませんので、このような症状がある場合には、必ず整形外科などで、専門医の診察を受けるのがベターです。
脱臼の治療から完治まで
脱臼が置きやすい部位を順にあげると、最も多い「肩関節」に次いで、2番目が「肘関節」、そして3番目に多いのが「指関節」や「顎関節」なのだそうです。
しかし、これらの部位だけではなく、関節がある場所であれば、どこにでも生じる可能性があるのが、脱臼の厄介なところです。
また、一度、脱臼してしまうと、クセになってしまう人も多く、なかには、睡眠時に脱臼したというケースも見られます。
脱臼の治療では、早めに、適切な処置を受けることが大切です。まず、ずれた骨をもとに戻すための「整復」が必要になるのですが、身体の構造を理解していない素人ではこの施術を行うことはできません。
ここでは、脱臼治療で行われる整復方法の種類や、完治までの流れをご紹介いたします。
患部の整復(治療初期)
ずれた関節をもとに戻す整復には、いくつかの方法があります。医師や、脱臼が起きた部位によっても整復法は異なるようです。よく行われる整復法としてあげられるのは、以下のとおりです。
<挙上整復法>
これは、肩関節の脱臼などでよく用いられる整復法だと言われています。まず、患者を仰向けに寝かせた状態で、両手で患者の脱臼した方の腕を持ち、天井に向かって、前側から少しずつ上げていきます。
腕を少し外に回すような感じで地面と垂直になるまで腕を上げたら、そのままさらに外転させて、地面とほぼ平行になるまで腕を下ろします。このとき、身体に対して腕は90度、ちょうど肩の高さあたりにくる状態です。
次に、片方の手で患者の手首あたりを支え、もう片方は上腕頭骨部分に親指が当たるように持って腕全体を支えます。そして、手首側で支えている手で、患者の腕を水平内転させるように回します。約45度の角度まで回すと、整復音がして、もとの位置に治まります。
しかし、これでも整復不可能だった場合には、腕を床と平行にしたまま、頭の方へ上げて(身体に対して腕を約120度広げた状態)、患者の腕を肩の方へ内旋させながら押し込みます。この一連の施術を行う際に、激しい痛みを伴う場合には、麻酔が必要になることもあります。
<スティムソン法>
これは、挙上整復法と異なり、患者をうつ伏せの状態に寝かせて行う整復法です。うつ伏せに寝かせたまま、脱臼した方の腕を、診察台から下ろすようにしてダラッと垂れた状態にします。
そのまま、手首に約2.5kg~5kgの重りのついたバントをつけて、20分ほど放置します。このとき、絶対安静にしておくことが重要なポイントです。時間が経過すると、筋肉が疲労するため、緊張がとれてくるのです。筋肉の緊張がとれることで、自然と整復された状態になります。
挙上整復法、スティムソン法をうける費用は、医療機関によっても異なりますが、初診では約2000円~5000円程度、2回目以降の診察・施術では約500円~3000円程度が目安と言われています。
<手術>
靭帯が完全に関節から剥がれてしまっている場合や、脱臼を繰り返してしまう場合(反復性脱臼)には、手術が必要になるケースもあるようです。整復手術には、「直視下手術」と内視鏡を使用する「関節鏡視下手術」の2種類があります。
どちらも剥がれた靭帯を修復する手術に間違いはないのですが、直視下手術の場合、肩関節にメスを入れるため、患者の負担も大きく、さらに傷跡も残ってしまうという難点が生じます。
一方、関節鏡視下手術の場合、1cmほどの小さな穴を、関節部分に2~3箇所開けるのみなので、傷跡も目立ちにくく、患者に大きな負担をかけずに治療することが可能になります。
また、手術の場合には、どちらも入院が必要になりますが、関節鏡視下手術の場合、直視下手術に比べて入院が短期になるということや、筋肉への侵襲も最小限に抑えることができるため、筋力低下を低減できるというメリットもあります。
また、関節の脱臼ではなく、腱脱臼の場合には、上記で上げたような「身体を動かす施術」は行わず、多くの場合は手術を行い、その後、次にあげる固定期間に入るのが一般的だと言われています。
手術をした場合、日常生活の動作に支障がなくなるまでは、約1ヶ月半~2ヶ月、激しいスポーツなどは、半年~1年で行うことが出来ると言われています。
手術にかかる費用は、医療機関や入院期間によっても異なりますが、約25万~30万円前後と高額になります。しかし、高額医療制度などを申請すれば、15万円程度の費用に抑えることも可能です。
固定(治療中期)
関節をもとの位置に戻したら、患部の固定が必要です。とくに完全脱臼の場合においては、最低でも2週間~4週間ほど固定しなければなりません。
亜脱臼の場合は、程度にもよりますが、関節がもとの位置に戻った時点で痛みが生じていなければ、固定する必要がないケースもあるようです。
この固定期間は治療において非常に重要な期間です。まず、固定する前には、関節周辺の筋肉を補強するため、テーピングを行います。筋肉の流れを見ながらテーピングを行うことで、関節にかかる負荷を低減させることができるのです。
その状態で、関節に腕などの身体の重さが伝わらないように、三角巾などで腕を吊るし、動かないように固定します。
リハビリ(治療後期~完治)
十分な固定期間を経て、医師からのOKサインが出たら、固定期間に硬くなった関節の可動域を徐々に広げたり、低下した筋力を回復させるリハビリを行います。
リハビリで大切なのは、根気よく続けることと、無理に動かさないということです。自己判断で行うと、再び関節組織にダメージを与える可能性がありますので、必ず専門指導医のもとで行うようにしてください。
一般的なリハビリとしては、患部から離れた箇所の筋肉から動かし始め、徐々に、患部の関節を動かし、その後、「力=筋力」が必要になる運動を取り入れる方法が用いられます。
リハビリ最終段階で行う筋力トレーニングも、負荷の少ないものから始め、次第に負荷を大きくしながら行います。
再発を防ぐ(完治)
完治したら、もとの日常生活に戻ることができますが、今後、また脱臼を起こさないためにも、しっかりと予防しておくことが大切です。
とくに、スポーツあるいは身体を動かす仕事をする人は、必ず準備運動をする習慣をつけておきましょう。
硬い木の枝などを曲げると、ポキっと折れてしまいますが、同じ太さの棒でも、ゴムのように柔らかければ、簡単に折れてしまうことはありません。これと同じように、身体の柔軟性は非常に大切で、筋肉や関節を柔らかくしておくことで、靭帯や筋肉を安全に動かすことができます。
運動をする前には、ストレッチや関節を伸縮させる準備運動を入念に行うようにしましょう。
また、バランスの良い食生活も欠かせません。靭帯や筋肉にはタンパク質が必要です。良質なたんぱく質を摂取しながら、たんぱく質がきちんと吸収されるように、ビタミンCや鉄分なども合わせて摂りましょう。
まとめ
いかがでしたでしょうか。わたしたちがいろんな動作をすることができるのは、関節や靭帯、筋肉の働きが正常に機能しているからなのです。普段から、身体のメンテナンスをしっかりと行い、脱臼などのケガから身を守りたいものですね。
また、脱臼している疑いがある場合には、自己判断で無理に動かしたり、放置せず、早急に病院を受診するようにしましょう。早めに治療をすることが、治療期間を長引かせない何よりの秘訣です。