メープルシロップ尿症は、新生児マス・スクリーニング検査で発見される先天性代謝異常症の1つです。必須アミノ酸であるロイシン、イソロイシン、バリンを代謝するために必要な酵素が阻害されており、これらのアミノ酸やその途中代謝物が体の中に溜まり、脳症や進行性の神経変性を起こします。
メープルシロップ尿症は、遺伝子異常による病気で、遺伝形式は常染色体劣性遺伝です。日本では50万人に1人がこの病気を持って生まれてくると言われており、1983年から2014年までの32年間に87名の症例が報告されています。
また、この病気は、2015年7月から、難病医療費助成制度の指定難病になりました。ここでは、メープルシロップ尿症の原因、治療法などについて、詳細をお伝えします。
メープルシロップ尿症とは?
メープルシロップ尿症について紹介します。
メープルシロップ尿症では、一部のアミノ酸を代謝できなくなる
メープルシロップ尿症では、遺伝子異常によって「一部のアミノ酸」を代謝するのに必要な「ある酵素」が生まれつき欠損しています。これらのある一部のアミノ酸の代謝副産物が、体にたまり、汗や尿から出てくると、メープルシロップのようなにおいがします。
「一部のアミノ酸」とは、必須アミノ酸のロイシン、イソロイシン、バリンのことです。ロイシン、イソロイシン、バリンは3つとも枝分かれした炭素鎖を持っており、この3つをまとめて分枝鎖アミノ酸と呼びます。
「ある酵素」とは、分枝鎖アミノ酸トランスアミナーゼ(branched chain amino acid transaminase:BCAT)と、分岐鎖αケト酸デヒドロゲナーゼ複合体(branched-chain alpha-keto acid dehydrogenase complex;BCKDH)です。これらの酵素は、分枝鎖アミノ酸を代謝する際に働きます。BCATとBCKDHは、E1α遺伝子、E1β遺伝子、E2遺伝子、E3遺伝子によってコードされており、これらの遺伝子のどれかに異常があると、メープルシロップ尿症になります。
分枝鎖アミノ酸は、まず、BCATによって脱アミノ化され、NH3(アンモニア)がとれて、αケト酸になります。次に、これらのαケト酸は、BCKDHにより分解され、アシルCoAとなって、最終的にはクエン酸回路に組み込まれます。
下の図に、BCATとBCKDHが働く箇所と、これらが欠損した際に蓄積する物質を示します。
BCATやBCKDHが欠損すると、分枝鎖アミノ酸やαケト酸などの代謝副産物が血液や尿に蓄積します。これらの物質はメープルシロップのようなにおいがあるため、汗や尿が独特のおいになります。
なお、ロイシン、イソロイシン、バリンは全て必須アミノ酸で、筋肉が分解されてしまうのを防止する働きがあり、本来、生きていくために必要不可欠のアミノ酸です。また、これらの3つだけで、筋肉を構成している必須アミノ酸の40%を占めています。
メープルシロップ尿症のスクリーニング検査は100%ではない
メープルシロップ尿症のほとんど全ての人が、新生児マス・スクリーニング検査により発見されます。1977年から実施されている新生児マス・スクリーニング検査(対象疾患は6種類)では血中ロイシンを測定していました。2011年からは新しい検査法であるタンデム・マス・スクリーニング検査(対象疾患は19種類)になり、血中のロイシンとイソロイシンの両方を測定しています。
しかし、全てのメープルシロップ尿症が新生児マス・スクリーニング検査で発見されるわけではありません。少し古い資料になりますが、1999年に日本で報告された「厚生労働省のマススクリーニングの精度保証システムの確立に関する研究」によれば、新生児マス・スクリーニングでは発見できなかった例が、1977年から1999年までの22年間に、少なくとも5例(うち1例は人為的ミスによる検査不備による)あります。
また、その研究の考察では、ロイシンだけではなく、イソロイシン、バリン、アロイソロイシン(イソロイシンの異性体)測定の検討が必要であるということ、間歇型はスクリーニングでは発見される可能性が低いので、新生児マス・スクリーニングを受けたからといって、メープルシロップ尿症の可能性を否定しないで診断する必要があることなどが書かれています。
2011年からはタンデム・マス・スクリーニング検査が始まり、ロイシンだけでなく、イソロイシンも測定されるようになりました。
メープルシロップ尿症の症状と診断
続いて、症状や診断方法を紹介します。
メープルシロップ尿症の病型は4+1分類
メープルシロップ尿症は、古典的メープルシロップ尿症のほか、中間型、間欠型、チアミン反応型などがあり、古典的メープルシロップ以外は、新生児マス・スクリーニング検査に引っかからないこともあります。
病型分類と症状を以下に示します。
1)古典型:耳垢からメープルシロップのにおい
最も頻繁に見られるメープルシロップ尿症で、典型例では出生後12〜24時間以内に耳垢からメープルシロップのにおいがします。
2〜3日で哺乳力低下、嘔吐、体重増加の不良、昏睡などの最初の症状を呈します。初発の症状が出た後は、その他の神経症状(筋緊張低下または亢進、運動失調、痙攣、脳症など)も、急速に進行します。
古典型のメープルシロップ尿症は、ほとんど全て新生児マス・スクリーニング検査で見つかりますが、マス・スクリーニング検査の結果が出る前に症状が進んでしまうこともあります。
また、最初の症状が出てくる頃までには、メープルシロップのにおいがする尿もでてくることが普通ですが、母乳で育つ新生児ではメープルシロップのにおいが分かりにくいことがあります。
古典型メープルシロップ尿症では、普段の管理が良くても、感染症や飢餓、手術などの身体的ストレス下で、急激に症状が増悪して、死に至ることがありますので、注意が必要です。
2)中間型:古典型より軽微だが精神運動発達遅延に注意
中間型のメープルシロップ尿症は、古典型より症状が軽微で、新生児マス・スクリーニング検査では正常と出ることが多く、新生児期は正常の発育をするため、5ヶ月〜7歳ごろに症状が出てきて発見されることが多いようです。
ただし、病気自体は緩徐に進行し、新生児期を過ぎると、尿からのメープルシロップのにおいははっきりしなくても、耳垢からはメープルシロップのにおいがします。また、血中のロイシン、イソロイシン、バリンの値は、常に、正常よりも高い値を示します。
症状は、乳児期では哺乳不良や発育不良、発達の遅れなど、他の病気でもおこりそうな症状であるため、診断をつけるのは簡単ではありません。また、学童期に学習障害などの形で発症する例もあります。
一旦診断がついてしまえば、治療は古典型のメープルシロップ尿症と同じです。また、古典型と同様、身体ストレスによって、メープルシロップ尿症の発作が起こり、死に至ることもあります。
3)間欠型:発作さえ起きなければ正常
間欠型のメープルシロップ尿症は、新生児期は正常な成長を示し、新生児マス・スクリーニング検査でも正常です。発作さえ起きなければ、その後も正常です。
しかし、古典型や中間型と同様に、身体的ストレスをきっかけに嘔吐や運動失調などを起こします。ただし、昏睡や死亡は稀です。
4)チアミン反応型:チアミン(ビタミンB1)不足で発症
チアミン反応型のメープルシロップ尿症は、新生児期は正常なまま過ごし、新生児マス・スクリーニング検査でも正常です。発症の様子は間欠型と似ており、チアミン不足に感染症などの身体的ストレス併発すると、これをきっかけに嘔吐や運動失調などの症状で発症します。
チアミン不足で発症し、チアミン投与で症状が劇的に改善しますが、発症後はチアミンだけなく、古典的メープルシロップと同じように、ロイシン、イソロイシン、バリンの食事制限が必要です。
5)E3欠乏型:メープルシロップ尿症以外の病気を合併
E3欠乏型のメープルシロップ尿症は稀で、現在までに国内外で10症例しか報告されていません。出生後は正常で、マス・スクリーニング検査でも見つからないなど、間欠型メープルシロップと共通点の多い型ですが、発作時には乳酸アシドーシスを合併し、治療が困難になります。
E3遺伝子は、ピルビン酸脱水素酵素複合体、αケトグルタル酸脱水素酵素複合体とも共通のサブユニットであるため、E3欠乏型のメープルシロップ尿症では、血中分枝鎖アミノ酸やαケト酸の上昇の他、高乳酸血症とαケトグルタル酸の上昇も認めます。
身体的ストレスが急性増悪の原因になる理由
メープルシロップ尿症は、普段は上手に管理できていても、風邪等の感染症や、飢餓、手術などの身体的ストレスによって、急性増悪します。間欠型などでは、これがきっかけとなって症状が出現することもあります。
身体的ストレス下では、体はエネルギーを取り出すために、筋肉にあるタンパク質を分解してアミノ酸を取り出し、糖を作り出します(異化亢進)。ロイシン、イソロイシン、バリンなどの分枝鎖アミノ酸は、筋肉タンパク質の主なアミノ酸ですから、当然放出されますが、分解されず、分枝鎖アミノ酸やαケト酸の形で蓄積してしまい、これが急性増悪の原因になります。
メープルシロップ尿症の診断の根拠となる検査
血中ロイシン値が4㎎/dl(300μmol/L)以上であれば、メープルシロップ尿症を疑って、検査を進めます。
厚生労働省のメープルシロップ尿症研究班による診断基準は以下の通りです。
<診断基準>
血中ロイシン値が4㎎/dl(300μmol/L)以上であれば本症の診断を進める。
診断の根拠となる検査の①かつ②、もしくは①かつ③を認めるものを確定例とする。鑑別診断
ケトーシスやチアミン欠乏で分枝鎖ケト酸の上昇を認める。
低血糖に伴って分枝鎖アミノ酸の上昇を認める。
いずれも、血中・尿中アミノ酸分析と尿有機酸分析によって鑑別が可能である。診断の根拠となる検査
①血中・尿中アミノ酸分析
診断に必須の検査である。ロイシン、イソロイシン、バリンの増加、アラニンの低下を認める。②有機酸分析
分枝鎖αケト酸、分枝鎖αヒドロキシ酸の増加を認める。③酵素活性
酵素診断においてはリンパ球、皮膚線維芽細胞、羊水細胞、絨毛細胞などを用いた分枝鎖ケト酸脱水素酵素の酵素活性の測定をおこなう。
患者では酵素活性は正常対照の20%以下である。
病型分類においては5%未満の場合は古典型、5-20%の場合は中間型あるいは間欠型である。④遺伝子解析
複合体を形成するそれぞれの酵素について解析が必要であり、日本人に特異的な変異も認められていないため、診断には用いられていない。⑤(参考)アロイソロイシンの出現も特徴的である(質量分析計によるアミノ酸分析では測定できない)。
厚生労働省 平成27年7月1日施行の指定難病(新規・更新)
244 メープルシロップ尿症 より抜粋
メープルシロップ尿症では、血中ロイシン値と症状がある程度一致します。例えば、血中ロイシン値が10ml/dl(760μmol/L)を超えると、哺乳力低下と嘔吐が出てきます。また、20ml/dl(1,500μmol/L)以上になると、意識障害、筋緊張低下、痙攣、後弓反張、昏睡なども出現します。また、新生児期に血中ロイシン値が13mg/dl(1,000μmol/L)以上になる期間が長いと、神経学的予後が悪くなると考えられています。
分枝鎖アミノ酸やそれぞれの分枝鎖アミノ酸に対応するαケト酸の血中濃度が高いまま経過すると、ミエリン合成障害をきたします。ミエリンが崩壊すると、神経の信号伝達が失われ、神経細胞まで失われてしまいます。この変化は不可逆的(元にもどらない)で、精神運動発達遅延の原因になります。したがって、上の引用の①②の検査は、その神経学的予後を診断する上でも大切な検査になります。
メープルシロップ尿症の治療
メープルシロップ尿症の治療は、大きく分けて、保存療法(日常時と急性増悪時)と肝移植の2種類があります。
日常時の治療は超低タンパク食と特殊ミルク
日常時の治療の基本は、「超低タンパク食を毎日食べる」+「分枝鎖アミノ酸が除去された特殊ミルクを毎日飲む」を1日も欠かさず続けることです。これに加え、風邪などの感染症にかからないように注意を払いながら生活します。
ロイシン、イソロイシン、バリンは、必須アミノ酸であるために、タンパク質やアミノ酸の摂取をゼロにする訳にはいきませんが、タンパク質やアミノ酸の含まれる食品を、少し食べるだけで、ロイシン、イソロイシン、バリンの血中濃度は上限に達してしまいます。メープルシロップ尿症では、ロイシンの血中濃度を定期的にチェックしながら、管理状況を確認していきます。
血中ロイシン値は5mg/dL(=380µmol/L)以下にします。これは神経障害などを起こさないギリギリの数字です。なお、健常な人の血中ロイシンは1mg/dL(76μmol/L)以下です。
肉や魚だけでなく、乳製品や卵、豆類等は、少量しか食べることができません。また、野菜もブロッコリーやトウモロコシなどは、アミノ酸が豊富なので、制限されます。さらに、ご飯、パン、麺類にもたくさんのタンパク質が含まれているため、制限を受けます。
ご飯やパンなどの炭水化物を減らしてしまうと、異化亢進が起こるため、治療用の低タンパクご飯などを利用することになります。
その一方で、超低タンパク食では、体を作るために必要なアミノ酸を十分に摂取することができません。そのため、分枝鎖アミノ酸だけを除去した特殊ミルクを1日も欠かさず毎日摂取することになります。
体調が悪ければ、夜間休日問わずに医療機関受診
メープルシロップ尿症では、普段の管理がどんなによくても、風邪など身体ストレスのある状態の時には、急速に状態が悪化し、不可逆的な脳障害や死亡の危険があるため、夜間休日に関係なく、医療機関を受診する必要があります。
医療施設ではブドウ糖などのすぐにエネルギーに変わるものを点滴して、異化亢進を防ぎます。ブドウ糖点滴で効果がなければ高カロリー輸液、それでも改善しない場合は血液透析が必要になる場合もあります。
根本治療は肝移植
上の治療を忠実に行っていても、風邪などをきっかけにした急性増悪を防ぐのは難しく、古典型メープルシロップ尿症に対しては、欧米を中心に以前から肝移植が行われてきました。日本でも2013年から生体肝移植を中心に行われ始めました。肝移植をしても、低タンパク食と特殊ミルクの摂取は続けなくてはなりませんが、風邪を引いた際の急性増悪が1/10以下に減り、中枢神経障害の進行も抑制できます。
また、メープルシロップ尿症の人の肝臓は、BCATとBCKDHこそありませんが、それ以外は全く正常です。通常の肝移植では病気の肝臓は破棄されますが、メープルシロップ尿症の人の肝臓は、別の人への移植が可能です。
メープルシロップ尿症のない人のBCATやBCKDHは筋肉中に豊富にありますので、肝臓にBCATやBCKDHがなくても問題ありません。ですから、メープルシロップ尿症の人の肝臓は、メープルシロップ尿症以外の肝疾患の人にとっては、全く正常な肝臓と同じです。
メープルシロップの予後と課題、医療費助成制度
早期発見が成功すれば予後は良い
メープルシロップ尿症は早期診断され速やかに治療する事で、新生児期の初回急性増悪を抑えられれば、その後は良好な予後が期待できます。また、肝移植は根本治療になりますので、肝移植の普及によって、この病気の予後はますます改善されることが期待できます。
医療費の問題
メープルシロップ尿症の人にとって、食事療法や定期的な検査、体調が悪い時の夜間休日を問わない医療機関の受診は、命をつなぐために必要不可欠なものです。しかし、分枝鎖アミノ酸除去ミルクには費用助成はありますが、低タンパク食品には費用助成制度はありません。
その一方で、就労を継続して収入を得るのは、この病気の人にとって容易なことではありません。十分な医療が継続して受けられるような公的私的支援の充実が望まれます。
現在利用できる医療費助成制度
小児慢性特定疾病医療費助成制度
小児慢性特定疾病にかかっている児童等の医療費の自己負担分の一部を助成する制度です。対象年齢は18歳未満(引き続き治療が必要であると認められる場合は、20歳未満)の子どもです。
難病医療費助成制度
難病患者データの収集を効率的に行い治療研究を推進することに加え、効果的な治療方法が確立されるまでの間、長期の療養による医療費の経済的な負担が大きい患者を支援する制度です。2015年7月から、メープルシロップ尿症も指定難病になりました。
まとめ
メープルシロップ尿症は、1977年から新生児マス・スクリーニング検査の対象疾患である常染色体劣性遺伝の先天性代謝疾患で、1983年から2014年までの32年間に87名の症例が報告されていますが、実際には本当の人数は不明です。風邪をひくことすら命とりになりかねない難病であるにもかかわらず、2015年にやっと難病医療費助成制度の指定難病として認定されました。
この病気の人が安心して治療が続けられるよう、この病気が広く知られ、公的私的な支援が充実することを期待します。