肺腫瘍という言葉を聞いたことがありますか?漠然と恐ろしいイメージを抱く方もいらっしゃるでしょう。それは、肺腫瘍と肺がんについて知識の混同が起きていることが理由かもしれません。
そこで、肺腫瘍についての知識を順序立てて整理してみましたので、参考にしてみてください。
そもそも腫瘍とは?
肺腫瘍のほかにも、脳腫瘍や咽頭腫瘍(のどの腫瘍)という言葉もよく耳にしますよね。そもそも腫瘍とは何なのでしょう?
腫瘍とは?
腫瘍は、細胞が生体の中での本来の成長速度や成長の範囲といった規制・制御に反して、独自に異常増殖することによってできた組織や塊のことをいいます。
人の身体は約37兆個とも約60兆個ともいわれる数の細胞によってできています。そして正常な状態では、細胞数を一定に維持するために細胞が分裂して増殖しすぎないように制御されています。ところが、細胞の遺伝子に異常が生じて、このような制御を受け付けなくなり、勝手に増殖してしまった細胞の塊が腫瘍です。
良性腫瘍と悪性腫瘍
そして腫瘍は、良性腫瘍と悪性腫瘍に分類できます。
良性腫瘍は、発生した場所にとどまって大きくなるだけの腫瘍のことをいいます。良性腫瘍は増殖が緩やかなことが多く、宿主に悪影響を及ぼさないものがほとんどです。
一方、悪性腫瘍は、発生した場所から周囲の組織に浸潤し、あるいは転移して無制限に増殖していく腫瘍のことをいい、一般的には「がん」と呼ばれます。悪性腫瘍は、宿主の臓器を破壊し機能不全に陥らせながら、宿主が死に至るまで増殖を続けます。
悪性腫瘍とがん
悪性腫瘍は、一般的に「がん」と呼ばれると説明しました。しかし、厳密には平仮名の「がん」と漢字の「癌(がん)」で意味の使い分けがなされますので、念のためにご紹介しておきます。
平仮名で「がん」は、悪性腫瘍全体を指し示すときに用いられます。そして、「がん」は大きく3つに分類されます。
- 上皮細胞(じょうひさいぼう)に発生する悪性腫瘍のことを「癌腫」または「上皮腫」
- 非上皮細胞に発生する悪性腫瘍のことを「肉腫(にくしゅ)」
- その他
このうち「癌腫」・「上皮腫」に限定するときに漢字で「癌」と表現されます。
悪性腫瘍の具体例
上皮細胞とは、身体の外の世界と接触がある細胞のことで、皮膚、口から肛門までつながっている消化器官の内側の粘膜などを総称したものです。
当然、肺や気管支も空気と接触がありますから上皮細胞で構成されます。また、腎臓、膀胱、尿管といった尿の通り道、膣や子宮、母乳の通り道である乳管も上皮細胞です。ですから、舌癌、咽頭癌、胃癌、大腸癌、肺癌、膀胱癌、子宮癌、卵巣癌、乳癌などが上皮腫の具体例になります。
非上皮細胞とは、身体の外の世界に接触がなく、身体を支えている細胞を総称したものです。骨、筋肉、脂肪、血管、神経などがこれにあたります。ですから、骨肉腫、横紋筋肉腫、平滑筋肉腫、脂肪肉腫、血管肉腫などが肉腫の具体例になります。
その他の悪性腫瘍の具体例は、血液のがんとも呼ばれる白血病や悪性リンパ腫などが挙げられます。
良性腫瘍は放っておいていいの?
良性腫瘍は宿主に悪影響をもたらさないものがほとんどとはいえ、発生する場所や発生後の大きさによっては深刻な状況を招く場合があります。
例えば、脳幹部に発生した髄膜腫(ずいまくしゅ)は良性腫瘍なのですが、大きくなってしまうと脳の他の部位を圧迫することにより、てんかん発作、麻痺、感覚障害などが表れます。この場合、手術などの治療が必要になるでしょう。
逆に、ほくろやイボは皮膚にできる良性腫瘍の代表例で、この場合は放っておいても大丈夫なことがほとんどです。ただし、ホクロに似た悪性黒色腫(あくせいこくしょくしゅ)という悪性腫瘍もありますので、自分で判断せずに医師に相談しましょう。
良性腫瘍の悪性化
良性腫瘍は、しばしば悪性化して悪性腫瘍に転じる場合があるので、医療の現場で腫瘍の良悪に明確な境界線を引くことが困難な場合もあります。
例えば、大腸ポリープ(大腸の中にできるイボのようなもの)は数ミリ程度の小さなものの場合、増殖速度がゆっくりでそのままの大きさで推移する限りは良性腫瘍と判断できます。しかし、増殖速度が速く数センチを超えた大きさになると高い確率で悪性化していて悪性腫瘍となることが知られています。
肺腫瘍とは?
腫瘍のことがわかりましたので、ここから肺腫瘍のこと詳しく探っていきましょう。
肺腫瘍とは?
肺腫瘍は、肺に発生した腫瘍のことです。そして、腫瘍の発生元によって次の通り2つに大別されます。
- 原発性肺腫瘍
- 転移性肺腫瘍
原発性肺腫瘍は、気管支を含む肺の細胞から発生した腫瘍です。
これに対して転移性肺腫瘍は、他の臓器の細胞から発生した腫瘍が肺に転移してできた腫瘍のことをいいます。たとえば、胃に発生した胃癌の癌細胞が血液などを通じて肺に定着して腫瘍となる場合などです。
肺の良性腫瘍
原発性肺腫瘍は、良性腫瘍と悪性腫瘍に分類されます。
良性腫瘍であれば、一般に症状も出ずに、増殖速度もゆっくりですから、他の臓器に転移する心配もありません。そのまま経過観察となるでしょう。
ただし、良性腫瘍であっても、腫瘍が発生した部位によっては咳や痰(たん)といった症状が出たり、気管や気管支を圧迫することで肺炎を引き起こしたりする場合があります。この場合は、手術で腫瘍を取り除く必要があるでしょう。
また、良性腫瘍が大きくなることで悪性化して悪性腫瘍になることもあり得ますから、経過観察にも注意が必要です。
肺癌の種類
原発性肺腫瘍が悪性腫瘍であれば、それは肺癌です。そして、肺に発生する腫瘍の大半が肺癌といわれています。
肺癌は、発生した腫瘍の癌細胞を顕微鏡で調べて見える形態によって、大きく2つに分類されます。
- 小細胞肺癌
- 非小細胞肺癌
小細胞肺癌は、顕微鏡で見た際に非小細胞肺癌に比較して細胞が小さく丸く見えます。肺の入り口付近に発生しやすく、細胞の増殖速度が速いので進行が速く、他の臓器への転移がしやすいのが特徴です。進行が速く悪性度が強いことから、発見が遅くなると手遅れになる可能性が高いですが、その反面、抗がん剤投与といった化学療法や放射線療法が効きやすいのも特徴です。ちなみに、肺癌全体の約15%が小細胞肺癌です。
一方、非小細胞肺癌は、顕微鏡で見た際に小細胞肺癌に比較して細胞が大きく見えます。小細胞肺癌に比べると、細胞の増殖速度はゆっくりしていますので、進行は遅くなりますが、化学療法や放射線療法の効果はさほど高くありません。ちなみに、肺癌全体の85%を占め、さらに細胞の形態によって3つに分類されます。
非小細胞肺癌の種類
非小細胞肺癌は3つに分類されます。
- 腺癌(せんがん)
- 扁平上皮癌(へんぺいじょうひがん)
- 大細胞癌
腺癌(肺腺癌)は、発生元となる腺細胞に類似した形をとるため、顕微鏡で見た際に円柱状あるいは立方状のような形に見えます。肺の奥深いところにできやすく、X線検査で発見しやすい傾向があります。肺癌全体の約60%を占めます。ちなみに、肺の容積の85%を占める肺胞は、呼吸によりガス交換をする場所で、この肺胞の表面には、肺の中の潤滑を保つために液体を分泌する上皮細胞の一種である腺細胞が存在しています。
扁平上皮癌(肺扁平上皮癌)は、発生元となる扁平上皮細胞に類似した形をとるため、顕微鏡で見た際に魚のうろこのような薄く平らな形に見えます。肺の入り口近くの太い気管支にできることがほとんどで、X線検査で発見が難しい傾向があります。肺癌全体の約20%を占めます。ちなみに、扁平上皮細胞は呼気の通路となる気管支や食道などに存在する上皮細胞の一種です。
大細胞癌(大細胞肺癌)は、形の上で腺癌や扁平上皮癌のような特徴らしい特徴がないのですが、この2つの癌より癌細胞が大きくなりやすく、進行がやや速い傾向にあります。肺の奥深くに発生しやすく、肺癌全体に占める割合は約5%と最も少なくなっています。
肺腫瘍の原因
肺腫瘍の概要がつかめたところで、次は肺腫瘍の原因を探っていきます。
肺腫瘍の原因
腫瘍は、細胞の遺伝子に異常が生じて、独自に異常増殖することによってできた組織や塊のことでした。とすると、この細胞の遺伝子に異常をもたらす原因が、肺腫瘍の原因といえます。
そして、細胞の遺伝子に異常をもたらす原因には発癌性物質、女性ホルモン、遺伝などが挙げられます。
発癌性物質
発癌性物質とは、正常な細胞の遺伝子に異常を生じさせて、悪性腫瘍に変化させる性質を有する化学物質のことです。
世界保健機関(WHO)の外部機関である国際がん研究機関(IARC)は化学物質や生活環境について、下記のように発癌性のリスク分類を行っていますのでIARCのHPなどを参考にしてみてください。
- グループ1:人に対して発癌性がある(ベンゼン、カドミウムなど)
- グループ2A:人に対しておそらく発癌性がある(ブタジエンなど)
- グループ2B:人に対して発癌性であるかもしれない(アセトアルデヒドなど)
- グループ3:人に対する発癌性については分類できない(コレステロールなど)
- グループ4:人に対しておそらく発癌性ではない(カプロラクタム)
煙草(たばこ)
煙草は、喫煙することも受動的喫煙環境にいることも上記グループ1に評価され、発癌性が明確にされています。厚生労働省が運営するHP「最新たばこ情報」では、そもそも煙草の煙からは3,996の化学物質が確認でき、そのうち人体に有害な物質は250を超え、さらに発癌性を疑われる物質に限っても50を超えるとされています。
また、様々な研究によって、喫煙者が肺癌になる危険性は非喫煙者と比べて5~10倍以上と明らかにされていますから、煙草が肺腫瘍の原因であることは明白といえるでしょう。
加えて、小細胞肺癌と肺扁平上皮癌については、発症者のほとんどが喫煙者であるため、喫煙との間に強い因果関係が示唆されています。
大気汚染
大気汚染が肺腫瘍の原因であることも明らかとなりました。煙草と同様、排ガスなどに含まれる微粒子物質「PM2.5」などの大気汚染物質が上記グループ1に評価されています。
PM2.5は、大気中に浮遊している汚染物質のうち、粒子径が2.5マイクロメートル以下の極小の粒子ことをいい、単一の化学物質ではなく様々な物質からなる混合物です。サイズが小さいだけに肺の奥深くまで入りやすく、PM2.5の濃度が高い環境にいると肺腫瘍になる可能性が高いといえます。
その他の原因
煙草や大気汚染以外にも、遺伝的素因や女性ホルモンが肺腫瘍の原因として関与しているとの研究報告が出ています。
女性ホルモンが、どのような仕組みで肺腫瘍の原因となるのかについては未だ解明されていません。しかし、初経が15才以下であったり、閉経が51才以上であったりして初経から閉経までの期間が長い女性は、その期間が短い女性に比べて肺癌発生率が2倍以上高いという研究報告があります。
とはいえ、遺伝にしても、女性ホルモンにしても煙草ほどの強い因果関係ではなく、深刻なものではありません。
肺腫瘍の症状
では、肺腫瘍が発生すると、どのような症状が表われるのでしょうか。
良性腫瘍
前述しましたが、良性腫瘍であれば、一般に症状が表われることはありません。
ただし、良性腫瘍であっても、腫瘍が発生した部位によっては咳や痰(たん)といった症状が出たり、気管や気管支を圧迫することで肺炎を引き起こしたりする場合もあります。
悪性腫瘍(肺癌)
肺癌が肺の入り口付近に発生した場合、咳、痰、血痰などの症状が表われます。また、腫瘍が炎症を伴うと胸痛が見られることもあります。そして、肺癌が大きくなると気管や気管支が圧迫されて呼吸が苦しくなったり、肺炎が起こります。
他方で、肺癌が肺の奥深い場所に発生した場合、肺が他の臓器に比べて鈍感な臓器であるため、発生初期には症状が出ることが少なく早期発見が難しくなります。
さらに肺癌の進行が続くと肺に水が溜まってしまうことが多く、肺に水がたまると呼吸困難に陥ります。このような症状が出ると、肺癌の症状は末期と判断されます。末期には様々な痛みも生じるようになります。
以上のように肺癌の症状には、咳、息切れ、呼吸がしにくい、胸痛、血痰などが見られます。しかし、これらの症状は肺炎や気管支炎といった呼吸器系の病気でも表われる症状です。つまり肺癌に特有の症状はありません。ですので、これらの症状が続く際には、早めに医師の診断を仰いだほうがよいでしょう。
肺癌の転移
肺癌は転移しやすいことが知られています。ほぼ全身に転移する可能性があり、なかでも脳、骨、肝臓に転移する可能性が高いといわれています。
肺癌が転移すると、転移した臓器によって様々な症状が表われます。肺癌が脳に転移すると脳機能に異常が生じて、頭痛、吐き気、麻痺など様々な症状が生じます。骨に転移すると骨や手足などに強い痛みをもたらします。
肺腫瘍の治療
肺腫瘍の症状が表われた場合、どのような治療がとられるのでしょうか。
良性腫瘍
前述しましたが、良性腫瘍の場合、一般的には経過観察となります。
ただし、良性腫瘍であっても、腫瘍が発生した部位によっては咳や痰(たん)といった症状が出たり、気管や気管支を圧迫することで肺炎を引き起こしたりする場合、手術で腫瘍を取り除く必要があります。
悪性腫瘍(肺癌)
肺癌の治療は、肺癌の種類、癌の大きさや進行度、発生した位置、患者さんの健康状態などに応じて、異なった治療方法をさまざまに組み合わせて行います。
肺癌の治療に用いられる主要な治療方法は次の通りです。
- 外科療法:癌を手術によって除去・切除します。
- 化学療法:薬物を使用した癌の治療方法の総称です。癌細胞の消滅、進行の抑制を目的に抗がん剤を投与します。
- 放射線療法:X線を使用した癌の治療方法の総称です。癌細胞を殺すことを目的に痛みのない高エネルギー光線を照射します。
また、この他に新たな治療方法が近年登場しています。
- レーザー療法:内視鏡を口から挿入して、内視鏡の先端からレーザーを照射します。
- 遺伝子療法:癌の縮小などを目的に、癌を抑制する遺伝子を癌細胞に注入します。
- 免疫療法:免疫チェックポイント阻害薬を投与して、人が持つ免疫能力を高めることにより癌細胞の増殖を抑制しようとする最新の治療法です。
肺癌の種類に応じた一般的な治療方法
小細胞肺癌は、細胞の増殖速度が速いので進行が速く、他の臓器への転移がしやすいのが特徴でした。早期の発見が難しく、小細胞肺癌を発見したときには他臓器への転移が見られ、外科療法が選べない場合が多いです。そのため、化学療法のみ、もしくは化学療法と放射線療法の併用による治療が一般的です。
非小細胞肺癌は、小細胞肺癌に比べると、細胞の増殖速度はゆっくりしているのが特徴でした。非小細胞肺癌の発見時に、まだ転移せず肺に留まっている早期の場合は、外科療法のみ、もしくは外科療法後に化学療法を行う治療が一般的です。他臓器への転移が見られ、ある程度進行した状態の場合は、化学療法と放射線療法の併用による治療が一般的です。
まとめ
いかがでしたか。
一口に肺腫瘍といっても、良性のものもあれば、悪性のものもあることが理解できたのではないでしょうか。また、原因がわかれば、原因環境を排除することによって予防も可能になります。正しい知識をもった上で、心配な症状が表われたら早めに医師に相談しましょう。