あなたは脱腸と聞いて、どんな状態を想像しますか?身体から腸が飛び出している状態を想像してしまう人も多いかも知れませんが・・・実際には違います。
実は、脱腸は誰もがなりうるものだと言いますが、その実態をきちんと理解している人は少ないようです。誰にでもなるリスクがある病気ですから、やはりきちんと知っておきたいですよね。
では、具体的に脱腸とはどんなものなのか、どうしてなるのか、原因や治療法も含めてご紹介します。
この記事の目次
脱腸とは
脱腸は、正式には「鼠型ヘルニア」(そけいへるにあ)と言います。鼠型は太ももの付け根部分にあり、「ヘルニア」とは、身体の組織が本来あるべき正しい位置からはみ出た状態を指して言います。
つまり、鼠型ヘルニアというのは、お腹の中に収まっているべき腹膜や腸の一部が飛び出している状態というわけですね。そのため、太ももの付け根がぽっこりと飛び出して見えるのが特徴です。
これが、いわゆる脱腸と言われるもので、乳児から高齢者まで、あらゆる人がなりうる病気だと言われます。さらに、鼠型ヘルニアになった場合、その治療法は手術以外にないというのも厄介ですね。
鼠型ヘルニアの原因
では、鼠型ヘルニアはどうして起こるのでしょうか?本来収まっているはずの場所から腸が飛び出してしまうのは、どうしてなのでしょうか?
その原因は主に加齢や運動不足などですが、子供も場合は先天的なものが原因となりますで、生後の生活習慣のせいではありません。
以下で詳しくご紹介しましょう。
小児鼠型ヘルニア
こちらは、乳幼児がかかるもので、そのほとんどが先天的なものだと言われています。まだ母親の胎内にいる、胎児の頃にその原因があります。
腹膜状突起と言われる小さな袋の中に、小腸などの臓器が入り込んでしまうことで起こると言われています。腹膜状突起はもともと出っ張っていて、鼠径部にあります。本来ならばこの袋は閉じなければならないのですが、何らかの原因で袋の口が開いたままになり、そこに臓器が入り込むことで鼠径ヘルニアが起こるというわけですね。
つまり、小児鼠径ヘルニアの場合は、生まれてからの状況に関係なく、胎児の段階ですでに発症してしまっている、ということです。
男女の違い
鼠径ヘルニアの原因となる腹膜状突起ですが、これは男の子にしかありません。女の子の場合は、また別の原因があるのです。それは何でしょうか?
男の子の場合
腹膜状突起という袋状の出っ張りの中に小腸などの臓器が入り込むことで発症します。症状としては、鼠径部と言われる足の付け根から、陰嚢にかけてしこりができ、赤く腫れ上がります。また、発症リスクは男の子の方が多いと言われています。
女の子の場合
女の子の場合は、腹膜状突起ではなく、Nuck管と言われる部分に臓器が入り込む事が原因です。男の子と比べるとそこまで赤く腫れ上がることはありませんが、臓器としては卵巣が入り込むこともあるそうです。
実は、鼠径ヘルニアは生後間もなく発症するケースが多く、小児外科では最も多い症例だとも言われているようです。
成人鼠型ヘルニア
大人になってからかかる成人鼠型ヘルニアの場合、考えられる原因は加齢です。年齢が上がってくると、徐々に筋膜の力が弱くなり、鼠径管の周りに隙間ができることが原因なのです。
鼠径管とは、筋膜を貫くように下腹部を通っている管で、4センチほどの太さをしています。この鼠径管の周りに隙間ができると、腹膜が入り込んで袋状になり、鼠径ヘルニアになる準備が整ってしまうのです。そして、袋状になった筋膜の中に腸などの臓器が入り込むことで、鼠径ヘルニアになるというわけですね。
筋膜の衰えは加齢にあるため、成人の鼠径ヘルニアは中年男性におおいとされているのです。また、身体の作りが男女で違うため、この鼠径ヘルニアは男性の方がよりなりやすいと言われています。
鼠径管とは
鼠径管というのは、お腹と外をつなぐ、下腹部に通っている筒状の管のことです。この管には、男性ならば睾丸へつながる血管や精管が通り、女性ならば子宮を支える靱帯が通っています。
鼠径ヘルニアの種類
さらに、同じ鼠径ヘルニアでも、いくつかの種類に分けることができると言います。
外鼠径ヘルニア
外鼠径ヘルニアは、間接ヘルニアとも呼ばれるもので、鼠径ヘルニアの中では最も多いタイプです。これに対応するものが内鼠径ヘルニアというもので、直接ヘルニアとも呼ばれますが、症状に大きな違いはありません。
では何が違うのかというと、外鼠径ヘルニアは鼠径内輪を通って小腸が飛び出してくるもので、内鼠径ヘルニアとは、臓器が飛び出してくる場所が違うのです。
内鼠径ヘルニア
すでにご紹介した通り、こちらは直接ヘルニアとも呼ばれるものです。臓器の飛び出し方としては、鼠径内輪の内側にある、「鼠径三角」という部位から小腸が押し出されているものを指します。
症状は外鼠径ヘルニアと変わりはありません。
大腿ヘルニア
これは、臓器が飛び出す位置が足の血管の脇である、というものです。こちらの場合は出産経験の多い女性に起こりやすく、鼠径ヘルニアの中では最も緊急性が高いと言われています。
男性よりも女性に、特に出産後の女性に多い理由としては、女性の方が大腿輪という鼠径靭帯の下にある隙間が大きいためです。さらに、出産後の女性に多い理由としては、出産によって大腿輪の周りの筋膜が弱まり、腸などの臓器が飛び出しやすい環境になることが挙げられます。
緊急性が高いのはなぜ?
大腿輪は、腸などが飛び出してくる穴が非常に小さいようです。そのため、1度飛び出してしまった臓器が再び元の場所に戻ることが難しく、飛び出したまま腸が圧迫され、嵌頓ヘルニア(かんとんへるにあ)になりやすいためです。
嵌頓ヘルニアとは
嵌頓ヘルニアになると、飛び出した臓器が周りの組織に締め付けられて、元の場所に戻れなくなります。臓器が圧迫されるため、
- 痛み
- 吐き気
- 腸の壊死
などが現れます。特に、腸が壊死すると命に関わる状態になるため、大腿ヘルニアが疑われる場合には、早急に病院へ行き、外科医を受診してください。
鼠径ヘルニアの経過
初期
鼠径ヘルニアになりたての頃は、袋が出っ張っていても、その部位を押せば元にもどります。この状態だと、自分が鼠径ヘルニアになっていることにも気づかない人もいるようですね。
徐々に支障が出始める
なり始めこそ特に何も気が付きませんが、徐々に日常生活への影響が現れます。
- 長時間立っているのが辛い
- 息苦しさがある
- お腹に突っ張り感がある
- 時折、激痛が走る
などの症状が現れたら、要注意です。
嵌頓状態
そのうち、押せば引っ込んでいた出っ張りが、戻らなくなります。これを嵌頓状態と言い、飛び出した臓器が筋肉などで締め付けられることで、元の場所に戻れなくなった状態です。この状態をさらに放置しておくと、嵌頓ヘルニアになり、食べ物が腸内を流れなくなって詰まるので、腸閉塞を起こします。さらに、腸が締め付けられることで血液が行き届かなくなり、壊疽を起こすリスクも高くなるのです。こうなると、命に関わり大変危険な状態と言えます。
嵌頓ヘルニアは、いつ起こるか分かりません。しかし、腸が壊疽した場合には、手術によって切除する必要があるため、非常に緊急性の高い状態だということを念頭に入れておきましょう。
目安としては、出っ張りが通常の2~3倍の大きさになり、押しても引っ込まなくなったら要注意です。
女性の鼠径ヘルニア
鼠径ヘルニアになる割合は男性の方が高く、その比率は4:1~8:1と言われています。しかし、これはあくまで男女比であり、女性の中だけで見た場合、比較的頻度の高い病気だと分かっています。
また、同じ女性がかかるにしても、若年層と中年層では鼠径ヘルニアの種類が違います。では、具体的に見ていきましょう。
若年層の鼠径ヘルニア
若年層とは、年齢にして、20歳代から40歳代くらいの女性を指します。この年代の女性に見られる鼠径ヘルニアは、そのほとんどが外鼠径ヘルニアです。
若年層で発症する鼠径ヘルニアの特徴は、飛び出した腸を押しても元に戻らない、嵌頓症状が起こることはまず起こらない、という点です。つまり、緊急手術を要する事態にはなりません。
もう1つの特徴は、鼠径部のしこりが性周期と一致していて、月経の時には大きくなり、月経が終わると小さくなるということです。大きさを変えるこのしこりの正体は、ヘルニア嚢の中に水が貯まって膨らんだもので、しこりが大きくなると痛みや圧迫感を感じやすくなります。
子宮内膜症が入り込んでいることも
子宮内膜症とは、本来は子宮の中にしか存在しないはずの子宮内膜が、卵巣や腹膜など、子宮以外の場所で増殖や剥離を繰り返す病気です。しこりの大きさの変化が著しい場合には、ヘルニア嚢の中に、子宮内膜症が入り込んでいる可能性も考えられます。
手術
手術方法はヘルニア嚢の入り口(ヘルニア門)の大きさによって変わります。ヘルニア門が小さい場合には、糸で縛って塞ぎますし、ヘルニア門が大きい場合には、メッシュのシートで塞ぐといった方法をとります。さらに、外に飛び出したヘルニア嚢については、子宮内膜症を身体に残さないためにも、すべて切除した方が安全だと考えられています。
中高年層の鼠径ヘルニア
50歳代以降の女性の場合も、やはり外鼠径ヘルニアが多いものの、内鼠径ヘルニアや大腿ヘルニアなども見られます。特に大腿ヘルニアは高齢女性が発症しやすく、腸がはまり込んで元に戻らなくなる嵌頓症状を起こす危険もあるため、緊急手術が必要になる場合もあります。
また、この年齢層では、性周期と一致した症状は現れなくなります。
手術
中高年層の場合、ヘルニア門が大きく、複数のヘルニアがあことが多いため、糸ではなくメッシュのシートで塞ぐ方法をとります。メッシュの方が広範囲を塞げるので、ヘルニア門が大きく、複数のヘルニアを一度に塞ぐ時には有効です。
治療方法
鼠径ヘルニアの場合、その治療法は手術以外にありません。薬や安静などでは回復しませんので、速やかに手術を受けましょう。
バッシーニ方法
これは昔からある方法で、飛び出している袋を切除し、周囲の筋肉や筋を使って、臓器が飛び出さないようにフタをする方法です。この方法は、筋肉や筋で無理やりフタをするために痛みがあり、術後は安静が必要になります。
人工補強材で穴をふさぐ
これが現在では主流の方法になっていて、日帰り退手術も可能な方法です。施術方法としては、臓器が飛び出してしまう部分にメッシュ状になった人口の膜を張り合わせます。この施術では特殊な材料を使用するため、抜糸の必要がないのがメリットです。また、術後すぐに歩けることも患者にとってはうれしいですね。
この手術で使用される人口の膜はポリプロピレンメッシュと言い、40年ほど前から使用されている上、120万個以上の臨床使用があり、その安全性が保障されているというものです。
手術の方法はメッシュ・プラグ法・リヒテンシュタイン法・クーゲル法・ダイレクトクーゲル法という方法があり、鼠径ヘルニアの場所や進行具合によって方法を使い分けています。
麻酔について
手術の際に使われる麻酔方法によって、術後の過ごし方が変わってきます。
腰椎麻酔
こちらは日帰りではなく入院手術に使われる麻酔で、比較的安全だと言われています。麻酔注射の際も痛みはほとんどありません。ただし、下半身の運動も麻痺するため、日帰り退院はできず、短くとも1日は入院することになります。
局所麻酔
日帰り手術に最も適した麻酔と言われるのが局所麻酔です。症状が比較的軽い方や痩せ型の方には、局所麻酔でも十分効果があると言われています。
しかし、ヘルニアが陰嚢まで及ぶ場合や、皮下脂肪層の厚い方には不向きです。
全身麻酔
日帰り手術として主流になりつつあるのが全身麻酔です。この麻酔は筋肉を弛緩させるタイプのものではないため、麻酔が切れた後も副作用がないためです。
脱腸の手術後の過ごし方
鼠径ヘルニアの手術は基本的には日帰りでできますし、長くても1日ほど入院すれば問題ありません。手術自体も30分ほどで終わるので、身体への負担は比較的軽いと言えるでしょう。
しかし、せっかく手術をしても無理をして負担をかけてしまえば、また再発してしまう危険もあります。ですから、きちんと医師の指示に沿って術後を過ごすようにしましょう。
以下でその過ごし方をご紹介します。
術後すぐ
鼠径ヘルニアの術後は、普段通りの生活や、座って行うような作業であれば、退院後でもすぐに行うことができます。しかし、よほど急ぎである場合を除いては、3~4日は安静にしておいた方がよいでしょう。
特に、重いものを持ちあげたり、運動をしたりするのは腹圧がかかるため、しばらくは避けてください。また、術後1~2日の間は、内服液や座薬の使用を忘れずにしてくださいね。痛みが出る場合には、痛み止めで対応が可能です。
術後3日前後
傷口についても、ガーゼが外れた日からシャワーを浴びることはできますし、術後3日を過ぎれば入浴することもできます。
術後1週間後
手術から1週間ほど経てば、抜糸ができるようになります。皮膚の抜糸が可能です。
術後2~3週間
ウォーキングや自転車に乗るなどの行為も、術後2週間ほど経てば問題なく行えるようになります。
また、3週間を過ぎた頃には、激しい運動もできるようになります。ただし、くれぐれも無理はしないようにしましょう。自分の身体と相談しながら、徐々に元の生活に戻していくことが大切です。
脱腸の再発防止
残念ながら、鼠径ヘルニアは1度手術したらもう2度とならないわけではありません。条件が揃えば、再びなってしまうこともあります。
鼠径ヘルニアの再発率は、その手術方法によっても大きく変わってきます。筋膜を縫い合わせることで穴を塞ぐ従来の方法では、10%近い再発率だと言われています。これに対し、主流になりつつある人工補強材(メッシュ)を使って塞ぐ方法では、再発率は1%以下に抑えることができます。
また、従来型では術後数年経ってから、人工補強材を使った方法では術後1~2年後に再発することが多いようです。
再発の症状
再発時も症状は同じで、押せば戻るような出っ張りが似たようなところに現れます。再発の兆候としては痛みのみだと言われています。
また、再発の場合も嵌頓状態になることがあるので注意が必要です。押しても元に戻らないような症状があった場合には、放置せず早急に病院で診察を受けましょう。
似たような場所にできやすい
手術をしていない場所に鼠径ヘルニアができた場合、それは再発ではありません。しかし、1度鼠径ヘルニアになると、反対側にもできやすいという話があります。これは、鼠径ヘルニアの原因が筋膜の衰えによるものだからです。
片方が鼠径ヘルニアになった人のおよそ1割が、もう片方も鼠径ヘルニアになっているようですので、油断は禁物です。
再発を防ぐには
鼠径ヘルニアを防ぐためには、何と言っても筋力をつけることです。腹膜が弱くなる以外にも、お腹に力がかかることで腹圧が高くなり、鼠径ヘルニアになるリスクが高まると言われています。
そのため、
- 重いものを持たない
- 立ちっぱなしを避ける
など、腹圧を高くしないことが重要です。
生活習慣の改善
また、肥満や喫煙などの生活習慣も原因の1つとされていますから、喫煙や運動などによる身体の引き締めは重要です。さらに、便秘症や前立腺肥大などもお腹に圧がかかり鼠径ヘルニアを誘発しやすくなりますので、治療しておくことが重要です。
まとめ
いかがだったでしょうか?意外と誰でもなりやすい鼠径ヘルニアですが、その原因は加齢や運動不足など、自分の努力次第で防げるものでもあります。ついつい身体に悪い食生活を送ってしまったり、座りっぱなしや運動不足など、原因となりそうな生活習慣をやって仕舞ている人は多いかも知れませんね。
これを機に、適度な運動や食事方法で、健康的な体作りを始めてみてはいかがでしょうか?また、鼠径ヘルニアは今や、日帰りで手術ができ、術後も比較的スムーズに元の生活に戻ることができますものです。
少しでもお腹付近に違和感を感じたら、早めに医療機関を受診し、手を打っておきましょう。