脳ヘルニアというのを聞いたことがあるでしょうか?ヘルニアというのは、よく脱腸という言葉で耳にすることが多いかも知れません。本来あるべき場所から内臓が飛び出してしまう病気ですから、それが脳で起こるとなると、とても怖いですよね。
また、脳は非常に大切な部位ですから、症状も重くなりやすく、命に関わる危険性も高くなります。では、具体的に脳ヘルニアはどのようなものなのか、詳しい症状と治療法などについてご紹介しましょう。
この記事の目次
ヘルニアとは
私たちの身体の中には、様々な臓器が詰まっています。その臓器は本来、あるべき場所に収まっているものですが、周りからの圧力に耐えられなくなると、臓器が本来の場所から飛び出してしまうことがあります。
これを「ヘルニア」と呼び、それが起こった場所によって、椎間板ヘルニアや、鼠径ヘルニアなど、呼び分けているわけですね。
脳ヘルニアとは
つまり、上記で説明した状態が脳で起こったものが脳ヘルニアと呼ばれます。通常のヘルニアと同様に考えれば、脳が頭蓋骨から飛び出してしまう状態ですが、頭蓋骨はとても固いので、脳が外へ飛び出すことはありません。
しかし、圧力はかかり続けますから、脱出することができないまま、脳は頭蓋骨によって圧迫され続けます。この状態が「頭蓋内圧亢進(ずがいないあつこうしん)」と呼ばれ、さらに症状が進むことで脳ヘルニアとなります。
頭蓋内圧とは
頭蓋骨の内部は、80%を脳、10%を血液、10%を髄液が占めています。これらによって生じるのが頭蓋内圧と呼ばれるもので、通常は一定に保たれているため、問題はありません。
頭蓋内圧は正常時には120~180mmH₂O(6~12mmHg)に保たれていますが、脳・血液・髄液のいずれかの体積が増えることで、頭蓋内圧が高まることがあります。これが、脳ヘルニアの原因とも言われる症状です。
頭蓋内圧亢進とは
本来ならば一定に保たれているはずの頭蓋内圧が何らかの原因で亢進(上昇)する状態を言います。頭蓋内圧亢進の主な原因としては、以下のようなものが挙げられます。
脳腫瘍
脳にできた腫瘍が大きくなることで脳の容積が増え、頭蓋脳圧が上昇します。
頭蓋脳圧の亢進が起きる程となると、すでに脳腫瘍がかなり大きくなっているため、危険性が高いと言われています。
脳腫瘍については、脳腫瘍の初期症状について!吐き気や頭痛に要注意!を参考にしてください!
水頭症
水頭症とは、脳脊髄液が頭の内部に過剰に溜まってしまう病気で、先天性のものと後天性のものがあります。子供の病気として知られていますが、年齢を問わず発症する病気です。子供の場合はまだ頭蓋骨が柔らかいため、脳脊髄液が余ることで頭蓋骨が押し広げられ、頭が大きくなるという特徴があります。
一方、大人の場合には「正常圧水頭症」というものが多く、脳脊髄液が脳室に溜まってしまうことで周囲の脳を圧迫し、物忘れや排尿が間に合わないなどの症状を引き起こします。年齢の高い人に起こりやすく、お年寄りによく見られます。
脳ヘルニアの原因
脳ヘルニアが起こる原因は、主に2つに分けられます。また、すでに述べた通り、頭蓋内圧亢進も脳ヘルニアの原因となっています。
外的要因
頭を強打すると、その時に受けた打撃が原因となり、脳が腫れたり、出血してしまったりすることがあります。こうしたことが要因となり、頭蓋内圧亢進が進むと、脳ヘルニアを発症することとなり、最悪の場合、命にかかわる重大な症状を引き起こします。
内的要因
内的要因としては、脳内出血や病気に伴う脳の腫れなどが挙げられます。脳内出血自体も十分に危険ですが、これが脳ヘルニアになると、一刻を争う事態になります。
脳ヘルニアは、このようなものが原因となり、脳組織が圧迫されることで起こります。他のヘルニアと違い外へ飛び出すことができない点、脳が人間の生命維持に深く関わっている点から、脳ヘルニアは非常に重篤な病気とされているのです。
脳ヘルニアの症状
では、脳ヘルニアになると、どのような症状が現れるのでしょうか?具体的にご紹介していきます。中には即命に関わる症状もありますから、注意が必要です。
意識障害
脳ヘルニアになると、まず現れるのが意識障害です。他の疾患の場合、意識障害はかなり重篤で、末期症状となる場合が多いですが、脳ヘルニアはそれ自体が重篤な症状であることもあり、初期段階で現れます。
また、この意識障害は、頭痛やめまい、吐き気を経て発症する場合もあります。
瞳孔に異常が現れる
意識障害と並んで初期に現れる症状として、瞳孔の異常があります。具体的には、
- 瞳孔不同
瞳孔の大きさが左右非対称になる症状で、脳ヘルニアが起きている側の瞳孔が大きくなるようです。詳しくは、瞳孔不同の原因とは?症状や治療法、予防法を知ろう!を読んでおきましょう。
- 瞳孔散大
通常であれば暗い所で大きくなり、明るい所では小さくなる瞳孔が、開きっぱなしになります。詳しくは、瞳孔が開くのは病気?瞳孔拡大の原因と治療方法について!を参考にしてください!
- 対光反射消失
通常、目に光を当てると瞳孔が小さくなりますが、それが見られない症状です。
クッシング徴候
クッシング反応などとも呼ばれるこの症状は、脳ヘルニアになる前段階で頭蓋内圧亢進が起こった際、脳が一時的に血液不足になることによって引き起こされます。
これにより心拍数や血圧が上昇し、高血圧状態になったのち、1分間の脈拍数が60回以下となる「徐脈」に陥ると言われています。
呼吸困難
脳ヘルニアが呼吸中枢にダメージを与えたり、頭蓋内圧亢進が進むと、呼吸中枢に影響が出て、呼吸困難となります。呼吸困難状態のみであればそこまでダメージは大きくないようですが、呼吸が止まると即生命の危険に直面する他、回復しても後遺症の危険が高まります。
呼吸停止に至るケースとしては、ビオー呼吸やチェーンストークス呼吸などが挙げられます。
ビオー呼吸とは
ビオー呼吸は、一定の深さの呼吸が一時的に停止するというもので、呼吸と呼吸停止を繰り返す状態を言います。チェーンストークス呼吸との違いは、呼吸の深さ自体は一定で変わらないという点です。
チェーンストークス呼吸とは
チェーンストークス呼吸は、ごく浅い呼吸から次第に深い呼吸になったり速い呼吸になったりしたのち、無呼吸状態になるものを繰り返す状態です。ビオー呼吸と違い、呼吸の深さや速さが変化するのが特徴です。
呼吸を停止している期間は30秒ほど、通常の呼吸をしている期間は30秒から2分ほど続きます。
生命の危機
脳ヘルニアの症状が進むと、大脳皮質の障害により硬直が起きる「除皮質硬直」、中脳の損傷によって硬直が起きる「除脳硬直」が引き起こされます。この後、脈の乱れと血圧低下が起こり、死に至ります。
このように、脳ヘルニアはそれだけでも十分に危険ですし、進行すればそれだけ死の危険は高まります。
脳ヘルニアの種類
ここまで脳ヘルニアの原因と症状についてご紹介しましたが、脳ヘルニアと一口に言っても、種類はいくつかあり、怒る場所によっても危険度が異なります。
では、どのような脳ヘルニアがあるのでしょうか。下に行けば行くほど、重い脳ヘルニアとなります。
帯状回ヘルニア
大脳の内側や帯状回が大脳鎌から外側へ飛び出してしまう脳ヘルニアで、別名「大脳鎌ヘルニア」とも言われます。
脳ヘルニアの中では危険性は低く、症状らしい症状も出ないようですが、時に脳梗塞を引き起こすこともあるため、油断は禁物です。
鈎ヘルニア
こちらも別名があり、「鉤回ヘルニア」や「テント切痕ヘルニア」と呼ばれるものです。側頭葉の鉤回が飛び出すことで脳幹が圧迫され、頭蓋内圧が亢進します。これにより大脳動脈や中脳に障害が起こり、意識障害や麻痺、瞳孔の異常などが現れます。
さらに症状が進むと除皮質硬直や除脳硬直が起こり、死に至るというケースが典型的だと言われています。
上行性ヘルニア
こちらも命に関わる脳ヘルニアで、小脳がテント切痕という箇所に入り込むことで起こります。これによって中脳が圧迫され、水頭症を引き起こす場合があります。症状としては鈎ヘルニアと同様、意識障害や麻痺、瞳孔異常などが起こったのち、除皮質硬直や除脳硬直が起こって呼吸が停止し、死に至ります。
大孔ヘルニア
脳ヘルニアの中では最も重篤なヘルニアです。腫瘍や出血などにより頭蓋内圧亢進が起こり、小脳扁桃が大孔に入り込むことで呼吸中枢に障害が起き、呼吸が停止します。さらに、小脳扁桃によって小脳動脈が圧迫され、小脳梗塞を起こすこともあるようです。
小脳梗塞とは
症状としては、頭痛や吐き気、嘔吐などが起こるほか、言葉がうまく出なかったり、発音がうまくできなかったりということがあります。ただし、言葉や発音に関する症状は、会話する時のみ現れるようです。
小脳梗塞になると、後遺症として認知症や言語障害、脳性麻痺など、日常生活に支障を来すものがほとんどですから、早めの対応が必要になります。
脳ヘルニアの診断方法
検査方法として、意識障害や瞳孔異常の有無などで判断します。こうした症状が出ている場合には脳ヘルニアの可能性が疑われます。
また、頭部のCTを撮り、脳ヘルニアの所見があるかどうかを見ていきます。脳ヘルニアの場合には、左右対称であるはずの脳が、圧迫によって歪んで見えたり、脳脊髄液によって頭蓋内圧亢進が起こっていれば、脳の隙間が圧迫されたり、場合によってはなくなっていたりします。
脳ヘルニアの治療
脳ヘルニアを治療するためには、頭蓋内圧亢進を治療する必要があります。内的治療と外的治療があるため、それぞれご紹介しましょう。
内的治療
頭部挙上
頭蓋内圧を下げるため、脳から心臓へ血液が戻りやすいようにします。そのために取る方法が頭部拳上で、頭部を30℃拳上する体位を取ります。
体位を変える場合には、頸部がねじれていないか注意を払います。頸部が屈曲していると内頸静脈が圧迫されて頭蓋内圧が上がってしまう危険があるためです。
脱水剤
これは、脳組織内の水分を取り除き、尿として排泄させることで頭蓋内圧を下げる方法です。
薬としては、浸透圧利尿薬であるマンニトールやグリセロールが使用されます。薬を投与した後は、症状の変化や尿の量を確認するなどして経過を見ます。
酸素投与
これは、頭蓋内圧を下げるためには直接の効果はありません。しかし、頭蓋内圧亢進では脳の循環が妨げられるため、気道を確保した上で十分な酸素を投与する方法が取られます。
副腎皮質ホルモン
脳浮腫によって頭蓋内圧亢進が起こっている場合、脳浮腫を改善することが第一です。そのために投与されるのが副腎皮質ホルモンで、抗炎症作用によって細胞膜を強化したり、血液・脳関門を保護、修復することができます。
ただし、副腎皮質ホルモンを投与する際には、消化管の出血や免疫力低下に伴る感染症、傷が治りにくい、糖尿病が悪化するなどの副作用に注意を払う必要があります。
バルビツレート療法
これは静脈麻酔薬で、脳の代謝を低下させるほか、頭蓋内圧の低下や脳局所灌流圧の上昇、細胞膜を安定させるなどの効果が見込めます。
低体温
脳の代謝や、興奮性アミノ酸の放出を抑えることで、脳の保護するだけでなく、脳の血液量を減らすことで頭蓋内圧を下げる方法です。
ただし、高度の低体温を長期にわたって続けると、感染症や心肺機能の抑制など、合併症の危険も高くなるため、体温は33~34℃程に保ち、比較的軽度の低体温両方を用いることがほとんどです。
過換気
血中の二酸化炭素を低下させると、脳の血管が収縮することで血液量が減り、頭蓋内圧が下がります。
人工呼吸器を使用している患者の場合、過換気によって血中の二酸化炭素分圧を30~35mmHgほどにして、頭蓋内圧を下げます。ただし、長期にわたり極度の過換気療法を行うと、脳虚血を引き起こす危険があるため、行う場合には注意が必要です。
また、自発呼吸の患者の場合、睡眠や薬剤による沈静・鎮痛効果、呼吸器疾患や不安などによる心理的変化に伴い、血中二酸化炭素分圧が上下する可能性があります。そのため、こまめな観察や血中二酸化炭素分圧の測定などが欠かせません。
外的治療
腫瘍などの除去
出血や腫瘍など、頭蓋内圧亢進の原因となっているものを除去する方法です。
外減圧術
これは、手術により頭蓋骨の一部を除去することで、圧を外に逃がす方法です。これによって、頭蓋内圧が下がります。
ただし、頭蓋骨の一部がなくなるため、体位を変える場合などに、頭蓋骨のない部分が圧迫されないように注意を払う必要があります。
また、ずっと同じ部分が枕に接していたり、同じ体位を取り続けたりすると、皮膚が局所的に血流が悪くなり、床ずれが起こる場合もあるため、皮膚の状態には気を配ります。
内減圧術
こちらは、切除をしても症状の出にくい部位を選んで脳組織を切除する方法です。該当箇所としては、非優位側前頭葉や、側頭葉先端部がそれに当たります。
髄液ドレナージ
脳室ドレナージなどから髄液を頭蓋の外へ出すことで、頭蓋内圧を下げる方法です。
ただし、小脳出血など、後頭蓋窩に腫瘍などがある場合、脳室ドレナージから髄液を抜くことにより、上行性テント切痕ヘルニアを誘発する危険があるため、施術の際には注意が必要です。
治療できない場合
脳ヘルニアが進行してしまい、呼吸中枢などに障害が出ている場合には、非常に危険を伴うため、開頭手術ができません。ですから、脳ヘルニアを初期段階でいかに治療できるかが、そのまま予後につながると言っても過言ではありません。
脳ヘルニアの予後
脳ヘルニアの予後については、どのくらい早い段階で脳ヘルニアを食い止めることができたかで決まってきます。
初期段階の意識障害であれば、薬物治療だけで社会復帰できるところまで回復することも見込めますが、除脳硬直まで進んでしまうと死亡率が非常に高く、仮に命が助かったとしても、生涯にわたり看護が必要な状態になります。それほど、脳ヘルニアは進行すると恐ろしい病気だということです。
脳ヘルニアは、軽度なものから重度なものまでありますが、仮に死亡率の高い鉤ヘルニアや大孔ヘルニアであっても、初期段階で適切な処置ができれば一命をとりとめることもあります。
まとめ
脳ヘルニアは、いつ、誰がなってもおかしくない病気です。不慮の事故などの場合、なかなか防ぐことは難しいですが、病気であれば、ある程度予防することはできますよね。
運動不足や喫煙、過剰な飲酒、生活習慣の乱れなどが動脈硬化などの病気につながります。乱れた生活習慣は万病の元ですから、健康的な生活を送って抵抗力を高め、身体を健康に保っておくことが何よりの予防になります。
不慮の外傷を防ぐためにも、バイクの運転や危険な場所での作業時にはヘルメットを着用するなどして、大切な頭を守りましょう。
危険はいつ、どこに潜んでいるか分かりません。常に万全な状態で日々を過ごしたいものですね。避けられる危険は避けるという姿勢が、脳ヘルニアを予防する上で非常に大切な心構えになるのです。