髄膜刺激症状は、「髄膜刺激症候」「髄膜刺激徴候」とも呼ばれます。脳脊髄液が感染したり、出血が起きたりして、髄膜が刺激されて発症します。
脳は、身体で最も重要な部分です。人間を人間らしくする働きをしているため、「脳死」=「人間の死」と考える人もいます。脳は身体の司令塔とも言えます。身体の各器官が受け取る外部刺激を脳が感知して対応します。脳から出る司令は神経により伝達されます。この神経幹を脊髄といいます。脳と脊髄を合わせて、「中枢神経系」といいます。
髄膜は、脳と脊髄を保護する膜の総称です。脳と脊髄は極めて重要な部分であるにも関わらず、他の組織のように保護するための膠原線維が組織内に少ないのです。そのため、外部にある髄膜という結合組織で保護するような特殊な構造になっています。
髄膜刺激症状とは、どのような特徴があるのか、何が原因で発症するのか、対応策や予防法について、お伝えしますね。
髄膜刺激症状とは・・・?
髄膜刺激症状は、「髄膜刺激症候」「髄膜刺激徴候」とも言います。
髄膜炎などのように脳骨髄液が感染したり、くも膜下出血のように出血が起きたりして髄膜が刺激されて発症します。
[髄膜とは・・・?]
髄膜とは、脳と脊髄という中枢神経系を保護するための組織です。中枢神経系の働きによって、生命維持や運動、感覚、感情、思考などを行うことができます。人間が人間として生きるために最も重要な組織です。
ところが、脳・脊髄は他の組織と違って、組織を保護する膠原線維が少ないのです。そのため、外部に結合組織でできている保護組織があります。この特殊な保護組織が髄膜です。
髄膜は、三層でできています。第一層を硬膜、第二層をくも膜、第三層を軟膜といいます。
①硬膜
髄膜の最も外側の層(第一層)を、硬膜といいます。
硬膜は膠原線維を多量に含んでいるので、とても強靭です。頭蓋骨と椎骨の骨膜まで含むようになっています。頭部では、硬膜は二層になっていて、部位によって二層が開き、「静脈洞」をつくっています。静脈洞は静脈血の通り道です。また、静脈洞には第二層のくも膜の一部が通ってリンパ系路をつくり、脳外の脳脊髄液を静脈に流し戻しています。
②くも膜
髄膜の第二層をくも膜といいます。
くも膜には支持線維が多量にあります。この線維の間に多量の血管(動脈と静脈)と空間(くも膜下腔)があります。これらの多量の血管により、脳外脳脊髄液を吸収しているようです。
くも膜には多量の血管があるので、血管が破れることがあります。くも膜の血管が破れると、多量に出血し、血液が急速にくも膜下腔に溜まります。溜まった血液が脳を圧迫して、さまざまな神経障害を引き起こします。これが「くも膜下出血」です。
③軟膜
髄膜の最も内側の層(第三層)が軟膜です。結合組織が脳の凸凹に沿っている柔らかい膜です。
[髄膜刺激症状の原因とは・・・]
髄膜刺激症状は、脳脊髄液が感染したり、髄膜に出血が起きたりして、髄膜を刺激することによって発症します。
1 脳脊髄液の感染
脳・脊髄という中枢神経系にウイルスや細菌、真菌、寄生虫などが侵入すると、感染症が引き起こされます。脳脊髄液が感染して、髄膜を刺激します。そのため「髄膜刺激症状」が発症します。
髄膜炎
細菌・ウィルス・結核菌・真菌・寄生虫などに感染して発症します。髄膜癌によって発症することもあります(癌性髄膜炎)
症状は、髄膜刺激症状(後述します)の他に、持続的な頭痛・発熱・髄液細胞の増加です。
詳しくは、髄膜炎に大人がかかるとどんな症状?治療方法は?を参考にしてください!
急性脳炎
急性脳炎には、単純ヘルペス脳炎、日本脳炎、インフルエンザ・風疹・麻疹にともなう急性脳炎と急性脳症などがあります。脳実質の炎症が主体となります。
日本においては、単純ヘルペスウィルスによる単純ヘルペス脳炎の発症頻度が最も高く、100万人に3.5人がかかると言われます。
日本脳炎は蚊(コガタアカイエカ・コガタイエカ)によって媒介されるので、夏季に多く発症します。近年は、予防接種が普及したため、発症数が減少しています。代わって注目されるのが、西ナイル脳炎です。西ナイル脳炎も蚊(イエカ・ヤブカ)により媒介されます。
インフルエンザは晩秋から早春までの冬季を中心に流行します。風疹や麻疹はあまり季節要因はないようです。麻疹は空気感染するので、急速に拡大します。
脳炎の症状は、髄膜刺激症状の他、高熱・けいれん・意識障害などです。西ナイル脳炎はかなり劇症で、昏睡・精神錯乱・麻痺・呼吸不全などを起こし、最悪の場合、死ぬこともあります。
2 くも膜下出血
髄膜第二層のくも膜には多量の血管があります。この血管が破れて出血し、多量の血液が急激にくも膜下腔に溜まることを「くも膜下出血」といいます。
くも膜下出血の原因は、脳動脈瘤破裂・脳動静脈奇形・頭部外傷です。
脳動脈瘤破裂
脳動脈がコブのように膨れて破裂して出血することです。くも膜下出血が起きる最大の原因が脳動脈瘤です。
脳動脈瘤は、ほとんどが先天性です。しかし、高血圧症・動脈硬化症・感染症・腫瘍・血管系疾患などによっても起きます。喫煙や薬物乱用によって起こることもあります。
脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の特徴は、突然の激しい頭痛です。頭痛は、経験したことのない激しい痛みが持続します。髄膜刺激症状がともないます。重症の場合は、意識を失います。病院に到着する前に亡くなることもあります。
症状が軽くても、安心はできません。すぐに再出血して、極めて重症になります。
脳動静脈奇形
血管の奇形です。異常な脳動脈と脳静脈が一つに固まっていて、そこで、動脈から血液が流入し、静脈から血液が流出します。脳の内部・表面・硬膜など、いろいろな部位で発生します。自然に血管が破裂して、くも膜下出血や脳内出血を起こします。
くも膜下出血の場合は、脳動脈瘤破裂とよく似た症状ですが、比較的軽い症状ですみます。
脳内出血の場合は、言語障害や視覚障害、感覚障害が髄膜刺激症状にともなって生じます。てんかん発作が起きることもあります。
頭部外傷
頭部を強くぶつけたりして外傷を受けた場合、部位によって外傷性くも膜下出血を起こします。頭部に強い衝撃を受けた後、髄膜刺激症状を発症した場合は、要注意です。
くも膜下出血については、くも膜下出血の前兆をチェック!頭痛に要注意を読んでおきましょう。
髄膜刺激症状の特徴
髄膜刺激症状の特徴は、3種類あります。①頸部硬直 ②ケルニッヒ徴候 ③ブルジンスキー徴候です。その他に、頭痛・羞明・吐き気・嘔吐など自覚症状があります。
頸部硬直
仰向けに寝ている状態で頭を持ち上げにくくなります。
仰向けに寝ている状態で頭を持ち上げると、髄膜が伸びて刺激されます。正常な状態では、首を持ち上げることに何の抵抗もありません。しかし、感染や出血により髄膜が刺激されていると、さらに髄膜が刺激されるのを嫌って、刺激を和らげるように筋肉が働きます。そのため、首を持ち上げにくくなります。頭を上げる時に、抵抗感があります。痛みを感じることもあります。
頸部硬直は、細菌性の髄膜炎やくも膜下出血の時に強く現れます。子供の場合や脳炎、非細菌性の髄膜炎では、頸部硬直は比較的軽くなります。
また、髄膜が刺激されていると、自分で頚部を前に曲げた時、下顎が胸につきにくい感じがします。正常な時は、抵抗感なく下顎を胸に近づけることができます。(neck flection test)
パーキンソン症候群や頚椎症では、「頸部強直」といって、前後左右、あらゆる方向に首を動かしにくくなります。髄膜刺激症状では、首を上に持ち上げたり、首を下に曲げたりするのが、しにくくなります。
ケルニッヒ徴候
仰向けに寝ている状態で、膝を軽く曲げ、下肢を腹部の方に直角に曲げます。つまり、股関節を90度に曲げておいて、膝を真っ直ぐに伸ばそうとすると抵抗感があり、疼痛を生じます。これが、ケルニッヒ徴候です。髄膜が刺激されていると、現れます。
ただし、痛みを感じない場合もあるので、股関節を直角に曲げて、膝を伸ばした時に抵抗感があれば、髄膜刺激症状の特徴があると判断します。
ブルジンスキー徴候
髄膜炎などで髄膜が刺激されていると、ブルジンスキー徴候が現れます。仰向けに寝ている状態で、頸部(頭)を持ち上げると、自然に、股関節と膝関節に屈曲が起こり、膝が持ち上がります。これがブルジンスキー徴候です。
自覚症状
髄膜刺激症状には、いくつか自覚症状があります。
頭痛
まず第一が頭痛です。脳炎や髄膜炎でも、激しい頭痛が持続しますが、くも膜下出血を起こしている場合は、特に頭痛が激しくなります。くも膜下出血の場合は、今まで経験したことのない、我慢できないほどの激しい痛みです。
イヤイヤするように首を素早く左右に振ると、頭痛が悪化し、激しくなります。水平に首を廻しても、頭痛が悪化します。これを「ジョルト・サイン」といいます。
羞明(しゅうめい)
次が羞明です。羞明とは、光に対する過剰反応です。通常の光を異常にまぶしく感じることです。通常の光がまぶしすぎて、目を開けていられなくなり、不快感や痛みを生じます。
結膜炎やドライアイなど眼球疾患でも羞明は生じますが、髄膜刺激症状の自覚症状の1つでもあります。
吐き気・嘔吐
吐き気や嘔吐は、髄膜刺激症状の自覚症状の1つです。
くも膜下出血を起こしている場合は、異常に激しい頭痛が生じるとともに、激しい吐き気を感じます。頭部に外傷を受け、外傷性くも膜下出血の疑いがある場合、吐き気と嘔吐は大きな目安となります。
頭部に外傷を受けた時、吐き気や嘔吐がある時は、頭痛がなくても、要注意です。
髄膜刺激症状の治療と対処法
髄膜刺激症状を発症していても、その原因が、脳炎や髄膜炎などのように中枢神経系にウィルスや細菌が侵入して感染症を引き起こす場合と、くも膜下出血のように出血が起きている場合とでは、治療法も病院の科も違ってきます。
[中枢神経系にウィルスや細菌などが侵入した場合]
中枢神経系にウィルスや細菌、真菌、寄生虫などが侵入して感染症を引き起こした時は、脳炎や髄膜炎を発症しているので、内科(年齢によっては小児科)を受診します。
感染源が、ウィルスか細菌か真菌かによって、投与する薬品が異なります。検査により病原を特定し、的確な治療を受けるようにします。
感染症は軽視できない疾患ですが、特に、脳炎や髄膜炎などのように中枢神経系が感染症にかかると、取り返しのつかないことになる場合もあります。なぜなら、脳細胞は再生しないので、感染によって損傷を受けると、後遺症が残りやすくなります。最悪の場合は、意識障害や手足の麻痺、認知症などの高次脳機能障害が残るようになります。
[くも膜下出血による場合]
くも膜下出血を起こした時は、脳神経外科を受診します。脳神経外科で頭部CT検査を受け、出血を確認します。その後、脳血管撮影をして、脳動脈瘤によるものか、脳動静脈奇形によるものか、診断します。
脳動脈瘤破裂によってくも膜下出血が起きた場合は、まず再破裂を予防するために、動脈瘤に血が流れないようにします。普通は、クリッピングという手術です。最近は、血管の中に細いカテーテルを入れて、コイル塞栓術という血管内手術を行うこともあります。
脳動脈瘤の再破裂を防止してから、本格的なくも膜下出血に対する治療を行います。
出血がくも膜下に広がったままにしておくと、脳動脈にそのものに悪影響を与えます。脳の血管が細くなる「脳血管攣縮(れんしゅく)」が起きて、血流が悪くなります。脳が血液不足になり、脳梗塞が起こりやすくなります。くも膜下出血に続いて脳梗塞が起きると、重大な後遺症が出たり、生命の危険を招いたりします。
脳動脈瘤と脳動静脈奇形は、先天的な遺伝疾患であることが多いので、家族にくも膜下出血を発症した人がいる場合は、要注意です。家族にくも膜下出血を発症した人がいたら、自分に「未破裂動脈瘤」がないか、検査しておくことをオススメします。
[髄膜刺激症状に気づいたら・・・?]
頭痛・吐き気・羞明・頸部硬直などの髄膜刺激症状と思われる症状に気づいたら、できるだけ早く病院に行きます。発熱や咳、発疹など他の症状があれば、まず懇意にしているかかりつけ医に診てもらい、総合病院を紹介してもらうのも、良い方法です。
突然、我慢できないほど激しい頭痛がして、吐き気や嘔吐がある時は、脳神経外科の専門病院か、脳神経外科のある総合病院に、すぐ行ってください。くも膜下出血の場合、ぐずぐずしていると、死亡することがあります。
くも膜下出血は遺伝的要素が強いので、家族が発症している人は要注意です。髄膜刺激症状に気づいたら、すぐ救急車を呼ぶことをオススメします。家族が発症していなくても、高血圧症・動脈硬化症・喫煙習慣のある人は、くも膜下出血を起こしやすいので、髄膜刺激症状に気づいたら、同じようにする必要があります。
「くも膜下出血だと思って病院に駆け込んだら、急性脳炎や髄膜炎だった」ということが、よくあります。総合病院なら、内科など他の科もあるので、すぐに適正な科で診療を受けることができます。
髄膜刺激症状は、中枢神経系にダメージを与えることが多い疾患によって発生します。症状に気づいたら、すぐに医師の診察を受けることが重要です。感染の場合でも、出血の場合でも、総合病院ならば対応できます。
まとめ
髄膜刺激症状は、脳・脊髄という中枢神経系にウィルスや細菌が侵入して、脳脊髄液が感染したり、脳内に出血が起こって、くも膜下腔に血液が溜まったりして、髄膜が刺激されて発生する症状です。感染にしても、出血にしても、中枢神経系にダメージを与えます。
脳細胞や中枢の神経細胞は損傷を受けると、再生することができません。ですから、髄膜刺激症状に気づいたのに、病院へ行くのが遅れると、深刻な結果を招くことになります。
急性脳炎はインフルエンザや麻疹でも起こります。「たかがインフルエンザ」「麻疹くらい」と軽く考えていると、中枢神経系が損傷されて、後遺症に苦しむことがあります。髄膜刺激症状に発熱や発疹をともなう時は、急性脳炎や髄膜炎の可能性が大きくなります。
くも膜下出血は、治療が遅れると、脳に大きな損傷を与え、最悪、死に至ります。頭部に外傷を受けると、くも膜下出血を起こすことがあるので、髄膜刺激症状が出ていなくても、病院で検査を受けた方が無難です。
いずれにしろ、早めに治療を受ければ、中枢神経系に与える損傷が少なくて済みます。後遺症も軽く、リハビリなどで改善できます。
脳・脊髄という中枢神経系は最も重要な働きを担っています。髄膜刺激症状は、中枢神経を損傷から護るためのSOSとも考えられます。SOSをキャッチした時は、ただちに病院へ行くことをオススメします。
現在、神経細胞を再生する研究が進んでいますが、まだまだ開発途上です。再生は不可能と考えて、中枢神経系を大事にしてくださいね。