「むちうち」という症状をご存知でしょうか。言葉のみなら聞いたことがあるという方もいらっしゃるかもしれません。よく、寝違えたときなどに「むちうちになったみたいに、首が回らない」と表現する人もいるようですが、むちうちは、寝違えて首を痛めたときとは異なります。
首の痛み以外にも、全身に様々な不調を引き起こし、場合によっては後遺症が残るケースもある、非常に辛い症状です。しかし、痛みの原因を調べようとMRI検査などを行っても、異常が写し出されません。
そのため、病院では、その辛さを理解してもらえないこともあり、どこに相談すればよいのかわからないといった悩みを抱える人も多くいるようです。
そこで、ここでは、むちうちとはどのような症状なのか、何が原因で症状が現れるのか、治療方法についてなどをご紹介いたします。
むちうちとは?
冒頭でもお伝えしたように、むちうちは、同じように首の痛みが生じる寝違えとは異なります。どちらも首の筋肉を痛めていることに間違いはありませんが、痛めたときの衝撃や、筋肉に負荷がかかる範囲、痛みの出方、深さなどが全く異なるのです。
むちうちの場合、交通事故やスポーツ、出産、あるいは整体などの不適切な施術などの「衝撃」が加わることによって、首が損傷し、引き起こります。
また、このうち、交通事故で、むちうちに苦しんでいる人は、現在、全国で20万人~30万人もいると言われているのです。
むちうちはどのようにして起こる?
人間の頭部は、その人の体重の10%ほどの重さがあると言われており、成人の場合、約5kg~7kgもの重さがあります。この重みを支えているのが、私たちの首、背骨なのです。
交通事故やスポーツなど、何らかの衝撃が不意に頭部に加わると、まるで首の骨がムチを振るようにS字にしなってしまいます。
このとき、首の筋肉組織を損傷するただけではなく、強い衝撃から身を守ろうと、一瞬にして筋肉や神経が激しい緊張状態になるのです。この衝撃や、筋肉や神経の緊張によって頚椎や椎間板、筋肉、関節包などに異常が生じ、むちうちと呼ばれる症状を引き起こします。
また、首は、骨や筋肉、血管だけではなく、様々な神経が通っている場所なので、部分的な「首の痛み」といった症状のほかにも、全身に及ぶ様々な症状が出てくるのです。
むちうちによって現れる症状
むちうちの症状には、主な症状として、以下のようなものが見られます。
- 首、肩、背中、腰のいずれかの痛みが続く
- 湿布や内服薬を使用しても効果がない
- 整形外科などで電気治療を行っても改善が見られない
- 痛みはないが、活力がない
- めまいや吐き気、頭痛も併発している
など、以上のような症状が、何らかの衝撃を受けた後に出てきた場合には、むちうちである可能性があります。
痛み以外の、めまいや吐き気といった症状が出る原因は、自律神経が大きく関係しているとも言われており、頸部に密集している自律神経のバランスが崩れると、このような症状が現れると考えられています。
とくに、レントゲンやMRI検査をして、「異常なし」と判断されたのにも関わらず、このような症状が続く場合には、むちうちを疑うべきと言えるでしょう。
また、むちうちの症状は、横になって頭部の重さを首にかけない状態だと和らぎ、身体を起こして頭部を支えなければならない姿勢になると、症状が明確に現れるといった特徴もあるようです。
むちうちのパターン
実は、むちうちは、正式な傷病名称ではありません。正式には「頚椎捻挫」あるいは「外傷性頸部症候群」と呼ばれており、それらの中でも、症状あるいは、症状を引き起こしている原因によって、いくつかのパターンに分類されます。
頚椎捻挫型
むちうちと呼ばれる症状を引き起こしている人の70%~80%が、この頚椎捻挫型だと言われています。
交通事故やスポーツなどで何らかの衝撃を受けた後、
- 首や胸、背中の筋肉の緊張
- 首や肩の痛み
- 首を動かしたり、押さえたりすると生じる痛み(運動痛・圧痛)
- 腕や指のしびれ・だるさ
- 頭痛、めまい、吐き気
などの症状が出た場合には、このタイプのむちうちであると考えられます。
バレーリュー症候群
不意の衝撃によって、頸部を通っている交感神経に異常が起こると、「椎骨動脈」と呼ばれる脊髄に血液を運ぶための血管や、そこから脳へ血液を送る「脳低動脈」と呼ばれる血管の流れが滞ります。このようなケースでは、
- 頭痛
- めまい
- 耳鳴り
- 視力低下
- 後頭部や首、肩の痛み
- 左右どちらかの顔面痛
- 疲れやすい
といった症状が見られます。なかでも、頭痛は、バレーリュー症候群に分類されるむちうちの、代表的な症状だと言われています。
また、バレーリュー症候群の場合、受傷翌日ではなく、2~3週間後に症状が現れるケースもあります。重症なほど、症状は受傷当日から近い日に現れると言われているので、遅れて症状が出た場合には、軽度のことがほとんどです。
神経根型
背骨を横から見ると、上下の椎骨(背骨=脊椎の個々の骨)が重なるようにして連なっていますが、そのとき、上下の椎骨の「下椎切痕」「上椎切痕」と呼ばれる部分に空間ができます。これを「椎間孔」と呼ぶのですが、この内外には神経根があります。神経根が衝撃によって圧迫されると、
- 頭から腕・指先までの痛み、痺れなどの感覚異常
- 咳やくしゃみによる症状悪化
- 首を動かすと痛む
- 後頭部がモヤモヤする
といった症状が現れます。
脊髄型
衝撃によって、筋肉や神経だけではなく、骨折や脱臼を併発している場合や、頚椎症などで、もともと首を痛めていた場合などに強い衝撃を受けると、脊髄を痛めてしまうことがあります。このようなケースでは、
- 腕、手、指のしびれ
- 足のしびれ
- 歩行障害
- 排尿・排便がしにくい
- 軽度の下肢の知覚障害
- 腱反射(脊髄レベルで生じる反射のひとつ)の亢進
といった症状が見られます。
脳脊髄液減少型
私たちの脳には、脈絡叢(みゃくらくそう)と呼ばれるところがあり、そこで生産される脳脊髄液によって、脳圧を安定させることができています。
しかし、強い衝撃によって、くも膜が損傷すると、損傷部分から脳脊髄液が漏れ、脳や神経の働きを不安定にさせてしまうのです。このような場合、
- 状態を起こした姿勢だと症状が悪化し、横になると和らぐ
- 全身に起こる様々な痛み
- 疲れやすい、だるい
- 気候によって変化する頭痛、めまい、耳鳴り
- 集中力の低下
- 月経困難
など、上記の症状以外にも、様々な症状が引き起こります。長年改善しないむちうちの場合は、脳脊髄液減少型によるものが多く見られるようです。
後遺症について
病院で診察・検査をしても異常が見られないのがむちうちの特徴です。それゆえに、むちうちの治療を行わずに放置してしまい、症状を悪化させ、何年も痛みや不調に苦しんでいる人がいるのが現状です。
最初は、首の違和感や痛みだけだった症状が、時間の経過とともに、頭痛やめまい、しびれや吐き気といった症状も併発するようになり、ひどい場合には、内臓の不調が現れるケースもあります。
このように、むちうちで6ヶ月以上症状が経過した場合、その後の治療ではあまり効果が期待できなくなり、後遺症として、様々な症状が残ってしまうのです。
むちうちの検査方法について
ここで、むちうちの治療を専門とする認定院で行われている検査方法をご紹介します。しかし、あまりにも痛みが激しい場合は、症状を悪化させる可能性があるため、無理に動かすことは禁物です。症状が激しい場合は、何よりもまず、専門医を受診することが一番です。
首に熱がこもっていたり、筋肉が張っているように感じる場合、あるいは腫れぼったくなっている場合には、以下のような検査で、むちうちかどうかを調べることが可能です。
スパーリングテスト
頭を痛みが生じている側に倒します。そして、上から頭を押さえるように圧迫します。このとき、痛みがある側の肩から上肢のあたりに、電気が走るような痛みが生じた場合は、むちうちだと判断されます。
ジャクソンテスト
頭を後ろに倒します。その状態で、額を圧迫したときに、首とは離れた場所に痛みが生じた場合、むちうちだと判断されます。
ショルダー・デプレッションテスト
痛みを生じていない方に頭を傾けます。ここでは例として、右側が痛む場合を想定し、左側に頭を傾けていることにしましょう。この状態のまま、右側(痛みの生じていない方)の肩を下に押し下げます。この状態で痛みが生じたら、むちうちだと判断されます。
むちうちになったときの注意点
もしも、むちうちの疑いがある場合、少しでも痛みを和らげようと、自己判断で対処する人がいるようですが、これは要注意です。場合によっては、症状を悪化させてしまう場合がありますので、以下のような点に注意しましょう。
安静に保つ
痛みが生じると、「こっちに傾けると痛みは生じるだろうか?」「こんな負荷をかけると痛みは生じるだろうか?」など、むちうちに関する知識を要さずに、患部を無理に動かしてしまう人がいます。
前途したように、首には様々な神経が通っているため、無理に動かすことで、これらの神経を圧迫し、症状を悪化させる恐れがあります。
どのような状態かを確かめたいという気持ちは、仕方のないものですが、効果的に治療を行うためにも、患部を動かさず、安静にしましょう。
マッサージをしない
肩や腰のこりと同様に、痛みが生じた場所をほぐそうとする人がいるようですが、むちうちの場合、炎症期のマッサージは非常に危険だと考えられています。
むちうちの疑いがある場合には、マッサージをしないように気をつけましょう。
むちうちの治療方法は?
症状が実際に、痛みや違和感となって身体に現れるのは、交通事故などで衝撃を受けた翌日であることが多く、その日に症状が現れることはほとんどないと言われています。
むちうちの治療において大切なのは、衝撃を受けた翌日にこのような症状が現れた場合、すぐに専門医を受診し、「専門の治療」を受けることです。
多くの場合は2~3ヶ月ほどで改善すると言われていますが、全く痛みを感じないようにすることは困難だという意見もあるようです。
しかし、早期に、根気よく治療に励むことで、大幅に症状を改善したという人が多数いるのも事実です。それでは、むちうちの治療にはどのようなものがあるのか、早速見ていきましょう。
筋肉の状態を診る(初期)
衝撃を受けた度合いや、年齢、体質などによって、むちうちの症状も異なります。まずは、患者の状態がどの程度のものかを確認し、「その人の現在の筋肉の状態」がどうなっているのかを見極める必要があります。
これには、むちうちを専門とする医師の力が必要です。触診によって、筋肉の損傷状態を見ながら、どの程度神経が圧迫されているのかなどを確認し、その後の治療を行うことが大切です。
アイシング(炎症期)
むちうちになると、痛みを生じる部分に炎症を起こしていることがほとんどです。むちうちの初期段階では、マッサージは厳禁ですが、アイシングは非常に効果的だと言われています。
初期にアイシングを行ったか否かで、その後の治療期間に大幅に影響を与えることが多いのです。初期段階では、患部を安静に保ち、まずはアイシングで炎症部分を冷やすことが重要な処置になります。
また、アイシングの処置で、湿布を使用する人がいますが、鎮痛効果はあっても、湿布は「冷やすこと」を目的にはしていません。アイシングをする際には、ビニール袋に氷を詰めて、それをタオルなどで包み、患部に直接あてるのが効果的です。保冷剤などを応用するのも手軽で良いでしょう。
筋肉をほぐす(中期)
患部の炎症が治まると、身体は筋肉組織を回復させようとします。このときに、炎症期に衰えた筋力をいかに回復させるかがポイントです。
そのためには、患部を遠赤外線などで温めたり、ストレッチなどをして、血行不良を改善します。
実は、身体の組織を回復・再生させるためには、温めるという行為が非常に大切で、温めることで、身体の自然治癒力を高めることができるのです。腫れが引いても冷やし続けようとする人もいますが、これは逆効果です。
腫れている(炎症を起こしている)ときは冷やして、炎症が治まったら、温めることで身体の回復力を促進させましょう。
油断せず、最後まで治療を(後期)
症状が和らいでくると、自己判断で通院を中断してしまう人がいるようですが、これが痛みを再発させる大きな原因だと言われています。
首を動かすための筋肉が完全に回復しないまま、油断して思わず無理な動きをするなど、無防備になることで、筋肉組織が再び損傷し、炎症を起こすことがあります。
医師のOKサインが出るまで、十分に注意して、根気よく最後まで治療に専念することが大切です。
専門医選びは慎重に
むちうちの場合、どこに相談に行けば良いのかわからないという声が多くあります。病院だと、整形外科が最初に思い浮かぶかもしれませんが、整形外科においても、むちうちを専門としていない場合は、適切な処置を行うことが難しくなります。
そのほかにも、整骨院・接骨院や鍼灸院などがありますが、大切なのは「むちうちを専門とした医師」に相談することです。
また、あくまでも炎症期にやみくもに整骨院・接骨院などを受診し、整体マッサージを受けることは避けてください。
むちうちの予防方法
不意な衝撃がむちうちの大きな原因ですので、自分の意思とは関係なく生じる衝撃を、未然に防ぐというのは困難かもしれません。
しかし、衝撃を受けたときのことを想定し、身の回りの安全性や、身体機能を高めていくことは予防法の一つだと言えます。
車の安全性を見直す
車を運転する人は、交通事故を起こす可能性がゼロとは言い切れません。万が一のことに備え、事故の被害を最小限にしておくことは、むちうちの予防策の1つと言えるのではないでしょうか?
例えば、車の背もたれ部分にあるヘッドレストには、高さを調整することができるものと、そうではない、一体型になったものがあります。一体型のヘッドレストは、高さ調整ができるタイプに比べて、約10%も頚椎損傷を軽減できると言われています。
このほかにも、腹部のシートベルトは、骨盤をしっかり固定するように装着するなど、危険性を少しでも軽減できることは、すべてやっておいても損はありません。
身体の柔軟性を高める
普段から、肩や首などの上半身の筋力をつけ、さらにストレッチなどで、身体の柔軟性を高めておくことで、とっさの衝撃を分散させることができます。
難しい動きではなく、ラジオ体操などでも、このような日頃のケアを行うことができますので、むちうちだけではなく、全ての怪我の予防、健康維持のために習慣づけておくと良いかもしれません。
まとめ
いかがでしたでしょうか。身体の一部分に痛みが生じるだけで、そのほかの筋肉も硬直し、悪循環を招きます。むちうちの場合はとくに、身体の中心部分にあたる首や背骨、肩周辺に症状が現れるため、ほかの症状を連鎖的に起こす可能性が高いと言えるでしょう。
何らかの強い衝撃を受けた後に、痛みや違和感を覚えた際には、すぐに専門医を受診してください。
また、普段から安全運転を努める、スポーツの前には入念に準備体操を行うといったことは、むちうちに限らず、命や健康維持においても大切なことです。ぜひ、これを機会に、もう一度見直してみてはいかがでしょうか。