不安とは、正体が分からないモノに抱く恐怖のことです。「明日、絶対に上司に叱られる!」と考えてしまう苦痛が不安で、翌日になって実際に上司に怒鳴られているときの苦痛が恐怖です。
しかし「社会不安障害」の人が持つ不安はこれとは少し異なります。絶対に起こるはずがない現象を想像して、恐怖を感じてしまう病気なのです。そして不安の感じ方が異常に強いのです。重症化すると日常生活を送れなくなってしまう心の病気です。
社会不安障害の症状
動悸、呼吸の乱れ、脱力感
社会不安障害の初期症状は、心臓がばくばくする動悸や、呼吸の乱れ、脱力感などがあります。微熱が出ることもあります。これだけを聞くと、あの病気を思い浮かべませんか?
そうなのです、軽度の社会不安障害の症状は、風邪の症状と似ているのです。嘔吐や多量の汗という症状も同じです。
さらにやっかいなのは、社会不安障害も風邪も数週間で症状が軽くなることがあるのです。もちろん、風邪はそれで完治しますが、社会不安障害はそのときたまたま軽くなっただけで、じきに悪化してぶりかえします。それで医者にかかるタイミングを逸してしまう患者もいます。
パニック、現実感の喪失
社会不安障害はパニック症状も引き起こします。人ごみの中に入れなくなります。つまり電車やバスに乗れなくなり、コンサートなどのイベントにも参加できなくなります。
パニック症状は「来るな」と自覚できることがあります。するときちんと10分後に、何も起きていないのに、また、何も起きるはずがないのに、激しい動悸がしてその場に座り込んでしまいます。パニック状態は30分から1時間ほどで治まります。
不安の気持ちが強くなり、心のダメージが大きくなると、「これは現実ではない」という逃避傾向が現れます。現実が現実として感じられなくなるのです。これは精神が壊されないようにするため、脳が防御反応を示していると考えられています。つまり現実から逃避さえすれば、不安から解放される、と脳が判断したのです。しかし実際は、しばらくすると現実に戻って来て、以前より強い不安に駆られるのです。
発症年齢
社会不安障害は、20代から発症することが多いです。30代、40代で初めて起きる人もいます。最近では65歳以上の高齢者に発症したというケースも珍しくないそうです。
社会不安障害の原因
社会不安障害を引き起こす原因は2つあります。1つは遺伝です。両親がこの障害を持っていると、子供も社会不安障害を生じやすいのです。ただ遺伝が原因であるという確証は得られていません。そして次の原因の方が有力とされています。
それは性格です。
性格
社会不安障害の患者には、周囲から「神経質だね」といわれる人が多いです。真面目、こだわりが強い、面倒見が良いといった特徴も目立ちます。
また患者の中には、完璧主義者も少なくありません。絶えず異常がない状態を維持したいと考える人は、常に「何かが起きるはず」と考えるようになってしまうのです。つまり一日中不安を抱えている緊張から心を壊し、社会不安障害を引き起こすのです。
それでは社会不安障害の患者の性格を詳しくみてみましょう。おおまかに次の4つのタイプに分類されます。
理知的な人
学歴が高く、自分はできる人間であると考えている人は、社会不安障害をもちやすいです。このタイプは自己分析するこができ、自分の弱みも把握しています。周囲からは高く評価されることが多いです。責任感が強く、失敗するときちんと反省できます。
しかし、自分の能力をはるかにしのぐ人物に出会うと、途端に劣等感を感じるようになります。症状が悪化すると、客観評価よりもかなり低い自己評価を下してしまいます。部下や年下の人に「追い抜かれる」という恐怖が不安をあおります。
執着心が強い人
このタイプも周囲の評価は低くないでしょう。仕事や勉強は粘り強く、努力を怠らないので、成績も上々です。逆風への忍耐力を持ち、尊敬の対象になることもあります。
ただ、融通が利かない欠点がみられます。妥協ができないのです。さらに自分が行っている努力と同程度の努力を他人に要求してしまい、軋轢を生むことがあります。
普通の人は、努力や頑張りでは乗り越えられない課題があることを認めることができますが、このタイプはそれができません。それがプレッシャーとなり、社会不安障害を引き起こしてしまうのです。
欲望が強い人
向上心があり、どの組織に属してもすぐにリーダー的存在になります。グループのメンバーに気を配る几帳面さもあります。ただこうした行為は、「偉くなりたい」「尊敬されたい」という欲望が動機となっていることが多いのです。
ですので、自分の欲望が達成できないと、誰かのせいにします。責任を押し付けた相手に責任がないことが分かると、次は状況のせいにします。そして社会不安障害の症状が悪化すると、このまま不完全な状態が続くのではないかと思い悩むようになります。自分の欲望は一生満たされないのだ、と信じ込んでしまうのです。
感受性が豊かな人
職場の同僚の気持ちを思いやる気遣いを持っている人です。大人数での飲み会の席でも、全員の飲み物の様子が気になります。上記の3タイプと異なり、言動は消極的です。また、他人の評価がとても気になります。相手に少しでも不愉快な態度を取られると、自分の対応がまずかったのではないかと気に病むのです。
組織に属した当初は周囲から好かれるのですが、次第に煙たがられます。その対応が気になり、社会不安障害の症状が悪化します。
社会不安障害の治療
治療のメーンは薬物療法と精神療法になります。
抗不安剤
精神科などで社会不安障害という診断が下ると、抗不安剤という薬が処方されるでしょう。薬品名は「マイナートランキライザー」といいます。不安な気持ちを取り除くので、症状の軽減が期待できます。
副作用には眠気や筋肉の弛緩があります。
抗うつ薬
うつ病の患者に使われる抗うつ薬の投与が、社会不安障害の患者に効果を発揮することがあります。社会不安障害で使われる抗うつ薬は4つあり「三環系抗うつ薬」「四環系抗うつ薬」「SSRI」「SNRI」です。種類は4つしかありませんが、薬の組み合わせや量を調整することで、ほとんどオーダーメードに近い処方になります。
そのため患者には、決められた薬を、決められた量、決められた期間、きちんと服用する必要があります。精神疾患の場合、患者が自己判断で薬を止めてしまうことがあり、治療が難航することがあります。副作用の苦しさから逃れるために飲むのを止めてしまうのですが、それでは治療が進みません。
認知行動療法
精神療法のうち、ここでは認知行動療法を紹介します。社会不安障害の場合、薬だけで完治を目指すのは難しいです。そこで認知行動療法は治療の初期から行われます。
認知行動療法で目指すのは「思い方を変えること」です。社会不安障害の患者が不安に思っている未来の出来事は、ほぼ100%発生しません。いわゆる「取り越し苦労」になることがほとんどなのです。ですので「不安に思わないようになること」が完治への第一歩となります。
例えば、電車に乗ることが不安で電車に乗ることができない社会不安障害の人がいたとします。この人は、最初は電車に乗ることが不安で電車に乗りたくないと思っていたのです。しかし実際に電車に乗ったことでパニック症状を起こすと、今度は電車に乗ったときに自分に起きるであろうことが不安になり、もっと強く電車を拒絶するようになるのです。
認知行動療法を行う医師は患者に、電車に乗る行為を細分化してもらいます。つまりひと口に「電車に乗る」といっても、家を出るところから始まり、駅に到着する、切符を買う、改札をくぐる、ホームに立つ、電車が到着する、自動ドアが開く、降りる客を待つ、電車内に入る…と20項目ほどの行為があります。
行動の細分化が終ったら、次に、どの行動が一番怖くないかを尋ねます。こうすることで、まったく不安に感じない行動から、想像しただけで心臓がばくばく鳴る行動まで分類されます。
もうこの時点で、不安に感じない行動が見付かったので、治療は1歩前進しているのです。不安を感じる行動については、想像を重ねたり、シミュレーションしたりして、恐くないということを体に覚えさせていきます。
このように認知行動療法は、患者にも医師にも負担が大きい治療ですが、効果は期待できます。
まとめ
「現代人は誰もが不安を抱えているもの」と安易に言わない方がよいでしょう。ストレスによる心の病気は、ストレスの大小と、心の強さと弱さによって決まります。つまり、どんなに小さなストレスでも、心が弱い人は心のダメージが大きくなるのです。
心の強い弱いは、人としての能力とは関係ありません。仕事のスキルにも関係しません。「社会不安障害を起こしやすい性格」の項目で見た通り、この障害を持つ人には社会的に優秀な人や心の優しい人も多くいるのです。