脳梗塞と聞くと、少し年配の方に起こる病気の印象がありますよね。ところが、ワレンベルグ症候群は、脳梗塞が原因なのに、なぜか働き盛りの男性に多い病気です。ワレンベルグ症候群は延髄の外側に血液を送る椎骨動脈または後下小脳動脈(椎骨動脈の枝)が閉塞することでおこり、多彩な症状を呈します。
今回は、働き盛りの男性を突然襲うワレンベルグ症候群について、気になる症状や治療法、予後や予防法などを詳しくお伝えします。
この記事の目次
ワレンベルグ症候群とは
ワレンベルグ症候群は椎骨動脈または後下小脳動脈(椎骨動脈の枝)の閉鎖により生じます。これらの動脈は延髄外側に血液を供給するため、延髄外側に関係する様々な症状が出現しますが、その症状は梗塞の起きた場所や程度によって様々です。
この病気の予後は悪くないのですが、お年寄りではなく、30歳〜50歳の働き盛りの男性に多いため、脳梗塞が自分の身に起こるとは思っておらず、最初のサインを見落としがちです。
ワレンベルグ症候群の症状
初期症状
ワレンベルグ症候群は頭痛やめまい、吐き気など、他の病気でも起こりうる、ありふれた症状で発症することが多いです。特に頭痛とめまいは、ワレンベルグ症候群の初期症状には多く見られます。
続いて、顔や手足の温度や痛みの感覚がなくなったり、力が入りにくくなったり、体が傾く、動くときに手足が震るなどの症状が出現します。飲み込むのが難しくなる症状(嚥下障害)はほとんどの人でみられます、声を出しにくくなる(構音障害)、目が一方方向にピクピク揺れる(眼振)などの症状が起こることもあります。
主な症状
延髄には色々な機能があり、ワレンベルグ症候群は延髄の外側の機能が脳梗塞によって障害される病気ですから、その症状は病変のある場所によって異なります。
延髄外側には同側の前庭神経核(聴神経(Ⅷ)感覚核)、疑核(舌咽神経(Ⅸ)・迷走神経(Ⅹ)運動核)、孤束核(舌咽神経(Ⅸ)・迷走神経(Ⅹ)感覚核)、下小脳脚、交感神経下行路、三叉神経脊髄路核、反対側の外側脊髄視床路があり、これらのどこの部分が血管の閉塞によって障害を受けたかで、症状が変わります。
以下に、主な症状を示しますが、これらの全てが症状として出現するわけではありません。
全身症状、ならびに病巣側/病巣反対側の区別がつきにくいもの
- 頭痛
- 嘔吐、悪心
- 回転性幻暈、眼振
- 球麻痺(嚥下障害、構音障害、嗄声)
上述の症状のうち、頭痛はほぼ全部の例で生じますが、中には頭痛のおこらない人もいるので、他の症状も総合的に見なくてはなりません。頭痛は、うなじから後頭部にかけての頭痛が多いようです。
目眩は同側の前庭神経核(聴神経(Ⅷ)感覚核)が虚血をおこすために生じます。そのため、ワレンベルグ症候群の目眩は回転性(くるくる回るような感じの目眩)で、メニエール病などでおこる目眩と同じタイプです。
通常、脳梗塞や脳出血の目眩は、動揺性目眩(頭や身体がぐらぐらと揺れている感じの目眩)や浮遊性目眩(頭や身体がふらふらするような感じの目眩)ですが、ワレンベルグ症候群の目眩では聴神経が関与するため、このように回転性の目眩が生じることになります。また、この症状は頑固で、他の症状が消えたあとも、長期間残ることがあります。
球麻痺症状(嚥下障害、構音障害、嗄声)は、疑核(舌咽神経(Ⅸ)・迷走神経(Ⅹ)運動核)の障害により生じ、特に嚥下障害は、発生初期にはワレンベルグ症候群の60~70%にみられますが、その多くは数週間から数ヶ月で改善します。
病巣側の症状(右に脳梗塞があれば、右側に出てくる症状)
- カーテン徴候
- 味覚障害
- 小脳失調(企図振戦、構音障害)
- ホルネル症候群
- 顔面の温痛覚障害
カーテン兆候は、迷走神経、舌咽神経に障害がある人に「あー」と声を出してもらうと、後咽頭のひだが、カーテンが寄ったように健側に偏位する兆候のことです。この時、口蓋垂も健側に偏位します。球麻痺症状と同様、疑核(舌咽神経(Ⅸ)・迷走神経(Ⅹ)運動核)が障害を受けて病巣側が麻痺し、健側に後咽頭のひだや口蓋垂が健側に引っ張られるために生じます。なお舌咽神経と迷走神経の一部は延髄では疑核など共通の脳神経核から起こり、近い位置を走行することから、大抵の場合、同時に障害されます。
味覚障害は、孤束核(舌咽神経(Ⅸ)、迷走神経(Ⅹ)感覚核)の障害により生じ、右に梗塞があれば、右の舌で味覚を感じられなくなります。
小脳失調は、筋力や深部感覚には異常がないのに小脳疾患により協調が障害されて起こる運動失調のことで、下小脳脚の虚血で生じます。企図振戦や構音障害
ホルネル症候群は、交感神経下行路の障害により、病巣側の縮瞳、眼瞼下垂、瞼裂狭小、発汗低下(無汗症)を来すものです。
顔面の温痛覚障害は三叉神経脊髄路核の障害によるものです。顔面の温痛覚は、一旦、三叉神経から三叉神経脊髄路を脳よりも遠くに下り、その後シナプスを介し対側へ入り脳へと上行します。三叉神経脊髄路核は対側へ入るより前の経路にあるため、顔部では、病巣側の温痛覚障害を生じますが、頸部以下、体幹・上下肢の温痛覚障害は外側脊髄視床路は病巣側の反対側の感覚神経が通るため、病巣側反対側の温痛覚障害が生じます。
病巣反対側の症状(右に脳梗塞があれば、左側にでてくる症状)
- 体幹・上下肢(頚部より下)の温痛覚障害
頚部以下では温痛覚障害は、病巣反対側に生じます。これらは外側脊髄視床路の障害によります。頸部以下の温痛覚の感覚神経は脊髄に入ると、入ったレベルで交叉し、対側の外側脊髄視床路を通って脳へと上行するため、病巣反対側の温痛覚異常がおこります。
ワルデンベルグ症候群の診断/鑑別診断
ワレンベルグ症候群の診断
MRI:MRI検査は、脳梗塞を診断する上で、最も重要な検査です。頭蓋内は骨に囲まれているため、CTスキャンよりもMRI検査の方が適しています。ワレンベルグ症候群では延髄外側部位に病変を見つけることができます。
なお、多くの脳梗塞はMRIを撮るとその部分が明らかに白っぽく光って診断がつきますが、明らかな症状を呈しながら、MRIではっきりと変化を指摘できない事もあります。
MRA:MRアンギオグラフィのことで、MRIで血管に特化したMRIの検査です。MRIと同じ機械を使って、造影剤を使わず、非侵襲性(痛くない、薬液での障害がおこらない)に血管を撮影できます。
血液造影検査:血行動態の把握や治療法の選択のため、血管造影を行うこともありますが、最近はMRAで、全てではありませんが、ほとんどの部分を代用できるようになってきたため、侵襲性の高い血液造影検査を使う機会は減ってきました。
以前はCT検査なども行っていましが、頭蓋内は骨の影響をうけるため、最近はMRIやMRAが好んで使われます。
ワレンベルグ症候群と似た病気
延髄内側症候群
椎骨動脈や前脊椎動脈の閉塞が原因でおこります。病巣側の下半分の萎縮と麻痺(舌下神経核(Ⅻ))、病巣と反対側の顔以外の部分の片麻痺(錐体路)、病巣と反対側の触覚/深部覚障害(内側毛帯)がおこります。
ワレンベルグ症候群と同じ延髄に障害部位はありますが、ワレンベルグ症候群は舌咽神経障害による味覚障害はあっても舌下神経麻痺による舌の運動障害がないこと、病巣と反対側の温痛痛覚障害はあっても触覚/深部覚障害はないこと、錐体路障害による片麻痺はないこと鑑別できます。
ワレンベルグ症候群の原因
ワレンベルグ症候群の原因は、椎骨動脈または後下小脳動脈の閉塞、延髄内側症候群の原因は椎骨動脈または前脊椎動脈の閉塞が原因ですが、両方とも他の脳梗塞とは異なり、若い世代に発症するのが特徴的で、通常の脳梗塞とおこる仕組みが少し異なり、閉塞の原因が脳解離性動脈瘤によるのではないかとされています。
脳動脈瘤には、脳の動脈分岐部にできた嚢状動脈瘤(風船状)と、本幹動脈瘤群(血管自体が紡錘状に膨らむ)があります。嚢状動脈瘤も本幹動脈瘤も破裂すればくも膜下出血の原因になりますが、本館動脈瘤は嚢状動脈瘤よりも破裂しにくい代わりに、脳梗塞の原因になるものがあります。本幹動脈瘤には、解離性動脈瘤と非解離性動脈瘤がありますが、圧倒的に解離性動脈量が多く、実質的に破裂せずに進行した解離性脳動脈瘤が、ワレンベルグ症候群や延髄内側症候群を引き起こす脳梗塞の原因になっていると考えられています。
脳動脈は内側から内弾性板、中膜、外膜の3層構造になっており、この中で一番内側にある内弾性板は動脈を形成する壁の中で、一番丈夫です。この丈夫な内弾性板が断裂すると、その部分から血液が入り込み、あまり丈夫でない中膜が裂け、内弾性膜と外膜の間に腔ができます。この状態が脳動脈解離です。
脳動脈解離が進行し、「瘤」ができたものが、解離性脳動脈瘤です。は、血管が内皮部分で裂けています。解離性動脈瘤の解離してできた新しい腔の部分は、血流が滞りやすいため、血栓ができやすくなります。また、本来の血管部分も血小板等や内膜細胞が内弾性膜の断裂部分を修復するために集まるため、血栓ができやすくなります。この、解離した部分にできた血栓が血流にのって流され、血管の細くなっている部分で詰まると脳梗塞が起こります。また、動脈内で解離がさらに進んで内弾性膜が剥がれ落ち、それが動脈を塞いでも脳梗塞が生じます。
解離性脳動脈瘤は80〜90%が椎骨動脈に発生し、椎骨動脈にやその先の後下小脳動脈の脳梗塞の原因になります。ワレンベルグ症候群の原因は椎骨動脈または後下小脳動脈の脳梗塞ですから、ワレンベルグ症候群の原因を理解するためには、解離性脳動脈瘤について理解する必要があります。
なお、通常の原因で亡くなった一般成人の約10%に椎骨動脈解離の自然治癒痕を認めるという報告があり、解離性脳動脈瘤の全てがくも膜下出血や脳梗塞を起こすわけではなく、解離性脳動脈瘤を持っていても無症状で天寿を全うする人が相当数いることが推測されます。
ワレンベルグ症候群の治療と予後
ワレンベルグ症候群の治療
1)血栓溶解薬
発症して5時間以内のには血栓溶解薬(t-PAなど)が有効なことがあります。
2)開頭手術
患者さんの全身状態などにもよりますが、開頭手術は有効な治療法のひとつです。メリットは、後下小脳動脈と動脈瘤の関係にかかわらず治療が可能 、術中に破裂しても止血可能などですが、開頭手術は周囲の脳を傷つけるかもしれないなどのデメリットもあります。特にワレンベルグ症候群自体が予後良好のものが多く、リスクをおかして開頭手術するか否かは十分に検討されなくてはなりません。
3)カテーテル治療
全ての症例で行えるわけではありませんが、有効な治療法です。血管内手術の体制がある病院では、開頭手術より早く治療開始に入れますし、周囲の脳を傷つけるリスクも少ないです。しかし、カテーテル操作中に動脈瘤が破裂した場合は止血困難なため致命的になります。
3)抗血栓療法(抗凝固療法または抗血小板療法)
抗凝固薬はヘパリン、ワーファリンなど、抗血小板薬はアスピリンなどですが、いずれも、いわゆる「血液サラサラ」になる薬での治療です。
ワレンベルグ症候群の予後
ワレンベルグ症候群の生命予後は良好で、ほとんどの例で、この病気のために命を落とすことはありません。
ワレンベルグ症候群の症状についての予後は、非常に個人差が大きいです。脳梗塞によって障害されたちょっとした位置の違いや、範囲の広さによって、全く違ってきます。症状をほとんど残さずに治癒してしまう人もいれば、症状の回復が難しく、長期間症状が残る人もいます。特に、目眩については悩まされる人が相当数いるようです。
ワレンベルグ症候群の予防
ワレンベルグ症候群の予防は、一般の脳梗塞を予防すると共に、解離性脳動脈瘤の早期発見が鍵になります。
一般的な脳梗塞の予防
高血圧、糖尿病、高脂血症などの生活習慣病があれば、これらの疾患を治療する必要があります。また、これらの生活習慣病をお持ちでなければ、禁煙や食事管理、定期的な運動などの健康的な生活習慣を身につけることが、生活習慣病の予防になり、それが脳梗塞の予防につながります。
後頭部のマッサージの回避
ワレンベルグ症候群の原因である椎骨動脈や後下小脳動脈は後頭部に存在します。そのため、後頭部のマッサージが原因で、これらの血管に閉塞がおこり、ワレンベルグ症候群がおこることがあることが知られています。
ワレンベルグ症候群の初期の症状にうなじから後頭部にかけての頭痛があり、この症状を緩和するためにマッサージを受けることもありますので、注意が必要です。
過度の運動の回避
過度の運動により、脱水や血管の内皮細胞の障害が起こり、これが脳梗塞の原因になることが知られています。運動する際には、適切に水分補給を行い、急な運動負荷の増加は避けるのが賢明です。暑い場所での長時間の滞在なども脳梗塞の原因になります。涼しい場所を家族でゆっくり歩くなどの、小さい子どもと一緒に楽しめるくらいの強度の運動がお勧めです。
解離性動脈瘤の早期発見
例外もありますが、動脈が「解離」すると、うなじから後頭部にかけて、比較的強い痛みがあります。この時期にMRIやMRAで解離性動脈瘤が発見されれば、くも膜下出血も脳梗塞にも早い時期に対応することができ、ひいてはワレンベルグ症候群への対応ないし予防につながります。
解離性動脈瘤による初期の頭痛は、偏頭痛や後頭神経痛、筋緊張性頭痛と区別するのが難しく、初期のころに、ワレンベルグ症候群を見つけるのは困難ですが、痛み止めを飲んでも続く頭痛がある場合には、医療機関を受診するなどの工夫をなさることをお勧めします。
また、解離性動脈瘤があっても気づかずに過ごしている人は、一般人口の10%はいるとのことですので、定期的に脳のMRIやMRAなどによる健康診断を受けておくのも良い方法です。なお、普通のCTなどですと、頭蓋骨の影響をうけて、細かい箇所が見えにくいので、頭蓋骨内部に限って言えば、MRIやMRAの方が健康診断には向いています。
まとめ
ワレンベルグ症候群は、脳梗塞でおこりますが、他の脳梗塞とは違い、30〜50歳の比較的若い男性に多いのが特徴的です。
頭痛やめまいで始まりますが、特徴的な症状は、病巣側の温痛覚の低下と病巣反対側体幹部の温痛覚の低下です。例えば、右に病巣があれば、顔の右半分の温痛覚の低下と、首を境にして体の左半分の温痛覚の低下がこの病気の最大の特徴です。
高血圧や糖尿病、高脂血症の予防や治療などの、一般的な脳梗塞の予防や治療も、この病気の予防につながりますが、後頭部のマッサージを避けことや過度の運動運動を避けることも重要です。神経質になる必要はありませんが、マッサージや運動は若くて健康な男性は好んで行う傾向があるので、知識としてこれらが原因のひとつになりうることを知っておくとよいでしょう。
また、頭痛がおきて、痛み止めを飲んでも効かない場合や、頭痛がさらに強くなる場合。頭痛とめまいが同時に発生した場合など、いつもと違う頭痛やめまいを感じた際は、医療機関を受診なさることをお勧めします。