私たちの身体の隅々まで行き渡り、生きていくために必要な栄養素や酸素を送り届けている血管。大きく分けると動脈と静脈に分類され、それぞれ役割や構造も異なります。
動脈は心臓から出ていく血管のことを言い、心臓から押し出される勢いに耐えるため、分厚い構造になっていますが、静脈は心臓へ戻る血液が通るため、逆流しないように血管内に弁が付いています。
このように、動脈と静脈がそれぞれの機能を果たすことで、私たちの命を保つことができています。しかし、この大切な役割を担う血管に、血液が詰まってしまう病気があるのです。
それが、最近では「エコノミー症候群」などで知られている『血栓症』と呼ばれるものです。飛行機や災害時の避難所などで、長時間身体を動かせない環境下に身を置いたり、ドロドロ血液の人に発症しやすく、血流が遮断されるため、ひどい場合には死に至ることもあるのです。
そこで、ここでは、血栓症にはどのような病気があるのかに加え、血栓症の治療法について、ご紹介いたします。
血栓症の種類と症状
血栓症と言っても、動脈にできる血栓と静脈にできる血栓とでは、種類が全く異なります。これらの違いに加え、血栓症になると具体的にどのような病気を引き起こすのか、早速見ていきましょう。
動脈で起こる血栓症
動脈の場合、血流が早いため血小板が活性化されやすいことが起因し、「血小板血栓」や「白色血栓」と呼ばれる、『血小板が主体となる血栓』ができます。これらの原因として、
- 高血圧や、脂質異常・糖尿病などによる動脈硬化(血流・血液成分の異常)
- 不整脈や弁膜症(血流の異常)
- 血液粘度の亢進(血液成分の異常)
- 血管炎(血管癖の異常)
などが大きく関係していると考えられています。このようにして動脈に血栓ができると、以下のような病気を引き起こします。
<脳梗塞・心筋梗塞>
血栓が脳にできると脳梗塞、心臓にできると心筋梗塞になるのですが、脳梗塞や心筋梗塞にはアテローム性のものと心原性のものがあり、「アテローム血栓性梗塞」の場合、コレステロールが原因によって引き起こされます。
元々、欧米で多く見られていましたが、最近では日本でも増加傾向にあります。コレステロールが動脈内で固まり、血管自体が狭くなると、そこに血栓ができて血管が詰まったり、あるいはできてしまった血栓が剥がれ、流れた先で血管を詰まらせることもあるのです。
一方、心原性によるものは「心原性塞栓症」と呼ばれ、心房細動や心筋症、リウマチ性心臓弁膜症など、心臓の機能が上手く働かないことによって血流が乱れ、血栓ができます。この場合、病巣も大きくなるため死に至る可能性が非常に高くなります。
- 脳梗塞については、脳梗塞を予防するには?症状や原因を知っておこう!
- 心筋梗塞については、心筋梗塞の前兆は?症状を知って適切な処置を!
をそれぞれ参考にしてください。
<閉塞性動脈硬化症>
手足の動脈に血栓が詰まったり、動脈硬化によって血管が狭くなると、閉塞性動脈硬化症という病気を引き起こします。
血栓によって手足の動脈が詰まると、栄養や酸素が行き届かなくなるだけではなく、しびれや冷感、一定の距離を歩くことで、ふくらはぎなどに締め付けられるような痛みを生じる「間歇性跛行」といった症状が見られるほか、夜も眠れなくなったり、ひどい場合においては、潰瘍や壊疽を引き起こします。
閉塞性動脈硬化症でさらに恐ろしいのが、心筋梗塞などの心血管系の合併症を起こすリスクが高くなるという点です。実際に、この病気の過去5年間の死亡率は44%と非常に高い割合であるということからも、この病気の恐ろしさが十分にわかるのではないでしょうか。
静脈で起こる血栓症
静脈で血栓ができる場合、血管内を流れる血流が遅いため、
- 凝固を防ぐ因子の低下
- 血流の滞り
- 組織因子が作られ、血管内に放出される
- 凝固因子が活性化する
といったことが原因となり、凝固活性化の最終産物であるフィブリンを主体とする「フィブリン血栓」が発生したり、血流の遅さが起因し、多くの赤血球を巻き込むことから、赤血球を主体とする「赤色血栓」ができることもあります。
このようにして、静脈で血栓ができると、以下のような病気を引き起こします。
<肺梗塞・肺血栓塞栓症>
肺と心臓をつなぐ肺動脈に血栓が詰まると、肺梗塞や肺血栓塞栓症を引き起こします。肺動脈は「動脈」という名前はついているものの、血流が遅いため、静脈血栓症の類とされるようです。
肺動脈に血栓が詰まることによって、突然胸が痛くなったり、呼吸が苦しくなるといった症状が引き起こされ、完全に血流が途絶えた状態になると、肺組織が壊死し、ショック状態になるため、ひどい場合には死に至ることもあります。
<深部静脈血栓症>
肺梗塞・肺血栓塞栓症とともに併発しやすいのが、腕や足の静脈に血栓ができる深部静脈血栓症です。ほとんどの場合が無症状であると言われていますが、腕や足の静脈に血栓ができると、むくみや腫れ、かゆみ、変色、抑えると痛む、熱を帯びている感じがするといった症状が見られることもあります。
そして、多くの人に知られているエコノミー症候群と言われる症状が、この深部静脈血栓症と肺梗塞・肺血栓塞栓症を同時に併発したケースです。腕や足の血栓が肺動脈に移行することによって発生します。
生活習慣や食生活などが影響し、血栓ができやすい血液成分になっている状態で、長時間同じ姿勢でいると血栓ができやすく、これらの症状を引き起こす可能性が高くなります。
血栓症で使用される薬について
血栓症の治療で使用される薬は、「抗血小板薬」と「抗凝固薬」の2種類に分けられます。
動脈で血栓が発生した場合は、血小板が主体の血栓のため、抗血小板薬が使用されますが、静脈で血栓が発生した場合には、抗凝固薬が使用されます。
抗血小板薬
アスピリン/クロピドグレル/チクロピジン/シロスタゾール など
抗血小板薬で最もよく使用されているのが、このうちのアスピリンです。アスピリンには血小板同士の結合や、血小板の働きが活発になるのを抑制する働きがあり、血小板を主とした血栓症の治療には、効果的です。
しかし、これらの薬は、手術などを受ける場合には、出血を防ぐため休薬しなければならず、その間に血栓症を起こす可能性が高い人には、ほかの薬を代用する場合があるので、医師に確認する必要があります。
また、アスピリンに限らず、抗血小板薬を服用すると、アスピリン喘息や、消化管潰瘍、消化管出血などの副作用が見られる場合もあります。さらには、グレープフルーツなどの飲み合わせに注意しなければならない薬もありますので、事前にしっかりと確認しておく必要があるでしょう。
抗凝固薬
抗凝固薬は、注射薬と内服薬に分けられており、日本で内服薬として認められているのは、「ワルファリン」という薬のみです。そのほかの注射薬は、
ヘパリン/低分子ヘパリン/アルガトロバン/ダナパロイドナトリウム/フォンダパリヌクス など
以上のような注射薬が使用されています。内服薬のワルファリンは、凝固因子に直接的に作用するのではなく、ビタミンKに作用することで血液を固まりにくくするため、服用してから効果を得られるまで、時間が掛かると言われています。
また、その人の遺伝子や食事、体調によっても効き方が異なるため、服用量を適量に調整する必要があるのです。皮膚の内出血や鼻血などの副作用が見られることもあり、さらには、納豆やモロヘイヤ、青汁といったビタミンKを多く含む食事は、薬の効能を薄れさせるため、食事にも気をつけなければなりません。
血栓症の治療について
血栓症の治療は、血栓ができた場所によっても異なります。ここでは、脳や心臓など、血栓ができた箇所別に、治療法をご紹介いたします。
心血管系に血栓ができた際の治療法
心血管系に血栓ができた場合、何よりもまず、心臓の機能を回復させる対応が最優先になります。例えば、血栓による心筋梗塞の場合、アスピリン、酸素、モルヒネ、硝酸薬を投与し、発症して3時間以内であれば、「PCI」という治療を行います。
PCIとは、心臓カテーテル治療を示し、血管の中にカテーテルを入れ、血栓を破壊・吸引しながら、血管のつまりを取り除く治療です。このほかにも「血栓溶解療法」というものがあり、薬によって血栓を溶かす治療法ですが、血栓ができて間もないときには非常に効果的な治療法です。
PCIと血栓溶解療法の2つを使い分けながら、血流が正常に戻るような処置を行っていきます。治療後は、再度血流が滞ることがないよう、アスピリン投与を継続させます。
脳に血栓ができた際の治療法
脳の場合においては、その時々の症状や患者の状態によって治療法を変える必要があります。
例えば、脳梗塞の場合は、急性期ならば、心血管系のときと同様に迅速な処置が必要です。発症から4時間以内ならば、アルテプラーゼという血栓を溶かす薬を静脈に注射することで、血栓を溶かすこともできます。
しかし、しれ以上時間が経過した場合においては、「8時間以内である」ということを条件に、足の付け根からカテーテルを挿入し、血栓がある場所まで到達させ、薬を投与したり、血栓を取り除き回収するという治療が行われます。
それ以降の治療に関しては、症状や全身の状態によっても異なり、手術が必要な場合もありますので、そのときの状態を確認しながら、ベストな治療を行っていきます。
肺動脈に血栓ができた際の治療法
肺梗塞や肺血栓塞栓症の場合においては、ヘパリンなどの抗凝固薬を点滴で投与しますが、重症で早急な対応が必要な場合には、先に述べた「血栓溶解療法」によって、治療します。また、状況によっては、手術やカテーテル治療が選択される可能性もあります。
肺梗塞や肺血栓塞栓症は、再発するケースが多くあるため、治療後は少なくとも半年、人によっては生涯ワルファリン(抗凝固薬)を服用する必要があります。
予防法として、下大静脈フィルターという網のような装置を入れることで、肺動脈に再度血栓が流れ込むのを防ぐという方法もあるようです。
腕や足の静脈に血栓ができた際の治療法
腕や足の静脈に血栓ができた場合(深部静脈血栓症)は、それらが剥がれ落ち、肺などに流れ込んで、肺梗塞が起きるのを防ぐのことが治療の目的になります。
先にも述べたように、深部静脈血栓症と肺梗塞は、多くの場合、並行して発症します。腕や足の静脈に血栓があること「のみ」を幸いに発見できたならば、それが肺に流れて、エコノミー症候群を招かないような処置をするのです。
一般的には、低分子ヘパリンやフォンダパリヌクスを皮下注射し、同時にワルファリンも服用します。ワルファリンの効果が出てきたら、注射による投薬をやめ、ワルファリンを3~6ヶ月服用します。
また、希なケースではありますが、場合によっては肺梗塞の場合と同様に、下大静脈フィルターを留意し、肺に血栓が流れるのを防ぐといった予防法を取ることもあります。
まとめ
いかがでしたでしょうか。血栓症は、命にも関わる恐ろしい病気です。しかし、生活習慣や食生活の見直しでも、十分に予防効果を得ることができます。ドロドロ血液にならないよう、高コレステロールの食事は避け、喫煙はもちろん、過度なアルコール摂取を控えることも大切です。
また、飛行機に乗った際には、こまめに足首や腕を動かしながら水分補給をすることも忘れずに、血流が滞るのを防ぎましょう。
血流を良くする方法や、サラサラな血液にする方法は、他にもたくさんありますので、楽しみながら日常生活に取り入れ、健康な身体を保ちたいものです。