私たちの身体が、正常に機能するためには、栄養素が欠かせません。炭水化物やタンパク質、脂肪、鉄分、ビタミン、ミネラルなど、それぞれの栄養素が満たされた状態で初めて、健康的な身体を作ることができるのです。
鉄分が欠乏すれば貧血に、タンパク質が不足すれば、筋力低下や肌あれを起こすように、何らかの栄養素が著しく欠乏することによって、身体に思わぬ不調が現れることがあります。
そのうちの一つとして挙げられるのが、「テタニー」という症状です。テタニーは、血中のカルシウム濃度が低下することによって起きる症状です。しかし、食事からのカルシウム摂取不足というよりも、何らかの病気が原因で、血中のカルシウム濃度が低下し、テタニーを引き起こすケースの方が多く見られるようです。
そこで、ここでは、テタニーとはどのような症状なのか、原因となる病気や、治療法について、ご紹介いたします。
テタニーが起こるメカニズム
テタニーという言葉を初めて聞くという方も少なくないことでしょう。テタニーとは、何らかの原因で、血中のカルシウム濃度が低下(低カルシウム状態になる)することで起こる、痙攣や感覚異常などの症状を示します。
まずは、なぜ、このような症状が起こるのかを、見ていきましょう。
筋肉を動かすスイッチ「カルシウムイオン」
「カルシウム」と聞くと、骨を生成しているものというイメージを強く抱くかもしれませんが、カルシウムは、筋肉の収縮にも大きく関係しています。
私たちが運動するとき、すなわち筋肉を動かすとき、タンパク質の一種である「ミオシン」と「アクチン」、そして、アデノシン3リン酸が、モーターのような役割をしています。しかし、これらのモーターはスイッチがなければ動かすことができません。そのスイッチをONにするのが「カルシウムイオン」なのです。
筋肉を動かす際、神経からの命令を受けると、筋小胞体と呼ばれる、カルシウムを貯蔵している場所が刺激されます。すると、カルシウムイオンが細胞内へ放出され、そこで初めて筋肉を動かすスイッチがONになります。
しかし、カルシウムが低下することによって、このスイッチが駆動しなくなると、筋肉の硬直や痙攣などが起こりやすくなり、テタニーを引き起こしてしまいます。
カルシウムイオンと末梢神経の関係
テタニーを引き起こすのは、筋肉を動かすスイッチが駆動しないことのみが関係しているわけではありません。
筋肉を動かすためには、末梢神経の働きも大きく影響しています。これには、イオンを透過させる「Naチャンネルの開口率」と、「Naチャンネルの透過性」の2つが関係してきます。
カルシウムイオンが低下すると、Naチャンネルの開口率は上がり、さらに透過性も亢進します。すると、細胞の内外に生じる電位差が少し動いただけで、Naチャンネルから、細胞内へNaイオンが送り込まれてしまいます。
この状態が末梢神経を刺激し、興奮状態になるため、筋肉の収縮を繰り返すのです。このように、テタニーの症状は「筋肉単体」で起きているのではなく、神経が密接に関係しています。
テタニーの兆候
テタニーは、症状が明確に現れる前に、兆候が見られます。症状は、すでに血中のカルシウム濃度が大幅に低下しているために起こりますが、症状が起きていない健康な人でも、テタニーの兆候が見られた場合、低カルシウムの傾向にあると考えられます。
現在、何の異常もないと思っている人も、以下のような兆候がある場合には、病院を受診しておくと安心です。
それでは、テタニーの兆候について、早速見ていきましょう。
クボステック兆候
低カルシウムの状態にある場合、口を僅かに開けたまま、顔面の神経が通っている頬骨弓下(外耳道の直前)あたりを軽く叩くと、まぶたや口角に攣縮反射が見られます。
これは、健康な人でも、約10%という高い確率で見られるようです。自分は大丈夫と思っている人も気をつけなければなりません。
トルソー兆候
もう一つの兆候としてあげられるのが、「トルソー兆候」です。
まず、血圧計のマンシェットを上腕部に巻きつけ、圧力が20mmHgを超えるまで加圧し、その状態で3分ほど経過を見ます。このとき、「助産師手位」と呼ばれる手首や手指の屈曲が見られることを、トルソー兆候と言います。
トルソー兆候が見られた場合、低カルシウムの状態であると判断されます。
テタニーの症状
上項目であげた兆候を見逃し、低カルシウム状態が悪化すると、症状が現れます。ひどい場合には、発作によって死に至ることもあるので、このような症状が出た場合には、早めに対処する必要があります。
しびれ、痙攣発作
まず、テタニーの症状が現れ始めると、手や唇を中心にしびれが出始めます。それが顔面や手足、全身にまで出始め、徐々に手足の筋肉が強ばってきます。
さらに悪化すると、両手や両足の筋肉が硬直し、まるでてんかん発作のように、全身にまで痙攣が及びます。このような筋肉の痙攣は痛みも伴うため、あまりの痛さにショックで意識を失う人もいるようです。
また、これらの痙攣が、呼吸筋や咽頭筋に及ぶと、気管支内の幅が狭くなり、呼吸をするたびに、ゼーゼー・ヒューヒューといった音が出ることがあります。
さらに、咽頭の平滑筋が痙攣すると、物を飲み込めなくなる嚥下障害などが起こり、これらの症状がひどい場合には、気道を塞ぎ、窒息死を招くこともあるのです。
情緒不安定
末梢神経に比べると、中枢神経は「血液脳関門」の存在によって、低カルシウムの影響を受けにくいと言われていますが、なかには、末梢神経と同様に、中枢神経まで興奮状態になってしまうこともあるようです。
すると、不安と興奮状態を繰り返すといった情緒不安定、集中力の低下などの、様々な精神症状も見られるようになります。
感覚異常
テタニーの症状としてもう一つあげられるのが、感覚異常です。これは、「蟻走感」と呼ばれる感覚異常で、文字通り、唇の周りや手足などの身体の表面に、蟻が走っているように感じるという、神経障害の一種です。
テタニーの原因は?
血中のカルシウム濃度が低下する原因には、様々な病気が原因となっていることがあります。具体的に、どのような病気が原因でテタニーを引き起こすのか、見ていきましょう。
過換気症候群
過換気症候群は、「過呼吸」という名前でご存知の方が多いかもしれません。これは、何らかの原因で、脳内の呼吸中枢が刺激され、必要以上に酸素を取り込もうと、過剰に呼吸をしようとする症状を示します。
実際に、過換気症候群を体験した人ならばわかるかもしれませんが、過換気状態を引き起こすと、呼吸が苦しくなるだけではなく、手の指先や唇がしびれたり、目の前がチカチカしてくることがあります。
一見、過換気症候群と、カルシウム濃度には何の関係もないように見えますが、これには、過換気症候群が引き起こす「アルカローシス」という状態が密接に関係しています。
アルカローシスとは、体液が過剰にアルカリ性に偏った状態を示すもので、過換気状態が継続することで、血中の二酸化炭素の量が減少し、phバランスが崩れることによって起こると言われています。
アルカローシスになると、テタニー症状を引き起こすだけではなく、ひどい場合にはショックや昏睡状態を招くこともあるので、早急に対処しなければなりません。
副甲状腺機能低下症
副甲状腺機能低下症の症状の一つとして、PTH分泌障害があげられます。PTHとは、骨からカルシウムを吸収して血液に供給したり、小腸でのカルシウム吸収、あるいは腎臓からのカルシウム排出を抑えるために、血中のカルシウム濃度を上げるよう作用するホルモンです。
副甲状腺の機能が低下することによって、PTHが正常に分泌されなくなると、低カルシウムの状態を引き起こします。この病気は、遺伝子の異常、頸部手術、免疫異常など、いろいろなことが原因となるようです。
また、テタニー以外の症状としては、白内障や抑うつ、不整脈など、様々な症状が現れます。
くる病
あまり聞きなれない病名かもしれませんが、小さなお子さんがいらっしゃる方ならば、「くる病」という病名を耳にしたことがあるかもしれません。
現代、くる病になる子供が増えていることが問題にもなっているようですが、これはビタミンDの欠乏が原因となって、カルシウムが吸収されず、成長障害や、骨格・軟骨の変形といった症状が現れる病気です。
最近はとくに、母乳での子育てが良いとされています。しかし、確かに母乳で育てることのメリットは多々あるものの、母乳にはビタミンDがあまり含まれていません。すなわちこれは、子供のビタミンD摂取量も減少するということにつながります。
さらに、紫外線による皮膚へのダメージを気にするあまりに、子供たちが日光を浴びることが少なくなっているとも言われています。ビタミンDは、食事のほかに、太陽を浴びることで作られているため、日光浴が不足すると、結果的に血中のカルシウム濃度も低下していくというわけです。
バーター症候群
バーター症候群とは、異常性を持つ劣勢遺伝子や電解質、ホルモンなどの異常が原因となって、腎機能障害を起こした状態を示します。バーター症候群によって腎機能障害が起こると、カルシウムやマグネシウムを過剰に排出させてしまいます。
さらに、それに加えて、体内の塩化物が、過剰に排出されることによって脱水症状を起こし、血中のレニンやアルドステロンといった物質濃度が上昇します。すると、血液がアルカリ性に傾いた状態になるため、テタニーを引き起こしてしまいます。
原発性免疫不全症候群
私たちの身体には、病原菌などを体内に侵入させないために、免疫機構が備わっています。しかし、タンパク遺伝子の異常が見られると、先天的に免疫に欠如した部分が現れ、これを原発性免疫不全症候群と呼んでいます。
原発性免疫不全症候群は、いくつかの種類に分類されるのですが、このうち、テタニーの症状を引き起こすものが、「ディジョージ症候群」に類します。このケースでは、テタニー以外にも、血管系または食道の奇形や、口蓋裂が合併して現れることがあるようです。
テタニーの治療
テタニーの治療は、原因となる病気を改善することが根本的な治療になります。ここでは、上記にあげた原因疾患に沿って、治療方法についてご紹介いたします。
過換気症候群の治療
過換気症候群は、主に不安やストレス、緊張といった精神的なものが原因となって、症状が現れることが多いと言われています。
根本的な治療としては、やはり、このような精神的要因を解決するということに限ります。症状が出たとき、どのような精神状態のことが多いのかを客観的に分析し、例えば不安を感じたときに症状が出やすいのであれば、そこからさらに、深堀りしていくのです。
「なぜ不安に感じるのか?」「不安になると、どのようなことを考えてしまうのか?」などを落ち着いているときに考え、「不安に思うことはない」あるいは「不安になっても仕方ない」と自身を納得させることが大切です。
必ず、精神的な要因には、うやむやになっている感情やトラウマなどが隠れているものです。専門のカウンセラーなどと一緒に、根本的な改善を行いましょう。
また、過呼吸になったときに、ペーパーバッグを口にあてる人がいますが、この対処法は窒息を招くため、非常に危険です。
まずは、ゆっくりと小さく呼吸をすること、そして、誰かがそばにいる場合は、手や背中を撫でてもらい、「安心できる」環境をつくることが大切です。
しかし、テタニーの症状が出た場合には、転倒などの事故に繋がる恐れがありますので、救急車を呼んでもらいましょう。
副甲状腺機能低下症の治療
副甲状腺機能低下症の治療では、薬物療法が一般的だとされています。主に使用されるのは、活性型ビタミンD製剤という薬です。これは、腸管からのカルシウム吸収を促進させ、血中のカルシウム濃度を正常に保つよう作用する薬です。
また、テタニーの症状がある場合には、グルコン酸カルシウムを静脈に点滴、あるいは注射するという対処法が行われるようです。しかし、活性型ビタミンD製剤を投与している場合には、次は「高カルシウム血症」を招くリスクが高くなるため、定期的な検査が必要になります。
くる病の治療
くる病の治療では、不足しているビタミンDの内服が主な治療法になります。しかし、くる病の場合、そのほかにも、リンやカルシウムも不足していることがあるので、その場合には、リン、カルシウム、それぞれを合わせて内服することになります。
また、骨の変形を起こしている場合には、手術が必要になることもあります。こうなってしまうと、治療期間も長期に渡るので、早期発見・早期治療を努めることが大切です。
バーター症候群の治療
バーター症候群の治療においても、基本的な治療は薬物療法になります。カリウム保持性の利尿薬や、カルシウムやマグネシウムを補うサプリメント、場合によってはカリウムを経口投与で内服するといった治療法が行われます。
しかし、新生児期の場合においては、薬物療法だけでは、電解質のコントロールを改善できないことが多く、難聴や末期の腎不全を招くこともあります。このような場合は、人工透析、あるいは腹膜透析といった、大変な治療が必要になることもあるようです。
原発性免疫不全症候群の治療
この場合、テタニーなどの筋肉痙攣を防ぐために、カルシウムやビタミンDといったサプリメントを内服しますが、根本的な治療はもう少し複雑になります。
その人のT細胞、B細胞の数や、T細胞と副甲状腺の機能、胸腺の大きさなどを詳しく検査し、症状に応じて治療法を決めるようです。治療を行わなくても、免疫機能が十分に機能することもあると言われていますが、感染症などになった場合には、早急に治療が必要になります。
また、T細胞が全くない場合においては、胸腺組織を移植しなければ、予後は困難であると考えられています。
テタニーになったときの対処法
では、最後に、テタニーの症状が出た場合の、対処法について、見ておきましょう。症状が起きた場合、本人が対処するのは困難ですので、周りにいる人が、慌てずに対応することが大切です。症状がひどい場合には、すぐに救急車を呼び、その間、以下のような点に気をつけて処置を行ってください。
舌を巻かないようにする
舌の筋肉が硬直・痙攣を起こすと、呼吸困難を招く恐れがあります。まずは、舌を巻かないようにさせるために、舌圧子などにガーゼを巻き、それで舌を抑えます。
身体を横にして休ませる
気道閉塞を防ぐため、体も顔も横に向けた状態(側臥位)にして身体を休ませます。この際、誤って何かを飲み込んだりしないよう、気をつけておきましょう。
転落や、転落による事故を防ぐ
痙攣によってベッドから転落しないように、時々身体を支えながらサポートします。この際、万が一転落したときに備え、危険物が周りにないことを確かめておきましょう。
まとめ
いかがでしたでしょうか。様々な病気が原因で、カルシウム不足が生じ、テタニーを引き起こすということを、ご理解いただけたのではないでしょうか。
くる病などの場合は、食生活の改善が、治療のカギとなりますので、普段から栄養バランスのとれた食生活を送ることも、テタニーの治療・予防策の一つと言えるでしょう。
また、テタニーを起こしても、できるだけ慌てず、落ち着いて対処することが肝心です。周囲の人がパニックにならず、深呼吸をして「今、何が必要か?」をしっかりと見極めることが大切です。