肝臓(成人で1,000〜1,400g)は、脳(成人で1,200g〜1,500g)に次いで体の中で二番目に大きな臓器で、移植できる臓器の中では最大です。
歴史的に、肝臓は、日本でも海外でも腎臓に次いで二番目に移植が成功した臓器(皮膚や角膜を除く)でもあります。世界で初めての肝臓移植は、初の腎臓移植(1954年)の9年後である1963年に行われ、日本で初めての肝臓移植は、腎臓移植(1956年)の8年後である1964年に行われました。
今回は、肝臓移植について理解を深めるための資料を集めましたので、一緒に見ていきましょう。
この記事の目次
臓器移植とは
臓器移植とは、病気や怪我などで、臓器の機能がなくなったり著しく低下して、手術や投薬などでは根本治療ができない場合に、提供者(ドナー)から受給者(レシピエント)に臓器を”移し植える”治療のことです。
一般に臓器移植と言った場合、同種の遺体からの組織や臓器の移植を指す場合が多いのですが、実際には色々あり、ドナーとレシピエントの関係(例:自分自身への移植や、他の動物からの移植)とドナーの状態(例:生きているか、亡くなっているか)の組み合わせにより分類されます。また、特殊な例としてドミノ移植、分割移植もあります。
ドナーとレシピエントの関係による分類
大きく4つに分類されます。肝臓移植の場合は、ほぼ全例、他家移植の1つである同種移植となります。
- 自家移植:自分の組織や臓器を自分に用いる
- 他家移植:自分以外の組織や臓器を用いる
- 同種移植:自分と同種(例:ヒトからヒトへ)の組織や臓器を用いる
- 同種他系移植:自分と同種だが遺伝的に別の個体の組織や臓器を用いる
- 同種同系移植:遺伝的に同一(一卵性双生児など) の組織や臓器を用いる
- 同種移植:自分と同種(例:ヒトからヒトへ)の組織や臓器を用いる
- 異種移植:自分と異なる種の組織や臓器を用いる(例:豚からヒトへ)
- 人工移植(形成術):人工材料を用いる
ドナーの状態による分類
大きく2つに分類されます。日本では、肝臓移植のほとんどが家族などをドナーとする生体移植です。
- 生体移植:生きているドナーから提供される
- 死体移植:死亡したドナーから提供される
- 脳死移植:ドナーの脳死判断後に取り出した組織や臓器を用いる
- 心臓死移植:ドナーの心停止後に取り出した組織や臓器を用いる
ドミノ移植
まるでドミノ倒しのように、臓器移植を受けた患者から摘出した臓器を、別の患者に移植する方法です。根本治療のためには肝臓移植で、患者の肝臓をドミノ移植できる病気は、家族性アミロイドポリニューロパチー、メープルシロップ尿症などがあります。
- 例1:メープルシロップ尿症のように、肝臓である特殊な酵素だけが作れない病気(しかも、その酵素は正常な人なら筋肉で大量に作られる)の場合、その酵素が作れないこと以外は全く正常です。通常、肝移植では病気の肝臓は破棄されますが、メープルシロップ尿症の人の肝臓は、別の人への移植が可能です。つまり、ドナーAの正常な肝臓→メープルシロップ尿症のBに移植→ドナーBの肝臓→患者Cに移植 のようなドミノ移植ができます。
- 例2:心肺同時移植のようなケースでもドミノ移植が行われることがあります。この場合は、ドナーAの正常な心肺→肺だけが悪い患者Bに心臓ごと移植→患者Bの正常な心臓→心臓に病気のある患者Cに移植 のようなドミノ移植になります。
分割移植
一つの肝臓を二つに分割して2人以上に移植する方法です。小児にとって大人の肝臓は大きすぎて、移植肝に十分な血流を送ることができなかったり、腹壁を閉じたりできなかったりするために、分割移植することがあります。また、ドナー不足を補うために分割移植がとられる場合もあります。分割移植が可能なのは、肝臓だけです。
肝臓ってどんな臓器?移植の適応になる病気は?
肝臓はヒトの場合は腹部の右上にある、代謝の中心となる臓器で、その働きは500以上あります。血流の多い臓器としても知られており、全ての消化管から血液を集める門脈、大動脈からの肝動脈の2つによって栄養されています。
すべての血液は3本の肝静脈を通って大静脈に戻っていきます。なお、全ての消化管から血液が集まることが、胃がんや大腸がんなどの消化管のがんが肝臓に転移しやすい原因の一つと考えられています。
肝臓の働き
肝臓の働きは500以上ありますが、これらををざっくりまとめると、1)作る、2)分解(解毒)するの2つになります。
1)作る
肝臓は、栄養素を貯めやすい形に作り直したり、放出しやすい形に作り直したりします。消化管で消化されて血管内に取り込まれた栄養は門脈を通って肝臓に行き、貯めやすい形に作り直されて肝臓内に貯蔵されます。
例えば、ブドウ糖は肝臓内にグリコーゲンに作り直されて貯められ、血糖値が下がった時には再びブドウ糖に作り直されて血中に放出されます。脂肪やビタミンなどの他の栄養素についても似たようなことを行っています。
また、合成有毒物質を分解解毒するための酵素や、出血を止めるための凝固因子、そして、アルブミンなどのタンパク質は、全て肝臓で作られます。
2)分解(解毒)する
アルコールや薬剤、体の中でタンパク質が作られたり壊れたりする時に出てくるアンモニアなど、血中の有毒物質を肝臓の中で分解・解毒します。
また、分解・解毒された物質はビリルビンやコレステロール、胆汁酸(コレステロールなどを水に溶けやすくする物質)とともに、胆汁として十二指腸に排泄されます。
肝臓が病気になるとどうなるの?
「肝臓は沈黙の臓器」という言葉を聞いたことのある方は多いと思いますが、多少肝臓が病気になっても、GOTやGPTなどのトランスアミナーゼの数字が上昇する程度で、痛くも痒くもありません。
黄疸や痒みなど、肝臓に関係する症状を呈するのは、肝臓が沈黙できなくなった時、つまり、かなり悪い状態の時です。
なにしろ500以上の役割のある肝臓ですから、肝不全の状態になると、腹水、消化管出血や関節内出血、成長障害、高アンモニア血症による意識障害など、生命維持が危ぶまれるような症状がでます。
肝臓にまだ予備能力があるような場合でも、急な感染症や出血で、坂道をころげ落ちるように急性増悪し、死に至ることもあります。
肝臓移植の適応になる病気ってどんな病気?
肝臓移植により、全ての肝疾病の根本治療が理屈では可能ですが、手術自体に死亡の危険を伴い100%成功するわけではないこと、移植できる肝臓は常に足りないこと、肝臓移植手術は別の治療の「はじまり」であって、生涯免疫抑制剤とつきあうことになることから、肝臓移植の適応は、「移植以外の治療を行っても余命1年以内と推定される場合」となります。
臓器移植は希望するだけでは受けられません。治療に社会的な要素が加わるために、定められた手続きにしたがって移植が必要な病状であることを証明し、臓器移植ネットワークに登録することになります(家族からの生体移植(親から子へなど)は、この基準が少し異なります)。
小児(18歳未満)への肝臓移植で最も多いのは胆汁うっ滞性疾病に対するもので、小児の肝臓移植の75%はこの疾病によるものです。中でも先天性胆道閉鎖症は、これだけで小児の肝臓移植の約70%を占めます。次いで家族性アミロイドポリニューロパチー、ウィルソン病、メープルシロップ尿症などの先天性代謝異常に対するものが多く、約10%がこれに相当します。小児への肝臓移植の場合、80%以上が先天性疾病に対するものということになります。
大人(18歳以上)への肝臓移植は、肝がんが最も多く、35%程度です。次いで肝炎(ウイルス性、アルコール性などを含む)が30%程度、胆汁うっ滞性疾病が20%、適応になっています。
アメリカ合衆国と日本の肝臓移植事情の違いは?
肝臓移植のために渡米せざるを得なくなったという話を新聞などのニュースで見聞きしたことのある方も多いと思います。アメリカ合衆国ではそんなに肝臓移植が盛んなのでしょうか? 日本では肝臓移植はそんなに少ないのでしょうか?
アメリカ合衆国の肝臓移植事情
米国肝臓基金(American Liver Foundation )の2015年の資料によると、全米での肝臓移植のウエイティングリストは約17,000名で、毎年1,500人が肝臓移植を受けられずに亡くなるそうです。
また、UNOS(united network for organ sharing )の統計によれば、1988年から2016年ま28年間での肝臓移植総件数は145,795件(死体移植:139,870件、生体移植:5,925件)でした。このうち、339件(死体移植:299件、生体移植40件)は、移植のために渡米したアメリカ合衆国の市民権を持たない人に対する肝臓移植で、この中に日本からの肝臓移植の方も含みます。
なお、2015年の1年間肝臓移植総件数は7,127件(死体移植:6,768件、生体移植359件)で、移植のために渡米したアメリカ合衆国の市民権を持たない人に対する肝臓移植は89件(死体移植:76件、生体移植:13件)でした。
日本の肝臓移植事情
2016年10月現在、日本臓器移植ネットワークに登録している人で肝臓移植を希望している人の数は359人です。この数は、一見、あまり多くないようですが、日本での肝臓移植は家族などからの生体移植が90%以上を占めており、登録している人のほとんどが、家族からの肝臓移植が期待できない状態であることを考慮すると、つらい数字です。
日本肝移植研究会の2014年の報告によると、1989年から2015年までの27年間での肝臓移植総件数は8,387件(死体移植:321件、生体移植:8,066件)です。また、2015年1年間の肝臓移植総件数は448件(死体移植:57件、生体移植:391件)でした。
日本の肝臓移植の特徴は、その90%以上が、家族などからの生体移植であることです。
日米の肝臓移植事情の比較
アメリカの1年分の肝臓移植総件数と、日本の27年間の肝臓移植総件数はあまり変わりません。アメリカ合衆国の人口が日本の約3倍程度と考えても、総件数の差は歴然としています。
しかし、生体移植についてのみ着目してみると、アメリカの28年間の生体肝移植総件数よりも、日本の27年間の生体移植総件数の方が35%ほど多く、人口比も加味すれば、日本ではアメリカの人口当たり3〜4倍近く肝臓の生体移植を行っているということになります。
2015年の生体移植件数は日本で391件、アメリカで359件でした。総移植件数は日本で448件、アメリカで7,127件ですから、日本では如何に死体からの移植が困難であるかお分かりいただけると思います。
肝臓移植を受けるための費用は?
我が国で肝臓移植を受けるための費用は約1,700万円ほどで、末期肝疾患に対する肝臓移植には、ほとんどのケースで国民健康保険などの医療保険が適用されますから、移植医療に対しての自己負担分は500万円程度になります。
ただし、実際には、高額療養費制度をすることで、月の支払いは低所得者の場合35,400円までとなり、さらに指定難病医療費助成制度や自立支援医療費等助成制度の利用で費用負担を減らすことが可能です。この他、差額ベッド代、オムツ代などの雑費、食事代などが別にかかります。
日本では肝臓移植の90%以上が生体移植ですが、生体移植ではドナー側にも医療費が発生します。レシピエントに移植しても良い健康な肝臓かどうかの検査や、肝臓を一部切除した場合のドナー健康被害を予測するための検査、肝臓切除後の回復のための入院費用などが必要です。移植が行われた場合、ドナーの費用もレシピエントの医療保険でまかなわれ、これらは上に示した肝臓移植の費用の1,700万円に含まれます。
また3割負担分の500万円はレシピエントが支払うことになっています。しかし、なんらかの理由で移植が行われなかった場合、それまでの検査費用などの自己負担は、ドナー側の負担になります。
移植した肝臓はどのくらい持つの? 術後の生存率は?
肝臓移植では、歩いて入院した患者さんが亡くなってしまう結果になることもあります。家族間の生体移植では、レシピエントである子供が亡くなったのに、ドナーである親は術後のケアのために入院を続けなければならないという辛い状況が生じることもあります。
それでも、肝臓移植を受けなければ、ほぼ1年以内に亡くなることが確定していて、肝臓移植を受ければ、生きられる可能性があるのだったら、肝臓移植を受けたい/受けさせたいと願う人は多いでしょう。そして、移植を人達の多くは、肝臓移植を受けることで、それまで考えられなかったほど質の高い生活を送ることができるようになるのも、また、事実なのです。
それでは、肝臓移植がひとまず無事に成功した後の生存率はどの程度なのでしょうか?
移植した肝臓がどのくらい持つのか、肝臓移植の生存率はどの程度なのか、この2つは密接に関係しています。
移植した肝臓はどのくらい持つの?
日本肝移植研究会によれば、移植した肝臓の生着率(移植がうまくいき、機能を続ける率)は、1年で82.9%、3年で78.5%、5年で76.0%、10年で70.6%、15年で66.4%、20年で65.1%です。つまり、最初の1年持ちこたえた肝臓の約80%、5年持ちこたえた肝臓の約90%、15年持ちこたえた肝臓の約98%は、20年間持つということになります。
腎臓の場合は、移植腎が腎不全を起こしても透析で生き延びることができますが、肝臓の場合は、移植肝が肝不全を起こせば、再移植以外に生き延びる方法がありません。
肝臓移植はどのくらい成功するの?
肝臓移植の場合、移植肝が機能しなくなると再移植しない限り死亡するので、手術が上手くいった後の”成功率”は「生存率」で表します。日本では海外で再移植をするわずかな例外を除いて、再移植の可能性がほとんどありません。言い換えると、肝臓移植の成功率は、上で示した移植肝がどのくらい持つかという数値とほぼ同じです。
日本肝移植研究会の調査によれば、肝臓移植を受けた人の1年生存率は83.4%、3年では79.3%、5年では76.9%、10年では72.4%、15年では68.8%、そして20年生存率は68.0%です。
なお、死体からの肝臓移植の場合、5〜10%程度の確率で(手術は成功しても)移植された肝臓が全く機能しないことがあります。日本で多くおこなれる生体移植では健康な体から肝臓を取り出してすぐ移植するため、このようなケースはあまりありませんが、なんらかの理由で血液の流れが意図した通りでない場合にはこのようなことが起こり得ます。
肝臓移植したら、治療は終わりなの?
肝臓は移植すれば治療が終わるわけではありません。肝臓移植は新しい治療の始まりであり、移植された肝臓を可能なかぎり長く使うために、色々な種類の治療や療養が必要となります。
肝臓移植後の早期の合併症
肝臓移植後の比較的早い時期に起こる合併症は、1)出血、2)肝血流障害、3)胆汁うっ滞、4)感染症、5)拒絶反応の5つです。肝臓移植後に亡くなる人の約半分は、1年以内に亡くなりますが、これら5つのどれかの合併症により亡くなる例がほとんどです。
肝臓移植後の中長期の合併症
肝臓移植後、数ヶ月〜数年後に起こる合併症は、1)慢性の拒絶反応、2)血管、胆管の吻合部狭窄、3)免疫抑制剤の副作用の3つで、この他に、元の病気の再発があります。このうち1)と2)は1年目以降の死亡の主な原因になります。
肝臓移植後の免疫抑制剤
肝移植を受けたすべての人は、拒絶反応を防ぐために、免疫抑制剤を内服する必要があります。この内服は、一日も欠かさず、一生続ける必要があります。
免疫抑制剤は免疫力の低下だけでなく、成長障害、糖尿病、腎障害などの副作用をひきおこすこともありますが、免疫抑制剤を全く使用しない場合、拒絶反応は全ての人に必ず起こり、せっかく移植した肝臓は壊死に陥り、使い物にならなくなります。それは、移植を受けた人の死も意味します。
免疫抑制剤の主な効果は、移植肝に対する拒絶反応を抑えることですが、「免疫を抑制」しますから、感染症にかかりやすくなります(易感染性)。ただ、易感染性は、無菌テントで過ごさなくてはならないほど重大なものではなく、普通の生活を行うことは十分可能です。
肝臓の生体移植ドナーの健康は保たれるの?
肝臓は再生能力の高い臓器で、正常肝細胞が3割残れば、7割は6ヶ月で元どおりに再生します。しかし、ドナーの健康が必ずしも保証されるわけではなりません。
日本では、1989年から2009年までに8,066件の肝臓ドナーの手術が行われました。この中で、1件だけドナーが摘出手術後に肝不全となり、5ヶ月後にそのドナー自身が肝移植を施行され、移植後4ヶ月で亡くなったケースがあります。
海外において生体移植は、あまり行われませんが、あまり行われないはずの海外の生体移植で、ドナーが死亡した例は約30件あると言われています。
まとめ
肝臓移植に限らず、臓器移植全体について、「臓器を提供したい」「臓器提供したくない」「臓器移植を受けたい」「臓器移植を受けたくない」という感情は等しく尊重される必要がありますが、臓器移植について知ることがなければ、これらの感情すら湧くことがありません。
肝臓移植さえすれば100%助かるわけではないということ、しかし、移植をしなければ確実に命を落とすこと、ドナーとレシピエントの存在する社会的な側面があることなどを理解した上で、それぞれの人の臓器移植への考えが尊重される社会であってほしいと願います。