病名に付く「亢進(こうしん)」という言葉は「たかぶる」という意味です。「甲状腺機能亢進症」はつまり、甲状腺という臓器が興奮して働きすぎてしまう病気なのです。
こう聞いて、違和感を持ちませんか。通常、病気とは、臓器や器官が動かなくなることをさすからです。臓器が動きすぎることも病気なのでしょうか。
実は臓器や器官には、そのような性質があります。心臓がたかぶるっている状態を、頻脈といい健康は害されています。また脳内の神経伝達物質が活動しすぎると心の病を引き起こします。甲状腺も同様に、ちょうどよい動きをしていないと、かなりつらい症状を引き起こすのです。
甲状腺機能亢進症の症状
では早速症状について見てみましょう。
心の病気との違い
胸がどきどきしたり、汗が多く出る、イライラしたり、落ち着きがなくなったり。これらは甲状腺機能亢進症に特徴的な症状ですが、自律神経失調症やパニック障害でも、こうした症状が現れます。つまり、心の病気の症状に似ていることが、甲状腺機能亢進症の特徴といえます。
実際の医療の現場でも、2つの病気を混同してしまうことがあるそうですが、原因も治療法もまったく異なる病気です。
太る、やせる
そのほかの症状としては、「手が震える」「食欲が増す」「太る」「やせる」「下痢」「暑がる」「体温が上がる」「月経不順」「疲れやすい」などがあります。
注目したいのは「太る」と「やせる」という真逆の症状が出ることです。この症状は、どちらかが起きるのではなく、両方とも発生しているのです。つまり甲状腺機能亢進症には太る効果とやせる効果があるのです。
この病気によって食欲増大に起こり、やせる効果よりも多くのカロリーを摂取してしまうと太り、食欲増大がそれほどでもないとやせてしまうのです。
1週間
甲状腺機能亢進症の症状は定期的にやってきて、一定期間が過ぎるとひとまず治まります。症状が現れると約1週間続きます。こうした症状をすべて合わせて「甲状腺中毒症」といいます。
バセドウ病について
バセドウ病は甲状腺機能亢進症の症状のひとつなのですが、病気として有名なため、甲状腺機能亢進症と区別して考えられています。ここでもバセドウ病を区別して解説します。
腫れ、頻脈、目
バセドウ病の症状は特徴的です。首の腫れと、頻脈と目が飛び出る症状です。首の腫れは甲状腺が腫れていることで生じます。
この3大特徴に加えて、甲状腺機能亢進症の症状である多汗や体重の増減、体の震えが生じることがあります。
治療法
バセドウ病の治療は、甲状腺機能亢進症と同じです。いずれの病気も増え過ぎた甲状腺ホルモンを抑える治療を行います。具体的な治療法については後述します。
甲状腺とは
甲状腺機能亢進症がなぜ発症するかをみる前に、そもそも甲状腺とはどのような臓器なのでしょうか。心臓や肺、肝臓といった「有名な臓器」は、大体の形は想像できます。
しかし「甲状腺がどこにあって、どれくらいの大きさか?」という質問を出されたら、きちんと回答できますか?
首にある
甲状腺は首にあります。のどの前、のどぼとけの下に位置します。大きさは縦5センチ、横4センチ程度で、重量は約20グラムです。正面から見ると、チョウチョが羽を広げているような形をしています。のどの近くにありますが、気管や食道とつながっているわけではなく、一見すると独立した臓器に見えます。
もちろん完全に独立しているわけではありません。何とつながっているかというと、脳とつながっているのです。
臓器はそれぞれ分類がされています。例えば心臓や血管は循環器といい、胃や肝臓や腸は消化器といいます。甲状腺は内分泌器官に分類されます。これもあまり聞かない名称ですね。
ホルモン
脳と甲状腺の関係はというと、司令塔とプレイヤーの関係になります。結論から述べると、脳は「甲状腺ホルモンを出せ」と命令し、甲状腺は甲状腺ホルモンを血液の中に放出します。ただこの「命令」と「実行」はもう少し複雑に行われています。
ホルモンのホルモンのホルモン
脳の一部である視床下部は、甲状腺を刺激して「甲状腺ホルモンを出させるホルモン」を出し、別の脳の部分である脳下垂体に送ります。そのホルモンを「甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン」といいます。要するに「ホルモンのホルモンのホルモン」です。
この「甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン」を受け取った脳下垂体は「甲状腺刺激ホルモン」を出して甲状腺に送ります。これが「ホルモンのホルモン」となります。
この「甲状腺刺激ホルモン」を受け取った甲状腺は、「甲状腺ホルモン」を出して血管内に放出し、「甲状腺ホルモン」は血液にのって全身に運ばれていくのです。つまりこういうことです。
- 視床下部→甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン→
- 脳下垂体→甲状腺刺激ホルモン→
- 甲状腺→甲状腺ホルモン→血管→全身
3重チェック体制
なぜこんな複雑な仕組みになっているかというと、甲状腺ホルモンは多すぎても少なすぎても健康を害するからです。なので、甲状腺ホルモンを調整する「ホルモンのホルモン」が必要なのです。さらに「ホルモンのホルモン」が出すぎても出なさすぎても健康を害するので、「ホルモンのホルモン」を調整する「ホルモンのホルモンのホルモン」が存在するのです。
この3重チェック体制が必要なくらい、甲状腺ホルモンの「さじ加減」は重要なのです。
甲状腺の役割とは
甲状腺ホルモンには2種類あります。サイロキシンは通称「T4」と呼ばれています。トリヨードサイロニンは通称「T3」と呼ばれています。T4もT3も、血液に混ざるときと、血液に混ざらないときがあります。
血液に混ざらないT4とT3は、「遊離T4」「遊離T3」といい、これらが体にとって重要な働きをしているのです。
代謝を良くする
「代謝」という言葉はよく耳にすると思いますが、なかなかイメージしづらい作用だと思います。簡単にいうと、細胞が食べることを代謝といいます。つまり、私たちにとっての「食事」が「細胞の代謝」に当たります。代謝とは、細胞が脂肪と糖分という「食料」を食べることなのです。
遊離T4と遊離T3は、代謝を活発にします。ですので甲状腺ホルモンがないと、細胞が活発化しないのです。甲状腺ホルモンは人の成長に大きく関与しているといわれています。
交感神経
神経には2種類あって、日中に活発に活動しているときに働くのが交感神経です。夜になって寝ようとするときなど、リラックスしているときに働くのが副交感神経です。遊離T4と遊離T3は、交感神経を刺激します。人が頑張ろうとするときに遊離T4と遊離T3が増えると、人は頑張ることができるのです。
また、活動しようと思っても外気温度が低かったり、逆に夏の暑さでスタミナが奪われそうになったりすると、交感神経が働いて、体温を上昇させたり、体温を放出するための汗を出したりします。このように忙しく交感神経が働いているときに陰で交感神経を支えているのが、甲状腺ホルモン遊離T4であり遊離T3なのです。
甲状腺機能亢進症の原因
さて、ここまで読んでいただいた方は、甲状腺機能亢進症の原因がもう分かったのではないでしょうか。
中毒
「亢進」は「たかぶる」という意味でした。甲状腺機能亢進症は、甲状腺の暴走によって体を害する病気です。甲状腺の暴走とは、甲状腺ホルモン遊離T4と遊離T3が体内で増えることを意味します。
つまり体が甲状腺ホルモンの中毒状態にあるのです。アルコール中毒と同じです。過度のアルコールが体内に残存すると、アルコール中毒の症状が起きて「大変なこと」が発生します。それと同じように、大量の甲状腺ホルモンが体内にあると「甲状腺中毒症」という「大変なこと」が起きるのです。
代謝と交感神経の暴走
甲状腺ホルモンは、代謝を促します。甲状腺中毒症は、代謝がいきすぎる状態です。細胞が脂肪や糖分を過剰にほしがるのです。
甲状腺ホルモンは、交感神経を刺激します。甲状腺中毒症は、交感神経が刺激されすぎる状態です。交感神経が暴走すると、それほど暑くないのに汗を大量に出したり、それほど寒くないのに悪寒を感じたりします。動悸も起きます。
甲状腺機能亢進症の治療
甲状腺機能亢進症もバセドウ病も、その治療の目的は、増え過ぎた甲状腺ホルモンの量を減らすことです。
検査
治療ではまず、甲状腺ホルモンの量を計測します。加えて「ホルモンのホルモン」である甲状腺刺激ホルモンの量も測ります。これは血液検査で済みます。採血後、専用のキットで鑑別します。
次に超音波検査をします。これは甲状腺の大きさを調べたり、甲状腺内の血液の流れを見ます。甲状腺にしこりがないかどうかもみます。
ヨード
甲状腺ホルモンの材料となるのは、ヨードという成分です。医療ではヨードといいますが、栄養学ではヨウ素と呼んでいます。同じものです。ヨウ素はコンブやひじきやワカメや海苔などの海藻類に多く含まれています。
体内にヨードが多く含まれていたり、甲状腺がヨードを大量に消費するような状態だと、バセドウ病が疑われます。
そこでバセドウ病かどうかを鑑別する検査として、放射線ヨード検査があります。これは、放射線ヨードという「薬のようなもの」を飲み、そのうちの何%が甲状腺に集まるかを見ます。
たくさん集まってくればバセドウ病と診断され、集まってこなければ別の甲状腺の病気が疑われます。
薬物療法
さて、甲状腺機能亢進症もバセドウ病にも効果が期待できる薬があります。「抗甲状腺剤」といいます。この薬を2週間くらい飲み続けると、甲状腺中毒症の症状が軽くなっていきます。2カ月も薬の服用を続けると、かなり良くなります。
抗甲状腺剤にはいくつか種類があって、「合成T4製剤」は甲状腺ホルモン遊離T4を減らし、「合成T3製剤チロナミン」は同じくT3を減らします。
副作用
しかし「ただ飲めばよい」わけではないところが、この治療の難しいところなのです。それは2つの理由があります。ひとつは、途中で服用をやめると、一見症状が落ちつても必ず再発してしまうことです。なので、医師の指示通りしっかり飲まなければなりません。また医師は、的確な服薬指示が出せるよう、患者を頻繁に検査するでしょう。
もうひとつの「ただ飲めばよいわけではない」理由は、抗甲状腺剤は副作用が強いことです。かゆみやじんましんに加えて、肝機能障害というかなり深刻な副作用もあります。甲状腺の病気が治っても、肝臓がやられてしまっては、健康への害の総量は増えてしまうことになります。
さらにやっかいな副作用があります。それは白血球が働かなくなることです。白血球は体内に入ってきた細菌やウイルスをやっつける仕事をしていますが、抗甲状腺剤の副作用でその仕事をしなくなるのです。身体の防御力が落ちますので、高熱が出ます。
まとめ
甲状腺機能亢進症もバセドウ病も、命を落とす病気ではありません。しかし症状がつらく、日常生活に大きな支障を与えます。抗甲状腺剤という効果が出やすい良い薬があるので、異常を感じたら我慢をせずに、早めに医者にかかりましょう。
そして、副作用の強い薬なので、コントロールはかなりシビアに行われなければなりません。医者と二人三脚の治療が必要になります。