自分や身近な人が、高次脳機能障害と診断されたら不安になるものです。障害を負った場合は、社会的生活に支障をきたすこともあり、その後も検査やリハビリなど、専門のプログラムがかかせません。
ここでは高次脳機能障害の特徴として見られる症状や原因、障害を負った後のリハビリ治療などについて説明していきます。
高次脳機能障害とは?
人間の脳は、知覚や記憶、学習、思考といった「認知」をするための機能と、意思決定、行動選択など「行動」に対しての感情を含めた精神機能を持っています。これらを総じて「高次脳機能」と呼んでいます。特に意識をしていなくても、ヒトには日常生活を送るために、これらの能力が備わっているのです。
ところが、病気や事故で脳が大きく傷付くことにより、脳が上手く働かなくなることがあります。さっきまで話していたことを覚えていなかったり、以前のように勉強や仕事に集中できないといった症状が現れます。
人によって症状の現れ方や程度は異なりますが、このような症状が現れて認知や行動の過程に障害が現れた状態を「高次脳機能障害」と言います。高次脳機能障害と診断された場合は、適切な治療やリハビリを行う必要があります。また生活の中で気をつけるべき行動や、気をつける場所があったり、周囲の助けが必要なケースもでてきます。
認知症との違い
認知症も脳に障害があるという点では、高次脳機能障害と言えます。現れる症状は似ていますが、一般的に高次脳機能障害とは区別されることが多いです。
なぜかというと、高次脳機能障害の場合はリハビリで障害を受けた部分が回復するケースがありますが、認知症は進行性のため徐々に必要な機能が低下していくことによります。いずれも患者によって進行速度や、回復の程度には差はあります。症状の発端が認知症ということであれば、治療やリハビリの方法が変わってきますので、高次脳機能障害とは区別されることが多いのです。
高次脳機能障害の原因は?
高次脳機能障害の原因は、病気または事故などによる外傷によって、高次脳機能に関わる脳の部分に大きく傷がつくことで起こります。
脳の病気
脳の病気としては、以下のような頭部の疾患が挙げられます。
・脳血管障害(脳卒中)
脳梗塞、脳出血、クモ膜下出血などの脳血管障害が挙げられます。高次脳機能障害の原因として、最も多いのがこれらの脳血管障害と言われています。なお医学的に脳卒中という言葉は無く、正式な用語は「脳血管障害」です。脳卒中というのは、脳の病気で突然何かにあたったように倒れることを意味します。
脳血管障害の危険因子としては、高血圧や動脈硬化、加齢や糖尿病などがあります。人間ドックでこれらの因子が見つかった場合は、脳卒中の恐れがありますのですぐさま治療や予防の措置が必要です。
詳しくは、脳卒中の症状とは?原因や対処法、治療法を紹介!を参考にしてください。
・脳腫瘍
脳腫瘍は、脳組織内で異常細胞が増殖するがんです。生命に関わる病気であり、手術を行うケースが多いです。脳腫瘍の場所や大きさによって高次脳機能障害が発生する場合があり、手術後の後遺症としても障害が現れる場合があります。
脳腫瘍には、他の場所からの転移性脳腫瘍と、脳そのものに腫瘍ができる原発性脳腫瘍の2つに分かれます。原発性脳腫瘍は10万人に10〜15人の割合で発生すると言われ、成人だけではなく小児でも発生する場合があります。早い段階で、頭痛や吐き気、嘔吐などの症状が現れることがありますので、これらの症状があれば早期に治療を受けましょう。
高次脳機能障害の原因となる脳の病気には、それ以外にも脳炎、低酸素脳症、アルコール症など、様々なものがあります。
詳しくは、脳腫瘍の初期症状について!吐き気や頭痛に要注意!を参考にしてください。
怪我など外傷によるもの
外傷によって脳が傷付くことで、高次脳機能障害となることがあります。
主な原因は強く頭を強打した場合に起こりうるため、交通事故や、転んで頭をぶつけたことなどがきっかけで脳に傷がつくことが見受けられます。
頭を打った直後は問題がなくても、しばらくしてから失語や失認などの高次脳機能障害の症状が現れることもあり注意が必要です。また、脳の損傷した箇所によっても現れる症状が違ってきますので、観察が大切になります。
高次脳機能障害で現れる4つの主な症状
高次脳機能障害を発症すると、以下のような症状が現れることがあります。
記憶障害
- 新しい出来事、昔の出来事を覚えていない
- 同じ質問を繰り返す
- 人の名前が覚えられない
- 実際に体験していないことを体験したと思う(作話)
記憶障害のパターンとしては、前向性、逆向性の2つがあり、前後関係なく記憶障害が起こったり、注意障害もない場合は健忘症候群となります。
・前向健忘
脳に損傷を受けた後の学習障害のことを指します。新しい情報や出来事を覚えることができず、新しい記憶が保存されないので、コミュニケーションに支障をきたす場合があります。逆に古い記憶や体験は覚えているという特徴があります。
・逆向健忘
脳に損傷を受ける前の記憶が失われる状態です。単なる物忘れとは違って、記憶の再生機能に障害を受けているため、思い出させようと刺激や情報を与えても再生しないことがあります。また作話の傾向もあるため、1回目と2回目の古い記憶に関する質問をしたときに、回答する内容が異なることもあります。
前向健忘、逆向性健忘のいずれも軽度〜重度の症状があり、軽度であれば部分的に記憶があったり、直近でも複雑な出来事についてのみ思い出せないといった症状がみられます。重度になると前向、逆向の両方の健忘を示す「全健忘」のケースもあり、ほとんどすべてを忘れるような症状が出ることがあります。
注意障害
- 一つのことに集中力が続かない
- ぼんやりしてミスが多くなる
- 視界の一部を見落とす
これらの症状が特徴として現れるのが注意障害です。原因には以下のようなものがあります。
・全般性注意障害
一つの出来事に集中できず、会話や作業に困難をきたす症状です。ほかの刺激や情報に注意を奪われやすい”注意散漫”の状態となり、長時間の作業を続けることができません。
無理やり何かをやらせると、数分後には効率が落ちて、やり切ることはできても時間の経過とともに作業内容の完成度が下がります。
・半側空間無視
脳を損傷した反対側の空間を認識しない、見落とすといった症状です。特に脳の右半球損傷で、左側の空間を無視するといった症状がよく見られます。軽度であれば眼検査では問題なく反応しますが、日常生活でしばしば脳損傷の反対側の視野を見落とします。重度になると常に脳損傷側しか見えず、反対側に注意を促しても見ることができません。
なお脳下垂体の腫瘍などで、視野の障害が現れる「半盲」とは異なる疾患です。半盲の場合は視線を向けると見えなかった側を見ることが出来るので、半側空間無視のような症状は起こりません。
遂行機能障害
- 人が指示しないと、何もできない(ぼーっとしている)
- 言葉がうまくでてこない
- 失敗しても同じことを繰り返す
精神行動障害の一つで、目的のために行動する、計画するといった機能が低下する障害です。
・行動計画障害
普段、人間は無意識下で計画を立てて実行しています。例えば朝起きたときに、何分後に朝食を食べよう、何時までに目的地に着くためにこれくらいのタイミングで着替えて出かけよう、といった具合です。
脳の損傷により行動計画障害となった場合は、ゴールに向けた行動を理解できないため、成り行き任せの行動を取ることがあります。時間を気にせずもたもたと行動したりぼーっとしたりしますが、その度に指示をすれば、きちんとこなすような態度が見られます。
・行動実行障害
この症状は、頭では目的や正しい選択肢を理解していても、自分の行動を制御することができずに、即行動に移してしまうため間違った選択をしてしまう症状です。例えば歯を磨こうとして、歯ブラシではなく歯磨き粉を直接口に入れてしまうような行動を繰り返すことを指します。
人間は無意識の間に、自分が何をしているのか脳でモニターしていて、失敗しないための行動選択をしています。行動実行障害では、このような客観的な視点を持つ事が出来ず、過ちを修正することもできないため失敗を繰り返します。重度になると何度やってもあたりまえのことが上手くこなせず、生活に支障をきたします。
社会的行動障害
- 自己中心的になり、いらだっている
- 興奮している、暴力をふるう
- 常に不安がつきまとう
社会的行動障害では、情動コントロール障害が見られ、いらいらした気分が始まるとコントロールが効かなくなる状態が見られます。突然興奮して大声で怒鳴ったり、暴力を振るったりということもあります。自分に障害があることを認めないこともあり、社会的な生活に大きな支障をきたします。
それ以外にも、意欲低下や発動性低下、対人関係困難、人格退行による依存的行動、固執といった症状が見られることもあります。
高次脳機能障害と診断されたら?
医師による診断の方法や、高次脳機能障害と診断された場合の治療法やリハビリについて説明していきます。
診断方法について
脳の病気や外傷を受けた場合は、脳神経科を受診します。
先に述べたような症状が日常生活で起きている場合は、過去に脳の病変の原因となるような事故や、疾病があったかを確認することが大事です。特に外傷の場合は、頭を打った直後は症状に気付いていなくても、生活をする上で徐々に脳の機能障害を覚える場合があるので要注意です。
検査方法としては、MRI、CTスキャン、脳波などで診断を行います。記憶障害、注意障害、遂行機能障害の診断では、視野に光などの刺激を与えて問診をしたり、脳波の診断を行うことがあります。また問診で言語・知覚のチェックを行ったり、課題を与えてどのように進めるかを見ます。課題の理解度をチェックするなどして、総合的に診断します。
さらに先天性の疾患や脳損傷、発達障害、認知症などの進行性の疾患についても診断します。
治療方法はあるか?
高次脳機能障害の治療方法としては、障害に応じたリハビリによる回復が中心となります。
脳の損傷部や体質によっても後遺症の重さには個人差がありますので、リハビリやトレーニングで目覚ましく回復することもあれば、緩やかに回復していく場合もあり、一概にいつまでに治るとは言い切れません。ただし数週間〜数ヶ月のリハビリによって、「検査では問題ないレベル」まで回復することも可能と言われています。
それ以外にも、治療には心理カウンセリングや、根本となる体内疾患があれば治療のための薬物治療、外科手術が行われることがあります。
リハビリの内容は?
必要なリハビリの内容は、患者の症状や障害により様々です。
一般的には専門医師が指導する個人別のプログラムに沿って行われます。期間や目標によって医学的プログラムと生活支援プログラムに分かれます。
医学的なリハビリテーションプログラムは、簡単な認知障害などの課題から開始し、徐々に難しい複雑な課題のチャレンジしていきます。最終的にはそれを日常生活で試していくという方法を取ります。一方、生活支援プログラムは、生活訓練や就労移行のための支援プログラムとなります。医療的なリハビリとは別に、日常生活や職業上で必要となる動作をこなすために行うリハビリが中心となります。
まとめ
高次脳機能障害は、脳の血管障害や事故による外傷などによって、誰でも起こりうる障害です。
症状は様々で、記憶障害や注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などがあります。これらの障害を発症すると、社会的な生活に支障をきたすことがあります。
本人にとっては全盛期のころのような行動がうまくできないため、自信を無くしたり不安を抱えることがあるかもしれません。しかし適切なリハビリによって、ある程度回復が目指せる障害であると言えます。専門医師が勧めるリハビリプログラムに沿って、周りの協力も得ながら治療していくことが大事です。